たまの休日、散歩でもしようかと思って町をぶらぶらと歩いていたら、気がつけば森であった。他に説明のしようがない、ぼうっと店の品物や行き交う人々を見ていたら薄暗い森の中にいたのだ。
「…何か不味い物でも食べてしまったかな・・・?」
今日の朝は食べてないから夕食か…特に心当たりがあるわけでもない。オーソドックスに頬を抓ってみたが、これってそんなに痛いものでもない気がする、だが一応感覚らしきものも存在することはわかった。となるとやはりこれは現実に相違ないということになる。もしかしたらどこかの魔法使いが魔法を失敗させてそれに巻き込まれ転移させられたのかも知れない。しかし、その場合は幻覚をみているよりも更に厄介だ、ここがどこか全く検討もつかない。何か手がかりになるものはないだろうか…?
「本当にどこなんだここは…?」
周囲を見渡して見ると、少し先に道が出来ていることに気がついた。そして、道に出てみると、長い一本道であることもわかったのだがどちらも鬱蒼と木々が生い茂っている。さすがにどちらか闇雲に歩いていくのは無謀すぎる。いっそ、このまま誰か来るか待っているか…? いや、いつくるか分からない人を待つよりもやはりどちらかにいくべきか…道があるということは抜けることが出来るというわけだし…いやしかし…
「ん?」
考えあぐねて道につっ立っていると、前の方から紫色のシルエットがこちらに手を振りながら近づいて来ている。妙な色の服であるが、人であることは間違い無さそうだ。なんとか森から抜け出せそうである
「いやあ、どうも…初めまして」
はにかんだ笑顔を見せながら、(おそらく)ワーキャットが歩み寄ってきた。
「あ、どうも初めまして」
「ここに来るのは……初めて…だよね?」
どうやら答えが不安なようで、人差し指の指先(厳密言えば爪先)をつんつんと合わせながらこちらの顔色を伺っている。
「ええ、その通りです。気がついたらいきなり森の中にいて…どうしようかと、ほとほと困っていたところです」
「よかった〜。もう知ってる、なんて言われたらどうしようかと思ったよぉ」
溜息がこちらにまで聞こえてきそうなほど、安堵の吐息を漏らし、表情は満面の笑顔へと変わっていった。
「・・・それってどういうことでしょうか?」
「あぁ、ごめんね!自己紹介が遅れたよぉ。あたしはチェシャ猫のノア=ヘコです!」
「チェシャ猫?じゃあここは不思議の国?」
昔図鑑で読んだことはあるが、こんなフレンドリー全開の魔物だった覚えはない。
「そうだよ!道案内はお任せあれだよ!」フンス
「別に、兎を追いかけたわけでも子猫とごっこ遊びしてたわけでもないんですけど…」
「じゃあなんでか来ちゃったんだね」
「そうみたいですね・・・」
「でもせっかく来たんだからたっぷり観光するといいよ!」ボフン
「え…まあ明日も仕事は休みだし…今日だけなら」
「やったぁ!じゃあ、どこから、見てくぅ?」
そういうと当たり前のように寄り添い腕にぎゅっとしがみついてきた。悪い気がしないが流石に戸惑いを隠せない。
「ノアさんの…」「ノアでいいよぉ」「初対面ではちょっと…」「じゃあ、代わりにあたしがノアっていうね!」
「…ノアさんのオススメの場所はどこですか? 来たばかりでどこに何があるのかすら把握で来ていないので…」
「よかったぁ一緒だ!ノアも来たばっかだからわからないよぉ」
「…はい?」
「ノアもこっちに来たばかりだから、どこに何があるのかさっぱり」
「不思議の国出身じゃないの?」
「出身は宮城の仙台だよぉ」
「すごい意外な所から出てきたよこの人…
…てかそれでどうやって道案内するつもりだったんですか?」
「チェシャ猫だからなんか出来る気がしてたよぉ」
「……」
開いた口が塞がらない。緊急手術しなければ命に関わるレベルで。
「あ、ところで」
「え?何ですか?」
「牛タンもずんだ餅もそれ程好きじゃないよ!」
「うるせぇ!!」
「……やっと着いた…へんな双子に合わなくてよかった」
森を抜けると開けた土地に出た。
森を抜けるまで色々と話を聞いたところ、両親は不思議の国で出会い、しばらくはこちらで生活していたらしい。しかし、父の望郷の念からなのか、母のきまぐれさゆえなのかわからないが、現実世界に戻ってきたらしい。その後、彼女が生まれ、そのまま父の故郷で生まれ育ったそうだ。ほとんどチェシャ猫らしいこともせず育ったが、母の生まれ故郷の不思議の国に興味を持ち、自分もチェシャ猫らしくなりたいとやってきたということだ。
「随分時間がかかったね…」コシコシ
魔物の彼女も疲れたらしく、ほんのりと額に汗がにじみ出ている
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