今は昔、と言うほど昔ではないが、何十年か前の話。
ある日唐突にヤオノはウロブサにこう言われた。
「のう、そろそろ夫をつくらんか?」
それを聞いたヤオノはしばし考えて、
決してにこやかとは言いがたい笑顔をウロブサに向け言った。
「いいですね。ウロブサ様が大量にこっちに投げてくる案件が無くなり次第、
そう致したいと思います。」
ヤオノとて気にしている。
多くの部下を使う立場でありながら、ヤオノにはまだ特定の相手がいない。
面と向かっては言わずとも、自分のいない酒の席では
行かず後家などと称されていることもどこからか聞こえてくる。
それもこれも原因は全てウロブサが自分を便利に使ってくれているからに他ならない。
その事を自覚しているからかウロブサは歯切れ悪く言う。
「ワシも悪かったとは思っとる。お前の有能さについおんぶに抱っこしてしまったとのう。」
ヤオノは嘆息するも、それ以上ウロブサを責めなかった。
まあ無理もない、妖怪である自分達の性を考えれば
率先してこの仕事をやりたがるものなぞいない。
そんな暇があれば嫁ぎ先か婿をさっさと見つけ、
理想の相手としっぽり結ばれたい。
そう考えるものが普通だし、それ故組合資金などの運営費などを渋るものはいないが、
管理側になって自分の時間を取られることに関してはみな嫌がる。
あれこれ理由をつけて煙に巻こうとしたり、
酷い者になると引き受けておいて仕事を放置するものまでいる。
自分と男のこと以外できっちり仕事をこなす
ヤオノのような生真面目なタイプが希少なのだ。
ヤオノとて色々手は尽くしたが、中々都合よく使える上に信頼できる人材とはいないものだ。
ウロブサとてそれは解っていよう。
それなのに自分にこんな話を振るということは・・・
「見つかったのですか?私の代わりになる狸が。」
「ああ、アマヅメというんじゃが、責任感もあるし性格も穏やかで良い。
仕事のほうもそれなりに有能じゃぞ。
お前さん程じゃないが、まあそこら辺はワシがフォローしつつ追々の。」
「そうですか・・それじゃあ私、行ってもいいんですね?」
「おうとも、行脚してこれはという男を捜してくるがいい、資金は全部こっちで持つゆえな。」
ヤオノはまだ見ぬ自分の身代わりを務めることになる生贄羊に軽く黙祷を捧げると、
一転してうきうきとした心持で急ぎ旅支度を整え始めた。
※※※
そして月日は流れ、とある南海狸会談にて・・・
「それは本気か?ヤオノ。」
「へぇ、豪気な話じゃん。私は応援するよ。」
「ロマンチックねぇ、もし成功したらそのネタ、
芝居に使わせてもらってもいいかしら?」
三者三様の反応をヤオノに返すウロブサ、シュカ、ラン。
旅に出たヤオノからウロブサの元に便りが来て、
その内容は近々一度そちらに帰るというものであった。
報告会も兼ねてウロブサが開いた南海狸会談に集まったのは今回この三匹のメンバーであった。
ヤオノは前置きを挟まず、みなが聞きたいであろうことを最初に報告した。
自分が見つけた相手は南海のとある藩の藩主であると。
「しかしのう、ワシ等が婿を手に入れる時、貧乏人を金で囲うとか、
商人を店ごとのっとるというのは定石じゃが、
藩ほど規模が大きな相手となると、篭絡するのも中々に骨じゃろう。」
顎に手をやりつつふうむと唸るウロブサに対しヤオノはすまし顔で返す。
「だからといって妥協しろとでも?発想の起点が逆ですよウロブサ様。
気に入ったから手に入れる。そっちが先で簡単とか難しいってのはその後です。」
ヤオノの言が気に入ったのかシュカは笑いながら言った。
「ははっ、その通りだなヤオノ。好きな男のためなら相手が誰だろうと臆すべきじゃない。
それこそ狸の名折れってもんだ。こりゃ一本取られたな婆さん。」
「そういうてやるな、これでも心配しとるんじゃよ。
天下も平定され、条件付とはいえ西洋との商いも盛んに行われ、
人の世も徐々に変化を始めてきておる。
しかしの、商人の世界と違い武家社会というのはまだまだ閉鎖的なところがある。
金や色の力だけですぐにどうこう出来るほどたやすくはないぞ。」
「お心遣い痛み入ります。時間はそれなりに掛かるでしょうが、
じっくりゆっくり外堀を埋めていく予定ですので。
それ程心配はなさらないで下さいな。」
静かではあるが、確かな信念を持って答えるヤオノ。
そしてウロブサの心配をよそに再び時は流れる。
※※※
とある城の一室、中央には二つの机が設けられ、それぞれの机に男一人と女一人が座っていた。
その二人を囲うようにコの字型に人が座っており、
男女の正面は低い階段状に二段高くなっていて、二人の男がいた。
一段上の段には、室内でも一際年を取り、痩せてはいるが依然かくしゃくとした老人が一人。
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