その8 悪魔を憐れむ歌

ツァイトが闇の中から立ち去ると、
其処にはデュケルハイトと闇そのものだけが残った。
しばしの逡巡の後、デュケルハイトはおずおずと口を開いた。

「よろしかったのですか? 行かせてしまって。」
{逆に問おう。如何様にすべきだったと貴様は考える。}
「デルエラにせよ、あのツァイトにせよ、それぞれの陣営のトップの子息。
人質として捕えたなら、交渉しきゃつらの領土の要所と交換するなど。
使い道は幾らでもあると愚考致しますが。」

{先ほどの男の言、どう考えるデュケルハイト。}
闇は息子の問いには答えず、更なる問いを重ねた。

「・・・どういう意味でしょう。」
{あれが本当に己が身を投げ出す程の理由に足るか?}
「あの言葉が偽りではと? 共感は出来ませぬが、恐らく・・・嘘ではないかと。」
{・・・であれば、やはり此処までだ。それが最善手。}
「何故です。」
{判らぬか? 我らは元々、古の盟約により主神とは不戦の約定を結んでいる。
はなから奴を捕虜に取ったり殺したりすることは出来ぬ。}
「そんなもの、お上品に守る必要もありますまい。
此度の件は向うからちょっかいを出してきた形、
非は天界にあると言えるでしょう。」
{以前であればな、だが魔王と主神の和解が、
一時的な軍事的均衡によるものでないとすれば話が変わる。
故に、和解とやらがどの程度のレベルなのかを知る必要があった。}
「確かに、主神の息子と魔王の娘、二人の間には友と呼ぶに不足ない感情があるかと。
となれば、和解とやらもどうやら口先だけではないのでしょう。」

数年前に魔王が男児を産むための儀式を敢行し、
主神や教団がそれを防ぐために一大侵攻作戦を仕掛けた戦い。
その結果、主神側は敗北し無事魔王は男の子を出産した。
だが、そのために両者が支払った代償を少なくなかった。

魔王側は数年間に及ぶ魔王の夫の不在と、
出産後に消耗した魔力の補充が、満足に出来ない魔王の衰弱という事態を招いた。
主神側も、滅びの月やトリニティの創造などにより、
先代や当代の主神の力の大幅な消耗という結果となった。

その好機を指をくわえて見ている程、彼らはお人よしではない。
事実、デュケルハイトは情報収集しつつ、
どちらに攻め込むのが得策かを考えていたところであった。
だがそんな彼の元にもたらされた情報は、
その目を見開かせるのに十分であった。

この星の存亡さえ掛けて戦った直後に、
魔王と主神が和解したというものであった。
教団サイド(人間)にはまだ下りていない情報であったが、
王魔界伝手にその情報は彼の耳に届くこととなる。
彼らは両者の激突以前から水面下で進んでいた、
漁夫の利を狙った侵攻作戦を思いとどまる事となった。

「確かに今の我らの戦力で、
魔王と主神を同時に敵に回すのは、得策とはいえませぬ。
なれば此度の決断も、それなりに得心が行くところではありますが。」
{それともう一つ、貴様は我の中に居たし感じ取れなんだろうが、
外にあいつらを受け取りに来ていたぞ。忌々しいあの女が。}


※※※


絶景、空と海の織りなす蒼と藍のグラデーション。
その水と宙を分かつように全様を横たえる。
なだらかなふたこぶラクダの様な山々。
その遠景はまるで幻の様に空に溶け込むかのようだ。
それにアクセントを加えているのが弾ける黄色の花畑である。

そんな心躍る景色に鼻歌を弾ませながら、
とある島にある秘湯につかる女性が一人いた。

その裸体は均整が取れたもので、
老若男女を問わず、ため息を付かせるような美を備えていた。
その瞳は眼前の絶景を彩る空と海さえ霞む碧をたたえ、
その髪は眩い黄金でさえくすむ様な輝きを放つ。
本来であれば長く垂らされているその長髪を、
結ってあげてアップにしてある。

彼女は湯に浮いたお盆から、
葡萄酒を取りその香りを楽しみつつ嚥下した。
その島で取れたブドウから作った地酒である。

「ああ、極楽極楽・・・」
「あらあら、もう始めてしまってるのねぇ。
待っててくれてもいいのにぃ。」

ゆるっとした声と共に、
その御盆の上にもう一つのグラスが置かれる。
そうしてもう一人女性が裸体を湯に沈めた。
最初に入っていた女性に比べだいぶグラマーな体型をしている。
最初の彼女がギリシャ彫刻のような美なら、
後から入ってきた女性のそれは、肉感的で母性的と言えた。
髪はまるで海の蒼を織り込んだような、ウェーブの掛かった長髪。
彼女は髪をアップにせず、そのまま垂らしていたが、
不思議な事に髪は湯にはつからず、
反発する磁石同士の様に、微妙に水面から距離を開けて浮いていた。

金髪の女性はチラリと青髪の女性の方に目を向ける。
何処とは言わないが、プカプカと浮かぶそれに少し敵意めいた視線を向ける。
「・・・相変わらず・・
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