激突(げきとつ)

かつて定国が座し、みなと夢を語らった天守。
そのけして広くない室内には、まだ定国の読み貯めていた書が積まれている。
そこに不遜な顔をして居座る一人の老人。

「敗れおったか。まあよくもったというべきじゃな。」

彼は天守より山間を見下ろし、
止んだ銃声と未だ飛び交うヤオノの分身、
そしてヤオノの咆哮から武太夫の敗北を察する。

そしてしばらく後、ガガッ と下の方で何か音がした。
直後、五郎左衛門が音の出所を覗き込む間もなく巨大な影が外から飛び込んできた。
ヤオノだ。ただでさえ広くない室内、彼女の口は五郎左衛門の目と鼻の先であり、
その気になれば五郎左衛門の喉笛を楽に噛み千切れる位置に彼女はいた。

「お前が其処に座るんじゃない。そこは・・・そこは!」
「今はわしのものよ。この城全てがな。 奴は死んだ。
予定と少々違ってしまったが、それ即ちわしの勝ちということよ。」
「死が負け? じゃあ今すぐお前を負かしてやろうか。造作も無いぞ! 五郎左衛門。」

吼える彼女の姿を見回して五郎左衛門は静かに笑みを浮かべる。
「良い、まことに良いぞ。復讐に狂ったその獣の姿。何ともそそる。」
「・・・下衆が! この姿を見て二度と同じことが言えぬようにしてやる。」

ヤオノには解らない。目の前の男の事が解らない。
同じ人間なのに、何故こうも違う? 何が違う?
五郎左衛門、彼の行い 振る舞い 言動 
どれを取っても彼女には到底解せないものばかりであった。
人を愛する存在として生を受けた彼女にとって、
生まれながら飢鬼道に落ちているようなこの男の存在は、受け入れがたいものであった。
復讐心と理解出来ぬものへの拒絶の心、それが交じり合い彼女の心は深く熱く凍てついていた。

牙をむき出しにして睨みつけられながらも、傲岸不遜な彼の態度は毛ほども揺らがない。
「・・・舐めるでないぞ。武太夫が御主を負かせる。そう思うほど平和ボケしとらぬ。
常に幾通りもの展開を考え、それに対し手をうてねば此処には座れんよ。」
「何を言ってる・・・むっ?!」

じりじりとヤオノの体が引きずられる、畳に長い爪を立てて抗うが止まらない。
その体は強力な力に引かれ強引に天守の外にすっ飛ばされる。
空中で振り返ると、自分の大きな尻尾が白くて長い帯のようなものに大量に巻きつかれていた。
その端を起点として大きく弧を描く様に飛ばされ、ヤオノは山の麓辺りに叩きつけられる。
木を何本もへし折り、ようやくその勢いが止まる。
ヤオノを投げ飛ばし終え、尻尾に絡んでいた帯のようなものは解けていた。
どうやら彼女を天守から引き剥がすことが目的であったらしい。

ヤオノは素早く起き上がると分身同様、
その体を宙に踊らせ山を覆う木から木へと飛び移って移動する。
飛ぶように再び天守に迫る彼女の眼前、ある木の頂上に先程は無かった人影が立っていた。
白い衣に紅の袴を履き、頭には鬼の面を被った妙な男だ。
その背後には大きくて薄っぺらい、
紙細工で作った八つの顔を持った人のようなものが浮いている。

(こんな強力な使い手が潜んでいたことにも気づかないなんて、復讐心で鼻が曇ったかしらね。)

ヤオノは警戒を強めつつ相手に対し声を掛ける。
「誰か知らないけれど、邪魔をしないで。」
「拙者、いざなぎ流当代 第35代 物部という祓い屋にござる。
事情は存ぜぬが、これも仕事ゆえ、あの者に手出しはさせぬでござる。」
「事情も知らない外野は引っ込んでなさい。」

ヤオノは小手調べに狸を数匹ばかり男にけしかける。

「ヤツラオウ! 手加減無用。戦い奉る!!」
八つの顔、それぞれについている紙の切れ目のような黒く細い目がカッと見開き。
口は黒い下弦の三日月となり白い異形の喜びを形作る。
空中に浮遊するそれは、顔を下に向け高速で射出する。
まるで白い丸太のようなそれは物部に迫る狸達を叩き落し。
そのまま地面に押し付けるように打ち付ける。

その威力はまるで大筒(大砲)を至近で撃ち込まれたかのようで、
地面に小さなクレーターを打ち付けた顔の数だけつくっていた。
分身はその威力に到底耐え切れず、残らず葉に戻されている。

「私を引いたのはそいつか・・・」
「キジン、ヤツラオウ。拙者の術の一つにござる。」
「中々の威力だけど、たかだか八つの手数でどこまでやれるかしらね。」

ヤオノは四方と下方から同時に複数の狸を向かわせる。
ヤツラオウは物部の真上数mに陣取り、
まるで機関銃のように顔を撃ち出して近づく狸を迎撃する。
その威力は大地を震わせ、山肌を削り木々を粉砕していく。
物部の立つ木を中心にして放射状に山が裸にされていき、
狸達は襲い掛かる足場を徐々に失っていく。

(・・・む!・・・いない。)
物部は何時の間にか姿を消したヤオノ本体を探す。

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