その地は乾いていた。世界でも指折りの広大無辺な土地を持つその大陸は、狂気に満ちた山脈がある極点を除けば、世界で最も大規模な砂漠を内包していた。そしてその砂漠を南から北の内海へ貫くように流れる大河があった。
かつてその大河を中心にして、この地には太陽神を崇め自らをその化身とする、強大な力を持った王達が連なる王朝があった。だが彼らは主神を奉じる者共に敗れ、今はその栄華と共に砂と風の下に消えた。
太陽神の恩寵と、その過酷な地で生きるための民達の知恵、主に魔術的なそれは戦いで失われ、その後にそこで人が栄える事を難しくした。侵略前は広大な版図を誇っていた王国は縮小し、現在は大河に寄り添った地でのみ人の文明圏を築くにとどまっていた。
大陸を縦断するその河の東側には人の王国が有り、河から西には砂の陰影が風以外の手に付かず広がっていた。そこは人外の地であった。かつて滅びた王家に対する畏れもあって死者の砂漠などと呼ばれ、禁忌の地として立ち入りを禁じられていた。
実際名うての墓泥棒や罪人などが、何度か河を渡りその地を踏み分け入っていったが、帰って来たものは誰一人としていなかったという。
だがそんな未踏の地に、一定の横幅と縦幅を維持したまま、二つの跡が河から続いていた。その先には背を丸め疲労を感じさせる挙動ではあったが、首から下をすっぽりとくるぶしまで覆われた、ベージュのワンピースとターバンに身を包んだ一人の男がいた。
年若い青年で高い鼻と意志を感じさせる瞳、整った眉と薄い髭を湛えた口元は堅く引き結ばれ、一歩、また一歩と、指と指の間に熱い砂が吹き出て、足の縁がすっぽりと砂に埋もれる感触を彼に伝えてくる。
男は河を越えてきた。その大河は広い所では数キロ、狭いところでも数百メートルの川幅を誇っており、たとえ緩やかな流れの河とはいえ、超えてくるのは容易ならざる事であった。そんな彼にとって地面は踏みしめるに頼りなく、まとわりつく砂粒さえ重く感じられた。
だが男は振り返らない。唯一の飲み水に背を向け、何の当てがあるのか男は只ひたすらに奥へ奥へと歩き続けていた。しかしないのだ。あてなど何処にも、男は逃亡者であり、追手から逃れる唯一の手段が、この魔境の奥地に踏み入る事しかない。ただそれだけなのであった。
いくつの砂丘を越えただろうか、自身の足跡は既に消えたか見えないだけなのか、確認する事すらできず。今引き返して果たして元の場所に戻れるかと問われれば、男としても甚だ疑わしい状況であった。だから進む只管に……
そうして一体どれだけ足を上げ下げしただろうか、太陽が高度をだいぶ下げてきたある時、男はとうとう崩れる砂に足を取られ、そのまま踏ん張る体力も無く転がっていった。三半規管をシェイクされ、目鼻や口には砂が飛び込んだ。
転がり終えた後、耳の奥が粘ついた熱でガンガン痛んだ。体を焼いているのが熱せられた砂によるものなのか、それとも溜まりつづけた疲労によるものなのか、もはや男には区別がつかなくなっていた。
悪態をつきつつ砂を勢いよく吐き出そうとしたが、張り付いた唇は少ししか開かず、砂も頬や顎を伝うようにしか出せなかった。まともな言葉をひり出す事は夢のまた夢だ。
男は暫く自身の鼓動に耳を澄ませていたが、それに被さる様に地鳴りが響いてくるのを聞いた。いや、聞くというより体で感じていた。
風も無いのに砂が動き、砂丘の下に居る男の体を少しずつ覆っていく。男は手をツッパリ何とか四つん這いになると周囲を見渡した。
砂が生き物の様に動いていた。盛り上がりが男をめがけ突進してくる。もはや地の鳴動は砂に耳をつけずともハッキリと聞こえ、その音は一瞬止んだのち砂中から音源となった巨大な物が飛び出した。
岩で作った節のある巨大な柱、それを見た男が最初にイメージしたものはそれだ。だがそれは屹立した後、ゆっくりとだが体を波打たせながらその場で回転を始める。
次第に先端部ついている縦三つに並んだ赤い宝玉の様なものが、彼の正面を捉えその内で瞬いた。目だ。巨大なそれがハッキリと彼を認識したのを男は自覚した。閉じたつぼみの様になっていた頭頂部が開いていく。
内部からはおよそ一生物とは思えぬほど長く吐き出される呼吸? と自分の五体なぞ容易く挽肉にしてしまえそうな、湾曲気味の槍の穂先の様な大きな牙が顔を出した。
(誰も帰って来ぬわけだ。)
それらを見て、彼は己が運命を察した。どちらがマシであったろう。あの河の向こうで大人しく殺されるのを待っていれば良かっただろうか? 水を飲みながら、肘や膝から先の感覚が無くなるまでかいて漕いで、今度は陽光に射られ砂で炙られながら、太ももがゴムの様に成るまで進み続けた。
その果てが巨大な芋虫の腹の中とは、笑えないが笑うしかない。男は軽く吹きだしつつ、自分
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