ある日のこと、午前の執務も手早く片付け、
天守から城下を見下ろしながらお茶を啜る正信とヤオノ。
そこから見える景色は、まだこの部屋にもう少し人がいた頃とは、
だいぶ様変わりをしていた。
瓦が道也に整然として並び、年を経たこげ茶の木目と、
漆喰の白がモザイクのように覗く景色だったそれは、
今や様々な色が其処に混じる様相を呈していた。
あの飢饉と勝者無きお家騒動から十年。
ジパングは少しずつだが変革の兆しを見せていた。
幕府は全国に一斉に御触れを出した。
この国の隠されていた歴史の真実を公開し、
侍が取り仕切っていた政治を改めるという内容であった。
幕府という体制も、数十年というスパンで少しずつ解体し、
妖怪と人とが共同で統治する新しい政府を設立する。
そういう内容の触れ込みであった。
事前に妖怪と付き合いがあったり、
正信達のようにこっそり身内に妖怪がいる。
そういう藩もいくつかあり、
その反動は思ったほど大きくはならなかった。
勿論、そうでない藩も少なからずあり、
旧態以前とした彼らは、
倒幕という思想で結託し、
自分たちが新たな侍中心の国づくりをするのだと息をまいた。
それらの藩の藩民や周辺の国々はまた内紛か、
と戦々恐々としていたが、幸いにも大きな武力衝突は起きなかった。
時代の流れを読む商人達は、
彼らに兵糧やもう売れなくなるであろう武器を売りつける一方、
幕府側により深く結びつき、彼らの動向を流していた。
反乱や決起が置きそうな兆候を察知すると、
何故か中心的な人物が妖怪もいいよね、
と寝返ったり行方をくらましてしまうことが相次いだ。
そうして倒幕の動きは内部で燻り立ち消えるか、
全国で散発的に烏合の衆が少し騒ぐが、
人と妖怪混成である幕府側の使者にすぐ鎮圧される。
そのような流れで順調に火消しされていった。
そうして倒幕思想のまともな志士はいなくなり、
長いものにはとりあえず反対の事を口走り、
年末に集まり騒ぐはねっかえりのDQNの集まり、
反妖怪、反幕府の実情はそのような無害なものへと変化していった。
国外との貿易や国交も、
幕府の検閲と許可を得れば各藩がそれぞれ行えるようになった。
そうしてこのジパングは、独自の文化を残しつつも、
国外の様々な食や文化が入り乱れる変換期へといたる。
藩が違えば別の国、そう言って良い程景色も文化も法も違う。
この国は長らく鎖国によって推し留められていた流れを、
今一気に取り込んで蛹から蝶へと変る最中なのだ。
蛹の中はどろどろと溶けて混沌としており、
それが新たに蝶という形へと昇華されるにはまだしばし時を用する。
和洋が入り乱れる城下の景色は、
そんな国の縮図とも言えた。
それを見下ろしつつ二人はお茶を啜る。
「着ちゃったねえ、此処まで。」
「何よ急に?」
「思ったよりもずっと早く定国様の描いた夢が形になりそうだなってさ。」
「・・・そうね、魔王様が男子を御出産なされるっていうことがなければ、
こうトントン拍子にはいかなかったでしょう。」
「感慨深いなあ・・・なんてね。」
「爺臭いわよ正信。でもそうね、ずっと必死にやってきたけど、
ここらで一息つきたくなる気持もわかるわ。
ようやく大きな問題も片付いて、藩の行政や財政も軌道にのった。
銀主達から借りた金子も少しずつ返し始められてるわ。
まだまだ小さな問題は山積みだけど、
それでも人心地ついて立ち止まるにはいい頃合だわ。」
二人はそっとどちらともなく手を重ねると、
目を閉じて思い出す。
此れまでの道程を、
そしてポツリポツリと語り始める。
「定国様に会って、南龍様に会って、
この城の勘定方になって、八百乃さんと知り合った。」
「定国様といっしょにお風呂に入ったり、
正信をつまみぐったり、今思うとだいぶはしたなかったわね。
日々一緒に仕事をして、城下でこの髪飾りを買ってもらった。」
ヤオノはべっ甲の玉が二つ並んだそれを触りながら言う。
「そしてある日、定国様に呼ばれてその夢を聞かされた。」
「うれしかったわ。この人に御仕え出来て幸せだと思った。」
「僕はぶっとんだ方だとは思ったけど、
此処までだとわって面喰らってたよ。」
「うふふ、そうね、あの時の貴方の顔ったら。」
「もう、そうこうしているうちに飢饉が起きた。」
「・・・そうね、全てが動き出してしまった。
まだまだみんなで平和に楽しい日々を過していく、
そう思っていた日常がガラリと変ってしまった。」
二人はキュッ握る手の圧力を上げ、
体も少し寄せて寄り添う。
体格の小さいヤオノが正信の肩に頭を預ける格好だ。
「藩民のために八百乃さんが正体をばらしてまで、
この城の御米をみなに振舞ったてくれたよね。」
「騙してた私を誰一人攻めなかったわよね。本当にうれし
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録