後日談

―― 7 ――

 サキュバスの魔力に満ち溢れ、魔物が暮らす土地を魔界と呼ぶ。
 ダークスライムやヴァンパイア、ドラゴンなどの強力な魔物が跳梁跋扈し、最奥には魔王が居を構え、周囲をデュラハンを筆頭とする騎士団が固めている――主神教徒が考える魔界とはこのようなものであり、一種固有名詞のような扱いを受けてすらいる。
 だが、実際はそれほど画一的ではない。それも当然の話で、一定以上の魔力に包まれた地が魔界となる以上は、全ての土地が魔界化する可能性を持っている。魔界だからと言って必ずしもドラゴンがほっつき歩いていたり、魔王城があったりするわけではない。
 とは言っても、魔界化するほど濃密な魔力が存在する以上は、中心に何かあることがほとんどだ。それは例えばかの有名な九尾の狐だったり、闇の太陽と呼ばれるダークマターだったり、はたまた魔王の娘と呼ばれるリリムだったりする。
 グレゴールとイライザが居るのも、ある穏健派のリリムが中心となった魔界の一都市だった。

 魔界の朝は薄暗い。サキュバスの魔力が分厚い層となって空を覆っているがためだ。
 ゆえに、魔界に住む者たちは朝とも夜ともつかない中でのんびりと過ごす。だが、一部にはそんな中ですら規則正しい生活を送ろうとする酔狂な住人も居た。
 つい二週間前、妻と共にここに越してきたグレゴールもその一人である。彼は現在、与えられた住処の裏庭で早朝の鍛錬にいそしんでいた。
「ふっ、はッ……ぜぇりゃっ!」
 何処か粘つく魔力に満ちた空気を槍で引き裂き、穿つ。一連の動作に隙はない。墨を流したような黒い槍が稲光のように閃いている。
 挙動の一つ一つは目で追えないほどに速く、三度振った後ようやく音が聞こえるほどだ。
 と、ちょうど全ての型を一通り終えたところで、裏庭に面した扉が開いて、少々寝ぼけた様子のイライザが顔を出した。
「……グレゴール、ここに居たのか」
「おはよう、イライザ。随分と遅いお目覚めではないか?」
 目を上げて快活に笑うグレゴールに、イライザはわずかに頬を染めつつむくれる。
「今日は非番だからな。……それより、起きて隣に誰も居ないのは寂しいぞ。私よりずっと強くなってしまったのだから、訓練などせずとも良いじゃないか」
「そうはいかん。大切な相手を二度も守れなかった、などというのは絶対に御免だからな」
 酷く真面目な顔になった男に、イライザはほんのり微笑んだ。彼は間違いなく自分のことを一番に考えてくれている。ここ最近何度も噛みしめた幸せだったが、噛むほどに味が薄れるどころか、より芳醇に、より甘くなっているように感じられた。
 そこで彼女は笑いを引っ込めた。より良い夫婦生活のため、ここは強く出るべきだ。
「まず私が貴様に負けているのがおかしい。これは、貴様の精が足りないからではないか?」
「ついさっきあれだけ注いでやったというのに、まだ足りんと言うのか、ここは」
「ひうっ……!」
 無造作に近づいてきた男に子宮の上を撫でられて、イライザは軽い絶頂に達した。
 彼の言う通り、子宮にはまだ濃い蜜のような精液が残っている。それがジリジリと内から身を焦がしていたところに、外からも触れられたのだ、気をやってしまうのも無理はない。
「というよりも、お前に精を注ぐのと同時に、俺も魔力を受け取っていることを忘れているだろう。まあ、外見の変化は最初の一週間で既に終えていたから、仕方ないのかもしれんが」
 ここに越してくる前、二人はリンドヴルムの外れで一月生活を共にし、そのほとんどをベッドの中で過ごした。むろん、病気的な意味ではなく性交的な意味でである。
 何故魔界に直接戻らなかったのかと言うと、“トンビに油揚げをさらわれる”ことを警戒したらしい。男を完全に自分のものにしてからでなければ気が休まらないと、わざわざ魔界ではなく人間の世界の外れで、あの「一月繋がったままでいる」という宣言を実行したのだ。
 結果として、イライザの望みはほぼ叶ったと言って良いだろう。何せ、最初の一週間で男は完全にインキュバス化し、その後も延々交わり続けて彼女の味を刻み込まれてしまったのだから。
 とはいえ、それは彼女も同じこと。数千単位で精液を注ぎ込まれた肉体は、その味を完全に覚え、半ば中毒状態になってしまっている。同じと言うより彼女のほうが重症だった。
 そんな蜜を煮詰めたような濃密で甘い一月を思い出しトリップしかけたところで、イライザの額に衝撃が走った。愛情七割苛立ち三割の一撃だったが、地味に痛い。
 わずかに涙の滲んだ目で睨みつけると、男がくつくつと笑っていた。
「人が話しているときにぼんやりする癖は、直したほうが良いと思うがな?」
「私を骨抜きにした貴様が悪い。それで、なんの話だ」
 頬を膨らませて機嫌悪く聞き返したイライザだったが、
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