しの 15歳の夏

 やっと…………見つけた。

 10年以上前に街からいなくなって、必死に捜してようやっと。

 その唇が。
 その髪が。
 その体が。
 その精が。

 どれほど切なかったか。
 どれほど恋しかったか。
 どれほど――欲しかったか。

 私の心を射止めた主様。

 本能をこれほど猛々しく唸らせた殿方はいない。

 ああ……欲しい。

 誰にだって優しかった貴方に、私は声を掛けられなかった。すんでの
ところで弱気になる自分が恨めしかった。恥ずかしがりな私に声を掛け
てくれた貴方は、太陽よりも神々しかった。

 その光に手を伸ばす勇気は無かった。

 触れれば私が消えてしまいそうで。
 直視すれば死んでしまいそうで。

 だけどそれも――もう終わる。

 貴方を見つけ、その寝込みに付け入られる時をどれほど望んだことで
しょう。

 安らかに、静かに眠る貴方。

 堪らない精の香りと貴方の匂いが私の身体を熱くする。

 私のすべてを捧げたい殿方がそこにいるただそれだけで幸せなのに、
欲深い私は止まらない。

 欲しい。
 欲しい。
 貴方のすべてを手にしたい。
 そして空っぽになった貴方に、今度は私のすべてを受け止めてほしい。

 さあ、おやすみなさい。
 唇を重ねれば、貴方は私の夢を見る。
 甘く美しく果てしない、夢の向こうで愛しましょう。

 ※   ※

「……………………」


 強烈な疲労を感じる。

 睡眠時間は8時間弱のはず。それなのに目覚めた瞬間どっと疲れが出る
とはどういうことだ?


「………………おっと」


 いかんいかん。料理に集中しなくては。


「おにぃさまー!!」


 しのが青ざめてこちらに走ってくる。

 なにかあったのだろうか。


「大変なのです!おふとんが血の海なのです!!」

「え……?って、しのの服まで血まみれになってるぞ!?」


 火を消し、急いで寝床に向かう。


「うわぁ……」


 凄惨な殺人事件現場を見ている気分だった。


「どどどどうしましょう!しのは死んでしまうのでしょうか!?しのは
病気なんでしょうか!?」

「うーん……」


 しのの言うとおり、しのの布団は半分以上赤黒くなっていた。えらく
濃い血の臭いが部屋に漂っている。

 もしや……始まったのか。


「何なんでしょう……」

「生理……初潮?」


 真ん中少し下から広がっているシミ、しのの下半身が真っ赤に染まって
いるのを考えるに、まず間違いないだろう。

 女の9割以上が経験する、生理。

 しかし生理血ってこんなに大量に出るもんなのか……?


「生理ですか?」

「人間の女性や魔物が大人に成長するとき、だいたい一ヶ月くらいのサイ
クルで起きるんだよ。赤ちゃんが出来る身体になってきたって成長の証」

「ホラーな成長の証です……」


 分からなくもない。

 確かに一ヶ月おきに出血するというのは、なかなか怖いものがある。
女性ってすごいな。


「……はっ!ということは、もしや!!」

「もしや?」

「もしや、もしや……はぅ……///」


 顔が真っ赤になり、頭から煙を出すしの。

 年とるごとに、だんだんよく分からなくなってきた。


「とりあえず洗濯しなきゃな……よし!」


 パチンと一拍。


「しの、街行くか」

「街……ですか?」

「こんだけの血だからな、まず俺たちじゃ落とせない。だから街に行って
しのの寝間着と一緒にクリーニングに出す」

「おにぃさま、クリーニング屋さんに証拠隠滅で持ってきたんじゃないか
と疑われてしまうのではないでしょうか」

「あー……」


 いや、そんな疑心暗鬼なクリーニング屋があってたまるか。

 しかし……うーむ。


「そうです!『トマトジュースをこぼしてしまった』と言えばいいの
です!」

「ベタベタな嘘だけど、まあそれしかないし……やってみるか」


 血が外から見えないように丸め、しのの寝間着と別々に袋に入れる。
朝ごはんをしっかり食べ、ゆっくりと山を下りる。


「はわぁ……!」


 しのが目を輝かせる。


「これが街なのですね!」

「根川町。この街出てから10年くらい経つけど、ほとんど変わってない
みたいだな」

「本当に人や魔物がいっぱいです!」


 軽い足取りで俺より一歩先を歩くしの。これほどはしゃぐ姿は久しぶり
だった。

 しばらくすると、


「あれ?近衛じゃない?」


 と、後ろから声を掛けられる。


「お前、宇木霜か?」

「久しぶりね!近衛!」

「ああ、久しぶり」

「ったくもぅ、相変わらず薄リアクションなんだから」


 幼馴染の宇木霜百合。相変わらず元気娘のようだ。


「あーっと……お前さ」

「なに?」
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