痛くて、熱くて、苦しくて目を覚ました。
「ぁあ! っいた」
不衛生な場所はヴィベルにとってはいいところだが、傷ついているときはあまり良くない。
あまりにも痛い。
そっと巻いてあった包帯をはがす。
「うぐぐぅ……あ」
ベリベリと乾いたところがはがれていく。中途半端な瘡蓋から軽く出血する。
「う、膿んでる」
膿んだ所をそのままにはできない。ヴィベルは深呼吸をし、傷口を手で添えた。ゆっくりと力を入れていく。
「ぅぅぅ………グ」
少なくない出血と大量の膿が出てくる。目の前で火花が散ったような、頭を殴られたようなショック。何度も繰り返し、薬草を口で噛みつぶして傷口に塗る。それから渡された包帯を新しく巻いた。
「ミ…リア…ちゃん」
ここしばらく誰ともしゃべっていない。
アッシュの虐待もないが、しゃべってくれる人もいない。食事を運んでくれるのは、あのワーウルフのカーミル。1言もしゃべらずに行ってしまう。
「手は、治ってきた……」
まだ動かすと痛いが、軽く握る程度ならできるようになっていた。魔物という丈夫な体に生まれたおかげだろう。
「逃げる……できる?」
カーミルは大雑把な性格らしく、時々牢屋のカギをかけるのを忘れる。最初見たときにすぐ逃げださなかったのは、出血で満足に動けないので捕まるからだ。
足りない血は大分戻ってきた。足のけがの状態は良くないが、飛べば問題ない。
「行ける?」
用心に用心を重ねなければならない。もし捕まってしまったら、次こそ死んでしまうに違いなかった。
力を封じる拘束具は外に出てしまえばどうとでもなる。とにかくここから脱出することが先決だった。
いつもより長く羽の調子を確認する。力を封じられている以上、戦闘になれば絶対に負ける。狭い牢屋の中を旋回するように飛ぶ。
少し足が痛むが、出来ないことはなさそうだった。
「…よし」
いつでも逃げる準備はできている。あとは深夜になるのを待つだけだった。
少しでも体力を温存するためにベッドに入り込んで眠ることにした。
「……ぃ…た」
足の痛みで目を覚ますと、夜になっていた。扉の前には冷めた食事が置いてある。
「これがここでの最後の食事にするんだ」
残さず食べ、足に新しい包帯を巻き、牢屋の扉に手をかけた。
―――キィィィィ
今日もカギはかかっていなかった。
夜目は効く方だ。
暗い通路にはだれもいない。自分の心臓の音が耳元から聞こえる。
「ハァ」
1歩ごとに止まり、何度も耳を澄ませる。
牢屋の通路から上に上がる階段。その横にたくさんのカギが置いてあった。
「もしかしたらこの鍵があるかも」
鍵を触ると音が鳴る。触らずに目を凝らして、自分の腕のカギ穴と同じものを探す。
「コレか、コレだ」
たっぷりと時間をかけて、2つまで絞れた。
1つ目のカギはほかのカギと一緒くたにまとめられていない。安全なものから試す。
「回らない……これじゃない」
もう1つの鍵は10個くらいの束の中にある。これを持ったら確実に大きな音が鳴る。
ヴィベルは息を呑み、できるだけゆっくりと鍵を手にした。
チャリ…チャリ……カチャ
「…よし」
鍵穴はぴったりだ。久しぶりに体をめぐる魔力に安心感が芽生えた。
治癒の魔法は苦手だが、自分の手足に魔法をかけた。
だいぶマシになってから、階段を上がっていく。
蝋燭の明かりもない階段は踏み外しそうで怖かった。もしこの先にアッシュがいたら、全部が罠でほくそ笑んだアッシュがいたら。そんな考えが頭をよぎった。
「うまく、いきすぎてる?」
それでもここまで来てしまった。いまさら引くわけにはいかない。
「あったりー!」
突然後ろから声がした。
「きゃあ!」
フヨフヨとゴーストが浮いている。
「きゃはははははははははははは! バアーカバーカ! 飛んで逃げてみろ蠅!」
不気味な笑い声とともに壁の中へ消えてしまう。
それよりも問題なのは、逃げ出したことがばれたことだ。ヴィベルは恐怖に駆られるまま走りだした。
階段を一気に駆け上がり、廊下の窓から飛び出した。まだ間に合う、まだ逃げることができる。そんな淡い期待は………
「……思ったより遅かったな」
絶望によって裏切られた。
三日月が綺麗な夜。
あのジャングルで出会った時と同じ恰好で、アッシュが待ち受けていた。後ろには複数の影、ヴィベルからも気配を感じた。
「な、あ…う」
「俺を倒せれば逃がしてやる。もし負けたら……」
チャキ、と剣を鳴らす。
「あ、ああぁ、あ、わあああああああああああああああ!」
魔力を全開にする。
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