―― 5 ――
「“巨人の枕”の山賊討伐、だと……?」
愕然とした表情で訊いたデュラハンに、白いものの混じった眉を歪めて男は頷く。不安げに揺れる赤い瞳と、固く引き結ばれ血の気が失せた唇が、双方の思いを表している。
問いただしたイライザはもちろん、グレゴールもまた自らが受けた任務に納得がいっていないのが明らかであった。
「それも北峰の? あちらはガルムの領域ではないか! 他領の山賊退治に、何故お前率いる精鋭を向かわせねばならないのだ!?」
「仕方あるまい。領主どのの決めたことだ」
「……なれば、私が領主に――クラウディオに直接掛け合って!」
ギリリと歯を軋らせ、身を翻しかけるイライザの肩を、グレゴールが掴んだ。
怒りに燃え上った瞳で睨みつけるも、男はゆっくりと首を振る。
「王から親書にて要求されれば、領主どのに逆らうことなど出来まいよ」
「親書……たかが小娘ではないか」
「そうだな。大恩ある前国王の一人娘である、というだけだ」
だけと言うが、その事実は巨大な壁となってイライザの意気を阻む。
領主の、早世した前国王に対する恩義は実に大きく深いものだ。国王という立場に対しては歯牙にもかけないところのある彼だったが、現女王に対しては下にも置かない態度を取っている。それもこれも、彼女が“前国王の一人娘”であるがゆえだった。
「しかし、これはどう考えてもおかしいぞ!」
「その通り、どう考えてもおかしい」
苛立ち紛れの言葉に頷かれて、イライザは目を見開いた。そんな彼女に大真面目な顔を向け、グレゴールは言う。
「出兵を要求する理由は言いがかりのようなものだし、時期も不可解だ。あの辺りには坑道が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。雪と氷に閉ざされている冬ならまだしも、こんなに暖かくなってから討伐を行っては、逃げ込んでくださいと言わんばかりだ」
「……山賊退治自体が、目的ではない?」
「そう考えるのが妥当だろうな。ゆえに危険は出兵する我らよりも、残るお前たちにある」
出兵の目的が、グレゴール率いる主力を引き離すことにあるのなら、それが成功した暁には、何らかの形で主都に危険が及ぶことになるだろう。
「しかし、何故だ? ……何故、彼女がそんなはかりごとを」
「分からん。俺の考えが杞憂で、本当に山賊を討伐する気なのやもしれん。あるいは……王ではない、別の誰かの企みということもありうるな」
しかめっ面で言った男に、デュラハンは頭を押さえてやれやれと首を振る。そして鼻の頭に皺を寄せると、心底嫌そうな声で言い放った。
「きな臭い話だ。実に……実に嫌な臭いがする」
「だが策に嵌められたとて、そうやられる我らではない。一方で“竜の眼”を狙うにしろ、暁の半分と宵が丸々残っていれば、落とすのは至難の業だろうよ」
言って、男がふと笑った。
「短ければ数カ月、長ければ半年、手合わせは出来ないことになるが……」
「既に三十三年も待っているのだ。今更半年ばかり増えたところで大差はないさ」
イライザもまた、柔らかく笑って応える。
嫌な予感は、ある。一歩間違えれば、これが永久の別れになる可能性も感じている。
それでも笑って再会を誓い、別れられるのがいつもの彼女たちだった。
だが、イライザの身体は無意識に動くと、男の胸元にすがりつき、首筋に顔をうずめてしまう。何時にない行動に彼は驚いたが、動いた彼女自身もまた驚愕していた。
ぽとりと、イライザのまなじりから熱いものがこぼれ落ちる。驚きに瞬くと、その数が増える。泣いていることを自覚した途端に、恐怖が喉を突いた。
何で私は泣いているのかと問う間もなく、心の奥底で何かが「恐ろしいのだ」と囁く。彼を失うことが恐ろしい。私が失われて彼に二度と会えなくなることが恐ろしいのだと。
昔も今も、自分の存在が絶対でないことをイライザは自覚していた。彼女よりも強い者は多く居る。グレゴールもその一人。
対してかつてのグレゴールは、イライザにとって絶対だった。彼よりも強い者が居ることが頭では分かっていても、心の何処かではその不敗を、不死性を信じていた。そう、彼女は自分のことだけ考えていれば良かったのだ。彼は必ず無事に戻ってくるのだから。
だが現在のグレゴールは、イライザよりも少し上か、同程度の力しかない。今度の別離においては、彼女は倍の心配をせねばならないのだ。彼と自分の両方の無事を。
細かく震える空色の髪を、ごつごつと筋張った手が緩やかに梳いた。温かな手のひらの感触に、彼女の嗚咽が小さくなっていく。
ああ、大丈夫だ。彼の手は、まだこんなにしっかりしている。まだこんなに温かい。
イライザが面を上げ、口角を上げる。応じて、男も笑った。
「……また」
「ああ、またな」
短く言葉を交わすと、揃って踵を返して、それぞ
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