新米騎士と蟷螂娘

―― 1 ――

 簡単な任務だと聞いていたし、俺自身もそう信じて疑わなかった。
 親魔物領に潜入している密偵に手紙を届けろ。なーんて言われりゃ、本部の連中なら顔を青くするところだろうが、実際には危険なんざほとんどない。ウチなら見習いすら知ってる事実だ。
 少なくともあのおっさん率いる“日長石の騎士団”において、旧時代的な「魔物は人の肉を裂き血を啜る」なんていう迷信に囚われている奴は存在しない。存在しえない。
 幸せそうに暮らす人と魔物の姿、なんてものを目の前(とはいえ隣の街だが)に突きつけられりゃ、そんな迷信なんぞ抱き続けようがない、というわけだ。
 街と街の間にある森だって、気の良いもしくは臆病な連中しか居ないと聞いていた。

 だから、俺としては隣の街まで遠乗りだひゃっはぁぁぁぁぁ程度のテンションで挑んだわけだ。
 ……いや、手紙自体はきちんと届けましたよ。返事もこうして貰ってきてますし。
 向こうで綺麗なお姉さんに鼻の下伸ばしてみたり、何かちっこい角生えた子に懐かれかけてちょっと戯れたりはしてたけどさ。
 まあ油断してたんだな、うん。
 彼女たちに剣を向けなきゃならない唯一の機会、親魔物勢の侵攻だって、団長がこの辺りの三つの街に封(ほう)じられてからは全くない。向こうの街中に居る魔物に(性的な意味で)襲われることも、あっちの規則によってあり得ない。
 街の外で暮らす魔物も、危険度の高い奴は居ない――そのはずだった。

「まさか、森の暗殺者(フォレスト・アサッシン)に襲われるとは……ついてねぇ」

 こうね、森の中をのんびり馬走らせてたら、ちょっと先の右手の木がね、スパッと。
 ズズズ、ってずれてズドンってぶっ倒れて来て、何とか跳び越えて避けたら“奴”が現れた。
 鎌持った憎いあんちくしょう。
 森に溶け込むような保護色なカラーリングに、白く眩しい太腿。
 突き出た触覚に、金色の宝石で出来た髪飾り、同色の冷たーい無感情な眼。
 ちらっと見ただけでも分かる色白美人なんだけど、それ以上に氷のナイフみたいな眼光が印象的だった。すましたような表情と相まって、すんげー怖い。
 必死で馬を走らせてるけど、木の上を涼しい顔で並走してきやがる。それだけじゃなく、時折攻撃を仕掛けてくるから始末に負えない。鎧や盾は傷だらけだ。

「だー畜生! この森にはやばい奴ァ居ないっつー話じゃなかったのかよッ!」

 何で襲われているのか分からない。魔物は人を(エロ目的以外で)襲わないんじゃないのか。
 あの凍てつく視線にしろ、時折襲いかかってくる鋭い鎌にしろ、色気なんぞ欠片もないぞ。

「クソッ、街までもう半刻足らずだってのに」

 もう少し速度を出していたら遭遇しなかったんだろうな、とか思う。
 こうなったらなんとか防ぎきるしかない。俺だって、守りにおいてはあの“金剛石”の連中すら凌ぐと言われる、日長石の騎士団の一人だ。炊きたての超新米の底力見せてやる。

 そう腹を据えて十数合。
 ひたすらに迫る鎌を盾で弾いていたが、ふとしたはずみに切っ先が額をかすめた。
 職業柄痛みには慣れているが、額は出血が多い。舌打ちをした途端、攻撃が止んだ。

「なんだ……?」

 姿もない気配もない。諦めてくれたのか、はたまた何かの策か。
 ぐるりと辺りを見回し背後を向いたところで、ズッという重たい音と共に、いきなり馬が跳ねた。慌てて手綱を引くも手応えがない。正面向いたら、手綱どころか馬の頭がなかった。

「ンだとォ!?」

 断ち切られた首から噴水のように血が吹き出て、馬の脚が崩れる。
 俺は走っていた勢いのままに投げ出され――何か柔らかい感触に落ちて、意識を失った。



―― 2 ――

 子猫がミルクを舐めるような水音と、額の温かくざらりとした感触に目が覚めた。
 起き上がろうとしたら、柔らかくてあったかいものに乗っかられて動けない。寝ているところに顔を舐めつつ乗っかってくるものと言えば、奴しか考えられなかった。

「おい……ジョン、やめろよ……」

 愛犬(むろんワーウルフではない、というかオスだ)の名を呼びつつ、押しのけようとする。が、手のひらに触れたのは、期待していたもさもさとした毛皮ではなく、つるむにっとした何か。
 ……そういや、ジョンは数年前に死んでたな。十六歳(人間で八十前後)の大往生だった。
 恐る恐る目を開けたら、すました無感情な顔が目の前にあった。

「うおあッ!?」

 け、けん、剣は何処だ! ……ねぇ! 剣どころか剣帯からねぇ。というか鎧もねぇ。いつの間にかインナーだけになってやがる。道理であったかさがダイレクトだと思った!
 動転する俺の目の前に、冷ややかな表情を浮かべた蟷螂娘の顔がずい、と迫った。何を考えているか分からない金色の眼に
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