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来訪者

「たっだいまー!」
「─────」
 唖然とするゲイザー。
 それもそのはず。
 帰ってきたのは僕ではなく───智慧。
「いいよ、此目。上がって上がって〜」
「いや、『お邪魔します』側はお前だろうが」
 テンション高い秀才は本当に意味が分からない。
 多分、彼女は普段からなのだけれども。



 今日の昼、大学内の事である。
 二人ともやることがなくなり、暇を持て余してサークルの部室で駄弁っていた。
「今日はゲイザーちゃん来ないんだねー」
 すると、彼女からそんな話題が飛んできたのだ。
「あいつも、段々我慢できるようになってきたんだろ」
「ふぅん………私としてはもっと大学にきてほしかったんだけどもなー」
「お前な……」
 あの子に対してセクハラしかしてねぇじゃねえか、お前は。
「言っておくけどもな、あいつ帰ってくる度にお前のこと愚痴ってるぞ」
 「もっぺん死ね」ってガチなトーンで言われてるからな。
「まじ!?認知してもらってるんだ!」
「なんというPositive Thinking!!」
 多分何言っても効かないだろう。過剰なポジティブは最強の盾になるのだ。
 厄介なリッチだなぁ……
「いやぁ、ほんとさ、可愛いんだよあの子♥プニプニしててさー♥もう、あれだよ♥何度だって死んだっていい♥」
「そのうち社会的に死ぬぞ」
「はぁ〜ん♥あぁ、スリスリしたい♥prprしたい♥chuってしたい♥ふたなって掘りたいぃぃぃ♥」
「暑さで頭腐ってんじゃねぇの!?」
 わりとお前の頭脳は頼りにしてるんだ。お願いだから防腐処理はちゃんとしておいてくれよ。
「はぁぁぁぁ♥」
 魔物娘って妄想だけでアヘ顔になれるのか……
 恐ろしい種族だ。
「あ、そういえばさ、あのゲイザーちゃんって名前なんていうの?」
 切り替え速いな。
「あ───まだ決めてなかったな」
 忘れていたというか、後回しにしていた。
 だって………僕あんまりネーミングセンスないし。
「へぇ、そうなの────じゃあさ」
「?」
「今日此目のうち行ってもいい?」
「はぁ!?なんで!?」
「名前決めだよ名前決め。ちゃんとゲイザーちゃんとも話し合いたいしさー」
「………本音は」
「言えないなぁ」
 裏があることは隠さない。
 頼むから否定してくれよ。
「それはどっちの意味でだ?秘密ってことなのか!?それとも過激すぎてってことなのか!?」
「さぁね?」
「どちらにしろ言わせてもらうぞ!」

「お前、人の彼女に手出すなよ!─────」


 というわけで、家に智慧がいるのだ。
「ねぇ、その過程だとアタシの貞操が危ないんだけども」
「大丈夫だ。なんだかんだいって常識の範疇から大きく外れることはしないから」
「じゃあ、なんでこのリッチは今アタシの脇の匂いを嗅いでるの?」
「スンスンスン…………あぁ、夏特有のロリ脇ぃ……♥汗ばんでてしっとりしてて………芳しいぃぃ♥はぅぅ♥」
「うん、大丈夫。常識の範疇からは越えないから」
「これは常識の範疇内なの!?」
「うぅん………やっぱり説明すべきか」
「説明無しでこのまま通そうとしていたの……」
「まずは、僕のサークル活動から説明しなくてはならない───」

 僕の所属するサークル。
 それはオカルト研究同好会である。
 主な活動は依頼、噂などで持ち込まれた超常現象を解明すること。
 ということで心霊スポットで発見された『ゲイザー』に白羽の矢が立ったのである。
 一応メンバーは四人いるのだが……二人は別のことで動いている。だから残りの二人である僕と智慧で調査することになったのだ───

「で、どうしてそれが脇の匂いを嗅ぐに繋がるの?」
「智慧はサイコメトリーが得意でな……それを発動するにはそういうことをしなければならないらしい」
 サイコメトリー。物から残留思念を読み取る能力。智慧はそれに応用を利かして人や魔物娘から過去の記憶や感覚を読み取ることができるのだ。
「馬鹿みたいな能力だね!?ねぇ、コノメはそういう能力ないの?」
「残念ながら…………」
「此目くんはね、サイコメトリー苦手なんだよー♥……クンクン」
「ちくしょー!なんでこんな馬鹿女にクンクンされなきゃなんないのさぁ………」
「ぐへへ…………ゲイザーちゃぁん♥もっとイチャイチャしようやぁ♥」
「ひっ」
 すまない。これも調査に必要なことなのだ。
「にゅふふふー♥スンスンスンスンスンスン」
 必要──なんだよな?
「スンスンスン────────」
 そのうち、その勢いは弱まっていき。
「ねぇ?此目」
 そして僕は、いきなり智慧に真面目な顔で話しかけられた。
「? なんだ?」
「ちょいとさ……ここからはオンナノコ同士で話したいから出てってくんない?」
「はぁ!?」
 ゲイザーは智慧を睨みつける。
「いやいやいや、それやったらアタシが寝取られる展開しかないでしょうが」
「大丈夫大丈夫。そんな胸糞悪いことしないって」
「えぇ………でも」
 心配そうな顔で僕を見上げてくるゲイザー。
 うぅ………だが、智慧も本気だ。きっと僕が去らなければ調査は進まない。
「────ゲイザー、智慧は一応信用に足る友達だ。どうかここは信用してくれないか」
「コノメ───」
「いざという時は、目を使えばいい──様子がおかしいと思ったらすぐに駆けつける。だから、お願いだ」
「うぅ──────わかった」
 渋々、ゲイザーは頷いた。
「よし、じゃあ、此目。さっさと出てけー」
「……………」
 僕はアパートのドアを開けて、外に出る。
 背にゲイザーの視線を感じながら。


「……………はぁ」
 まさかこうなるとは思わなかったが──
 しかし、自分勝手な話だ。
 最低な男だ、僕は。
 これで彼女が傷ついたとして、僕はどうするつもりなのだろうか。
 まぁ、智慧がそういうことをするわけはないのだが。
 あの彼女の目。悲しみが籠もった目。
 嫌でも脳裏にこびりついて離れない。
 僕は今、確実に彼女を裏切ったのだ。
 それがどういうことなのか、僕はこの前学んだのではなかったのか?
「………………」
 だけれども、ここで止めるわけにもいかない。
 僕は知らなければならない。
 彼女について───


『────でもなぁ、そうは言ったものの………実は今、丁度頼みたいことがあるんだ』
 冒頭の部室。
『ん?どうかしたの?』
『今日僕がここに来たのはな──依頼のためなんだ』
『依頼?』
 どうやら、あとの二人は今日も来ないらしい──
 だから、頼めるのはこいつしかいない。
『あいつのことだ』
『ゲイザーちゃん?』
『そうだ。僕は少し気になることがあるんだ、あいつについて』
『?』
『あいつ───過去になにかあったかもしれないんだ』
 僕はそれについて知って、解決してあげたかった──
 具体的な方法は考えていなかったが。


 今回の件は僕の依頼。
 きっとそれを知ったら彼女は怒るだろう。
 余計なことはするな、と怒鳴られるだろう。
 それでも、なんとかしなければならない。
 思い出して泣くほどの過去は。
 清算しなくてはならないんだ。
「…………………はぁ」
 ドアを見る。
 信用はしているものの、どんな話をしているかは気になる。
 耳をドアにくっつけ、中の音を拾ってみる。
『──────しかに、──────るな』
『───────ない。──────────────ないことを──』
『でも───────────────な』
 あれ?意外に普通に会話してないか?
 それに、はっきりとは聞こえないけども──なんだかさっきまでの流れから考えると変な内容だ。
 もう少し聞き取れないか?
『──────────』
『──────────』
 あ、駄目だ。完全に聞こえなくなった。
「くっ」
 目を瞑り耳に神経を集中させ、なんとか聞き取ろうとする。
 そのせいで僕は、周りが全く見えていなかった。

「あ、あの────」

 すぐ隣に、白いワンピースを着た少女が来ているのに気が付かなかった。
「あ、うぉぉっ!」
 驚いて僕は仰け反る。
 ヤバい。これは端から見たら完全に変態の所業ではないか!
 いや、でも、ここは僕の部屋なんだし…堂々とすれば問題にはならないだろう。
「な、なんだい、嬢ちゃん」
 胸を張り、僕は平静を保ちながら少女に話しかける。
 前髪が長くて、その上俯いているせいで顔がよく見えない。
 つまり、表情が読めない。
 どうだろう、この少女は今、僕をどんな目で見ているのだ?
「いやぁ、ちょいと鍵を無くしちゃってさ、いっそピッキングでもしようかと思って錠の音を聞いていたんだよ」
 その手は多分ダイヤル式のものにしか通じないはずだけれども──この子にはわからないだろう。
 まずピッキングがわかるかどうかも怪しいが。
「あの………」
「っ───」
 なんだ?まだ何か追求したいことがあるのかこの少女は!?
 お願いだからさっさとどこかへ───

「『コノメおにーさん』ってどこにいるのでしょうか?」

「───────は?」
 多分、それは僕のことだ。
 いや、でも、え?
 こんな少女とはまったく面識が───
 ビュウッと風が吹く。
「きゃあ!」
 少女の前髪が捲れ、隠れていた顔が見えた。

 そこにはあいつと同じように赤い目が一つだけあった。


「おい!これはどういう──」
 僕は勢いよくドアを開ける。
「!?」
「「!?」」
 ───こっちもどういうことなのだろうか。
 何故か攻守逆転。
 智慧の上にあいつが覆い被さっていた。
「あはは─どうも、コノメ」
「あはは─どうも、此目」
「いや、なに、ほんと」
 どうなってんの?

16/08/28 23:24 鯖の味噌煮

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次回からはちゃんとイチャイチャしていきます。
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