じんわりと骨の髄まで浸透して行くような暖かさを感じる。
同時に目蓋の向こう側で明かりがゆらゆらと揺れている事を知覚した。
いつ意識を失いいつ目覚めたのか。
意識は浮上と沈降を繰り返し今この瞬間すらも現実かどうかわからない。
記憶をたどる。
山鳥、矢、浮遊感、衝撃。
これまでの事が断片的に思い起こされる。
冷気、闇、風の音。
最後にはリカ様の幻覚が見えたなぁ。
よほど錯乱しているのか今この瞬間にもリカ様の匂いを感じる。
もしかしてもう死んでしまってここはあの世なのではないか。
そう考えた彼は恐る恐る目を開ける。
真っ赤な火に照らされ、造り自体は自分の家とそっくりだがあちらこちらに張られたクモの巣と、茅葺の屋根が若干薄くなりそこから時々雪が入り込んでくるのが目に入った。
胸に重さを感じ視線を下げてゆくと穏やかな寝息を立てるリカの顔がある。
心臓が胸を突き破って飛び出すかと思った。
あまりの驚きに上半身がビクリと動き自分の胸に顔を寄せる彼女が目を覚ます。
「さっくぅん?」
いつものように間延びした調子で声をかけられた。
「リカ様…なんでこんなところに…というか私は…」
「さっくん?もうダイジョブなの!?」
毛皮に覆われた両手が彼の顔を包みなでまわす。
「よかったよぉ…」
緊張の糸が解け彼女は大粒の涙を流しながらこれまでの事を説明する。
「そうだったのですか…」
自分の力量が足りず猟で怪我する事や命を失うことは珍しい事ではない。
あのまま死んでゆく事は自業自得でありそれが自然な事なのだろう。
しかし自分の命だけならいざ知らずリカまでも危険にさらすことになってしまった。
いくら悩んでも底の見えない自己嫌悪の渦に飲み込まれてゆく。
「リカ様…やはり私にリカ様の夫を務める事は…」
「ばかっ!」
サクを遮り涙声のリカが叫ぶ。
「人の気持ちを何にも知らないでっ!自分ひとりで納得して!そんなサク大っ嫌い!」
彼女は言いきってサクの胸に顔をうずめる。
終わったと思った。
でも自分が望んだ結末なのになんでこんなにも心が苦しいのだろう。
彼女を思えばこそ、と自分から離れて行ったのに何でこんなにも切ないのだろう。
胸の中の暖かい部分がぽっかりと抜け落ち、言い表せない孤独感を覚える。
「でも」
彼女がこちらを見上げ言う
「不安だった私がちゃんと暮らしていけるかどうか気にかけてくれたサクが好き。」
「周りの人にお父さんと比べられて辛い思いしてるのにそんな事を全く私に言わない強いサクが好き」
「自分の気持ちに嘘をついてまで私の事を思ってくれる優しいサクが好き」
「だから」
そこまで言って鋭い爪が生え毛むくじゃらの両腕が彼の顔を左右からとらえる。
「別に弓なんて上手じゃなくていいから、そんなに思いつめなくていいから、あなたがそばにいてくれればそれが一番幸せだから…ずっと一緒にいよう?」
そう言い終えると彼女は目をつむりそっと唇を寄せた。
―――――
彼女の顔が間近に迫り目を閉じるとこまでははっきりと見ていた。
いきなりの告白に驚愕し一端彼女を引き離し冷静に状況を判断しようとする。
しかし先ほどまで凍死寸前だった彼の体は全く言う事を聞かない。
彼女の右腕から、はちみつの甘いにおいが漂い、すぐそこまで迫った彼女の熱を感じる。
最初は触れ合うだけの口付けだった。
しかしそれを二度、三度と繰り返すうちにより長く、より深く、互いの咥内をむさぼるような物に変わってゆく。
互いに異性と深い仲になった経験は全く無い。
しかし魔物娘の習性によるものかリカの舌はまるでサキュバス原種の様に、時にすばやく時に緩やかに、自由自在に動きサクの咥内を犯してゆく。
「んっ…ハァ…」
リカから離れてゆくとどちらの物かわからない唾液が糸を引きサクの服の上に垂れる。
ふさふさとした毛並みの腕が顔から離れる。
サクの顔を見つめる彼女の顔には隠しきれない肉欲と、これから行われる行為に対する期待の色がありありと浮かんでいた。
彼はここで自分の四肢に感覚が無く自由に動かせない事に気がつく。
凍傷によって四肢を失ってしまったのではないかという恐怖にかられ顔が引きつる。
「大丈夫よぉ。まだちゃんとついてるし暖かいからぁ」
彼女はその様子を見て彼に告げる
「うふふ…それに動けなくてもいいのよぉ…全部私がしてあげるからねぇ…」
話すリズムは普段のそれと変わりないものであったが、聞こえてくる言葉に彼女の体温を感じるほどの艶かしさを覚えた。
依然燃え続ける囲炉裏の火に照らされた顔が紅潮して見えたのは、炎の色のせいだけではないだろう。
サクの目を見つめる瞳は妖しく潤み、ただの一瞬目をそむける
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