これは本編の時間軸よりだいぶ未来の御話。
全ての面倒事が片付いた後のとある日常の御話。
ヤオノは午前中にやるべき定常作業を一段落させたので、
お茶を煎れると戸棚にしまってあった甘味を探し始めた。
正信と二人で食べるつもりで買ってあった新作のお菓子だ。
大陸側では不動の人気を誇るチェーン店、
虜の果実専門スイーツショップであるトリコロミール。
その数少ないジパング支店で試験的に売り出された代物で、
大福に早摘みの小さな虜の果実を入れたその名も虜大福。
客の反応が上々なら大陸側の支店でも販売する予定とのことである。
まだ食していないが、ヤオノ的には大いに期待していた。
餡の甘すぎない甘さと虜の果実の瑞々しい甘さ、
二つの質の違う甘みが口の中で混ざり合い互いの不足を埋め、
味を新しい甘みへと昇華する。そんな未来予想が彼女の灰色の脳細胞の中で巡り。
思わず食べる前からその相好をトロリと崩させ、尻尾をパタパタと振るわせる。
まるで餌を目の前にした犬のようである。
そんな自分の姿に思い至ったのか、はっと我に変えり周囲を見回すヤオノ。
誰も見ていないことに胸をなでおろすと探索に戻る。
しかしそうして探しているうちにまた頭の中で余計な妄想を始めるヤオノ。
妄想の中では彼女と正信が二人で相対している。
妄想正信は本物に比べ美形度が120%増し(当社比)である。
睫毛も長く瞳の中もキラキラしており、薔薇でもしょってそうな雰囲気だ。
「何時も君は美しいぜベイビー、おおっ!! だけどどうしたことだい?!
今日の君は何時にも増して美しいぜサンダーボルト!!
何時もが月とするなら今日の君は太陽すら霞む美の女神。
君の前では主神とか言うやつもただのビッチな淫売さぁ。」
やはり美形度が135%増し(当社比)のヤオノが登場し応える。
(付け加えるならスタイルがだいぶグラマーになっている。)
「は・・・恥ずかしい・・・虜の果実の御陰かしら、でもあなたも素敵よ正信。
何時も良い香りだけど、今日の貴方の体臭はまるで嗅いでるだけで達してしまいそうな美臭だわ。
懐に飛び込んでずっとキスしながらむせ返るまで嗅いでいたい。
貴方の体で上から押さえつけられて圧迫されてたい。
興奮して来たわッ!早く!圧迫祭りよッ!お顔を圧迫してッ!」
桃色の脳細胞が活性化し、ネチョでモザな光景が赤裸々に綴られて・・・
「ねえがらっ!! ありえねえからっ!!!
何がサンダーボルトやねん。何が圧迫祭りだっちゅうねん。」
ふおおおおっっと凄まじい勢いで壁の柱に頭を打ちつけ続けるヤオノ。
何故かその口調も似非関西弁じみていた。錯乱している。
ふっっ ふっ と荒い呼気を吐きながら再度周囲に獣の目を光らせるヤオノ。
変らず誰もいない、だが誰かいたらやりかねない殺気がその瞳には宿っていた。
「セーフッ。」
小声で軽くガッツポーズを取ると、彼女は再び戸棚の捜索を再開する。
しかし冗談抜きに御菓子が見つからない。
小さいものだが、簡単に紛失するようなものでもない。
冷静になって戸棚の中の匂いをその鼻で嗅いで見る。
そして周囲の匂いも嗅いでいるうちに気づいた。
なにやら外、縁側の方からお茶と餡の匂いが香ってくるではないか。
そこから彼女は事態を推察するとほっと胸を撫で下ろした。
(そっか、同じことを考えてたのね。正信ったら卒が無いのはいいけど、
こういうバッティングもあるんだから、一言言ってくれればいいのに。
しょうがないんだからぁもう
#9829;)
心の中でかわいく悪態を付くものの、
夫婦で通じ合ってるようでヤオノはルンとした気分で軒先へと歩いていった。
だが数秒後、彼女の期待は木っ端微塵に打ち砕かれる。
「御主人、はいあ〜〜ん
#9829;」
「ああ、ありがとう。」
「美味しい? 美味しい? 御主人。」
「御主人、御茶。」
「ああ美味しいよ。それとお茶もありがとう。」
軒先では正信と三匹の狸がお茶をしていた。
姿は狸だが人語を話し、しかも二足で立って前足を器用に使って、
正信の世話を甲斐甲斐しく焼いている。
正信の方もまんざらではないらしく、
奉仕の礼とばかりに鍛えられた両手両指を駆使し、
狸達を順繰りに撫で摩る。
「御主人〜〜
#9829;」
「はふん
#9829;
#9829;」
「あたしも! あ〜た〜し〜もっ〜〜!!」
「はいはい、順番な。」
なでなでなでな〜でなでなでなで(以下略)
その光景を前にヤオノはただ開いた口が塞がらない。
その体は満たされた火薬庫と同じであった。
そして彼女の目に留まったのは新作の大福の入れ物が空になった光景、
それは一本の火種となり彼女の中に投げこまれた。
「正信・・・」
「ああ、八百乃さん。仕事終わったかい?
終わったんならい
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