東と南への旅路を行く八百乃と正信、彼らが道中で襲撃を受ける時より多少時間は遡る。
南龍は予てからの計画通り、八百乃に同行した。
目の前に居る自分にまるで気づかない周囲の上士や門番の足軽達。
それは自分がこの世界から消えて生霊にでもなった気分を彼に味あわせた。
キョロキョロと落ち着かない様子の南龍に対し、八百乃はそっと耳打ちした。
「改めて言いますが、余り大きな音は立てられませぬよう気をつけてください。
あくまで視覚的に誤魔化してるに過ぎませんので。目立つ足跡なども付けぬようお願いします。」
南龍は彼女に対し解っていますと頷いて返す。
そうして無事、南龍は城の門を越え城下を後にした。
そしてあるところまで来たところで、八百乃は一団に厠へ行きたいと言って待たせ。
その間に南龍は途中の茂みに身を隠し、そこで八百乃や上士をやり過ごして分かれた。
其処から程近くにある宿場まで足を伸ばし、
南龍は貴人や大名などが乗る引き戸のついた駕籠(かご)を捕まえた。
南龍はそれに乗り込み、乗り継ぎで将軍の元まで行ける最初の船着場を目指した。
南龍は籠の中で一息付き、竹筒の水筒から水を喉に流し込んだ。
彼は自分の息の荒さを見て軽くため息をつく。
(年はとりたくないものだな。)
移動のほとんどが駕籠と船を使うとはいえ、この長旅は老齢の南龍にはけして易くはない。
杖を付いてここまで歩いてきただけでこのざまである。
それなりに若い頃は鍛えてきた南龍だからこそ、この程度で済んでいるともいえるが。
正直適材適所とは言えない。定国もそれは重々承知しているが、
この件は彼らにとって生命線である。失敗は許されない。
だが残念なことに信の置ける部下で、道行きを熟知しているのは彼だけだった。
しかし南龍はうれしかった。若様はこんな老いた自分でもまだこのような大役を任せてくださると。
南龍は籠に揺られながら考える。若様とその友といってよい家臣達のこと。
正信殿、彼は若様が気に入られているだけあって将来が楽しみな若人だ。
どうやら八百乃殿に恋慕の情を募らせているようだが、
若様も八百乃殿のことは気に入っている御様子。
果てさてどうなることか、結果がどうなるにせよ、末永く若様の傍らで支えて欲しいものよ。
八百乃殿、彼女が妖怪であると知ったときはだいぶ驚いた。
だが彼女の考えや行動を知るうちに、かように人の世に溶け込み、
その営みに敬意を払う妖怪もおるのかと感心したものである。
少々見た目は幼いが、どうやら種族的にそういうものらしい。
中身は三国一の器量良しといっても言いすぎではあるまい。
彼女もこれから末永く若様に仕えて欲しい逸材である。
そして我が君主の定国様。私の命の恩人であり、私に生きる意味をくれた御方。
南龍は思い出す。もうこの世にはいない我が子の事を・・・
北辰(ほくしん)、お前が鬼籍に入りもう幾星霜。だが父は立派に勤めを果している。
お前は文武両道で情も介す、手前味噌ながら自慢の息子であった。
私の希望、私の夢であった。家をお前に継いでもらうことが私の生きる甲斐であった。
私が大殿に仕えたように、若様の隣で右腕として仕えるお前を見ることが私の・・・
だが、お前は・・・あの悪鬼、五郎左衛門の魔手によって明日を断たれた。
絶望という言葉の意味をあれ程噛み締めた時は後にも先にもない。
若様が今のように飄々とされ始めたのは北辰が死んでから。
あの時を境にあの方は怒りや悲しみの感情を表に出すをやめられた。
失意に沈み、見る見る老けていった私はある日若様に呼び出された。
養子を取る気はないか? と言ってきたあの方の申し出に私は首を振った。
誰であろうと、先の息子北辰と見比べれば見劣りしてしまうであろう。
それに私はあれ以外に家督を譲るつもりは無かった。
跡取りの居ない私の家は私の代で終わるであろう。
それもいい、もはや成すべきことも無く。
ただ漫然と死期が己に訪れるを待つ、
こんな老骨には死して全てが無くなるという末路こそ相応しい。
そんな風に達観してしまった私であったが、それを許さぬ者が居た。
ある日より、若様は私を呼んで色々と我侭を吹っ掛けはじめた。
やれ鷹狩りに行くからお供しろ、やれ風呂に入りたくなったので沸かせ。
他にも一々私などに頼まずとも、他の者にやらせればよい用事まで私にやらせた。
そんな事が続き、流石に私も苛立ち混じりに苦言を呈したある日。
あの方はそんな私を見てうれしそうにお笑いに成られた。
「その意気よ。余はな、何も諦めてはおらぬ。
北辰の仇討ちも、この藩を余の手に取り戻すことも。何もな・・・」
だから全て終わったような顔をするな・・・
お前の務めは何も終わってはいない。
末永く余に仕え、この藩を北辰の成せなかった分ま
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