幕間の4〜山中節足哀歌

まだ日も高く燦々と降り注ぐ日光が木々の葉を青く照らし、
そこかしこに影と光のコントラストを作り出している。
そんな山間の一画、近くにある小川のせいで湿気が豊富であるが、
さりとて近くの崖が原因で風も通らぬじめじめした木々の合間。

そこにそれは居た。もたれ掛かるように木に体を預け、うだる様な暑さをやりすごす。
日の光は苦手だ。熱いしカラッとするしで良い事が無い。
ついでに言えば自信の無い容姿を丸見えにしてしまう。

太陽なんて消えてしまえば良い。そんなことを鬱々と考えるが、
さりとてそのために何かをするのは面倒という自堕落な思考。
うとうとしつつ、今日もそれはだらけていた。
この山中は静かで気に入っているが、流石にこう毎日これでは退屈してしまう。
じゃあその退屈を解消するために山を降りるか? というとやっぱりそれは面倒だという思考。

完成された負の自堕落デフレスパイラルは、
今日もそれを山中にのんべんだらりと釘付けにして離さない。

ちょっと前までは違った。動かずとも獲物が向こうの方からやってきた。
そんな入れ食い状態は、予想より遥かに早く打ち切られた。
同族達が来る者を逃さず狩り続けた結果。獲物は山に近寄らなくなった。
他の同族が恩恵に預かってる中、それはだらりとしすぎて機を逸したのである。

同族を羨むのもめんどくさい、などと思うものの。
やはりそれは強がりで・・・ あふぅ とたまにため息がそれの口から漏れる。
ぬらぬらした触角を振って時折周囲の状況を探るものの、何時も通りの・・・?

それは何やら違和感を感じ、意識を少し寝ボケから引き戻して触角に集中した。
近くの小川が巻き上げる飛沫、それは本当に細かくなり、
微粒子となってこちらに漂ってきて彼女の周囲を濡らしている。

その飛沫の中に何時もは感じない異物を感じる。
それが何なのかそれは吟味する。
そしてそれはすぐに答えにたどり着いた。
自堕落を体現したそれが俄かに動き始める。

小川の上流へと向けて、硬質な体の節々をぬるりと動かし木々の間を物音立てずに進んでいく。
その速度はほとんど無音であるにもかかわらず驚くほど軽快であった。


※※※


「ふぃ〜〜〜。」
「よう出たのう。」

山々を越えようと山中を歩く馬方衆、そのうちの二人が近くにあった川で小用を足していた。
この山には何かが出る。地元の者らはそう言って恐れていたが、まだ日の高いことも有り。
山中は平穏そのもの、長閑な風情を漂わせていてちっとも怖くは無い。

「用足しは済んだでござるか? 急がねば、それだけ物の怪にあう危険が高まるでござる。」
「うぉう!」
「ぬぉ!」

後ろから急に声を掛けてきた男の顔、鬼の面が急に近くにいたため男達は驚きの声を上げた。

「これは失敬、この面は当代の証ゆえ外せぬが、脅かすつもりはまったくないでござるよ。」
「そ・・・そうはいってもよう。」
「やっぱ不気味だぜぇその鬼面。」

物部と名乗った得体の知れない自称祓い屋のこの男に対し、
馬方衆の大半はまだ疑心の目を向けていた。
ただの口だけのハッタリ野郎ではないか、最悪野党などの間者ではないかなど。
もっともまとめ役の男の手前、そんなことは口にはしないが。
どうしても胡散臭さというものは覚えてしまう。

そうしていると、物部は不意に黙り込み、何やら川の下流側の方をじっと見ていた。
「ふむ、どうもすいませぬがこれを。」
物部は馬方衆の一人にある紙を折ってつくった白い折り紙の鶴を渡す。

「こりゃあいったい?」
「それを持っておいてほしいでござる。
それを持っていて頂ければ離れても大体の位置と方角が解るでござるよ。」
「へぇ、こんな紙っきれにそんな力が?」
「それを持って早く行くでござる。拙者、契約通りに此処で追っ手を食いとめるゆえ。」

それを聞いて男らは物部の見ている方向に目を凝らす。
「来とるんか? 何も見えんが。」
「そうじゃ・・・いや、鳥が鳴きやんどる。これは・・・」
「御早く!! かなりの速度でこちらへ来ておりますれば。」

男達は物部の剣幕にあわてて踵を返し、みなのところへ走っていった。
場に残された物部はその場でトンッとステップを踏むと
両袖から一つ御幣(和紙の切り紙)を取り出す。
短く細い木の棒を芯として、それに刺さる形で人を模したかのような形に切ってある。
ただしそれを人とするなら一つ異形な点がある。肩から上、、顔が八つ象られているのである。
それを眼前の地面に刺して立てる。そしてその前でくるりと時計回りに一度回る。
さらに反時計回りに一度回り、天を仰ぐように体を傾斜させ
両腕を体の前で糸巻きの様に回転させる。
それは簡略化された神楽、神(紙)へと捧げる奉納の舞。

「かしこみかしこみ申し奉る。御魂と御力を此処に、
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