「おはようございます、あなた♪」
目が覚めると、目の前にはしのの顔があった。
「あぁ、おはよう。しの」
「朝ごはんの仕度、できてますよ」
ゆっくり上体を起こすと、冬の外気で冷えた部屋の空気が、乱れた寝巻きの隙間から懐を冷やした。俺は、うぅと小さく唸って体を震わせる。
「しっかし寒いな今日も……」
「最低気温が2℃だったそうですよ?」
居間では、しのが炬燵の中に脚を突っ込んで、味噌汁を啜っていた。
俺も吸い込まれるように炬燵に入り、いただきます、と手を合わせる。
「もう年越しか……」
呟くと、しのの耳がピクリと動く。
「そうですね。もう1つ寝ればお正月です」
「正月といえば、やっぱり実家の神社は忙しくなるのか?」
「奇稲田稲荷は分社の多い神社ですけど、やはり初詣は本社に殺到します。小さい頃は参拝客のための甘酒を何千人分つくったものです」
「有名な神社も大変なことで……ところで、しの」
「…………」
返事がない。
目をやると、しのは茶碗を片手にボーッとしている。
「しの?」
「は、はえ!?」
七本の大きな尻尾がビクンと震えた。
しのは素早く周囲を見回した後、俺を見て、
「そ、そ、そうですね!お味噌汁、少ししょっぱかったですね!」
「落ち着け落ち着け、まだ何にも喋ってない」
「あうぅ……」
「お前がボーッとするなんて珍しいじゃないか」
「そ、そんなことありませんよ!」
しのが突然に声を荒らげたことで俺が驚いて怯み、二人の間に数秒の沈黙か生まれる。
「…………す、すみません」
沈黙を破ってしのは空いた皿を持ち、俯いて台所へと駆けていった。
「ふうん……?」
俺は首を傾げる。
少々、しのに違和感を覚えた。
その違和感は、少しずつ確信に変わっていった。
「こほっ」
それは昼間のお茶の時。
しのが台所で茶菓子を用意しているとき、ほんの1回だけだったが、咳き込んだのだ。
「しの?」
「はい?」
様子を見ると、いつも通りのしの。
だが、少し彼女の顔が赤く思えた。
「お前、熱でもあるのか?」
しのの額に手を当てようと、しのはその手を払った。
「だ、大丈夫です……」
「だけど……」
「私は……大丈夫です、はい。この通り元気です♪心配してくれて、ありがとうございます」
しのは、そう言って穏やかな笑顔を見せた。
「さっ!あなたも悲しそうな顔はやめてくださいな」
俺の頬を触って、用意しかけの茶菓子を居間に運んでいく。
俺も深く考えるのは、やめにした。
就寝前。
しのが、倒れた。
「はぁ……はぁ……っ」
高熱。
荒い呼吸。
玉になって浮かぶ汗。
「しの!?」
部屋に入ってすぐ慌てて駆け寄り名前を呼ぶが、返答はない。
しのは今まで重い病気をしたことがない。俺は、しのがここまで何かに苦しんでいる姿を見るのは初めてだった。
初めてだからこそ、俺は落ち着けなかった。
「薬……!」
薬の入った小さな箱を開けて探る。
一般的な風邪薬は見つかったが、ああも苦しんでいるしのを見て、病院でなければ治せないのではないかと考えた。
俺は電話機の受話器を取って「1」と「9」のボタンに指を置くが、よくよく考えてみればこの家は山奥、救急車などすぐに来れるような場所ではなかった。麓の根川町に病院はある。だが、最低でも30分はかかる上に、外は夜で雪が降っている。しのを抱えて走っても、一時間は掛かるだろう。
「くっそ……どうしたらいい!」
無力。
今の俺は、どうしようもなく無力で、どうしようもなく……
「見損なったわ、うつけが」
聞きなれぬ声が、俺の思考に歯止めを掛けた。
声の主は大きな九本の尻尾を揺らし、水で濡らしたタオルでしのを看病しながらそこにいた。
ずいぶんと綺麗な、狐の女。
「うぬは言った。『必ず護る』と。しかしそれは、嘘だったのか?うぬのあの覚悟は、薄っぺらい言葉だけのモノだったのか?」
「わ……若藻、さん?」
けれど確か、若藻さんはサバトに通って子供の姿をしてたはず……
「ワシの旦那が華奢で可愛いワシのロリ姿に飽きたようでな?また元の姿のお前を愛したいと言い出しおったから元に戻ったのじゃよ」
「……そ、それでしのは……!」
「分からぬ」
若藻さんは言った。
「しかし、死ぬことはない」
「え……?」
「しのの病名がなんであれ、病院に行けば治る
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