響く轟音と突き上げる床に揺らぐ視界。
そこかしこのテーブルにのっていたグラスが、
中の液体共々に宙を舞う。
そのうちの殆どはそのグラスの持ち主達によって、
中空で舐める様にこぼれた液体が拾われ元に戻された。
しかし一部はそのまま床に激突し、軽い音の連鎖が続いた。
もっとも彼らが反応できなかったのではない。
あえてしなかったのだ。
グラスとそれを満たす琥珀色の液体よりも、
彼らの関心は強く別のものに向けられていたからだ。
グラスを手に取っている者達もそれは大して変わらぬようで、
皆視線を一様に同じ方向に向けている。
その視線の交わる場所には一つのテーブルがあり、
其処には向かい合う様にして二人の男が座していた。
轟音はそのテーブルから響いていた。
音源はテーブルそのもの、二人の男は手を取り合い肘を付け、
一方の男がもう一方の男の手の甲をテーブルに押し付けていた。
手の甲の下、テーブル表面は砕けその下の脚は折れ曲がっていた。
それを見て、二人が何をしているのか疑問を挟む者は皆無だろう。
腕相撲、きっちりと競技化されたものをアームレスリングと呼ぶそれは、
肘をつくスペースさえあれば何処でも出来る力比べ、
そんな酒の席の余興として行われたものであった。
この集まりは、この星に彼らの長達が降り立った日として、
100年に一度集まり祝うという趣旨のものであった。
各領地を治める子らや将達が集い一同に会す記念日。
邪神降臨祭とでも呼ぶべき日に、彼らはキャロルを歌い肩を並べるのだ。
腕相撲を取っている男の片方は、今日初めてこの集まりに参加する男であった。
それ故、皆多少の興味を男に持っていたのは事実だ。
そんな中、ある一人の男がその男に腕相撲を持ちかけた。
男は初参加の男と同席している彼の兄に問いかけた。
何か得手はあるか・・・と、それに兄がこう応えたからだ。
「愚かで不器用、披露目も恥ずかしき愚弟なれど、
腕力だけなら一角のものかと。」
周囲の皆は談笑しながらも、その目や耳の端で彼らの会話を聞き、
皆心の中で同じことを思っていた。
どうせ結果は見えている。あの方も酔狂な事をなさる・・・と。
だが、男はそんな皆の嘲笑混じりの予想をテーブルと共に打ち砕いた。
負けた男、周囲で観察していた者達、誰もが目を見張っていた。
その結果に驚愕していないのは、勝った男とその兄くらいのものであった。
「やったべ! おらの勝ちだべな。デュケルハイト様。」
「・・・・・・これはこれは。」
信じられぬとばかりに己が手の甲を擦るデュケルハイト。
純粋な神族である自分が、半神半人である者に単純な膂力で後れを取った。
それはこの国の常識を打ち破る出来事であった。
この国に於いて長である神、
その血の濃さこそが能力を決定づけるものであった。
人が走りで狼に及ばぬように、その壁は絶対であった。
だが、目の前の男はそんなこの国の常識を軽々と打ち破ってしまったのだ。
デュケルハイトの肩に背後から大きな手が置かれる。
「ファンタスティック、ブラザー。」
「任せる。ダラムス。」
そして始まった二人の勝負は、
用意した机が二人の力に耐えきれずに瓦解しても終わらず。
獣の咆哮を上げるシルバに対し、こちらも雄叫びを上げてダラムス。
相撲の投げ合いを片手にした様な空中で続く腕相撲の結果は、
シルバが半回転して頭から地面に叩きつけられ、
角で逆さまに地面に刺さって勝負有りとなった。
だが彼らの手はその状態でも固く握られたままだった。
彼の肩は外れており、不自然な形で握手をしたまま体だけが半回転していた。
結果として男はダラムスに敗北した。
だがその男の名はその場の皆の脳裏に深く刻まれたのは言うまでもない。
後に、男は剛将の地位を賜る事となる。
腕っぷし一本でその地位を得、今日までそれを守り通してきた男、
神さえも砕く肉体の持ち主、そんな彼の肉体が駆動する。
姿勢は前傾に倒し、踵は上がり、爪先が大地を蹴る。
砲弾の様に撃ちだされた男の剛腕が唸りを上げ、
再び聖騎士とそのパートナーに振り下ろされようとしていた。
※※※
とある砂漠の地方、砂丘とその陰影が織りなす景色の中、
主に二か所で爆発と土煙が上がっていた。
掲げる旗の違う二つの軍が其処には展開していた。
だが奇妙な事に、彼らは互いに見向きもせず、
ちょうど二つの軍の中心、其処にいる男達に火砲を集中していた。
遠めに見ていると、一か所に蟻の様に歩兵や騎馬兵が群がっていく。
それらは一分と持たずに熱砂に転がされていく。
そして兵達と男の距離が開いた途端、
装填されていた大砲の砲弾、攻城用の弩級、
それらが魔術師達の空中に張った大型エンチャント用魔方陣を抜け、
炎を纏い音速まで加速したうえで男に叩きこまれていく
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