とある学者の未公開手記より一部抜粋。
まず始めに断っておくと、
これは手記と銘打っているが厳密には違う。
音を記憶する魔法石を使い、
その記憶した音を魔法の羽ペンが自動的に書き起こした代物なのだ。
なので本来の手記であれば省いたり訂正するようなものも書かれてしまうが、
まあそれはご愛嬌、現場の雰囲気を感じ取ってもらえれば幸いである。
もっとも、相方のリャナンシーからはこのやり方はすこぶる不評なのだ。
何でも直筆の方が旨味が濃いのだとか、リャナンシーの食生活と嗜好について、
知らぬわけではないがそれはそれ、私とて彼女のために執筆しているわけではない。
なのであからさまな彼女の不満顔を捨て置き、
私は文明の利器に頼ってこの手記を書いていこうと思う。
さて、本題に戻そう。
あの戦争の・・・いや、あの戦争中に発生した未曾有の大災厄の顛末について。
私が語れることはそれ程多くは無い。
何せ世界のほとんどの者達が自分で体験してしまっている。
顛末の一つとして世界はどうなったか、私がこうして筆を取っている時点でお察しである。
世界は救われた。一人の英雄の尊い犠牲とそれに連なる世界中の者達の奮起によって。
皮肉な話しだが、公的に人も魔物も神族も、
隔てなく一つの目標のために手を取った事例は恐らく世界初であろう。
世界の有り様が変革することを善しとしなかった一柱の偏屈な神、
彼のおかげで逆に世界の変革は早まったのではないかと私は考えている。
おっと忘れていた。
この手記を記しているのは魔王暦XXXX年、9月8日。
あの戦争の終結から6年、魔王が男児を出産してから5年の歳月がすでに流れている。
魔王が出産した時には私も御呼ばれに預かったので良く覚えている。
魔物は人間ほど子供を容易に産めない。
そのためか子供が産まれた際に行われる誕生際は盛大に行われる。
無論、慎ましく家族だけで祝う者達もたくさんいるが、
魔王の出産ともなると周りが放って置かないのだろう。
正直彼女の心中を察すれば、あまり盛大に祝うのもどうかと思う。
だが彼女は魔王、私的な感情はどうあれ公的に果たさねばならぬ役目もある。
なので誕生際は親魔物領各国の王族貴族、各地を治める魔物の長達、
名のある数多の神々の訪問と祝福と、引きをも切らぬ行列を迎え、
連日連夜薄暗い王魔界の空を照らす勢いで執り行われた。
だが、この祭りの欠くべからざる主賓の一人の姿が其処にはない。
産まれた命の父親であり、産んだ母の魂の片割れ。
この世界を救った勇者がいるべき場所にその姿は無い。
みな彼女の心中を察しながらも、この世界を救った彼のために、
精一杯元気に振る舞い御通夜ムードを吹き飛ばそうとしている。
自分のために折角の祝いの場が盛り下がるなど彼は望まないだろうから。
だが、それでも張られた虚勢は痛々しさを覆いきれてはいなかったように思う。
全魔力を使い出産と主神の定めたルールに風穴を開けた魔王。
本来であれば夫と行為に及び使った魔力を回復せねばいけない身だ。
だがその相手はいない、魔力を補給できる飲食物や薬を、
山のように毎日経口摂取しながら膨大な魔力を補填して、
彼女は体を騙し騙し手ずから王としての責務と母としての責務を果たし続ける。
後に、とある縁で知り合いになった第4王女から、
誕生際が終わった後に彼女が倒れた事を聞いた。
戦争の帰結としては魔王軍の勝利となったわけだが、
中身を見れば魔王側もとても勝利と喜べる状態ではなかった。
万が一、もう一度同じ規模の攻勢を教団側が仕掛けてきた場合、
魔王軍にも教団側にも今度こそ多くの死傷者が出たことは想像に難くない。
だが、そうはならなかった。
その辺りについては以前取材したとある魔法学の研究者。
彼に取材し対談をした際の音声を交えながら記そうと思う。
「ええ、おほん。まず始めにお名前をどうぞ。」
「ファルトール、ファルトール=ジオニアと言います。
第六聖都のアルアトリアの魔法学院所属、そこで教授の一人をしていました。」
「過去形ですね。失礼ですが現在は?」
「ははは、そちらと同様。教団側から指名手配されてしまいまして。」
指名手配された。地位を追われ命を狙われるということだ。
だがそう言う彼の面持ちに悲壮感や疲れは見られない。
なるようになる。そう腹を括っていたのだろう。
個人的に親近感を抱きつつも対談を続けた。
「いったい何をやらかしたんです?」
「いえ、なに、大した事は何も。研究結果を偽らずに公表しようとしただけです。」
「研究結果?」
「遥か星の彼方で形成された巨大なポータル、
その仕様と魔力波形、それらは魔界側のものではなく、
教団側、つまり神界側のそれであったという解りきった内容をです。」
あの未曾有の大災厄から世界
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