夜も更けたとある農村の一軒屋。
其処に暮らす一家が寝静まろうかという時分のこと。
引き戸が開く音にみなが戸口の方へと目をやる。
しかし闇夜に紛れて何が入ってきたのか見えず、
家主である男は声を掛ける。
「もし、どなたかいらっしゃったのですか?
生憎暗くて見えません。用があるのであればどうか・・・」
家主が全てを言う前に軒先に灯りが燈る。
「どうだ、明るくなったろう。」
紙の束が燃えていた。
その紙は藩札、各藩が自前で発行した通貨である。
数年前であれば多額の金子となったそれは、
今やこの藩の財政の崩壊により価値が暴落していた。
「ひひ、暖も取れるし灯りにもなる。
ほんとありがてえよなあ、上士様々だあ。」
「おら、起きろ手前ら。金は幾らでもあるからよ。
米と食い物をあるだけ出せや。そうすりゃ命だけは助けてやっから。」
小汚い身なりの明らかに柄の悪い連中が数人押し入ってきた。
みな腰に帯刀している。
「な・・・藪から棒に何です? 出せるわけないでしょう。
今日だって稗や粟を混ぜた粥を一食しか食べられてないんだ。
幾ら積まれたってそんなもんもはや紙切れじゃないか。
大体・・・こうなったのもあんたらっ ぐぅ・・・」
男の鳩尾に鞘が突き刺さる。悶絶して転げる家主の男。
「解ってないようだな。これは命令だ。お前に選択の余地など無い。」
一団の後ろに控えていた頭と目される男が静かに言った。
その男がじろりと狭い屋内と家族全員を見回す。
「む・・・」
息子と娘がいたが、その息子の首に出来た痕を見て動きを止める。
「おい。」
「へい、御頭。」
「その童(わっぱ)の服を脱がせ。」
「・・・御頭・・・そういう趣味でしたっけ?」
脱がしながら言う手下の手が止る。
その服の下には痣だらけの体があった。
「全員脱がせ。面白いものが見れそうだ。」
上半身をひん剥かれた家族の体にはみな痣があった。
ただ一人を除いては。
「ふ・・・これはどういうことかな?」
青い顔をする家主、彼の体だけは綺麗なままだ。
この家の中で何が行われていたかは明白であった。
「人のことを言えた義理じゃないが、
とんだ屑よなあ。切り捨ててもいっこうに構うまい。」
男は恐怖から目を瞑るが、抗議は意外な所から上がる。
「やめて、おっとうを切らないで。」
「そうだよ。こいつはろくでなしだけど、
こうなっちまったのも全て、
あんたら侍が苦労して作った米を無理矢理持って行っちまってからだ。
あたいの亭主を屑呼ばわりする前に、
自分達の姿を鏡で見直したらどうだい。」
「お・・・お前達。すまねえぇ。」
暴力を日頃振るわれていたであろう家族から擁護の声が上がる。
その言葉を聞き、御頭と呼ばれる男は静かに笑う。
「はっは、耳が痛いの。では要望通り、
切り捨てるのは家族揃っての方がよさそうだ。
お前達、家捜ししてめぼしい物を見つけたら報せろ。
俺は外で見張ってる。」
「へい、御頭。それと・・・そのう。」
「へへ、しばらく時間が掛かるかもしれませんがいいですかね。」
床に転がっている二人の半裸の女に目を向けながら言う手下達に対し、
彼は嘆息して言った。
「手早くすませろよ。」
「やったぜ。久しぶりのわけえ女だ。」
「まだガキじゃねえか。良い趣味してるぜおめえ。」
その時、彼は気づいた。
静か過ぎる。外で見張りに立たせている二人の気配が無い。
「待て、手前ら。何かおかしい。」
「お・・・おかしら・・・」
「かっ・・・体が・・・動かねえ。」
帯を緩める間抜けな格好のまま、手下二人は動けなくなっていた。
頭領は一気に外へ駆け出し。闇夜に吠える。
「何奴?!」
するとその声に応えるように、闇の中から黒服の集団が滲み出てきた。
黒い服装に鬼の面で顔を覆った数人の集団が其処にはいた。
その中の先頭に立つ者を見て、彼は思わず震える。
(何と隙の無い立ち姿。相当に使うなこいつ。)
「藩の犬・・・ではないわな。幕府の手の者ってわけでもなさそうだ。
誰かは知らぬが、相当な使い手と御見受けする。」
そう言うと彼はスラリと刀を抜いて構えた。
「ほう、示現の使い手かそれも中々の・・・」
鬼面の男も刀を抜き放つ。一般的なものより長く太い野太刀。
賊はその刀を見て感嘆する。
(長い、あんな重くて長いものを・・・それに我が流派を知っているのか。
いや、無想にて放つ初太刀こそ示現の骨頂。
迷うことも無し、ようやく・・・来るべき時が来たと言うだけのこと。)
賊の頭領は上段に構え、鬼面の男も鏡のように同じ構えでぴたりと動きを止めた。
※※※
その頃、家の中では動けなくなった賊二人の前に、
どこから現れたのか一人の女性が立っていた。
彼女も全身黒ずくめの服と般若の面を被っているが、
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録