長い半年間だった。私が最も長く共に過ごす相手は必然的にキャスであり、私は耐えに耐えた。今思えば耐える必要があったかどうかは定かではないものの、曲りなりとも彼女の元で暮らす事になったのだから、最低限のマナーは守り粗相を起こさないよう努めたつもりだった。その日は特にする事もなかったので、共同の寝室を出てから普段私が使っている居間でスティーブン・ハンターのペーパーバックを読みながら10時ぐらいまで過ごし、ソファから立ち上がり地上へと上り、玄関を出て菜園の世話をした。ラディッシュの育ちが微妙に悪いようで、さてどこを間違ったかなと現実逃避をしながらズッキーニの調子も見てみた。こちらはそろそろ収穫できそうだ。いずれ食卓に上がるだろうな、と新たな楽しみを覚えながら11時半頃には再び地下へ戻った。
着替えてから居間でソファに寝転びながら、そろそろ昼食でも作ろうかと考えた矢先、不意にキャスの事を意識してしまった。昨夜も彼女は無防備にも私の隣で眠りに就いていた。私は気合で何とか眠れたが、この戦いはまだまだ続きそうだった。久しぶりに手淫でもしようかと考え、私はどちらの手を使っていただろうかとローランド・デスチェインさながらに下らぬ想いを馳せた。あの小説に登場するかのガンスリンガーは両手効きなので不味そうなロブスターの襲撃後も事なきを得ていたが。
いかんいかんと私は頭を振り、ラジオを付けて気分を切り替える事にした。雇い主(?)の自宅で一発抜くわけにはいかんだろうと自分に言い聞かせ、何かイギリスの流行りの曲でも流れるかと期待していたが、あろう事か何故かシカゴの「素直になれなくて」が流れ始め、慌ててラジオを消した。何となくあの曲はキャスを想起させる。
それから東洋の禅について考えながら必死に振り払おうとしていると、妙に甘ったるい声が聴こえてきた。最初は気のせいかと思い、耳を済ませた。もちろんそれが意味するところは明白だが、人間は想定外の事態に陥ると現実を虚構ではないかと疑う事がままある。嘘だろうという気持ちとアホ臭い期待の混ざった気持ちが混ざった状態で耳を澄ましているとやはり再び聴こえてきた。
キャスも人並みにそういう欲求はあるのだろうし、その事でとやかく言うつもりはない、と冷静なフリをしながら平常心を保とうと努めた。しかしソファに寝転がったままだった私は立ち上がろうとして不意に大きな音を立ててしまい、それと同時にキャスの甘い声は途絶えた。私は血の気が引いていくのを感じながら昼食の準備をしようと居間を出た。正直なところかなり溜まっていたが、そうでない風を装った。
2人だけの食堂として使っている部屋―キッチンもあった―で準備を済ませ、テーブルの上に乗せていると、ドアが開きキャスが入ってきた。今日の昼食は私が作り、サラダと鹿肉ステーキ、マフィンを作り、ついでにエッグ・ベネディクトも作っておいた。朝食向けではあるが、いつかのホームパーティーで誰かの奥さんが作ったエッグ・ベネディクトの味が忘れられなかったので度々空いた時間に練習していた。私は彼女に所有されているのだから、こうしたささやかな文化侵略による反撃をしても構わないだろう。
私は何気ない風を装いながらキャスの方を向いたが、彼女の顔が思いの外上気しているのを見るや、料理の方を見るフリをして顔を背けた。正体を見せた時に見せたあの煌びやかな服は正装らしく、普段は翼を隠し自然な服を来ているのだが、普段着から感じるエロスというものも、それはそれで馬鹿にならない事を私は知らないわけではなかった。気まずいのはお互い様らしく、食事中もあまり会話はなかった。私はしたたかにベネディクトをキャスに勧めながら考えた。ヴァンパイアは最初、男を血の供給源にして召使いとして使う。だが彼女は未だ私の血を吸ってはいない。他の誰かの血を吸っている様子もない。更に言えば、ヴァンパイアの生態から考えてゆくゆくは我々の関係も…。
ムラムラとした気持ちを断ち切るため私はキャスに、もし私に手伝える事があれば何でも言って欲しい、できる限りの事はするからと告げた。
その晩、食事と風呂を済ませ、共同の寝室でベッドに腰掛け、ベッドから漂うキャスの匂いを意識せぬよう耐えながらペーパーバックの続きを読んでいると、キャスが部屋に入ってきた。しかし見てみると彼女はあの正装姿―上着や装飾は取り払っているが―で、一体何事かと私は疑問を抱かざるを得なかった。私が近くのテーブルにペーパーバックを置くと、彼女は無言のままじっとこちらを見ながら真っ直ぐ歩いてきた。妙な威圧感を感じながら次に起こる事態へ身構えていると、キャスが私の左隣に腰を下ろした。次に何が起こるのだろうかと考える間も与えず、キャスは私の左腕に抱きついてきた。いよいよもってヤバい展開になってきた事
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