「よう八百乃ちゃん。まさぼうと二人で食事かい?」
「八百乃ちゃん。珍しい皿や茶碗が手に入ったんだ。後で鑑定してくれんかね。」
「八百乃ちゃん。まさぼうと祝言は何時あげるんだい?」
いっしょに歩いていて随分と声を掛けられると驚いた。
八百乃さんが城に仕えるようになり、この城下町で暮らすようになって数年が立つらしいが、
地元の僕以上に彼女は街のみんなに頼られ愛されていた。
ちなみにまさぼうは自分、正信の愛称である。
正直もう元服までしてその呼ばれ方はどうかと抗議したこともあるが、
みなには一向に聞き入れて貰えなかった。
三男坊とはいえ武家の息子だと言うのに、
八百乃さんにそう愚痴ったこともあったが、
彼女はくすりと笑うとこういった。
「いいじゃない。親しまれてる証拠よ。畏まられるよりよっぽどいいわ。」
それはその通りと納得したものの、
やはり呼ばれ方には未だ違和感を感じる。
それはそうと、みなとの会話を聞いていて何故彼女が頼られるのか大体解った。
彼女の実家は比較的近くで大きな廻船問屋を営んでいるらしい。
そのつてで、彼女に品物を依頼したり、自分の売りたい物の買い手を捜してもらったり、
色々と彼女に頼みごとをしているらしい。
それだけでなく、古美術や茶器の目利きなども依頼されていた。
後で聞いたところによると、下手な古美術商よりよっぽど博識で確かな目を持ってるとのこと、
しかも鑑定料も他の商人への手前取っているらしいが、
額は相場から見ればだいぶ安い値段とのことである。
あまり噂が広がると目を付けられるので、
あくまで相手は此処の城下町に住む者だけということだ。
かくして僕の上司は街のみんなの抱える問題を今日も鮮やかに聞いていく。
それは街のみんなの覚えも良くなるというものである。
そんな彼女に通りがかった蕎麦屋の中から声が掛かる。
「八百乃ちゃん。新蕎麦のいいのが入ったんだ。お昼どうだい?」
「・・・いいわねえ。正信、お昼はここにしましょう。」
鼻をひくひくさせつつ八百乃さんは僕の同意を得ずに蕎麦屋の暖簾をさっさとくぐる。
すっかり顔なじみなのか店の者が気安く声を掛けてくる。
「何時もどおりでいいかい?」
「今日は新蕎麦なのでしょう?だったら揚げ玉はいいわ。」
「あいよ、それと刺身の盛り合わせなんかもだせるけどいるかい?」
「お願いするわ。それでちびちびやりつつ蕎麦を待ちましょうか。」
注文も堂に入っている。すっかり常連といった佇まいである。
見た目はまだ子供のような彼女、その彼女が今日僕と同道しているのは、
親孝行としてたまには母へ贈り物でもしたい。
ついては物を選ぶのを手伝って欲しいと彼女にお願いしたからだ。
昼休みを使い、食事と物選びをどちらもすませるつもりであった。
しかしそれは表向きの理由。
本当の目的は彼女とこうして飲み食いしたり、
付き合ってくれたお礼と称して彼女に贈り物をするためである。
そう、僕は彼女に恋慕の情を募らせている。
しかし現状、彼女とは多少の火遊びをする中ではあるがそれ以上ではない。
「ねえ正信、あなた参勤交代で定国様に同行したことがあるのでしょう?
御紺様ってどんな方?ああいやだわ。おこん・・お・こ・ん・・・
寒気のする響きよね、何を考えてこんな嫌な名前を付けたのかしら。」
何がそんなに気に入らないのかはさっぱり理解できないが、
彼女が御紺様に抱いている感情の一部が嫉妬から来てる事は明白である。
このように好きな相手の視線は定国様の方を向きっぱなしだ。
「名前のことは知りませんが、少しお会いしたことならあります。
お綺麗な方でしたよ。ただ、少々立場の難しい方でもあります。」
「どういう意味?」
「何でもずっと御子が授かれないらしいです。
五郎左衛門様の口利きで定国様とくっついたらしいですが、
正妻とはいえこのままでは立場が無いでしょうね。」
その時の彼女は興味なさげに目を泳がせていたが、僕は知っている。
こういう時の彼女は腹の中でざまあっwと喝采しているのである。
その後も刺身を肴にお喋りは続く。
「ねえ正信、商いに大事なことって何だか解る?」
脈絡の無い会話だ。しかし大店の娘である彼女に対し、
この質問をうまく答えれば多少なりとも覚えはよくなるだろう。
そう考え、無い知恵しぼって出した答えがこれである。
「情ではなく、きちんと金銭の損得を考えて動けるかでしょうか。」
「はずれ、正信には商才はどうやらないようね。」
何とも恥ずかしい。浅知恵だろうことは承知していたがばっさりである。
「商いで大事なこと、それはむしろ情、恩、縁、そういったものよ。
扱うのが金銭や品物とはいえ、結局相手をするのはそれを売り買いする人間。
そして人間はよほどの差が無ければ単純
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