十年経ったら結婚しよう。
そんな青臭い約束をしたのは、お互いに14歳の秋のことで。
それでもその時は、そんな約束を本気で守ろうと考えていた。
目が覚めた。まだ日は昇っていない。窓を開け、そこから見える時計塔で時刻を確認すると、いつもの起床時刻より二時間も早い。
寝直そうかとも考えたが、初秋の冷たい空気のせいで眠気はとうに覚めている。溜息をついて、仕方なく俺はベッドから出た。
口を濯ぎ、顔を洗って、かなり早いが朝食の準備を始める。日を熾す気にはなれなかったので、パンをいくつかと保存していた燻製肉、野菜を少しよそって出来上がりだ。どうせ朝早くからは胃も働かないので、少ないくらいで丁度いい。
神に祈りを捧げることもなく、代わりにあくびを一つして、俺は無言でそれを食べ始めた。風邪がカタカタと窓を揺らす音が、静かな家に響き渡る。
そんな、24歳の秋だった。
「おー、おはよう教授殿。相変わらず早起きだねぇ」
時計塔の鐘が鳴るころ、俺は近くにある仕立て屋を訪ねた。しばらくの友人である店長は、開店時間前に訪れた俺にも嫌な顔一つせずにそのように挨拶する。
俺のことを『教授』と呼ぶのは、俺がこれでも王都大の教壇に立っているからであり、そして店長は一年前の俺の教え子だったからだ。
「開店前にすまん。あれを取りに来たんだが」
「できてるできてる、うちの奥さんが張り切って作っちゃった。取ってくるね」
店長はそう言うと店の奥に消え、すぐに箱を二つ抱えて戻ってくる。カウンターに置いて蓋を取って見せれば、中には店長の卒業時に頼んだとおり、純白のタキシードとウェディングドレスが入っていた。
「うちの奥さんが、初仕事にウェディングドレスを作らせてもらえるなんて……って大喜びでさ。結構な良作に仕上がってると思うんだけど……お気に召しましたか、お客様?」
「素晴らしい」
手にとって見ると、今まで触れたどんな布よりも柔らかく、滑らかで、輝くように美しい。そこらの高級服飾店に置いてあってもなんら遜色ないほどの品だ。
「……大変な時期だっていうのに悪いな。代金払うよ」
「教授からは受け取れないよ。そもそもこの店を開くための元手だって返してないし」
「ついさっき、自分で俺のことを『お客様』と呼んだだろ? 客から代金を受け取らずにどうやって生計を立てるつもりだ。開店の元手は余裕が出てきたら返してもらうから、代金は受け取れ」
俺が指摘したとおり、直前に俺を『お客様』と呼んでいるため、店長も言葉に詰まる。こうなったら俺がどのようにしても代金を受け取らせるということは分かっているので、仕方なく、といった様子で店長は呟いた。
「……20万」
「100万だな。小切手で頼む。それから領収書は貰っておこう」
「ちょ、教授!」
「随分と我儘を言ったから、その礼だ。……というか、単純に考えて礼装一式の二人分なら100万でも安い方だ」
「そんなこと言ったってさぁ……」
「悪いけどこれから指輪も受け取りにいくんだ。手早く会計を済ませてくれないか」
まともに取り合う気のない俺を見て、店長は会計を済ませながらも、仕方なしどころかむしろ恨めしそうな目で俺を睨んでくる。無視して領収書を受け取ると、俺は手早く台車に箱をくくりつけた。
「じゃ、失礼する。重ねて言うけど、感謝してる。奥さんの方にも伝えてくれ」
「そりゃどーも。……ねぇ、リューちん」
「なんだ?」
教授、ではなく学生時代の渾名で呼びかける店長を振り返ると、つまらなさそうに小切手を弄びながら、
「……僕、結婚式に招待された覚えがないんだけど?」
「…………」
「いや、別に恨んでるとかそういうのじゃなくて。ただ、いろいろと気になってさ。リューちんに恋人がいたなんて知らなかったし、見たこともなかったしね。……聞いたとすれば、四年前に一回くらいじゃないかと思うんだけど?」
「……。マルス、何が言いたいんだ」
「まぁ、ほらアレだよ。マリーは覚えてる? 『黙ったら死ぬ女』のマリー」
「覚えてないわけがないだろう。あいつだけ一回留年して、一年長く面倒を見たんだからな」
「そのマリー曰く……『黙って静かにするなんてこと、死んでから存分にできるでしょ。生きてるうちは喋らなきゃ損!』だって」
「……あいつにしては良い言葉だな」
「僕もそう思うよ。だから、『生きてるうちは何でも喋って欲しい』と思うんだよね」
「…………」
押し黙る俺を前に、結局店長は溜息を一つだけついて。
「とにかく、帰ってきてよ。お金はちゃんと返すからさ」
「……気長に待ってろ。こっちも気長に待つ」
俺も結局それだけ答えて、軽く手を振って店を後にした。
町の北東には墓地がある。数百年前から墓地であるそこに大抵の村人は葬られ、墓を建てられ
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録