一つのエピローグ

「一つのエピローグ」

その日は誰もが、今日も一日良い天気だった。と口々に言い合うような、晴れ渡った空と絶え間なく降り注ぐ日光が印象的な夏の暑い一日だった。
朝昇った太陽が、遠くに見える山の向こう側に沈みかけ、辺りに響く蝉の声と燃え上がる様に真っ赤な夕日が郷愁を掻き立てる夏の何ともない一日。
しかし辺り一面を埋め尽くす魔物娘の大群が、その日をただ平凡な一日から、異常で非日常的な物へと変えていた。
というのも、教団の誇る勇者産出国であるレスカティエ教国を魔界へと堕とした一連の騒動を耳にしたリリムの一人が
「お姉様ずるい!私も私も!」
と自らの近衛隊を招集し出陣した上、付近の魔物娘に教団の城塞都市を襲撃する日時を通達したからである。
 未婚のデュラハンで構成された近衛隊の士気は異常に高く、それにつられた周囲の魔物娘のボルテージが際限なく上がり続けているのが、遥か後方に位置する俺にもはっきりと分かった。

「なあジェイソン、俺この戦いが終わったらお前の店で働こうと思うんだが」

戦闘が始まれば負傷者を治療する拠点となる大型のテントの中で待機中の俺は、俺の横で腕を組みながら遥か彼方にある教団の城塞都市を睨みつけている巨漢の友人に声を掛けた。

「ヒャア!そいつは良いぜ!お前なら大歓迎さ!」

 巨木が歩き出したかのような圧倒的な質量を持つ友人が、見た目通りの大声で返事をした。
 一般的には長身だと言われ、元兵士として体を鍛えていた俺であっても、その声量によって吹き飛んで行ってしまいそうな錯覚を覚えた。

「そうと決まれば、さっさと戦争なんて終わらせて帰ろうぜ!」

そう言いながらジェイソンは頭頂部のみにトサカの様に残された髪の毛を揺らしながら、テント内をのしのしと歩きまわり負傷者を受け入れる準備を始めた。

「ヒャア我慢できねぇ!治療だ!」

俺は若干物騒な響きを持つ彼の独り言を聞きながら、物資を運び、これから溢れ返るであろう互いの軍の負傷者を受け入れる用意を始めた。

―――

 包帯や傷に塗る薬をテント内に運び終えた頃、彼方にある前線から雄叫びと魔法の炸裂する音が聞こえ始めた。
 俺の所属している部隊は、医療や回復魔法の心得のある民間人で構成されており、既婚者の魔物と人間が多数を占めている。
 魔物娘を妻に持つ従軍経験のある医者や、同じく魔物娘の夫である治癒魔法を得意とする者たちが仕官した事もあり、指揮官のリリムの配慮によって前線から離れた場所に待機している。
 なので戦場でありながら身の安全に関しては街を歩いている時と大差がない。
 中には夫婦で仕官している者もいて、友人であるジェイソンもその一人だ。
 彼の妻はユニコーンであるため、これからてんてこ舞になってあちらこちらを走り回るだろう。
 友人夫婦について思いを巡らしていると、ふと自分の妻を思い出し、一人家で不安な思いをさせている事に胸が苦しくなる。
 妻の大きな瞳に見つめられ、後ろ髪を引かれる思いに苦しみながら我が家を後にしてきた事を後悔し、微かに胸が痛んだ。
 しかし同時にリリムが教団の都市を襲撃するという話を聞いた俺が

傷つく人が目の前にいるのに見捨てておけないだろう。

と言って妻を説得したところ、にっこりと笑って俺の想いを受け入れてくれた事も思いだし胸が暖かくなる。
自分なんかには勿体無い、良い女だと常々思う。
正直逆の立場なら縛り付けてでも止めただろうなぁ。

「すまん!治療を頼む!」

 とりとめなく今まであった事を思い出していた俺の前に、テントの入り口の布を押しのけて教団の男兵士を担いだサラマンダ―が現れ治療を要求した。
 サラマンダ―は男を担いだまま前線から走ってきたようで息も絶え絶えだ。

「どちらですか?どの程度の怪我ですか?」

一見無傷のサラマンダ―と、意識を失っている男を見比べる。
恐らく、ぐったりと意識を失っている男の為に大急ぎで来たのだろうと予想は付いたが確認を行う。

「こいつだ。この男だ。」

そう言って担いでいた男を丁寧にベッドに寝かせた。
彼女の眼には焦りの色が浮かび、若干涙声になっているのが分かった。

「どこをどのように攻撃しました?」

 一見した所で流血している個所は見つけられない。
 ぱっと見では分からない怪我なら加害者に聞くのが一番の発見方法だと思いつき彼女に質問する。

「いやそれがさ、無傷で捕まえようと思ったんだけどさ、こいつがあまりにも強かったからさ、こっちも燃えちゃって腹を思いっきり殴りつけちゃってさ…」

そこまで話すと、自分が惚れた相手に意識を失うほどの攻撃を加えた事の罪悪感にやや俯き、尻尾の炎も勢いが衰える。

彼女の話から事態を把握し、ベッドの上に寝転がる男のチェインメイルと服をはぎ取り腹部を観察する。

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