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第六十三話・君に送る遁走曲
私の目から見て、実力は明らかにウェールズ=ドライグと名乗る男の方がサクラよりも遥かに上だと思えた。
純粋に有利なのも彼だった。
素手と剣、それは何よりも明らかである。
技量にしてもそう。
この大陸にいれば、なかなか見ることのない居合い剣術。
私にしても、母にしても、父がいなければ居合い、抜刀術と呼ばれる剣術を知らずに、戦いの日々をすごしてきたかもしれない。
ジパングで生まれたという剣を収めたまま戦うという異質な剣術は、その生まれたルーツを同じとするサクラでさえ、私たちと出会わなければ彼もまた知らずに生き、おそらく今日この日にウェールズ=ドライグの放つ最初の一撃で、命を失っていただろう。
だが、サクラは運が悪い。
彼は生まれ育った町に生粋の、それも平行世界の戦乱に明け暮れたジパングを生き残った父がいて、私なんかに惚れて戦う道を選び、この大陸では知りえなかったであろう戦い方を命がけで脆弱な身体に刻み込み、いつだって自分よりも格上の敵と戦い続け、いつも自分という最大の壁にぶつからなければならなかったから。
そして、ウェールズ=ドライグも運が悪い。
おそらく彼はその異形の技を我流で生み出したのだろう。
異質な技はそのクレバーな頭と、神速という私の知る限り友人のサイガでなければ出せない速度、そして何よりも規格外で、誰よりも純粋で、正気をギリギリで保っているその憎しみが彼の強さを支えているように見て取れる。
異質な技は、戦う時は二度目はない。
おそらくは彼と戦った者は誰一人生き残ってはいないだろう。
正攻法を崩すのはいつだって異端だ。
誰も見たことがないから、誰も対処のしようがない。
本当にウェールズ=ドライグ、彼は運が悪い。
サクラは何度も私と手合わせをした。
サクラは父から居合いの崩し方を教わった。
「何故だ、何故当たらぬ!」
ウェールズが苛立っている。
サクラが鍛えられたのは身体だけじゃない。
鞘に収められた相手の得物の間合いを知り、どの距離を保てば無事に回避出来るかをその身を以って、傷付きながら彼は学び続けた。
色々と戦闘者として劣る彼に、父が本当に叩き込んだのは冷静に相手を見る観察眼。
ウェールズは気が付いていない。
彼は敵を一撃で葬ってきたという自負と、それに反し神速の一撃を以ってして尚サクラに当たらないという苛付きが、サクラを殺そうと意識するあまりに狙いが首に集中していることで、サクラが回避しやすくなっていることに。
「殺す…、殺す殺す殺す殺す!」
クレバーに敵を見ていたであろう彼はいない。
苛付きと憎しみが最大まで達した男は、その自分のプライドを傷付けられて、殺すという意識が先行し、しなやかな動きが力みによって硬くなり、彼の最大の武器である速度まで失う。
元々彼はその技を得るのは正しかった、そう私は思う。
異端の技で生き抜いた彼ではあるが、自分に残した不利な点が、怒りに自分自身を見失い、今彼を苦しめている。
大陸の剣は居合いに不利だということ。
反りのない剣で無理に居合いをするのだから、その神速も刹那の隙が生まれる。
それを見逃すサクラじゃない。
そういう風に見逃すように私も父も彼を鍛えていない。
「ロウガさんが言っていた。抜刀術は、何度も見せるものじゃない。一撃必殺を胆に銘じて繰り出さなければならないと。一度外してしまえば、間合いは読まれ手の内は完全に晒すことになる。」
「黙れぇぇぇーっ!!!」
もう、神速ではない。
それでもそこそこの速さを持った刃が風を切る。
「お前は何と言った。お前は、戦争への幕を上げると言ったな…。俺たちは好き好んで戦争に巻き込まれたんじゃない。俺たちは愛する人々を、添い遂げたいと思う人を守りたいから戦うんだ。それを、お前の道具になんか…、俺が死んでもさせるものか!」
サクラの右腕が唸る。
ウェールズは剣戟を繰り出せない密着状態に踏み込まれて、顔に僅かな動揺の色を浮かべた。
「ちぃっ!」
「安心しろ、俺はお前とは違う…。俺は命までは獲らない!」
サクラは、踏み込みの速度だけは一級品だ。
迷えば死ぬ。
迷わず、恐怖を抑え込んで踏み込むサクラは彼一人の力ではない。
今までの戦いすべてに関わった者たちが、彼の言葉を借りるなら背中を押してくれるのである。
右腕が唸りを上げて、下から突き上げられる。
ウェールズが鞘から左手を放し、反射的に防御するようにサクラの右腕に反応する。
「弾けろ!!」
サクラの右腕の炎が弾け、彼の左腕を吹き飛ばす。
「な、何が…!?」
鎧を纏っていたと思っていたのだが、鎧の中身は空っぽ。
おそらく母の義眼同じように魔力か何かの力を動力とした義手なのだろう。
ウェールズは何が起こったのかわからない顔で、親指と人差し指だけを残して破壊され、瞬間的な熱量で溶けた義手を見詰めて、その威力に驚愕していた。
それは僅か一瞬の出来事だったが、サクラにとってそれは十分すぎる隙。
「まだだっ!!」
さらにサクラの零距離での跳び蹴りがウェールズの顎を捉えた。
短い呻き声を上げてウェールズが力なく崩れ落ちる。
ここで、私は目を伏せ、肩で息をして残心の構えと取るサクラに歩み寄った。
もう、ウェールズ=ドライグは立ち上がらない。
完全に意識をなくし、さっきまでこの場所を覆っていた殺気が嘘のように晴れている。
「……サクラ、ケリは付いたかい?」
「…わかりません。でも、きっと彼はまた立ち上がると思います。その時は二度と戦いたくありません。再び立ち上がった時、彼はまったくの別人になっている。そんな気がしてならないんです。かつての僕と同じ場所にいた彼なら…、僕と同じように過ちにきっと気付くから……。」


事実、アヌビスの記した歴史書によれば、ウェールズ=ドライグが剣豪として名を高めたのは、『クゥジュロ草原の分岐点』の戦でパブロフ=カルロ=ド=メナードを討ち取ったことではない。
アヌビスの歴史書による言葉を借りれば、このサクラとの一騎討ちに敗れたことこそが彼の後世の評価を高めえることとなるのである。
ウェールズ=ドライグ。
彼の物語は、名もなき町で終わり、名もなき町で始まるのである。


―――――――――――――――――――――――


「これを…、私にですか?」
アヌビスが手渡されたのは、一見すればただの首飾り。
真ん中にはめ込まれた鮮やかな青い石が美しい、凝った装飾の首飾りである。
他言無用、口外法度という条件の下に応接室でアヌビスと、魔王軍より派遣されたヴルトームは、二人きりの会見していた。
「綺麗…。」
「お気に召しましたでしょうか?」
年齢も近いせいかもしれないが、二人はすぐに打ち解けた。
「ええ、でもこういう贈り物をするためにあなたは来た訳じゃないんですよね?」
「その通りです。それは一見しても、誰が持ってもただの首飾り。ですが、持つ者が持てば…。これは魔王軍の一部の幹部に授けられた通信器具なのです。もっとも自由に使用するには膨大な魔力を必要としまして…、陛下と、この首飾りと同じ物を持つ、これからアヌビス様に連絡を取ってもらいたい者でなければ、まともに扱えない非常に実用性の低い魔術具。ほとんど陛下の遊び心で作った代物で、実験段階で正式採用が見送られたものなのですが…。」
「……そういう遊び心で、時間と経費を無駄遣いする人が身近に二人もいるので、ヴルトームさんのご心労、お察しします。」
「わかってくださいますか!」
こめかみを押さえて悩むアヌビスが思い浮かべたのは、セラエノ学園学園長と同じく学園魔術担当教師のバフォメットという学園きってのトラブルメーカーである。
同じ苦労を抱えていると知り、ヴルトームは感動し、アヌビスの手を握る。
「それで、私は誰と連絡を取れば良いのですか?」
「…魔王軍特殊部隊隊長、ハインケル=ゼファーという者です。」
その名前を聞いて、アヌビスは座っていた椅子を大きく鳴らして立ち上がる。
「ハインケル……、まさか反魔の英雄…、勇者ハインケル=ゼファーのことですか!?」
「表向きは…。反魔物勢力、教会影響下の国家最大最後の切り札とも言える勇者として、あなたが知るようにその名を知られておりますが…。彼はあなた方の味方です。魔王軍に身を置きながら、陛下に忠誠を誓わず、陛下も彼を対等に扱い、特殊な任務をある程度の陛下の意向に沿って達成する者。もっともその行いから魔界では悪逆勇者などと呼ばれています。私は彼を策士、もしくは腹黒くて気紛れな性格から『黒猫』なんて呼んでますけど…。」
アヌビスはちょっと拗ねたように口を尖らすヴルトームに同情を覚えていた。
自分もいつも気ままなバフォメットに少しだけ不満を持っており、アヌビスは苦笑いで応える。
「これは、どう使えば良いんですか?」
「あ、それはですね…。陛下のよくわからない言い回しなんですが、アヌビス様のいつも通りにすれば使えるようになる、とのことです。もし相手とコンタクトが取れると、会話はすべて念話で行えます。」
「私の、いつも通り…。わかりました……、やってみましょう。」
アヌビスは目を静かに閉じ、魔力を解放する。
それは蜘蛛の巣のイメージ。
世界中に網を張り、情報という情報を引き出す彼女の能力。
アヌビスは探した。
自分の持つ首飾りと同じ物を持つ者を。
東へそのキーワードを探る。
北へその痕跡を辿る。
西へ残留する魔力を掴む。
そして南へ、砂漠を越えた場所に存在するヴァルハリア教会領でそれを見付けた。
『ようやく、会えたな。名もなき町の大魔法使い。』
その声を聞き、アヌビスは顔を強張らせる。
『あなたが…。』
『初めまして、とでも言っておこうか。あんたは俺のことを知らないが、俺はあんたのことを知っている。あんたは魔王軍ではかなり有名だからな。俺がハインケル=ゼファーだ。よろしくな。』


―――――――――――――――――――――――


「ロウガ、お前の言う通りに彼女を送り届けてきた。」
「ああ、助かった。」
アスティアがネヴィアを護衛して帰ってきた。
俺はソファーに横になって彼女を迎える。
「気分はどうだ。」
「……良い気分、だと思うか?」
「思わないね。」
アスティアが笑う。
だいたい、俺の性格からして町長なんて似合わないんだ。
だというのに、誰もが俺を町長に祭り上げて、嫌なこと、面倒なことは全部押し付ける。
「…ところで、今報告があったんだが、サクラが一悶着起こしたらしいな。」
「正確には違うけどね。私も帰りに聞き付けて、確認して来たよ。今、その問題を起こした彼は留置所でまだ意識が戻らないままだけどね。」
「……復讐のため、か。アスティア、悪いがリザードマン自警団に命じて、留置期間が明けたら、その男を解放してやってくれ。」
「お咎めなしかい?」
「ああ、お咎めなしだ。その男を罰するのにどんな法律が必要だ。暴れたという事実はあるが、怪我人も死人も出ていない。サクラやマイアにしても、その男を罰する気もないはずだ。血の気の多い連中が多いこの町で、ただ暴れた程度で罰する法律なんて存在しないからな。」
アスティアはそれを聞くと、わかったと短く答えた。
おそらくすでにそういう手配をしているのだろう。
後は俺がそう言えば実行に移せるように。
「それはそうとロウガ。ルゥが怒っていたぞ。ネヴィアを預かるのは一向に構わないが、いつもいつも相談もなしに決めて、こっちの準備とか、心積もりとかを考えてくれと、にこやかに怒っていた。」
「………しょうがないじゃん。急な要望だったし、木を隠すには森の中、美女を隠すには美女の中と古来言うじゃないか。学園内で匿うには限界があるし、彼女には彼女なりの何かを胸にやって来たんだからさ。」
「それは否定しないけど…、良かったね。ルゥが受け入れてくれなきゃどうするつもりだったんだい?」
「受け入れてくれるさ、あいつは。何か悲しみを秘めた女を、無下に断るあいつじゃないって俺が信じているから。」
そう、ネヴィアという女を見て最初に思ったこと。
それは何か悲しみを秘めているということ。
アスティアに聞いたところによると、ダークエンジェルとは快楽に溺れた、もしくは神の教えに背いた神の使いであるエンジェルの成れの果てだと言う。
なのに、彼女は快楽に溺れた者特有の雰囲気がない。
そうなると、彼女は後者だと考えられる。
黒い翼と白い翼、それが彼女の中に見える相反する二面性を連想してしまう。
「彼女を救いたい?」
アスティアが俺の髪を撫でながら聞く。
「救えない。俺は何もしないよ。救われるのは彼女でも、その彼女に救いの手を差し伸べるのは……、おそらく彼女の胸に秘めた何かだ。」
少し寝る、というとアスティアは微笑んで頬に触れるだけのキスをして、ソファーに横になる俺の頭をどかすと、そこに座り、太股の上に俺の頭を乗せた。
「おやすみなさい。それと、お疲れ様。」
アスティアの暖かい手が俺の髪を撫で、頬を撫でる。
目を閉じる瞬間、机の上の未処理の書類の山が、その存在をアピールしていた。
ああ、次に目が覚める時には、どうかあの山が消えていますように。
絶対にありえないことを願って、俺は眠りに落ちる。
それは数日振りのやすらぎの中の眠りだった。


11/01/09 22:54更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
俺に起こったことをそのまま言うぜ。
昨日の夕方、小説書いてる途中で昼寝をしたら、今日の昼だった。
何を言っているのかわからねえと思うが(以下略)。

こんばんわ、色々と危ない寝方をしてしまった宿利です。
ウェールズ敗北、ですが彼の物語はここからです!
ハインケルも登場し、次回は教会領より物語をお送りします。
さて………、どうやって進めようかな(ボソ)。

では、また次回お会いしましょう。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
さて、また寝よう(笑)。

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