読切小説
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感染源
「うぃーっす。一閃、元気かー?って顔色悪いな、おい!」

登校しようと準備をしていた所、俺はいつも通りに部屋に入ってきた幼馴染の一蚊から言われた。

「ちょっと風邪をひいたっぽくてな。頭が痛いんだ、あとお前の羽音がすげぇ耳に響く」
「あーごめん、羽音はたてないようにするわ。で、一閃ちょっといいか?」

そう言うと一蚊は俺の額に触れた、ひんやりとした彼女の手が凄く心地よい。

「んーやっぱり熱あるっぽいなぁ……」
そして、そのまま一蚊はポケットから携帯を取り出すと何処かに電話を掛け始める。
「あ! もしもーし、先生? 一閃が風邪ひいてさ、ボクと一閃は今日は休むから。えっ? ボクはほら一閃の看病するから……いい? はいはい、分かった。じゃあねー」
「……!! 一蚊、お前何勝手に」

ぼんやりしていて気付くのが遅れたが、どうやら一蚊が電話した相手は担任だったようだ。

「いや、勝手も何も風邪ひいてるくせに学校行こうとするなよな。それに看病してるって言えばボクも堂々と学校サボれるし」
「それが目的か……」
「はーい、病人はちゃんと部屋で寝てなさい。おとなしくしてないと羽音を最大音量で聞かせて嫌でもおとなしくさせるから」
「そんな、むちゃくちゃな」

俺は一蚊に押し切られるように部屋へと連れて行かれるのであった。



「氷枕よし、風邪薬よし、汗拭き用のタオルよし。えっと、後はお粥を作ってこなきゃ」

意外なほどに一蚊の看病はまともなものだった、学校をサボれると言っていたものだから、てっきり看病自体は適当になるものだと思っていたけれど。
というか一蚊にこんなに家庭的な一面があるとは知らなかった。

これなら一蚊だって、何時恋人が出来てもおかしくないな。そう思って一蚊が、誰かと楽しそうに腕を組んでいる場面を想像した。
いつも自分の隣で悪巧みばっかりしている幼馴染が、自分ではない誰かと一緒に笑っている……そう考えたときに、俺は安心するべきなのに、なぜだか胸が締め付けられるように苦しくて。

「けっこう酷い風邪だな」

そう言って、俺は自分でも分かりきっている事を誤魔化して風邪のせいにした。



「ほらーお粥できたよ、ついでに林檎もあるから」
「あぁ、ありがとう」

出されたお粥はネギや卵などが入っており、普通に美味しい物だった。

「あっ美味い」
「あったりまえだろ!! ボクだってこう見えてもちゃんと料理とか出来るんだからな」
「一蚊はさ、意外といい奥さんになれそうだよな」
「意外とは余計だ。まぁ、もっと褒めてくれたっていいんだぞ。ボクの旦那になるやつは相当な幸せ者だろうからな!!」

一蚊はエヘンとない胸を自慢げに張って見せる。

「いやー、でもお粥に血が混ざってたりするんじゃないかと少しひやひやしたわ」
「まて、一閃はボクのことを何だと思ってるんだ? そもそもボクはまだ血を吸った事は一度も……いや、一回だけあったか」
「でも、お前が血をそんなに吸わないんだとしたら何食ってるんだよ」
「花の蜜とか、果物とかだけど」
「うっわ、イメージに合わねぇな」
「一閃は本当に余計な言葉が多いよね」

一蚊はムスッとしながら、自分で切り分けた林檎を口の中へと入れる。

「で、なんで血を吸わないわけ?」
「そりゃボクらにとっては血を吸うって誓いのキスみたいなものだし、出来ればちゃんとした恋人になってからがいいから我慢してるんだよ」
「マジかよ……じゃあ一蚊はすでに好きな人がいる訳か」
「……はぁ? もしかして一閃は憶えてないの? ちょっと舌出してよ」

俺が落ち込みかけていた所に一蚊はそう言う。俺が言われるがままに舌を出してみると、一蚊は俺の舌を甘噛みしてきた。

「いてっいきなり何すんだよ!! ってか舌がむず痒いんだけど」
「まだ思い出さないか、この鈍感め! ヒント、一閃は前にもそれを経験してるはずです」

えーっと、言われてみれば確かに経験したことがあるような……。

「あー、もしかして初めて会ったとき?」
「イエース」
「俺が自己紹介の時に舌を噛んで、一蚊がおまじないとか言いながら舌を舐められたような?」
「正解です。遅いんだよ! まったく、もう」

と、するとだ。

「もしかして一蚊って俺の事好きだったり?」
「なんで今の流れでもしかしてって付くのかなぁ? それ以外あるわけないじゃん」
「ごめんなさい、それよりも舌の痒みが取れないんですけど」
「あーそれね、昔はボクも子供だったから効果が弱かったけど……今だと、たぶん治んないと思う」

衝撃の事実、俺の舌は一生治らない!!

「マジかよ」
「いや、一時的に楽には出来るんだけどね」
「それならそうと早く言ってくれよ。で、どうやんの?」
「あーそれがね……ボクがその場所に舌を這わせないといけないんだよね」

待って、俺が痒いのは舌。でもって、治す方法は一蚊が舐める。それはつまり……。

「キスしろと? しかもディープなやつを?」
「アハハー、そうなっちゃうね」
「しょうがないな、これは治療だもんな」
「そうそう、治療だからしかたないよね」

ちょっと深呼吸、さっきは気にならなかったのに今度は一蚊の柔らかそうな唇をどうしても意識してしまう。

「じゃあ……するからな」
「……うん」

お互いの唇が触れ合って、舌を重ねあう。一蚊の口内は先ほど食べていた林檎のせいかほんのり甘い。

「んっどう? 楽になった?」
「あぁ、凄く気持ちよくて甘かった」
「ボクの舌じゃなくて、自分の舌のほう」
「楽にはなったよ、ありがとう」
「ニヘヘ、これからはボク無しでは生きられない体にしてやるんだからね」

一蚊はちょっと恥ずかしそうな笑みを浮かべて抱きついてきた。
これから風邪は治っても、どうやら俺はもっと想い病にかかってしまったようだ。
そんな病を感染させた、ただ一人の特効薬を抱きしめ返すと一緒にベッドの中に潜り込んだ。
15/10/08 04:06更新 / アンノウン

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