広い畳部屋に男が二人、一人は精悍な顔付きをした男性。
もう一人は御髪に白いものが混じった初老の男。
初老の男はもう一人の御付のようで、机に座り政務に励む男の傍らで、
影のように何もせずにただ控えている。
「失礼いたします。」
そこに一人の男が入ってきた。
御付の方のみ、そちらに向いて入ってきた男に問いただす。
「何用か?」
「上様に会いたいという商人が来ております。」
「聞いてはおらぬぞ。商人風情が事前の取次ぎもなしに上様の御手を煩わせようとは、
不届き千万じゃ。何者か知らぬが追い返せ!」
そこで初めて精悍な顔をした男が顔を上げる。
「まあ待て、その者、何者か名のっておったか?」
「はっ、もし追い返されそうになった場合、二つ岩から来たと言えば解ると・・・」
「ほう、あの大金貸しか・・・此度の飢饉では世話になった。
無碍にも出来まい。それにわざわざ来たということは、
何やらうまい話でももってきたかもしれんしな・・・通せ。」
「ははぁ。」
男が下がってしばらくした後、室内に一人の女性が通された。
くせっ毛のセミロングを肩口まで生やしたふくよかな体系の女性。
顔には縁なし眼鏡をかけ、手には扇子を持っており、それで口元を隠している。
室内に入り、男の面前まで来ると座って額を突いた。
「御顔を拝見いたしますのは初めてでですなぁ上様。
私、北の地で金貸しなんぞをやっております菜慈霧(なじむ)と申します。」
「面を上げい、此度の飢饉への対処のための資金提供、誠に大儀であった。
そちの申し出でどれだけの民が飢えを逃れたか知れぬ。」
「もったいない御言葉でございます。」
「して、今日は何用でまいった?
形部狸であるそなたが態々こんなところまで来るとは、
それなりの用件があるのであろう。」
「ほう! 我々のことを既にご存知で。流石は巷で悪をご自身で裁かれ、
暴れん坊将軍と噂の御方ですなぁ。良い耳と目をお持ちでいらっしゃる。」
「・・・褒めておるのは解るが、その呼び名はちと遠慮してくれんか。
せめて米将軍とでも呼んでくれ。」
「ありゃ、お気に召していらっしゃらないんでっか?」
「暴君みたいであろうが、その称し方は・・・」
「ははぁ、まあそうですな。しかし水戸の御老公といい、
葵紋の方々は中々やんちゃでいらはりますな。」
「ほう、あの方と面識が?」
「ええ、少しですが。まあうちらは長生きですさかい。
それにしても惜しい方を無くされましたなあ。ただの人としては大往生ではありますが。」
「まったくじゃ、直系で無い上に三男であった余が
将軍へすんなりなれたはあの方の後ろ盾あったればこそ。
あの方には昔から頭が上がらなかったものよ。
それに民草にあそこまで慕われた方もあまりおらん。」
「そういえば一時期は歌が流行(はやり)ましたなあ。
天が下 二つの宝 尽き果てぬ・・・」
ナジムの狂歌を将軍がついで歌う。
「佐渡の金山 水戸の黄門・・・か、
してもう一度問うが、御老公と並び賞される宝を持った御主が今日は一体何用じゃ?」
ナジムはこれは失敬とばかりに閉じた扇子で額をぴしゃりとやると、
今までの話を切り上げ本題へと移る。
「そうそう、今日はですな、ええもんを持ってきましたんや。」
腰についているポケットから紫色の楕円形の物体を取り出すナジム。
「キントキっちゅう食べ物でしてな、痩せた土地でも育つし保存も利くし栄養価も高い。
今回の飢饉で解ったでっしゃろ? この国は米を貨幣とする慣例故、
米の生産が盛んや、しかしそれは米の収穫に打撃があったとき命取りになる。
保険としてもう一個、保存の利く食料の生産を奨励した方がええ。」
黙ってナジムの言うことを聞いていた将軍はその顔を綻ばせた。
「渡りに船とはこのこと、家臣達にそのような条件に適う作物を探させていたところであった。
そなたらには度々世話になるな。それで、そなたがそれを見つけてくれたのか?」
「いえいえ、見つけたんわ南海のとある藩に召抱えられ取る友人でしてな。
その友人のたっての頼みで、うちがこうして物を用意してもろてはせ参じたちゅうわけでして。」
「成る程、南海は此度の飢饉の中心地。
当然問題点にも気づいて早くに対策を考え動いてくれていたか。」
「まあその友人の家が廻船問屋を営んでおりましてな。
外国の物でもちょちょいっと取り寄せられますねん。」
「貴様、上様の前で堂々と密貿易の話とは。其処になおれぃ。」
「よい、爺、この者らは人ではない。
でありながら危険と手間を冒して人のために動いてくれておる。
それに対する報いが刀ではあまりに無粋というもの。無論この件は口外無用だがな。」
「流石、話が解りますな。それではうちはこの辺で・・・お互い忙しい身ですし。」
「うむ、此度の訪問。大儀であった
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