中編

―― 3 ――

「それでは、お二人とも雇わせていただきましょう」
 卓に積まれた書類の山に埋もれるように座っている青年が、にこやかに笑って言う。
 ここはリンドヴルム領の主都“竜の眼”の中心部分に位置する伯爵邸の、そのまた中央にある執務室だ。男が仕官したい旨を伝えたところ、まっすぐここに案内されたのである。何かと格式と遠回りを重んじがちな貴族としては珍しいことだった。
 青年の言葉に、グレゴールの濃い灰色の眉が、ぐぐっと持ちあがる。
「……私だけでなく、彼女も雇ってくださると?」
「先の敗戦より我が領では兵が足らず、領内のあちこちで賊による被害の報告が上がっています。今は出来る限り多くの戦力が必要なのです。ことに、腕の立つ方は大歓迎で」
 弧を描いた金色の瞳を向けられて、イライザは黙り込む。
 魔王に仕えるべき自分が、人間の軍に属しても良いものだろうか。
 しばし考えて、彼女はゆっくりと頷いた。そもそも、その魔王軍の席を蹴って男を追って来たのは自分である。今のところは魔界との関係も悪くないようだし、力を貸しても問題はあるまい。
「受けさせて頂こう」
「ありがとうございます。いやはや、助かるなぁ」
 年相応の砕けた笑みを浮かべる青年に、男とデュラハンは微笑んだ。
 変人と呼ばれるこの青年に力を貸すのも悪くない。先の敗戦で傾きかけた領土だ、待遇は望めないかもしれないが、多少は我慢もしよう。
 だが、その後呈示された金額に、彼らは唸ることになる。諸経費は全て領主持ちで、かなりの給金も出る、大国の聖騎士並みの待遇であった。
「随分と買いかぶられたものだな」
「私はどうだか分からないが、貴様の値段としては妥当に思えるが?」
 男は首をすくめて、答えるのを丁重に辞退した。
 そしてそれから半年も経たないうちに、領主の判断が正しかったことが証明されるのである。


 日に焼けた顔に快活な笑みを浮かべて、男は五か月ぶりに見る顔に声をかけた。
「おう! 無事だったようだな!」
「当然だ。貴様以外の男にそうそう遅れを取るものか」
 ふんと鼻を鳴らして、デュラハンは答える。
 だがその表情は、笑み崩れそうになるのを必死でこらえているような風がある。それどころか、彼女の四肢の筋肉はぴくぴくと痙攣して、今にも飛びつかんばかりだった。
 二人はこの五か月別の任務についていた。グレゴールは領主について隣国との戦へ、イライザは領主の姉であるアデライーデの元で賊の掃討に当たっていたのである。
 この人事については、主にイライザの側から盛大な文句が出たものだが、領外での戦いに魔物を伴うことは出来ない、同時に、恩のある現国王からの要請には出来る限りの戦力をもって応えねばならない、と丁寧に説得されては、一応は仕える身の彼女には何も言えなかった。
 男は翼竜の紋章をあしらった銀の鎧、デュラハンは禍々しい意匠の黒い鎧という物々しい姿で二人は会話していた。傍らでは馬同士が、こちらも再会を喜ぶように身体を摺り寄せている。
「……戦場で女など作ってはおらんだろうな?」
「人間同士の戦ではやはり男が主役だからな。女兵士などそうお目にかかれんよ」
「兵士に限らずとも、美貌才媛の女将軍とか、憂いを帯びた美しき敵国の王女とか……」
「前線にそんなものが出てきてたまるか」
 男はすげなく切り捨てたが、後にクラウディオが笑って語ったところでは、それらに類するような話は幾つもあったらしい。それでいてグレゴールは一切なびくことはなかったらしく、青年領主は「いやはや、貞操堅固な方で良かったですね」と続けた。イライザとしては、喜ぶべきか悩むべきか複雑なところである。
「まぁ良い、それよりも手合わせだ」
「せわしないことだな。少しぐらい休ませてくれてもよさそうなものを」
「何を言う! 五か月だぞ、五か月! これ以上一分一秒たりとも待てるものか!」
 男はしょんぼりとしつつ頭を掻いて、それでも馬に飛び乗った。
 もはや恒例となった手順で距離を取り、いつも通りに硬貨が打ち上げられる。
 ――衝突。
「う、く……また、腕を上げたか……?」
「中々手ごわい相手が多かったからな。強くならねばならなかったのさ」
 星が散っている頭を片手で押さえつつ、イライザは馬上の男を見上げた。
 今度はすれ違いざまに五回も突かれてしまった。どうせ突かれるなら銀よりも肉の槍で……などと思って、彼女は赤面する。どうやら今の衝撃で首元が緩んでしまったらしい。
 領主とグレゴールを含む王国軍は、先の大敗で奪われた土地をことごとく取り返し、不可侵条約を取り付けた上で凱旋した。こちらの領土を虎視眈々と狙っていた隣国は、当面の間足踏みを余儀なくされることだろう。
 一方のイライザも、アデライーデの指揮下で領内の盗賊、山賊をほぼすべて壊
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