キキーモラさんの一日ヘルハウンド

「わたくしがヘルハウンドさんに…」
突拍子もない主人の要望にキキーモラは難しい顔をして固まっている。
主人の方もいつも冷静な彼女がこの無茶な『お願い』に困惑する姿を観たかっただけで、ここまで深刻そうな顔で押し黙られるとは思ってはいなかった。やっぱりやめておくよ、と言おうと思った直後
「わかりました。今日一日わたくしの種族はヘルハウンドです」
まるで戦地に向かう兵隊のような、悲痛さと覚悟をもった表情でキキーモラは応えた。
「そんなに無理してやらなくていいんだけど…」
主人もここまで険しい顔をさせようとは考えていなかったので、中止を促したが、
「いいえ、ご主人様から仰せつかった限りは完璧にやり遂げる。
それがメイドの本懐でございます。かならずヘルハウンドさんになりきります」
彼女の気迫にしり込みし始めた主人をよそに、キキーモラはメイドとしてのプライドと熱意を燃やし始めていた。
「ですが、ヘルハウンドさんになりきる前に確認しておきたいことが少々ございます」
彼女は仕事に取り掛かる前には必ずこの手の『確認』を行うようにしている。仔細を言われずとも主人の求める行為は把握できるが、『確認』こそが優秀な使用人としての常識である彼女は思っていた。、
「なんでしょ?」
正直なところ、主人としては今回の件はからかう意味もあったが、わがままなヘルハウンドになりきらせることで彼女の望みを少しでも叶えることが出来ればという普段の慰労という意味も少なからずあった。
しかし、いつもどおりに真面目な仕事の顔をしてルーティーンをこなそうとしているキキーモラに主人としては苦笑いするしかない。
「ヘルハウンドさんの種族上、
 ご主人様を『屈服』させていただくことになりますが…よろしいでしょうか?」
彼女は少しだけ意地悪そうな魔物としての笑みを浮かべて、主人に問いかけた。
「もうキミがいないと生きていけないような状態だし、すでに屈服済みじゃないかな?」
食事や洗濯掃除どころか、財産の管理、人脈づくりのパーティの段取りまで、あらゆることの世話をしてもらっている主人はすでに彼女に生殺与奪を丸投げにしている状態である。それに対して疑問を感じることすらなくなった今の状態は確かに『屈服』と呼べるもので、主人の言葉も本心から出たものであった。
「えっ?いえ…そういう『屈服』とかではなくて…
 わたくしがご主人様をその……なんといいましょうか…」
キキーモラはあくまで求められることによって性の奉仕を行う、誤解を恐れずに言えば清楚な種族であり、しかも、彼女はその気質が強く出ている。
間接的な誘惑(ほぼ無意識なものであるが)や婉曲な性表現を使いはするが、自身がこれから積極的に主人を犯すということを直球で説明するのは、彼女が生きてきた中で想像すらしたことがないものであった。そして、それをあらためて自覚した彼女に先までの蠱惑的な笑みを維持するほどの冷静さはない。
「ん…?あぁ…
 そうそう、一つ注文を付け忘れていたよ」
「は、はい!なんでしょうか?」
「ヘルハウンドは男の方から積極的に求めても喜んで受け入れてくれるらしいから、
 俺もそんな誘い受けなヘルハウンドがいいなぁ〜…って」
言い淀みしどろもどろのキキーモラをみて可愛らしいと思う反面、真っ赤になった顔と、いつもは優雅に垂れている犬耳が高速ではためく様子を見て、主人は助け舟を出す以外なかった。
「!…承りました。ご主人様の仰せの通りに」
隠してはいるがはた目から見てもホッと胸をなでおろしたのがわかる。
「他に何か確認しておきたいことはあるかな?」
「いいえ、ございません」
「じゃあ、今から一日、ヘルハウンドさんになりきってもらおうかな!」
「始める前に一つだけさせていただきたいことが…」
「なんでしょ」
「ヘルハウンドさんになりきるための服を作らせてくださいませ」
「 ふ く ?」
自分が何を言っているのかわかっているのか、と主人は思わずにはいられなかった。
「このメイド服のままではいくら口でヘルハウンドだ!
 といっても説得力がありませんから、まずは形から…というわけです」
「それはそうだけども…」
彼女に露出狂の気があるのではないかと心配になっている主人と対照的に、キキーモラは平静を取り戻し気品のある微笑を浮かべている。
「そのためにご主人様の書斎の魔物娘図鑑を読ませていただきたいのですが」
「もしかして、ヘルハウンド見たことない…?」
「お恥ずかしながら…習性などは本で読んだことがありますが、
 どのような姿をしているのかは存じておりませんでした」
「読んできていいけど…無理しなくていいからね?」
「ふふっ、承知いたしました」
彼女が主人の言葉を『複雑な服装であるため作成するのは困難である』と受け取っていたために漏れた笑声であ
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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33