初夏が近づいてきたのか、最近は気温が高い日が多い。なので貴重な日曜日を削って俺はアイスを買いに行く。何故こんな大袈裟に言っているのかというと、俺の家は結構郊外にあるせいか、最寄りのコンビニに行くのにも二十分はかかる。なので少し出掛けるのにも覚悟が必要なのだ。
日差し対策に帽子を被ると、水筒を持って外へ出る。暑い。只ひたすらに暑い。サンダルから伝わる熱からして、鉄板の上でも歩かされている気分だ。よくこんなくそ暑い所を、幼い俺は走り回っていたものだ。大人に近付くにつれ体力が落ちるのだろうか。
若くに自分の老いを自覚していると、正面から見慣れた姿が見えた。魔物娘になった象徴であるピンクの毛に角と尻尾、そして大人しい印象を裏付けるメガネ。間違いなく、先日一線を越えた幼馴染みであった。横断歩道で新品のように輝く本を読みながら信号待ちをしている。きっと本屋に行ったのだろう。しかしアイツは、相変わらず表情筋が死んだような無表情だ。
「おーい」
ちょうど周囲に人も居なかったので、大きめの声で向こうに聴こえるよう声を上げる。すると視線を上げ、こちらの顔を見るとまた本に視線を戻した。せめてハンドサインで挨拶してくれても良いじゃんかっ。
そんな風に思っていると、信号が青に変わったので横断歩道を渡り始める。へへ、ちょっとおどかしてやるか。いきなり肩に手置いてやろう。我ながら小学生じみてるけど。
ちょうどすれ違うという瞬間。肩に手を置かれていたのは俺の方だった。
一瞬の沈黙の後、俺の耳に一言だけ、彼女は呟く。
「お前を犯す」
デデン!と俺の身体に衝撃が奔る。今…なんと言った!?
俺を──『犯す』と言ったのかッ!?いつも攻められてばかりのコイツがッ!今この場でッ!
「待ってるから」
それだけ言うと、ヤツは本に視線を戻し歩いていく。待っている、というのは俺の部屋でだろう。アイツには合鍵を渡してあるし。
しかしあの自信はなんだ…?いつも挿入しただけで背筋を反らしてイッていたアイツが、いったいどんな理由であれ程の自信を────?
「なんなの、あの娘……」
一人横断歩道の真ん中に取り残された俺は、小さくなっていく幼馴染みの背中を眺めながら呟いた。
その後、アイスを買い終えた俺は溶けないように必死に走る。そして、自宅へ辿り着くとドアの前の光景に息を飲んだ。
───『ヤツ』が部屋にも入らず、立っていたのだ。汗だくになって。
この気温の中、屋内に避難もせず立ち続けていたら、それは汗をかくだろう。だが、何故そんな事をしているのか理解が出来なかった。否、無意識の内に理解するのを諦めていたのだ。
『理解するのを諦めるなッ!』という言葉を掛けられた感覚を覚えた俺は、必死に足りない頭をフル回転させて原因を探った。
合鍵が無かった?違う、確かに渡した。
本を読んでいたかった?違う、手に本を持ってはいるが、何処かで見覚えのある栞を挟んで閉じている。
そして、鼻腔をくすぐる匂いからついに理由が判明した。
淫魔の体液は、異性に対して様々な効果があると聴く。発情させるものや性欲を増大し続けるもの、性器をでかくしたりだの、色々あるらしい。
つまり…アイツは、汗の匂いで俺を発情させたのだ。そして俺は見事に勃起していた。あの自信の理由はそういう事か…!
方法は分かるが、強制的に発情させたんだ…!俺を、犯せるレベルまで!
俺と視線が合うと、ヤツは僅かに口端を吊り上げて、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。そうか、つまりそういう事だったんだな。だが……
「誤算だったな……」
「誤算?あぁ、私がこういう手段に出るとは思わなかったんだろう。だが君も甘いな、これでも勉強しているんだよ。自分の身体についてね」
手に持った本の表紙を見せつけてくる。その本には『サキュバスのからだのひみつ』と幼稚園児のような丸文字でタイトルが書かれていた。
「……違うな、俺が言った誤算とはそういう意味じゃない…」
「……なんだと?」
「超ヤリタイヤ人は俺ひとりじゃない……ここにもいたということだ…!!自分の顔を鏡で見てみるんだな…!」
そう、サキュバスになったとはいえ、まだ半分程度だろう。何しろまだ、アイツは『レッサーサキュバス』なのだから。『淫魔』としての部分は大丈夫かもしれないが、残った『人間』の部分はどうだろうな……!!
「し、しまったあっ!!」
「こっちだ、ついてこい」
「あっ……」
強引に手首を掴み、部屋のドアノブを壊す勢いで回して開き、部屋に連れていくと即鍵を掛けた。
……意識がハッキリしたのは、夕方だった。アイスは溶けて無くなっていた。かなしい。
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