奇稲田稲荷神社の騒動から季節が巡って、秋。
目を覚ますと、隣にはしのが、すーすーと静かに寝息を立てて眠っている。昨日交わってそのまま寝たせいで、お互い全裸だった。
そっとしのの長い髪を撫でる。絹のようにさらさらしていて、独特のいい匂いがする。ピンと立った狐耳をふわふわと触ると、
「んゅ……♪」
と、くすぐったいのと気持ちいいのと区別付かないような、そんな微笑んだ表情を見せた。
嫁いじりはやめて、いい加減起きるとしよう。起こさないよう、ゆっくり寝返りを打とうとした瞬間――
「…………!?」
何かが俺の脚と脚の間にある違和感があった。いや、誰かいる感触だろう。この独特の感じは。
そんなまさか、と布団の中を覗いた。
「すぅ……すぅ……」
狸少女は安らいだ表情で眠っていた。裸だったのは少し置いといておくとして、とにかく狸少女はすやすやと眠っていたのだった。
こんなシチュエーションは見覚えがあった……というか、忘れもしない。しのと出会った時とそっくりの……
「デンジャラス!!」
突然の大声にしのと狸少女は飛び起きた。しのは眠っていたはずなのにシャッキリと覚醒した目で「何事ですか何事ですか」と辺りを見回し、狸少女は俺の掛け布団から抜け出せずに情けなくジタバタしていた。
「どうしました?あなた」
「え、ええ?いんや?」
動き方からして頭であろう部位を右手で掴んで押さえつけ、狸少女のジタバタを制した。
「ごめんな、急に大声上げて。ちょっと不思議な夢を見てな」
自分がどんな表情を浮かべているのか分からなかったが、少なくとも自分で分かるくらい引きつっていた。
「夢!さては、またあの人が」
「いやいやいや違う違う!安心しろしの、リノじゃない。悪夢みたいな感じだったから。だからとりあえず炎を消せ」
「そうでしたか……」
怒りをおさめたしのは服を着始めた。危ない危ないと思いながら掛け布団を見れば、狸少女はふわぁとあくびをしながらペタンと座っていた。
どうやら押さえていたのは頭ではなく尻尾のようだった。
「…………!!」
「あなた、朝ご飯を作りますね……って、何をしてるんです?」
「すまん、ちょっと寝足りないんだ」
しのが振り向く寸前に覆い被さるように狸少女を抱きかかえる感じで掛け布団の中に隠した。
「では十分後に起こしますね」
「ああ、頼む」
「ふふ♪おやすみなさい」
朝食を作るためにしのは寝室を出た。
ようやく初めて、俺は状況整理を始める。
「まったく誰だ?俺の布団に迷い込んで来たのは……」
改めて狸少女を確認しようとして、初めて俺は知ることになる。俺にくっついて寝ていたのは狸少女ではなく、単に寝ぼけて見違えていただけだったということに。
そこにいたのは、イエティの子供だった。
※ ※
制限時間は十分。しのが起こしに来るまでにこの問題を解決しなければならない。
ちびイエティはキョトンとしたとぼけたような顔で辺りを見回し、時々俺を見てまた余所を見ている。
「名前は?」
「スン」
「お父さんかお母さんは?」
「今はいないの」
なんだか重たい物を背負ってそうな言葉だった。
……っと、このままだとただの面接だ。まずは『どうやってここに来たのか』を問わなければ。
「ねぇ、あのさ」
「あなた、朝ご飯が出来ま……し……」
何も知らないしのにはどんな風に見えただろう。
ベッドの上。全裸の旦那。旦那の正面に全裸幼女。
「あ、あなた……」
「ち、違う!違うんだ、絶対にそれは無い!」
「では一体これは何事ですか?」
顔は笑っていたが目は笑っていなかった。
この状況を良く分かっていない当事者スンは甘えの行動であろう悪気無い全裸ハグを俺の右半身に決め込み、空気をなお一層悪くしていった。
「朝起きたらこの子が寝ていたんだ。今、どうしてここにいるのかを訊こうと……」
「そうだったんですか……?」
「確か近くの村の村長、イエティの奥さんがいたよな?もしかするとその関係の子かも……」
「なら、ちょっと電話で聞いてきますから朝ご飯を召し上がってくださいな」
しのは急ぎでスンの分を作って電話に駆け寄る。俺はスンと並んで食事をしたが、お互いの間に言葉は無かった。
※ ※
「違うみたいですね……」
受話器を置いて、少しため息。
「どうした?なんか疲れたような顔をしてるぞ?」
「村長さんに訊いたのですが、どうやら違うみたいなんです。そもそも子供がまだ出来てないみたいで。その後に、『頑張ってるんだけどなかなかねぇ』と言ってました」
「あー…………」
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