正信は草むらに身を隠し周囲の物音に気を配る。
しかし聞こえるのは鳥の囀りや目の前にいる上士の一人が立てる音ばかりである。
「静かに、周囲の音が聞こえませぬ。」
「・・・どうして・・・どうして我らまで・・・何故じゃ・・・」
注意したが眼前の上士は怯えきっており、正信の言葉も右から左といった按配である。
正信は軽く嘆息すると、改めて周囲の状況を観察し始めた。
時間は少々前に遡る。
正信が南の藩との領境にある山を移動中のことである。
同行者の一人である上士が山中でもよおしてきたので少し待って欲しいと言ってきた。
当然厠など有りはしないので、そこいらでするしかない。
仲間の上士達は呆れながらも早く行って来いと男を送り出した。
しかしそれから、待てど暮らせど男は帰ってこなかった。
遠くへ行き過ぎて迷ったか、はたまた何処ぞから落下して登れなくなったか。
そんな声が他の上士達からしだいに上がり始めた。
それならと二人が見てくると行って、またまた山中へと消えた。
流石に上士達も真剣な表情になり、皆で揃って行方をくらました三人を探しに出かけた。
程なく、山中を少し下ったところで倒れている三人を発見。
どうしたと駆け寄った上士の一人が突如飛んできた矢に頭を射抜かれ死んだ。
元々襲撃があることを予期していた正信の反応は早かった。
二射目が来る前に素早く木の陰に身を隠す。
「皆様方! 曲者です!! 身を隠してください。お早く!」
しかしそんな正信の呼びかけに対しても上士達の反応は鈍かった。
信じられんとばかりに倒れている男達に駆け寄りその死を確認する。
そうしているうちに放たれた次射がもう一人の上士の肩を穿つ。
「ぐあぁあっ。」
その悲鳴が上士達に事態を強制的に理解させる。
自分達は今、命を何者かから狙われているのだと。
そして彼らは蜘蛛の子を散らすように山中を逃げ出した。
パニックを起こして統制を無くした上士らは、がむしゃらに山中を逃げる者。
正信同様に死体の周囲の物陰に身を隠す者。坂を上り馬まで走るものに分かれた。
それらを物陰から見ていた正信は考える。
(自分だけでなく、上士の方々まで無差別に襲っている。
こちらに寄越された彼らは恐らく、
五郎左衛門の気に触ることか失態をやらかした過去があるのであろう。
自分を下手人に襲わせるついでに皆殺しというわけか。
だとすると、自分が相手の立場ならまず始めに・・・)
そう考えたところで上手の方、坂の上から悲鳴が聞こえてきた。
それなりに距離もあり、詳しいことは判らないが馬の嘶きも響いてくる。
(やはりそちらか、恐らく馬は走れなくされてしまっているであろう。
どうする? 人数の居るうちに討って出て倒してしまうが正解か?
いや、敵の正体も人数も判らぬ。こうなった以上、南の藩に行くのは諦めた方が良い。
何としても生き延びて帰る方向で考えねば・・・)
正信は慎重に物陰から物陰へと移動を始める。その間も思考を回転させ状況の把握に努める。
(此処で襲撃を受けたのは偶然、
上士の方が道端で御小水をして終わりであればこうはならなかった。
そして山道とはいえ、馬なしで馬の脚に付いて来るのは難しい。
であれば待ち伏せ、恐らく誰かが厠へと別行動を取らずとも、
先の方で道は塞がっていたのだろう。
そして立ち往生させてから襲撃する手筈だったのだ。
この推論が正しければ引き返すより他にない。
だが土地勘のない山中を我武者羅に逃げるなど自殺行為。
水も食料も馬といっしょだ。山へ逃げ隠れても助かるまい。
やはり危険ではあるが来た道を引き返すしかない。)
そして彼は草むらにて震える上士と対面し冒頭へと繋がるわけである。
正信はとりあえず手近に落ちていた石を投げて離れたところで音を立て、
そうしてから自分は耳を澄まして周囲に気を配る。
反応して動く物音や気配はない。下手人は今この周辺にはいないと彼は判断した。
「私は上へ参ります。ついてきますか?」
「・・・何故・・・我らが・・・」
「知りませんよ。生きて帰れたら五郎左衛門様に伺って見たらいかがです?」
「くっ・・・仕方ない。何か考えはあるのか?」
「恐らく道は敵に塞がれて居ます。引き返すしかありません。」
「しかしそれでは敵の思う壺ではないのか?」
「ええ、ですが山中に逃げても水も食料もなく野垂れ死にます。
敵は周到に準備してここを襲撃する場に選んだのです。
恐らく上の道以外から下山することはかないますまい。」
正信の言葉に上士は頷き、二人は用心深く坂之上へと移動をした。
その間、矢は二人に一度も飛んではこなかった。
そして上に出た二人は最初に上に上った上士達の死体と、
山中に逃げた上士らが刀を抜いて一人を囲んでいるところを目撃した。
(何処にも行
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