おらが村のウシオニ様

 ジパングのとある山間の村には、豊かな里山があった。
 立派なシナノキが多く、その樹皮は縄に、良質な花の蜜は高価な蜂蜜になった。村人達は、他の村と比べて一周り豊かな暮らしをしている。それはもう笑顔が絶えない、良い村であった。




 そんな村には、昔から怖れられている言い伝えとオキテがある。
 オキテによると、山の奥深くまで足を踏み入れるのは男に限り、なおかつその七日前から女と肌を重ねてはならないとされた。また、いざ踏み入る際に、さらに水垢離で村の匂いをすっかり消し去るよう定められていた。
 それを破った者には恐ろしい山の神の祟りがある、という話だ。
 この日、山奥に初めて立ち入る若者の"イチ"もまた、オキテに従って水垢離を済ませていた。年は十六で、女の味はまだ知らぬからそれを絶つのも苦はなかった。
 イチを連れていく叔父が言うに、半月もかけて鹿を生け捕りにする狩りだそうだ。罠に追いこむもので人手も要る。それでイチにも初めて声がかかった。

「なぁ、おんじ。山の神様ってのはどんな神様なんだ?」

 しかし、イチは村の爺様婆様から、山の神様についていろいろと昔話で聞かされていた。ただ、大事なオキテを守るのは当たり前だと。つけ加えるように、あれはするなこれはするなと言うから、とてもじゃないが覚えきれなかった。初めて山に登るイチにとっては、知らないことがあるのは恐ろしい。

「おう、ありゃあ、都の方の連中が気が狂うほど怖れてるウシオニ様ってやつよ」
「ウシオニ?」
「おうよ。人間を襲って食っちまう怪物ってやつだ」
「それが神様なのか?」
「あぁ。なんせ長生きで、人間が知らない事をいろいろと知ってるらしいからな」

 人間が理解できない、圧倒的な存在を何でも神様として祀る。日の本によくある風習らしい。他にも形のない嵐や地震、飢饉にまで神様がいるそうだから面白い。
 叔父はよく都の方から来た商人と毛皮の売り買いをしている。だから、イチにこういう面白い話も教えてくれるのだ。

「それに、めったに人間は食わねぇらしい。普通なら、山を歩いていて目の前に現れることも、襲われることもまず無い」
「もしかして、悪い奴しか食わないのか?」
「いんや、悪い奴は殺すが、あんまり食わんらしい」
「じゃあ、人間を食うってのは……」

 そうイチが聞いたとき、叔父はニヤリと笑った。そしてイチを指差す。

「婿さんを食っちまうんだとさ」
「婿?」
「おうよ、何十年何百年に一度のことだがな。山から下りてきて、気に入った婿を連れて帰るんだと」

 ウシオニといっても、牛のように力強い怪物という意味で、現実には蜘蛛のような巣を作るらしい。蜘蛛といえば、雌が雄を食ってしまう様子をイチも見たことがあった。

「普通の蜘蛛ならまだ雄が逃げることもあるが、ウシオニ様相手じゃどうにもならねぇ。腰が抜けるまで吸い尽くされて、気を失ったらもうお陀仏よ」

 なるほど、しかし、それなら何故イチを指差したのだろうか。

「ん? そりゃお前、ウシオニ様は当然だが人間慣れしてないからな。女慣れしてない奴の方が好かれるってもんよ」

 イチは苦笑いした。ようは童貞を馬鹿にされたうえに怪物の餌になりやすそうだと脅されたのだ。気休めに山の神様のことを聞こうと思ったのに、とんでもない話だ。特に童貞は望んでやっているわけではない。その点では、ひどく苦々しい気分だった。








 イチがふと、木々の隙間に人の顔を見つけたのは偶然。鹿を追っている最中のことだった。一度だけ視線を逸らしたが、もう一度見てもやはり居る。
 太い幹から顔を半分覗かせて、女がこちらの様子を見ていた。

「………」

 当然だが、イチは玉が縮むような心地だった。
 この山は女が登ることが禁じられている。ならば細かくは考えるまでもない。女がいたとすれば、それは妖怪などでおおよそ間違いないのだ。実際に、女の顔の位置もどこか不自然に思えた。そうだ、あれでは背の高さが七尺では済まない。

「う、ウシオニか?」

 イチがそう言った瞬間、女がぬっと木の陰から身体を乗り出した。
 それは裸だった。その青黒い肌にはつい息を飲む。だが、豊満な乳房が揺れるのを見て、男の性でつい反応してしまうのが少し哀しい。顔だけ覗かせていたときにも思ったが、頬を艶っぽく染めた様子は器量良しの娘のようだ。角の片方が折れた様が、顔半分でイチにもしや人間ではと思わせた正体だった。
 だが、それにしても美しく、イチはつい見惚れてしまった。

「は、はは……」

 逃げもせずに立ちつくしていた。
 それから、ほどなくイチは再び息を飲む。下半身までスルリと、腰の丸みが見えるだろうというところまで出てきて、しかし繋がって出てきたのが巨大な蜘蛛の胴体だった。
 ゆっくり
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