謀略(ぼうりゃく)

「ふーむ、やはり難しいか。」
「はい、残念ながら。」

八百乃の返事を聞いて定国は肩を落とす。
今後の方針について話していたところ。
彼女の仲間の力を借りれないか、という提案に八百乃は首を横に振った。

「組合という組織はありますが、町内の互助会の大きいやつみたいなものでして、
あまり強制力のある組織ではないんです。自由になる人手はそれ程多くありません。
ましてや今は飢饉への対応にみな追われ、てんてこまいな状態だと思います。」

「範囲が範囲じゃからなあ。無理もないか。
てっとりばやい勝ち筋としては、
御主達の仲間に頼み、五郎左衛門を骨抜きにしてもらうことなんじゃがな。」

「正体がばれた以上、向こうもその手は警戒するでしょう。
食べ物も毒見がいますし、無理やりするには周囲の者達が邪魔です。
仮に適任者がいたとしても実行するのは難しいと思います。」

それまで黙って話を聞いていた南龍が声を発する。
「若様、そうなりますとやはり・・・」
「じゃな。いたずらに時間を掛けて後手に回るは避けたい。
肉を切らせて骨を断つ形になるが、御上の手を借りるしかあるまい。」

それを聞いて正信と八百乃は反論する。
「御上にこの件を報せるのですか? 
それではこの藩が、ひいては定国様が厳しい責めを負うことに。」
「そうです。事情はどうあれ、
長きに渡る不正とそれを知ってて見逃していたことが知れれば責は重くなります。
それにこの藩は密貿易もしております。
勘定奉行の調べが入ればそちらの件についても追求されましょう。
最悪、改易されて定国様は腹を斬らされます。
そして家は取り潰されこの藩は事実上消滅します。」

それを聞いて定国も頷いて返す。
「確かに、五郎左衛門の一党は勿論、余にも厳しき沙汰があることは事実であろうな。
じゃが、もはや手段を選んでいられる状況でものうなった。
奴らをどうにかせねば、こちらが殺される。そういう状況じゃ。
世継ぎを生むまでは余に手は出せぬが、御主らは別じゃ、
あの男は御主も南龍も、正信も全て殺すじゃろう。
虫の手足をもぐが如くな、そして余を動けぬようにして子を産ませ、
その後は余も殺すであろう。それだけは避けねばならん。」

その言葉を南龍が引き継ぐ。
「とはいえ、今の上様は道理の判る御方です。
きちんと経緯を話せば、改易され領地を一部没収されるくらいで済む可能性が高いです。
ただ、問題はどうやって将軍様のお膝元まで行くかです。
ただ使いを出しただけでは、五郎左衛門に感づかれ消されてしまいましょう。」

南龍がそこまで話したところで八百乃が彼の言葉を手で制する。
そして人差し指を口の前に立ててみなに静かにするように伝える。
しばらくすると、人間の耳にも何者かが近づいてくる足音が聞こえてくる。

その者は五郎左衛門の使いで、
相談したいことがあるのでみな集まって欲しいという内容を彼らに伝えた。


※※※


城内でも比較的広く、みなで集まる時は何時も利用される間に一同が会す。
定国一行と五郎左衛門の一派は何食わぬ顔で互いに定位置に座る。
そして場が整ったと感じたとき、定国は五郎左衛門に問いかけた。

「何やら物々しい雰囲気のようじゃが、何用じゃ五郎左衛門。」
「は、由々しき事態にてお集り頂きました。詳細は武官の武太夫から説明いたします。」
「それでは、結論から申しまして、何者かにこの藩が侵略を受けている気配があります。」
「・・・続けよ。」

「は、現在城下には避難民が大勢集まっていますが、
それは主に経済的に裕福ではない層が多く。
地主などの農豪や稼ぎの良い問屋などはこの限りではありません。
彼らは蓄えを持っていますので、それで今まで通り自分の家に住んでいますが。
そんな領内に点在する蓄えのある者達が何者かに襲撃を受け、
強奪にあっているという報告が上がっています。」

それを聞いた定国は当然の疑問を口にする。
「それは食うに困った者達が強盗に鞍替えしているだけではないのか?」
「勿論、その可能性もあります。ですがこの藩はまだ城下まで来れば食料を受け取れます。
お尋ね者になる危険を冒してまで、強盗を繰り返すのは少々腑に落ちませぬ。」
「侵略、と申したな。つまり強盗の裏に糸を引いてる者がいると考えているのだな?」

「はい、此処南海では食料を中心とした物資の不足がどの藩でも悩みの種です。
勅命により藩同士の争いはご法度ですが、飢えた民が勝手に押し入った。
という建前で行われる略奪なら何とでも言い訳が立ちます。」

「実際に食い詰めた者達を集め、一部の者達に扇動させるなりすれば可能か・・・
して、対策はあるのか? 神出鬼没な連中のようじゃし、潜むための空き家はごまんとある。」
「は、相手の目的がこの藩の物資であるとするならば
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