エピソード9、勇者の挑戦

時は勇者が魔王の元より消えた直後、
魔王城最深部より勇者が飛んだ先。
それはある女性の寝所であった。

「あら、貴方から訪ねてくれる何て珍しいのね。
夜這いかしら? だったら何時でもOKなのだけれど。」

上品でいて艶やかな雰囲気を纏う声、
その声が露骨に媚を含んで彼に絡みつく。
普通の男性であればこの声だけで自身を見失い身を持ち崩す。
そのような危うさを秘めた声だ。

「勘弁してください。そんなことしたら家のかみさんが、
激怒して此処に全軍率いて攻め込んできますよ。」
「それはこわいわねえ。それにデルエラちゃんと争うなんていやだし。
・・・ならデルエラちゃんと私と彼女、三人同時に相手するってのはどうかしら?」
「流石に勝てる気がしませんね。女房一人でも床じゃ押されっぱなしなのに。」

「あらあら、淫魔の長の夫ともあろう者が何と甲斐性の無い。」
「何と言われようと無理なものは無理ですよ。
貴方には不肖の娘が格別世話になってますし、
出来れば願いは聞いてあげたいところですがね。」
「あら〜、デルエラちゃんと私は持ちつ持たれつよ。
今日も彼女のおかげでうちの信徒と天使が増えたわ。
私達はあまり積極的に外に営業する方じゃないから、
彼女にはだいぶ布教で助けられてるわ。」

そう、此処は万魔殿の最深部、元は上級神でありながら、
自ら進んで堕落し、教団よりその名を忌み名として剥奪された者。
今は堕落神としか呼ばれぬようになった女神の寝所である。
もっとも彼女も真の名前を親しい人しか知らない何てロマンチック。
などと言ってその呼び名を自分から使っているくらいなのであるが・・・

「それで? 私と爛れた痴情の縺れに興じて下さるのでなければ、
今日はどう言った御用件でいらっしゃったのかしら?」
「二つお願いがあって来ました。」
「・・・あら、何かしら。」

「今、魔王城内でうちの部下や加勢に来てくれた他国の者達が殺されています。」
「そのようね。でも助けないわよ。うちはあくまで中立だもの。
天使や僧侶、巫女の堕落はうちの営業でもあるから別だけど、
戦力として当て込まれるのは筋違いというものだわ。
この万魔殿はジパングで言う所の駆け込み寺に近い存在。
外界で行き場を失くした者、信仰を裏切られた者。
そういったどんづまりの者達ための最後の逃げ場所として此処はある。
勿論最初から堕落した性に興味のある子も大歓迎だけれど。」

「戦ってくれとはいいません。ですが戦闘終了後の現場に赴き、
敵が殺した者達の死体を此処に集め修復しておいて欲しいのです。
ダークプリーストやダークエンジェルの揃った此処なら。
2〜30人分の遺体の回収と修復くらい余裕でしょう?」
「・・・まあ、それくらいならいいかしらね。でもどうする気?
確かに時の流れぬ此処なら、再生させた遺体が傷むこともないけれど、
肝心の魂が抜けたままではただの抜け殻よ?」

「それに関しても考えがあります。そして二つ目のお願いなのですが。
以前、貴方より頂いた贈り物。あれを手放すことをお許しください。」
「あら、まだ持っててくだすったの?
てっきり彼女にもう見つかって燃やされたものと・・・」
「見つかっていれば間違いなくそうなっていますね。
気持に応えることは出来ませんが、それでも貴方は娘が世話になっている恩神です。
その方からの贈り物を無碍にすることは出来ませんよ。」
「あらまあ・・・何年経っても妙に律儀で頑固な所は直らないようね。
まあそこが良いのだけれど、別にいいわよ。あげた物をどう使おうと本人の自由だわ。」
「ありがとうございます。それでは急ぎますのでこれにて。」
「せっかく幾百年ぶりに訪ねてくださったのにもうお別れなんて、
相変わらず忙しないことね・・・立場上あまり肩入れは出来ないけれど、
個人としては期待しているわ。貴方と彼女の出産祝いを一緒に祝える事を。」


※※※


地の底を思わせるような風景が其処には広がっていた。
切り立った断崖のような細い道が迷路のように広がり、
道と道の間には溶岩が炎を吹き上げ、下から赤く周囲を照らしている。
道端には時折、真っ白い彼岸花が薄く光りながらがいじらしく咲いている。

そんな地獄を思わせる風景の此処は、そのまま見た目どおりの冥界である。
死した魂が此処を通り、また別の命の器へと転生するための場所である。

そして細い道の先には広がった道があり、
そのさらに先には巨大な門が威圧を持って構えていた。
その周囲にはボロボロのローブを纏い、
髑髏などの意匠が彫られた大鎌を備えた集団がいる。
目深に被られたフードから顔はみな覗くことが出来ない。
だが彼らの頭上には天使のような輪がそれぞれついている。
しかしその色は固まった血のように鈍い赤色だ。

門の正面を
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