「お母様、お母様。」
「どうしたね?」
「どうしてニンゲンは大事にしなくちゃいけないの?」
「ふむ、それはな、我々が生き物としてあまりに大きな欠陥を抱えているからなんじゃよ。」
「ケッカン?」
「男と女がいなければ子孫を残せない。にもかかわらず我々は女しか産めない。
人間がいなければ妖怪は少しずつではあるが衰退していくしかないんじゃ。」
「どうして? どうしてそんなふうになっちゃったの?」
「そんな風になった原因は二人の女性が喧嘩し取るからじゃ。」
「ケンカ? つおいの?」
「つおいともw 母さんなんざ目じゃないくらいつおい。
何せ片方はこの世界の管理者といってもいい存在。
そしてそれに異議を唱えれる存在じゃからな。
強さだけでいったら共に雲上の存在よ。」
「ウンジョウ?」
「と〜〜〜っても遠くにいるってことじゃよ。」
「ふ〜〜ん。」
「それにな、大事にしなくちゃいけないというのは少し違う。」
「チガウ?」
「大事にしなければと思って大事にするのではなく。
何時の間にか大事になっておるものなんじゃよw」
「???」
「まだまだお前さんには難しかったかな。
兎に角、年を経ていずれ異性に惚れれば解る日も来よう。
あの方が世界を変えて以来、我らはそういうふうに生まれ生きるようになった。
それはとても素敵なことなんじゃよ」
「アタシもお母様のこと好きだよぉ。それとはチガウの?」
「ほほw うれしいがやはりそれとは少し違うかの。
まあこれ以上は口で説明しても理解できまい。いずれ自分で知る時が来る。」
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ああ、理解できましたお母様。
何と素晴らしい感情でしょうか。
甘くて 熱くて 暖かくて もどかしくて それらが踊るように胸の中で渦巻いて。
そんないたたまれなさの奔流、それが体を流れ 駆け 至上の喜びが胸を満たす。
このために生まれ、そして生きるというのも納得出来る。
ですが遅かったのです。何もかもが遅すぎたのです。
私が短慮だったばっかりに、そんな短慮だった私を、
妖怪であることを隠していた私を、全てを知りながら傍に置いて下さる。
そう言ってくれたあの方はもういません。
あの方の忠臣であり、同様に私を認めてくださったお爺様も。
息の詰まる小部屋での毎日を彩ってくれた利発で好ましい青少年も。
全て全て、私のせいで失われてしまった。
その価値はどれ程だろう。
この国の野山を満たす程の金塊も 広がる大海を満たす程の宝石も
彼らとそれがもたらしうる未来の価値には値しない。
この胸に空いた穴を埋めるには到底値しない。
この空虚 この痛み この嘆き 何を持って贖えばいい。
どうすれば埋まる? どうすれば満ちる?
血だ 血だ! 血だ!! 浴びるほどの血で喉と腹を満たせ。
この掻き毟るような空虚を満たせ。
私は地獄に落ちるだろう。だが、一人ではない。
自分が何をしたのか。 その意味を万分の一でもよい。
理解させてから私に出来る最高の苦しみを与えて殺してやる。
殺してやるぞ 五郎左衛門!!
※※※
ここは城下町の一画、ヤオノが贔屓にしていた蕎麦屋だ。
そこの軒先で二人の男が会話している。
片方はここの店主のようである。
「おう旦那、ちょっと前にそこでよう。八百乃ちゃんを見たんだよ。」
「最近お勤めが忙しいのかめっきり来なくなっちまったから寂しいな。
どんな様子だったい? 元気にやってたか。」
それを聞いて相手の男は微妙な顔をして言葉を濁す。
「ん? 何かあったのか。」
「いやあよ、俺も八百乃ちゃんには何かと世話んなってるからさ。
軽い気持ちで声を掛けてみたんだけどよ。無視して行っちまったんだよ。」
「そりゃあ忙しかったからじゃねえか? 考え事してておめぇさんに気づかなかっただけだろ。」
「いやいやいや! ありゃあただ事じゃねえよ。
よく見たら幽鬼みてえに青い顔して心此処にあらずって感じでさ、
ブツブツ呟いて城の方に行っちまったんだ。」
蕎麦屋の店主もそれを聞いて深刻そうに腕を組む。
「誰か身内に不幸があったのかもな。此処南海も最近きなくさいしな。」
「でもよう、俺は行商やってるから多少は他の藩にも足を伸ばすがな、
此処は特に治安がいいぜ? 量が十分とはいえねえが、
炊き出ししてくれて食いっぱぐれはないし。
鬼の見廻りが効いてるから城下やその周辺には賊の類も出ない。」
「他の藩はそんなにひでえのかい?」
「全部が全部ってわけじゃねえがな、所によっちゃひでえもんよ。
金が掛かるが、信頼できる筋から護衛をつけてももらわねえと危なくて歩けない。
そんな場所がそこら中にたくさんあるんだぜ?
しかも追いはぎしてるのが食い詰めた藩士中心ってんだから笑え
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