――ホーッ、ホーッ……
――パチパチ……
夜の山道は、静かだ。
しかし耳を澄ませば、いろいろな音が聞こえて来る。
フクロウや獣、虫の鳴き声、焚き火の薪が燃える音、そして仲間の寝息。
彼は周囲の音に耳を澄ませながら、焚き火の側で寝ず番をしていた。
勇者として選ばれて6年、20歳まで生まれ育った町を3人の仲間と共に出発して1ヶ月、魔王打倒への道のりは、いろいろな意味でまだまだ遠い。
――しかし、いつかきっと辿り着いてみせる。そして、必ずや人類の敵共を討ち滅ぼしてみせる。
さしあたってこんな所で斃れる訳には行かない。
賊、獣、魔物、何が来ようと、自分と仲間の身は守り切ってみせる。
自分の後ろ、洞穴の中で眠る仲間たちには指一本触れさせはしない。
装備の手入れをしつつ、彼は周囲の警戒を続けていた。
その矢先、後ろから鳥の羽音の様な物音。
「…………誰だ?」
「夜分遅くに失礼しまーす、ってね」
背後に只ならぬ気配を感じて振り返ってみれば、洞窟の中には一匹の魔物の姿。
四足獣の手足、コウモリの羽、トゲの生えた尻尾を持つ魔物、マンティコアだ。
警戒を怠ったつもりは無いが、何故間近まで気付けなかった……!?
「いつの間にそこに……失せ…………ちっ」
「おぉー、流石は勇者様。鋭いねぇ」
彼は「失せろ」と言い放ちつつ側に置いてあった剣を抜き、またもう片方の手で魔法を繰り出そうとして、途中で止めた。
マンティコアの尻尾が、仲間の一人の顔に食らいつこうとしていたのが見えたためである。
「止まれ、そして大声を出すな、さもなくばこいつを殺す」……そう無言の内に語り掛けている。
こいつは相当な手練れだ、万全を整え、全力でかからなければ自分一人で勝てる相手じゃない。
ましてや人質を取られている状況で下手に動く訳には……。
激情に駆られかけながらも冷静に判断し、彼は臨戦態勢を保ちつつマンティコアを睨みつけるだけに留める。
「良い判断だねぇ。もし君がもう少し利口じゃなかったらこの子の頭はぶっ潰れてたよ」
心中穏やかではない彼とは対照的に、マンティコアはけたけたと笑いつつ語る。
――全く無防備な仲間たちを人質に取られている、どうする? 考えろ、考えろ……。
彼はマンティコアの言葉など全く聞かずに打開策を頭の中で巡らせている事を知ってか知らずか、あくまで楽しそうに続ける。
「剣士に弓兵にプリースト……男の子が3人に女の子1人なんて、ケンカにならない? それとも三人で仲良く共有しているのかな?」
「黙れ、お前の知った事じゃあない」
「つれないねぇ……でもそんな態度取って良いのかな?」
マンティコアはその口の様な尻尾を、未だ眠ったままの仲間の頭に近付ける。
思わず手と足が飛び出しかかるが、策も何もない今はまだ、奥歯を噛み締める事しかできない。
「よせ、俺は良いが仲間には手を出すな……! と言っても、魔物相手じゃ望むべくもないか……」
「そうだよ? アタシらは魔物だかんね、卑怯上等、極悪非道でナンボだよ」
「――と本来なら言う所だけど、仲間の為に自身を差し出すその心意気に免じてチャンスをあげよう」
遊びにでも誘うように、にやけた顔で人差し指を上げながら。
尻尾のトゲを、仲間の首筋に突きつけながら。
「何?」
「簡単なゲームだよ。君が勝てばすっぱり諦めるよ。その後は野宿を続けるなり逃げるアタシを追撃するなり、好きにすれば良い」
「俺が負ければ?」
「勿論、殺す。まずこの弓兵の子を頭から食らい、次に剣士の子を脚から頂き、その後女の子をお腹から貪り食らい……」
「――そして最後に君を……そうだな、脚から食べようか。長く悲鳴が聞けるようにねぇ……?」
つまり、「仲間が殺されて行く様をむざむざ眺めていろ」「最大の苦痛と屈辱を味わわせながら殺してやる」と。
狂気と快楽に歪むマンティコアの顔を、彼は反吐が出る思いで見つめる。
口ではチャンスをあげると言いつつも、彼には選択の余地など与えられてはいない。
どの道、この状況を全員無傷で切り抜ける方法など無い。
マンティコアはそれを分かって、自分を「ゲーム」に誘ったのだ。
「ダイジョブダイジョブ、勝てば良いだけさ。君が神様に選ばれし勇者様なら、何と言う事は無いお遊びだよ」
「……何をするつもりだ。トランプか、チェスか?」
「そんなんじゃないよ。君はただ――」
――夜が明けるまで、声を出さずにいれば良いんだよ……
「……っ! ……っ…………!」
「ん……れろ……おやおや、まだ1時間もしてないのに随分苦しそうだねぇ。夜はまだまだ長いよ?」
地面に寝かせた彼の身体をひとしきり舌で舐め回したマンティコアは、彼の表情を見て満足気に顔を歪ませる。
マンティコアが提示したルールは3つ。
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