始まりと僕の周り


「ハァイ! アラン。今日もいいお尻しているわね」

 食器を運んでいるところでお尻を触られて、危うく落としそうになった。

 この少年の名はアラン。酒場でウェイターの仕事をしている。本当は厨房で働きたかったのだが、店主のサキュバスが『かわいいんだから、表に出て客を集めなさい!』なんて言って、ホールで働くことになったのだ。

 年齢的にいえば少年ではないのだが、精神、体ともに成長が止まっているので少年で問題ない。

「ちょ、危ないじゃないですか!」

 客の魔物たちはそんな様子のアランを見て楽しんでいるようだった。周りから笑い声が響く。

「ゴメンゴメン。おっぱい吸わせてあげるから許して〜」

 服をめくって胸をはだけさせる。その行為にアランの目線は一瞬釘付けになり、ハっとしたようにそっぽを向いた。そんなウブな行動が周りの魔物たちを喜ばせることに気がつかない。

『キャ〜、カワイイ〜』

「もう知りません!」

 顔を真っ赤にしてその場を後にするアラン。その後ろ姿に欲情した眼で見られていることに気がつかないのであった。

「はい、ご苦労さん」

 葉巻の甘い匂いが鼻に纏わりつく。店主のサキュバス、ヴィーニーだ。いつも気だるそうにしている。黒く長い髪の毛は艶やかで、青が基調となったドレスを着ている。胸元が大きく開かれ、目線に困るような服を着ているのが特徴だ。

「はい、ヴィーさん」

 時間は6時ほど。アランは朝7時の開店時間と共に働き始め、この時間に上がる。その時間を狙って魔物たちが表で待機しているのもいつもの光景だった。

「いつも通り最後の仕事をお願いね」

 いつもの仕事とは、早めの夕食をこの店で食べることだ。

 そうすればアランを狙っている客が次々に注文してくる。彼はこの店の売り上げに大きく貢献しているのだ。

「……はい」

「いつもながら大変ね」

 フフフ、と。無駄に色っぽい目でアランを見る。

 今でこそ無理な色仕掛けはしてこないが、最初に働き出した時には酷かった。ワザと下着姿でうろついてみたり、服に飲み物をこぼして脱がそうとしたり。

 アランがマジ泣きしてからは無理に迫ってくることはなくなったが、今でもこうした遠まわしな色仕掛けはしてくる。

「ホールで食べてきますね」

 色仕掛けには屈しないぞと、踵を返して表に出る。だが、そのほほが赤くなっているのを見逃していない。

「あ〜ん、もう! 可愛いわぁ〜」

 アランがいなくなってからクネクネと身もだえるヴィーニー(彼氏無し)だった。



「アランくーん! 私の膝の上においでよ〜」

「アランちゃーん、私のところにおいでってばー」

 お酒を出すところなだけあって、酔っ払いが絡んでくる。

 アランは愛想笑いをしながら丁重にお断りして、端のカウンター席に移動する。

 そこはいつもの彼の席。静かに食べていたいが、周りの魔物たちが勝手に注文し、次々に料理が並んでいく。

「…いつも大変だな」

 カウンター席の隣にはドラゴンのリュミドラ。彼女はこの時間によく来るお得意様だ。それに、変にくっついてこないので安心できる人の1人だった。

「いえ」

 黒い翼、鋭い爪。いつもこの人の空間だけ静かだ、切り取ったように。琥珀色の酒をゆっくりと傾けている。

 それに比べ、アランは足を撫でられ、後ろから抱きつかれ、食べ物を口に運ばれ、まるで愛玩動物のような扱いで騒がしい。

「アランちゃーん、あーん」

 無理に跳ねのけることもできずに、されるがままだ。アランはこう言った状況で自分がひどく幼稚な気がしてしまい(実際に少年の姿だが)恥ずかしくなってしまう。

「じ、自分で食べられますから」

 そう言いながら口に運ばれた食べ物をどんどん食べてしまう。

 酔いどれが集まる酒場では無理に抵抗すると、ムキになってからんでくる場合がある。なので、されるがままになってしまうのが一番早く解放されることだと学んでいた。

 注文されたものは予想通り食べ切れない。それを周りの人たちで分け合うのも見慣れている。

「もうポンポンいっぱいでちゅか〜?」

 ボブゴブリンが寄りかかってくる。というか、正面から抱きついてきた。

 このボブゴブリンの名前はプウィル。いつもこの場にいる時には酔っているが、今日は特に酷い酔い方をしているようだった。

 豊満な胸で呼吸ができなくなりバタバタと暴れる。だが、怪力で有名なボブゴブリン。その程度ではびくともしない。

「ムムムグググ……プハァー!」

 戒めから解かれたのは、リュミドラが助けてくれたからだった。ゼーゼーと酸素を取り込む。

「プウィル、いい加減にしろ。アランが苦しがっているだろう! …大丈夫か、アラン」

「ありがとうございます」


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