連載小説
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【改良に改良を重ね、ついに完成いたしますはコチラ商品型番0165:モデル【ドブ=アングル】という名称の神秘の補聴器であります。

音声の聞き取りは勿論のこと、ノイズキャンセリング機能搭載、超高音質クリアサラウンド音楽再生機能搭載、そして極め付けには多言語自動翻訳機能搭載という至れり尽くせりの機能となっております。

充電はどれくらい持つって?それがなんと聞いてくださいよ奥さん!この補聴器に電池は不要なのです。磁気、電気いずれも使用せず我々の特許技術により半永久的の持続性を可能とすることができました。
唯一の燃料としましては使用者の精を供給していただければ結構であります。
電波や精密機器の影響も受けることがありませんのでどのような場所でも使用可能です。

どうです、素晴らしいでしょう。
我々の技術の集大成がこの神秘の補聴器【ドブ=アングル】!耳の悪い方、綺麗な音楽が聞きたい方、語学の勉強をしている学生さん方など世代を問わず使用いただけます。

お値段なんと無料!!
本番組を見ていただいた方のみ限定で送料無料、本体価格無料の赤字覚悟大セールでございます。
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「いらっしゃいませ。
ここは望みの物が手に入る何の変哲もないただの骨董屋……ええ、そうです……ハイ……
見たところ貴女は耳が少々悪いようですね……生まれつきですか、なるほど……
でしたらこれはいかがでしょうか。最近入荷したばかりの新製品の補聴器【ドブ=アングル】にてございます。ただの補聴器ではありません、音を増幅させる効果は勿論のこと、高音質の音楽再生プレイヤーとしても使えるとのコトですよ……ええ、貴女のような今時の女子高生ならば音楽を聴くことも多いでしょう。
それにですね……語学も完璧にマスターできます。使ってみれば自ずとわかるはずです。
診断書は必要ありません。それに極少タイプですので他人の目に留まることもないでしょう。
詳しい使用方法はこの取扱説明書に全て記述されておりますので……目を通していただければ……ええ……ですので当店では一切の対応は受け付けておりませんので、そこのところはご了承いただきます。
それでは吉報をお待ちしておりますよ……」





※※※





 私、東峰アイは耳があまりよくない。
 あまり、というわけあって全く音が聞こえないというわけではない。ただ、少し他人と比べて音が聞き取りにくいのだ。
 例えば授業中、先生が一人で喋っている声なんてのは聞こえる。それ以外の雑音がないからだ。
 だけど休み時間とかで周りの雑音がひっきりなしに耳に入ってくると、せっかくの友人との会話もろくに聞こえなくなってしまうので、私は適当に相槌をしたり、何度か聞きなおしたりする。
 生まれつきなものだそうで、神経がちょっとした異常をきたしているとのことだ。治す方法は現在の医療ではまだ確立されていないようで、どうにもこうにも私はこの調子の悪い耳と一生付き合っていかなければならないのだ。

 まぁ……よく耳を澄ませば必要最低限は聞こえるから、完全な失聴じゃないだけマシなのだろう。ヘレン・ケラーやらベートーベンはそんなハンディキャップを抱えながらも偉大なことをしてやってのけたから偉人と言われるんだろうなぁと思う。
 私みたいなただのフツーの女子高生がちょっと耳の聞こえが悪いくらいでワーキャー騒がれたりはしないのだ。だから私は特に自分の耳に対して悲観しているわけでもないし、死に物狂いで治療法を見つけようとしているわけでもない。
 現時点で十分生活できているんだから、治す必要なんてないもんね。
 
「アイちゃ〜ん!焼きそばパン売り切れてた!!」
「代わりにハムエッグサンドイッチとコーヒー牛乳で勘弁してくれーい」

 そんなこんなで教室の一角、自分の机で待っていると。
 大声で私を呼ぶのはワイシャツからブラが透けるんじゃないかってぐらい汗だくな親友のひとり、手越ランコ。中学から今の高校三年までの間の六年間、運がいいのか悪いのか一度たりともクラスが別々にならなかったのでなんやかんやで付き合いの長い親友だ。
 もう一人、ハムエッグサンドイッチとコーヒー牛乳を手に持ちランコの後から走ってくる男は蓮尾タイチと言い、私の悪友と言うか腐れ縁と言うか……幼馴染のようなものだ。タイチは保育所から高校までという、人生の半分以上を一緒に過ごしてきた仲であるので、異性の友達でありながらも男女の関係を意識した間柄ではない関係でもある。まぁ要するにただの親友だ。
 二人はどたどたと私の元に走り戻ってくると、切れ切れの息を整えながら口をそろえて言う。

「アイちゃん、あと五分早く決めてくれたら焼きそばパン買えたのに」
「あー、いいっていって。サンドイッチも食べたい気分だったしおあいこだよ」
「たまにはバシッと即効で決めてくれたりはできねーのかアイ」
「え、なんて?」
「絶対聞こえてるだろ今のは……」
「えーわたし耳わるいからきこえなーい。なーんてね」

 もう一度言うが私は耳が悪い。
 特に騒音の中で友人の声を聞き取るのは至難の業である。
 それじゃあ、どうして休み時間である今、他人の話し声が右往左往から聞こえているのに友人の声が聞こえてるかって?
 そりゃもちろん、二人とも私の耳元でかなり大声で喋ってくれているからだ。二人とも私の耳が悪いことは理解してくれているので、意識してこうやって大声で喋ってくれている。
 ささいな気遣いだけど、私はこれでもけっこう恵まれているんじゃないかなぁと自覚しているわけだ。
 
「で、タイチこれ合わせていくら?」
「あぁカネならいらねーよ。この前俺が奢ってもらっただろ。だからその返しってわけ」
「あんたよく覚えてるねそんなこと」
「アイがルーズすぎんだよ」
「もー二人とも、早く食べないと昼休み終わっちゃうよー?」

 時計を見ると昼休み終了まで残り15分に差し掛かっている。
 急ぎ私たちは昼食を済ませると、満たされた腹で眠気と戦いつつ昼の授業へと挑むのであった。


 そして5時限目、6時限目が終わり――

「きりーつ、れいー」

 日直当番の声が響き渡ると、それに続いて教室内が騒がしくなる。
 6時限目が終わりやっとかたっくるしい授業から開放されたのだ、私は背筋を伸ばし、くぁ〜とひとつあくびをする。おもむろに皆それぞれが机を教室の奥の方へと追いやるので、私もそれに続いて椅子を机の上に上げてまだ教科書の入って重たい机を押し付ける。
 当番の人が掃除を始めたので私は廊下へ出て、窓際で外の空気を吸うのであった。

「いや〜今日も眠かったねぇ〜」
「ランコはいつも眠たい眠たい言ってるでしょーが」
「あはは……まぁそれはそれとして、アイちゃん来週なにか予定ある?」
「来週?委員会活動以外は特にないけど」
「よし!それじゃ来週行こう!」
「どこに?」

 そう聞くとランコは目を輝かせて大げさな身振り手振りで語る。

「それがね……ついに建設中だった有名ケーキ屋がオープンしたんだよ!なんとパンケーキとかアイスとかパフェとか90分二千円で食べ放題らしくてさ!ずっと前から一緒に行こうと思ってたんだよ!!」
「あぁそういえばそんなのあったね」
「しかもオープン記念で今月なら3割引で食べられるらしいし!こりゃ行くっきゃないっしょ!」

 そういえばそんなチラシをこの前どこかで見たような気がする。
 確か大手有名スイーツショップのチェーン店だとかなんとか……私はそういうのには疎いのであまり正確に覚えていない。

「というかなんで来週?別に今週でも良くない?」
「いや〜今週はちょっと部活が忙しい週でさ〜。来週なら大丈夫なんだよね」
「あぁ、そういうこと」
「それにこの前のテストの点数が悪くて親にもちょっと遊ぶのは控えろって言われちゃってるのもあるしさ」
「……それは自分のせいでしょうが」

 見るからに肩を落としがっくりとうなだれるランコ。

「まぁけど私も来週のほうが都合がいいかも。今週は委員会活動が多めにあるっぽいからさ」
「お互い来週のほうがよさそうだねこれは!」
「それじゃお互い用事合わせて行こうか」
「約束だよ〜!ってあっ、もうこんな時間!部活始まっちゃう!」
「ホラホラ遅れないうちに行きなテニス部副部長さん」
「あいよっ!んじゃ!また明日ね〜」
「あーいよ」
 
 そう言い彼女は嵐のように走り去っていった。
 なんというか……彼女は見ていて飽きないと言うか、落ち着きがないと言うか、ほっとけないというか、つまりそういう子なのだ。だから私も心を開いて親友になれたのだと思う。
 私には友達という友達はそんなにいない。原因はやはりこの耳だ。性格に難がない、とは言い張ることはできないが大元の理由は上手く会話が成立できない耳にあるのだろう。
 私自身、小学、中学とはあまり他人と接することなく生きてきたので今でも人見知りが激しいくせがある。接することなくというよりは、接することができなかったといったほうが良いのかな。小学生の頃はこの耳のせいでいじめられたこともあったし、中学生の頃は色々と多感な時期だったので親に文句を垂れていたこともあった。
 だけど結局は自分自身でどうにかするしかなかったから、結論として図太く生きることにしたのだ。

「おっつー。委員会何時からだっけ?」
「あぁタイチ。あと20分後だよ」
「おけおけ」

 意外と私は繊細そうに見えて図太い女である。
 物事ははっきり言うし、うじうじくだらないことで悩んだこともあんまりない。
 だから耳が聞こえにくいというハンディキャップを背負いながらも、私が委員長に立候補した時には皆が賛成してくれたのだろう、と思う。これは自惚れかもしれないけどね。そうであってほしいという願いだ。
 けどやっぱり私一人じゃ難しい場面もあって……そういうときは副委員長であるタイチにどうにか場を取り持ってもらっているわけだ。

「今日の集会の議題は〜……あんだっけ?」
「確か学校祭について……だったような気がするよ」
「なんだ、アイもうろ覚えなんじゃん」
「あんたに言われたかないわ」

 誰とでも基本的に仲良くなれるけれど、その中でも特に安心して心を許せるのがランコとタイチの二人だ。
 この二人がいなかったら恐らく今の私はもっと違っていたんじゃないかってぐらい影響されているんだけど……当の二人は気がついていないんだろうね。まぁそういうものか。

「っとそろそろ時間ね。行こっか」
「くぅ〜学校祭かぁ〜待ちに待ったぜコノヤロー」
「タイチ、あんた去年もそんなこと言ってたんじゃない?」
「学校祭っていやぁ一年を通して最大のビッグイベントじゃねぇか!それを楽しまずして学生とは言えねぇってもんよ」
「私は夏休みと冬休みのほうが好きだけどね」
「それは反則」

 などと雑談を繰り広げながら私たちは会議室へと足を進めるのであった。





―――――





「はぁー…………つかれた」

 夕日の差し込む教室で空気の抜ける風船かのように机になだれこむ私。
 もともと他人の会話が行き交う会議という場所に難聴気味の私が必死に会話に加わろうとすること自体が心労の塊なのだ。それに加え重苦しい会議室の雰囲気がのしかかるプレッシャーは私の残り僅かな体力さえも削り取ってしまっていた。
 さらに今日の面子はあの有名な髄ヶ崎ミキというこの学校の裏支配者みたいなヤバイ人が出席してたのもあって、会議室全体がピリピリしていた気がする。あの人はなにかと言い噂は聞かないからね……触らぬものには祟りなし方式で我関せずが一番安全なのだろう。

「おいっすおつかれ!アイはもう帰るのか?」
「うんー、もう用事もないし帰ろうかなって思ってたところ」
「おーそうか。んじゃ、俺これからバイトだから一緒に帰ろうぜ」
「一人で帰るのもアレだしね。ちょっとまって、支度するから」

 外からは運動部の掛け声がひっきりなしに聞こえてくる。その中にはランコの声もどこかで混じっているのだろう。
 野球部のバットがカキンと鳴れば、テニス部のラケットが風を切る音が聞こえる。
 陸上部のピストルの音が全体を包み込み、ホイッスルが最後に締める。
 ああ、なんて青春の音なのだろう。
 私自身は運動に参加しているわけでもないのに、この音を夕日交じりに聞くというシチュエーションがこの上なく青春っぽいと感じるあたり私も歳をとったのかもしれない。
 なんてことをタイチに言うと「ババ臭くね?」 と返されたものだから、脛をおもいきり蹴ってやる。
 青春の音にまぎれてタイチの断末魔が教室内に響き渡った。





「そ――えば知って――最近――噂が―――るんだけどよ」
「え、なんて?」
「ああゴメンゴメン。最近変な噂が流れてるらしいんだけどよ!!」

 私とタイチは学校を出て、車行き交う街中を歩いている。
 タイチは近くのファストフード店でバイトをしているので、特に用事のない私は帰路につきながらバイト先までついていくという暇つぶしをしているわけだ。別に帰ってもただ夕方のニュースを眺めるかスマホをいじるくらいしかやることがないのでこういう暇つぶしもたまにはいい。
 
「ふーん、どんな噂さ?」
「俺も他のクラスのやつから聞いただけだから何とも言えねぇんだけどよ……なんでも、あやしい商店がいきなり現れるらしい」
「……ハァ?ちょっと待って意味がわからないんだけど。主語が抜けてんのよあんたは」
「いやだからだな、何もなかった場所に、ある日いきなり商店ができてるらしいんだよ。何の前触れもなくって、おかしくね?」

 正直おかしいのはタイチの頭なんじゃないかと言いたいところであったが、それではあまりにも彼がかわいそうなので会えて私は口をつむぐ。
 商店が?何もない場所に?いきなり姿をあらわす?ばかばかしい。そんなのあるわけないじゃないか。
 建物を建てる場合には事前に土地の購入手続きが必要だし、それに伴う工事も必要だし、商店を開店させるというなら事前に近隣の住民には何かしらの情報を提示しているだろう。いきなり商店が立てられるということ自体がありえなさすぎる。
 都市伝説?噂にしては随分とくだらないものだ。

「そんなのただの作り話に決まってんじゃん」
「それ言っちゃぁなんも面白くないだろうよー」
「だって作り話にしてもやたらつまらないんだもん」
「……まぁ俺も最初聞いたときはそう思ったがな……」
「なにか根拠でもあるの?」

 そう聞くと彼はさも得意げな顔をしてフフリを笑みをこぼす。

「それがよ、見たらしいんだってさ。ウチの学校の制服着た女子がその商店に入っていくところをよ!」
「……ふぅん、それで?」
「それで、ってそれだけだけど」
「いやあんたねぇ……そこはもっと話広げるところでしょーが」

 つい私の方が声を荒げてしまう次第である。
 これだけ期待させておいて、上げるだけ上げておとさないとか……もうなに?
 例えるならば、これから一発芸しますよーって大見得はっておきながら結局最後の最後までパッとしない芸しかしない最近の若手芸人ばりのがっかりだよ。

「んなこと言われてもなぁ、俺だって聞いただけだし。そんなただの噂程度でムキになるなよ」
「あんたがやたら話を大げさに言うから期待しちゃったじゃない」
「スマンスマン。次からはもうちょっとオチる話を仕入れてくるわ」
「期待してる」

 という風に私とタイチの雑談は繰り広げられていった。
 いつも私たちはこんな感じだ。昨日見たテレビの話をしたり、テストの成績の話をしたり、学校での出来事の話をしたり……全国の高校生なら当たり前のようにしたことのある会話だろう。
 ここにランコが加わればさらに騒がしいものとなるのがいつものお約束である。
 今日はタイチと私の二人なのでガールズトークとはならないが、ランコとはまた違った話のジャンルが提供されるので私としても実は結構楽しかったりする。
 まぁ今日の謎の商店の噂についてはまだまだ及第点といったところだけどね。
 
「――ぁ俺―っちだから―た明日――」

 車がひっきりなしに行き交う交差点に差し掛かると、いよいよもってタイチがなにを言っているのかわからなくってくる。彼が大声で話しかけてくれているのだろうけれど、無数の車のエンジン音にかき消され私の耳には言葉として伝わることは至難の技だ。
 しかし大体のことはわかる。伊達に生まれつき耳が悪いだけあって、聞き取れなかった部分はだいたいこんなものなのかなぁと脳内保管する技をいつの間にか身に着けていたりするのだ。
 時と場合にこそよるが、今の言葉は恐らく「んじゃぁ俺こっちだからまた明日な〜」という感じだろうか。
 それっぽい言葉をそれっぽく変換するだけのことなんだけど、これぐらいの短い文章なら案外正確に直せたりするもので慣れたものである。

「バイト頑張れー」
「さんきゅ!」

 短い別れの挨拶を述べ、私とタイチは互いに別方向へと歩き始めた。タイチはバイト先へ、私は自宅へ帰るために。
 空はもう夕日が沈みかけており、その反対側からは夜の帳が下りはじめていた。私のような女子高生が夜の町を一人で歩くのは流石によろしくないので、自然と帰路へつく足取りも早まるというものだ。髪の毛をまっ金金に染めて学生生活を自ら終わらせようとしているギャルとか、援助交際で夜から出稼ぎに回るような堕ちた女子高生であれば話は別なのだろうが、残念ながら私はそんな女ではない。いや、残念ながら、というのは語弊があるね。
 私は至極普通の女子高生であり、ただのクラス委員長をしている帰宅部の一生徒だ。マジメまっしぐらな私を人生ナメ腐ったような女たちと一緒くたにしてもらいたくないものだよ。

「今日の夜ご飯はなにかなー」

 昨日はしゃぶしゃぶだったから今日はあっさり目のメニューの可能性が高い。いや、もしかしたら裏をかいて今日も肉肉したこってりものなのかもしれない。あああ、願わくば肉であってほしい。私は肉料理が大好きなのだ。リアル肉食系女子バンザイ。
 などと思いつつ、私は頭の中で鼻歌を歌いつつ家に帰るのであった。






「……なに、これ?」

 私は先ほどタイチに言ったことに対して謝罪しなければならない。
 「そんなのただの作り話に決まってんじゃん」という言葉に対して私は誠心誠意謝まらなければならなそうだ。
 なぜなら――

「ぬけ、がら屋……」

 私が学校に通う道のりで毎日必ず通る道がある。その道は片面にアパートが建てられており、もう片面はただの空き地という道だ。毎日必ず通るからこそ、私は道の風景をきちんと記憶しているし何かあればすぐに変化に気がつくはずである。
 そう、だから私はすぐさま変化に気がついた。
 空き地に……ボロ小屋が建てられているのだ。
 不思議でならなかった。朝、学校へ行くときは何もなかったはずだ。何かを建設している素振りもなかったし、これから何かを建てるという予定も聞いていなかった。
 それじゃあこの目の前のボロ小屋は一体何?まるで小屋そのものがそのまま現れたかのように不自然に鎮座する佇まいは異様な気配を感じさせる。どこの国の言語かわからない看板が店頭に飾られているが、不思議と店名だけは読めることにより一層の奇妙さを醸しだしている。
 周りの近代的風景と比べても明らかに浮いており、商店一体の空間そのものがまるで別の世界のもののようにも感じられるものだ。

「ただの噂……じゃなかったっての?」

 奇妙な薄気味悪さを漂わせながらも、どこか神秘的で興味を引かざるを得なくなりそうな一軒家。
 風が吹くたびに窓ガラスはガタガタと震え、いかにもな感じのボロさが怪し過ぎてたまらないものだ。
 まばらに設置された街灯ではここら一帯は明るい場所と暗い場所に分かれている道なんだけれども、この怪しさの塊のような小屋は、まるで小屋そのものが淡く発光しているかのように暗闇の中でも存在感が発揮されていた。
 そして何よりも一番気がかりなのは、小屋の入り口の前で箒を掃きながら掃除をしている少女の姿だ。
 こんな時間に、こんな女の子が掃き掃除を?普通に考えてちょっとおかしいと思うのが当たり前だ。当然、私だっておかしいと思った。
 だから私は見知らぬ女の子が気になって話しかけた。

「あ、あの……ちょっといいかな」
「………………」

 無言である。
 吸い込まれそうなほどに真っ黒な頭巾で身を包み、その表情は見えることはなかった。けれど頭巾からはみ出る長い艶やかな髪と小さな手が少女であると私は根拠のない自信を持った。
 依然として箒で掃き掃除を続ける彼女がなぜか気になって仕方ない私は、夜も更け始めているというのに掃除が終わるまでじっと待ち続けており、側で立ち尽くしていた。手伝うこともせず、話しかけることもせず、ただただ傍観し見続けていた。その姿ははたから見れば不審者に近いものを想像してしまうだろう。私は頭の中でそう思いながらも、まるで体がこの場から離れたがらないかのようにしっかりと地面に根を張っていたのであった。

「……おや、これはこれはいらっしゃいませ……」
「え、あ、ああ、どうも」

 彼女の第一声を聞いた瞬間、私はすぐに"普通ではない”ということを確信した。
 なぜなら、彼女は頭巾を被ったまま若干遠く離れた場所でぼそっと呟いただけなのだ。だというのに、耳の悪い私にもその声ははっきりと聞こえた。それも今までの人生、生きている間に聞いたこともないような透き通る綺麗な音声で人の声が聞こえたのだから。
 その音は耳小骨が振動する、という次元ではない。なんと表現したらいいのだろうか……頭に直接言葉が飛んでくる、そんな印象だった。私の稚拙な表現で現わすならばこれが限度だ。

「……貴女が今日、ここに来るということはすでに調和済みです……さあ、立ち話もなんですからこちらへ」
「いや、ちょっと待って。なにがなんだか……」

 集めた塵を処理し箒をしまうと、少女は小屋の入り口を開けて私を中へ誘おうとしている。
 こんな怪しい店、誰が入るものか。誰だってそう思う、私だってそう思う。
 ……そう、思っていた。
 少女はひとりで先に店内へと入り、入り口は開けられたままである。キィキィと蝶番の錆びついた音がひっきりなしに鳴り続け暗闇へと続く口をぽっかりと開け続けている。
 私はこんな店入ってたまるものか、と思っていた。
 しかし、その思考とは裏腹に、自らの足はまるで何かに誘われるかのように入り口へと吸い寄せられていたのだ。
 聞いたことのない肉声で喋る少女の素性に興味を持ったという点もあるのだろうけれど、それ以上に得体の知れない見えざる力が働きかけているような気がして若干の恐怖もあった。その恐怖は後に期待と好奇心によるものだということを知るのだけど、今は便宜的に恐怖ということにしておこう。
 ともかく、私はおぼつかない足取りで店内に入ると、背面の扉は勢いよく閉められ、小屋の中に閉じ込められる形となった。

「……ようこそいらっしゃいませ、ぬけがら屋へ……ここはヒトという殻を抜けるために存在する店……きっと貴女の思し召しにかなう商品が見つかりますよ……」

 頭巾越しに見えた少女の口は、まるで上限の月のような笑みを浮かべていた。





―――――





「ただいまー」
「おかえり、ずいぶん遅かったじゃない」
「い、いやぁちょっと委員会が長引いちゃってね……あはは」

 などという嘘をつきながら帰宅する私。
 エプロン姿で迎え入れてきたお母さんは料理の菜箸を手に持ちながら玄関までわざわざ来てくれる。いや、毎回毎回娘の姿を確認しに玄関まで来るのはいいけど、箸の先から煮物の汁を垂らさないでくれるかなお母さん。
 
「ちょうどもうすぐ父さんも帰ってくるから、そしたら一緒にご飯だよ」
「はーい」

 私はそう言い、靴を並べるとそのまま二階の自室へと向かう。

「ふいー疲れた疲れた」

 スクールバッグを投げ捨て、ソックスも脱ぎ捨て、ベッドに横になる。
 この瞬間が生きてて一番幸せを感じる瞬間だ…………というのはさすがにオーバーかもしれないが、少なからず共感できる人は多いんじゃないだろうか。
 私の部屋はまぁ何と言うか、とりわけ特別な装飾をしてるわけでもないいたってフツーの部屋だ。クレーンゲームで取った大きめなぬいぐるみが2体ほどいたり、最近マイブームになりつつあるアロマポッドが置かれている以外は変なものを置いているわけではない。お気に入りのジャニーズやアイドルのポスターを飾ったりとかはしてない、普遍的な部屋だ。
 面白みがないと言われれば否定はできないけど、別に誰かを招き入れたりすることはめったにないので気にしてない。私の部屋なんだから私が好きなようにレイアウトするのは当たり前の話である。

「さて、と」

 一息ついたところで、私は投げ捨てたスクールバッグを手元に手繰り寄せる。
 ファスナーを開け、あるものを探し、手にそれらしき触感を感じたので掴みバッグから取りだす。
 そして私の手に握られたものが私の視界に写り、ついごくり、と固唾を呑んでしまうのであった。
 私がバッグから取り出したもの。それは先ほどの怪しげな骨董屋から手に入れた謎の機械そのものである。

「ええとなんだっけ……【ドブ=アングル】……でいいのかな。変な名前」

 それは二対の小さな小型機器のようなものであった。
 枝豆の粒ぐらいの大きさのものがふたつ、私の手の平の上でころころと転がっている。
 紫色をベースに黄緑色の蛍光色のラインが描かれている、御世辞にもいい配色とは言いがたいデザインだ。小さな豆のような大きさで、一部分だけがやや凸面のある不思議な形状をしている。

「とりあえずこの取扱説明書を読もうかな」

 まず、一体これが何の役割を果たすものなのかイマイチ理解していない自分がいるので、ちゃんとした使用方法をわからせるためにも取扱説明書を読む必要があった。
 さっきの女の子……骨董商さんの話はざっと聞き流していただけなので詳しい商品の説明は良くわかっていないのが現状だ。
 私はページを一枚めくる。

「えーと、なになに……」

『このたび、超多機能高次元汎用聴覚補助器:商品型番0165モデル【ドブ=アングル】を御買い上げまことにありがとうございます。

当商品は当社の最新鋭の技術を最大限に詰め込んだ最新型の補聴器でございます。
音の聞き取りは勿論のこと、音楽再生プレイヤーにもなり、多言語自動翻訳機能も搭載しております。

お客様にはきっと新次元の音の質感をご提供いただけるかと思います。
詳しい使用方法はもくじを御覧ください』

 要するに私は超ハイクオリティの補聴器を貰ったってことでいいのかな……?
 どうして私の耳が悪いのかなんてわかってたのか、どうしてあんなボロっちい骨董屋にこんな最新機種の補聴器が置いてあるのかなんて細かいことは気にしてはいけないのだろう。そもそもあの骨董屋の素性が知れない今、なにが起ころうとさほど驚きはしない。
 それはそれとして、補聴器かぁ。
 別に私は日常生活に大きな支障が出るほど難聴というわけではないのは事実だけれども、それでもたまに不便だな、と思うことはたまにある。
 補聴器をつけるかどうか親と相談することも過去にはあったが、私自身があんなもの邪魔臭いと蔑ろにしている部分もあって導入するまでには至らなかった。
 けれど今、手の平に置かれているこの補聴器は本当に小さい。ともすれば不意に落としたらなくしてしまいかねないほどに小さい。
 これぐらいの大きさならつけてもいいかも、と思う自分もいた。

『当商品の使用方法は実に簡単です。
それぞれ本体には右耳用にはR、左耳用にはLと印字されておりますので、対応する耳に装着するだけで結構です。
充電の必要はなく、また電池も使用いたしません。
使用エネルギーについては後記いたします』

「電気も電池も使わないって……えっ、なにそれ、すごくない?」

 部屋でひとり、説明書を読みながら声を漏らした。
 大体こういったモノはほぼ100%電気系統の電源が必要なものが主なので、それら一切を必要としないこの補聴器は一体何のエネルギーで稼動するのか、不思議でならなかった。
 次のページをめくればそれが書かれているのだろうが……私はそれよりも早くこれを装着してみたいという欲求に駆られて、ページをめくることなく耳に入れようと試みる。

「ホントにこんなので変わるのかなぁ」

 実際、疑心暗鬼だ。
 こんなちまっこい豆粒みたいなもので私の聴覚が改善されるのだろうかと疑うのはごくごく自然なことなのだろう。生まれてから齢18になるこのときまで付き合ってきた難聴が、こんなもので解決してしまうのが呆気なく思うと同時に少し悔しい気持ちでもある。
 着けるのは簡単だ、ただ耳にはめればいい、それだけだ。

 ゴクリ。
 
 たったこれだけで私の聞こえる音の世界が変わるかと思うとドキドキが止まらない。一体どんな音が聞こえるのだろうか。
 今まで色盲だった人が色盲強制サングラスをつけると、感動のあまり涙し周囲の風景を眺めるだけで1日過ごせてしまうという感動具合だったのをテレビで見たことがある。私の場合は完全に音が聞こえてないというわけではないのでそこまでの感動はないかもしれないが、きっと少なからず心動かされるものはあるのだろうと期待した。
 よし、321で着けよう。一気に両耳同時にセットしよう。深呼吸し、精神統一し、心を静寂にする。
 私はそう決めて、左右の手でそれぞれ対応する右用と左用を持つと頭の中でカウントを始めた。





 ……3




 ……2





 ……1





「ゼロッ!はいっ!」

 私は勢いよく両耳に【ドブ=アングル】を滑り込ませた。
 もしもこの商品が不良品であり、たいした効果も見込めないものであれば相当落ち込むだろうから、私はあえて過度な期待をしないで装着した。
 しかし直後、私は過度な期待をしていてもしていなくともそれは意味のない問題だということに気がついた。
 
「ぅわ……わああああぁぁ…………!!」

 音が進化していた。
 まるで世界が変わったかのような錯覚に陥ったのだ。外から聞こえる自動車の音が、風に揺れるカーテンの音が、体内を流れる血流の音が、全てが。
 全ての音が今までの範疇を越えて私の聴覚神経へと鮮明に行き届いていたのだ。
 肌を掻いてみる。するとしゃりしゃり、という音を立てて空中へ舞い踊る表皮の粉さえも見えてしまうほどに繊細過ぎる。
 手を叩いてみる。ぱぁん、という快音と共にその音が空気を震わせ私の身体全体を震わせているかのような体感に包まれる。
 呼吸をすると体内で空気の乱気流が渦巻いているのが聞こえる。もはや音の範疇を越えてしまっているのではないだろうか、そう思わざるを得なかった。

「アイー、ご飯できたから降りといでー」

 突如お母さんの呼び声が聞こえて私は硬直した。
 そして――
 涙を流すのは仕方のないことだった。
 こんな耳の悪い私を産んで今まで育ててきてくれて、さぞ辛かっただろう。きっとたくさんのことで悩み苦しんだに違いない。私自身が耳のことで悩んでいる以上にお母さん、お父さんは悩んでいた。
 だから私は始めて聞いたお母さんの本当の肉声を耳にして涙を流さないわけがなかった。これが……本当のお母さんの声だったんだ。なんてあったかくて安心できる声なんだろう。
 私はこの18年間、この声を毎日聞いていながら生活していたというわけだったのか、と思うとさらに涙が止め処なく溢れてくるのであった。
 もうほとんど号泣しながら私は階段を下りると、帰宅したばかりのお父さんと料理を運んでいるお母さんと対面して今までの感謝を告げる。そうしなければ気がすまなかったのだ。



「アイ!?どうしたのその目!すっごい脹れてるじゃない!」
「どうし……うおっ、アイどうした!なにか辛いことでもあったか!?」
「いや……なんでも、ないよ……ははっ……」
「なんでもなくはないだろう、悩み事があるなら父さんに相談してくれないか。父さんじゃ言い辛かったら母さんでもいいぞ」
「いや……ほんとにダイジョウブだから、ほんと……ぐすっ……
お母さん、お父さん……今まで育ててくれて……ありがとう」
「!?」
「!?」

 その日の夕食はきっと一生忘れることがないだろう。
 特に記念日でもなんでもないのに、家族三人で号泣しながらご飯を食べたのだから。嬉し涙で食べるご飯はどんなものよりも美味しく感じた。




 そして翌日――
 私は見違えるような爽やか笑顔で起床し、支度をして家を出た。
 なお補聴器のことは親には何も話していない。一生付き合っていかなければならない難聴が突如としていきなり完治してしまうという親からしてみれば奇跡とでも言いようのない出来事だけども、お父さんお母さんはそれよりも喜びのほうが格段に上回っていたらしく細かいことなど気にしていないようだった。
 かくいう私もこの補聴器がどの原理でどうやってこの素晴らしい音声を出力しているのかなんてことは気にすることはなかった。ただ、今まで聞こえてなかった本来の音がはっきりと私の耳に入ってゆく、それだけで十分すぎるほど満ち足りていたのだから。
 家を出て、骨董屋があった場所を通ると、やはり少女は外で箒を掃いており塵を一箇所に集めているようだった。
 その素顔はうかがい知ることはできないが、ふと目が合ったような気がするので軽い会釈をして私はその場を後にする。

「おっはよーアイちゃん!」
「お、おは……よ……」

 そしていつも登校時にはランコと一緒に待ち合わせをする場所に差し掛かると、遠くから彼女の声が聞こえてきた。
 いけない、ダメだ。やっぱりダメだ。
 なんてことはないいつも通りのランコの声が聞こえる。けれどその肉声は今まで聞いてきたものとはどこかかけ離れた、人の生命力が宿ったものに聞こえるのだ。
 思わず涙目になりかける私。くそう、今日こそは泣いてなるものかと思っていたんだけれど、やっぱり……感情が溢れてくる……

「えええええどどどどどしたのアイちゃん!?わ、わたしなにかした?」
「いや……はは、なんでもないよ。私は私、いつもどおりだから……うん」

 彼女の本当の声は元気に溢れていて聞く者全てを朗らかにさせてしまうかのような雰囲気が漂っていた。いや、実際彼女の人柄がそれを構成しているのだろう。
 テストで悪い点を取ろうが、先生にこっぴどく叱られようが、数分後にはケロッとしているのが彼女だ。底抜けに明るくて、バカ正直な、素敵な親友だよホント。

「ほんとうに?大丈夫?目ぇ真っ赤だけど……家族とけんかでもした?」
「ホントになんでもないって!ほら、早く行こうよっ」

 家族とけんかどころか、家族の中がより深まったとはあえて口にすることなく私はランコの袖を引っ張り学校へと向かうのであった。
 その登校中にも聞こえてくる多生徒の話し声は今まで聞こえてきたものとはやはり一線を画する音質であり、私の脳内のダイレクトに響き渡る。
 多人数が大勢で異なることを話しているのに、それら全てがはっきりと聞き分けられることの感動は実際に耳が悪い状態からそれが治った者でしかわからないだろう。どのような言葉で説明していいか言葉が浮かんでこない。

「そういえばアイちゃん、こんなに人一杯いるのに聞き取れてる?」
「うん、平気平気ちゃんと聞こえてるよ」
「…………アイちゃん!!!」

 突如としていきなりランコから抱きつかれる。
 ランコの私より二周りくらい大きな胸がぎゅうぎゅうと押し付けられ、若干苦しい。
 学校も近くなり登校する生徒も増え始めた場所でハグする女二人組は、多生徒からみれば明らかに変なヤツと見られているに違いないのだろう。
 実際、抱きつかれている私自身も客観的に見てちょっとヘンなヤツだなと思うのは仕方のないことだ。

「アイちゃん!わたし今日はまだアイちゃんの耳元で大声で喋ってないんだよ?なのに今までの会話全部聞こえてたの!?」
「え……あ、あぁ!!」

 ここで私は、さも今気がついたかのようにわざとらしく驚いたフリをして目を見開いた。
 そういえばそうだった。ランコはまだ、補聴器をつけているということを知らないんだったっけ。というかまだ誰にも言っていないのだから知っているほうがおかしいわけで。
 
「じ、実はここ最近でやたらと耳の調子が良くなってきてね。聴力が正常になるのも時間の問題らしいよ」
「う、うう〜〜!よ゛がっだね゛ぇぇぇ!!わだじもうれじい゛よ゛ぉ〜!!」

 私が泣きたい気持ちを抑えてたというのに、それを知ってか知らずかランコは人目もはばからずに大泣きし始めてしまった。
 や、やめてほしいな……うん。そこまで泣かれると私も釣られて抑えていた涙がまた溢れてきちゃいそうになるじゃないか。
 涙ぐみ顔面グチャグチャになるランコを抱えながら、私は多生徒の神妙な視線を浴びつつ校門を潜った。



「きりーつ、れいー」
「はいおはよう。もうすぐ学校祭が近づいて気分も浮き足立ってると思うけど、肝心の期末テストも控えてるから気を抜かないように。そろそろ進路を決めて明確な目標を持って意識するようにな」
「はーい」
「楽しむときは全力で楽しむ。勉強するときは本気で勉強する。これが学生生活のコツだ」

 朝の号令が終わり、一時限目が始まるまでのつかの間。
 その間に授業の準備をしていると、隣の席に座っているタイチがなにやら興味あり気な表情で話しかけてきそうな雰囲気だった。
 と、いうか話しかけてきた。

「アイ、どうしたんだランコのやつ朝っぱらから。ありゃまるでふやけたどっかのパンのヒーローだぞ?」
「あー……あはは」

 教室の後方に座るランコの方に目をやると、未だ泣き止まず数人の女子友達に囲まれて慰められている真っ最中だった。もはや濡れ雑巾みたいにじゃぶじゃぶになったハンカチで、何度目かわからぬほどの涙を拭うと、私を見て、もう一度泣き始める。
 ……そこまで嬉しがられると逆に私がドライな感覚をしてるんじゃないかと思っちゃうのが困るところだ。

「実は、最近耳の調子が良くなってきてね。それをランコには話したらあの有様ってワケ」
「ほーん…………ってマジでか!?おまっ……耳がァ!?」
「あんたも似たような反応するのね」
「そりゃそうに決まってんだろ!お前の耳が良くなるって……俺やランコがいったい何度願ったことか」
「そ、そう……」

 こうも嬉しがられると逆に感謝しすぎて感覚が麻痺してきそうになる。
 私はこのように淡々と語っているけれど、本心めちゃくちゃ嬉しいんだよ。
 友達といえど他人に変わりはない。その他人の病気が少し克服されたとなればそりゃ嬉しいんだろうけど、まさかここまで喜ばれるとは思ってもみなかったので私自身どう反応していいか困っちゃってる自分もいるというわけだ。
 これは贅沢な悩みなのだろう。
 だけどこの幸せを誰か他人に分け与えるほど私も人ができているわけじゃないので、私に向けられているこの喜びは私が精一杯受け入れるとしよう。
 それが一番だ。

「と言ってもまだ完全に治ったわけじゃないんだけどさ」
「これだけ騒がしい教室内でちゃんと聞き分けられてるんだ、もうかなり治ってるんじゃねぇのか?」
「うーん……どうだろうね。まだ感覚が上手くつかめてなくて」
「そこはおいおいだな。しっかし……昨日の今日でこんなに良くなるモンなのか耳ってのは」
「そればっかりは私にもなんとも言えないね」

 補聴器をしているから、なんてのは口が裂けてもいえない。
 正規の処方箋やら診断書がない以上、今着けている【ドブ=アングル】はいわば闇市場で手に入れた素性の知れぬ商品と同じようなものだ。仮にランコやタイチに話したとしても直接的な影響はないかもしれないが、もし風の流れに乗ってその情報が親に行き届いてしまったとしたら……それそれでは非常に厄介なのだ。
 幸いなことに小型タイプゆえ耳の奥までしっかりと入れ込むことができるからよほどのことがない限りばれる心配はないだろう。

「っと……わり、アイちょっと世界史の課題見せてくんね?昨日バイト終わったあとそのまま家に着くなり爆睡しちまって」
「それじゃメロンパンとカレーパン1個ずつね」
「現金なやつだなホントお前は」
「あ、そう。じゃあ見なくていいんだ?」

 そう言うとおもむろに財布をとりだすタイチ。
 財布をチャラチャラと鳴らし所持金を確認しているようで、パン2個分のお金があったのか指でグーサインを出してきた。私は快くプリントを渡すと彼は目にも留まらぬスピードで課題を写し書きしている。
 「そんな調子だからいつまでたっても赤点だらけなのよ」と言ってあげたが、どうやら彼の耳には聞こえてないようだった。




―――――




 六時限目、総合の授業。
 この時間は教科書を開いて黙々と勉強をする時間ではなく、その時期ごとに決まっている行事関係の話をクラス全体で行なう時間。
 当然、今回の総合の授業時間ではもうすぐ開催される我が市立骨倉高校の学校祭についての話し合いだ。委員長である私と副委員長であるタイチは教壇に立ち、進行を行なう。

「さて、それでは今年の3年C組の出し物は何にしようか話し合うわけですが……意見ある人!」

 ハイ!   ハイ!メイド喫茶!

   ハイ!ダンスパフォーマス!
           ハイ!寸劇!ハイ!

 ハイ!クラス全員ブラスバンド!  ハイ!

        ハイ!リアル肝試し!        ハイハイ!

 いつもの私ならばこの場でタイチに翻訳を任せていたのだけれど……今日の私は違う。
 皆が何を言っているのか的確に聞き裁き、慣れた手つきで黒板にズラリと書き綴ってゆくのだ。
 タイチは唖然としながらメモ帳に書き写し、私はそれよりも早くチョークをすり減らし続ける。クラスメイト達は始めのうちは我こそはと案を出し合い怒号が飛び交っていたが、次第に案がなくなり勢いも下火になると私がタイチの助力を得ずに綴っているのに気がついたのか、皆一様にどよめき始めているのがわかった。

「ふぅ、こんなものか。ハイ、他には?」
「……いくら耳が良くなったからって、こりゃ良くなり過ぎじゃねえか?俺ですら聞き取れないところ結構あったってのに」
「あ、そうなの?」

 意外だ。
 人間本来の聴力ならばこれくらい聞き分けられる、というのが今まで自分が思い描いていた人間像なので先ほどのような怒号の嵐でさえも聞き分けられていると思っていた。
 しかしどうやら、本来の聴力でも聞き分けには限界があるようだ。今まで本当の音を聴くことのできなかった自分には理解できそうもない話である。

「あとは何かない?」
「……どうやらなさそうだな」
「それじゃ、この中から選んで決めちゃいましょーか」

「ハイ!俺はメイド喫茶に一票入れます!高校生活で一度でいいからやってみたかったことなんだ……俺の夢なんだよ!」
「ハイハイ!うちはダンスしたい!カッコいいブレイクダンス踊って圧倒させたいし!」
「わたしもダンス賛成〜メイド喫茶なんて得するの男子だけでしょー?」
「いーじゃねーか!ニーソックス!ガーターベルト!ご主人様って呼ばれてぇーんだよぉぉぉー!」
「……お前、それクラス店員だったら客になれないからな?」
「ぼ、僕は寸劇とかよかったり……して……」
「キャハ☆高校生にもなって寸劇なんてダッサー☆」
「あ?あんた演劇部であるウチに喧嘩売ってる?」
「ヤダナーもう、そんな気じゃないってー☆」
「け、喧嘩はよくない、と、思う、よ……」

 うーん実にまとまりがない。
 私のクラスである3年C組という面子は個々がやたら濃いゆえに一致団結する機会がなかなかないのが欠点でもあるんだよなぁ。そのかわりもし団結できたとしたらそれが相当の強みになると思うんだけどね。

「タイチ、あんたは何がやりたいの?」
「俺?うーん、そうさなぁ……」

 そういってタイチはメモ帳を見つめる。
 若干目が泳いでいたようだが、ほどなくして申し訳無さそうに言うのであった。

「実を言うと俺もメイド喫茶ってのに憧れててよ」
「変態」
「男子たるもの変態でなにが悪い。むしろ健康優良児ってもんだぜ」
「…………ふーん」
「頼むからその家畜を見るかのごとき見下しはやめてくれませんかねぇ」

 ま、変態は変態として。
 メイド喫茶か……確かに面白そうっちゃ面白そうだけど、今時そんなの誰にでも思いつくものだからなぁ。正直飽きられてきているのも事実だ。
 それじゃあダンス?うーん……これは得意不得意がはっきり分かれるものだから不得意な人はどう足掻いても学校祭当日までに仕上げるのは難しそうだし。
 寸劇は……わざわざ足を止めてみてもらえるようなクオリティのものができればそれはそれでいいんだけど、そんな脚本家なんているわけないし……

「しーずーかーにー!意見はちゃんと挙手してから言うように!」

 こうして時たま私が場を静粛にさせなければクラスメイトの言い争いは延々と続くだろう。
 さながら気分は木槌を打ち鳴らす裁判官の気分だ。
 教室内が静まり返ったところで再度提案を投げかけるが、なかなかいい案が帰ってくるわけでもなく時間のみが過ぎるだけだった。
 これは、今日の時間では決まらないかな……そう思った矢先、教室の後方席から一人の挙手が目に映る。

「ハイハーイ!わたしメイド喫茶がいいでーす!!」

 そう言うのは目を真っ赤にして泣き終わっていたランコであった。泣き疲れにより一日のほとんどを寝て過ごしていた彼女(先生にはバレてない)が久しぶりにまともな言葉を発するとそれに反応してクラスの男子達はざわめき始める。

「ランコちゃんのメイド服姿とかマジ天使」
「破壊力が危険で危ない。視覚的にも物理的にも」
「メイド服に俺はなりたい」

 なんというか揃いも揃ってアホだ。
 男子らしいといえばそうなのだが、欲望に忠実すぎる気がするよ。まぁでも、そういうの嫌いじゃない。他人の目を気にして言いたいこともいえずにウジウジしているやつの方が私から言わせるとよっぽどカッコワルイってものだ。
 実のところ私もメイド喫茶にはちょこっとだけ興味があるのも事実なわけで。
 でも、ただのメイド喫茶じゃやっぱりありきたりでつまらないものになるからいい案がないか待ってたところなんだよね。
 と、思っているとランコが続けて言う。

「でも〜ただのメイド喫茶じゃぁつまらないでしょ〜?だから男子と女子の服装を逆にするってのはどうかな?」

 数秒の沈黙。
 そしてほどなくして……教室内は阿鼻叫喚の嵐となるのであった。
 男子達は悲しみ咽び泣き、驚き困惑しているようだ。
 ランコはドヤ顔でいい案を言ってやったぞ感に浸っており、隣のタイチは冷静を装いながら顔は青ざめている。
 そして私はというと――

「……いいねそれ。いいよ!面白そうじゃん!!」

 女子が学ランを着て、男子がスカートを穿く。
 一言で言い表すならばカオスそのものだけど、それがまた予想を反して面白い試みになりそうだと私の直感が告げていた。

「お、おいアイ!マジで言ってんのか?」
「マジよマジ。大マジよ。ねぇいいでしょ先生、面白そうだよね?」
「先生的には止めるべきなんだがなぁ。ま、生徒諸君が考えたものを蔑ろにはしたくないし、いいんじゃない?」

 それを聞いたタイチの手から力なくペンが落ちる。
 同時にクラス中も喜ぶ者がいたり、悲しみに暮れる者もいたりで大賑わいとなった。

「よし!それじゃ今年の我がクラスの出し物はメイド喫茶に決定!!
詳しい内容はまた今度決めるからそれまでに色々と考えておいてね」

 「話し合いとはいったい」とか「実はメイド服着てみたかったんだけどな……」とかいうクラスメイトの呟きを耳に入れつつ今日の総合の授業は終わった。
 今年の出し物は何になるかと思っていたが、いざ蓋を開けてみるとまさかこんなものになるとは誰が想像できただろう。
 ガーターベルトから覗くすね毛の生えたむさくるしい脚はこの上なく怪異だし、学ランを着た女子の不自然だけど意外にもこういうのアリなんじゃない的な雰囲気。
 私的にはなかなかヒットしそうな予感がするんだけどまだまだ改良の余地はありそうだ。
 ふと横を見るとなにかに打ちひしがれたタイチが真っ白に燃えてきており、安らかな笑みを浮かべていた。

「タイチ、大丈夫?」
「あのさ……お前話し合いって言葉の意味知っている?」
「だって話し合っても埒が明かなそうだったからつい」
「パンの種類は悩むくせに、こういうのは即決しちゃうのな」
「なにそれ、イヤミ?あ、それとも私のメイド服姿見たかった感じ?」
「……いや。だってお前そんなに胸ないし」
「死ね」

 私はタイチのつま先を思いっきり踏んづけてやると、その直後に六時限目終了のチャイムが鳴ったのでそのまま教壇を降りて自分の机へと戻る。
 遅れてヨタヨタと机に戻るタイチを見ながら、少し笑って今日の授業は終わったのだった。



 その日の夜――

 「…………」

 夕食が終わって、今日の分の課題も終わったので自室のベッドでくつろぎながらスマホをいじりつつ、今日の出来事を思い出す私。
 しかし、まさかあそこまで感動されるとは本当に予想外だったよ。普通に言葉で祝福してくれればそれで十分だったのに、ああもされると逆になんだか申し訳なくなってくるのは謙虚さの証なのだろうか。

「あ、そういえば」

 ここまで凄い性能なんだから、他の機能も試してみないことには宝の持ち腐れってやつだ。【ドブ=アングル】の機能には確か……高音質音楽再生プレイヤーと自動翻訳機能がついてたんだっけ。
 うーん……音楽はあまり聴かないからなぁ。
 ってことで、自動翻訳機能を試してみるとしようか。これさえあれば英語もばっちり、とかなんとかいわれたような気がするから期待せずにはいられないものだ。
 補聴器機能を試すときはあえて期待しないで心構えをしていたが、この機械が凄いものだとわかった今、逆に期待しないほうがおかしな話だ。

「えーと、確かここに……あったあった」

 記憶を辿り机の引き出しを漁ると一枚のCDが姿を現す。
 英語の教本の一番最後のページに糊付けされて付録になっていたリスニングのCDだ。邪魔くさいから教本を貰ったその日に取り払って引き出しの中にしまっていたのだった。こういう類のCDを最初から最後までちゃんと聞いて教材として扱っているのは少なくとも私のクラスには誰一人としていない。学校の中でも数人程度なんじゃないだろうか。
 初めて封を開けるそのCDは当たり前のように傷一つなく、恐らくこれからもずっと綺麗なままを保たれながら引き出しの奥にしまわれているのだろう。
 今回の使用が最初で最後ということも知らずに取り出されるCDに若干の無情を感じつつ私はセットするのであった。

「チャプターはどうしようかな……まぁ適当でいっか」

 最初からそのまま再生すればいいものを私は特に意味もなくチャプター選択をし、どんな英文が録音されているかも下調べせず再生ボタンを押した。

『デリック・ブロンソンという人物をご存知だろうか。彼は世界的に有名なバスケットプレイヤーであり名前くらいは誰でも聞いたことがあるといわれるほどの名選手である。なぜ彼はそこまで有名になることができたのだろうか。それには理由がある。
 彼には右足がない。それなのにもかかわらず、他のプロバスケットプレイヤーとなんら粗相なく試合をこなしている。それが人々を魅了させる彼の特徴でもあるのだ。
 彼はカリフォルニア州の南に位置する……』

 ……あれ?
 おかしいな、なんで日本語で聞こえるんだろう?確かに英語のリスニングCDと記されていたし、聞こえる内容も教科書に書いてある内容と全く同じことを説明しているのに。
 まさかこのCD不良品?それとも【ドブ=アングル】の方が故障しているの?
 ……別のチャプターを試してみよう。

『ミランダおばあちゃんのお話はながったらしくてつい眠くなっちゃう。だから私はおばあちゃんの家を離れ、裏庭にある秘密の洞窟へ身を隠すんだ。
 と、その時。ヒュー、ヒュー、と洞窟の奥から不思議な音が聞こえてきた。風の鳴る音にしては随分と生々しくって、私は後ろを振り向くのが怖くなって……』

 ……んんん?
 やっぱり、日本語だ。
 一字一句、寸分違わず聞きなれた日本語である。
 おっかしいなあ…………

 
 ……


 …………


 ………………いや、ちょっと待って。

 ちょっともう一度聴いてみよう。
 なにか、違和感を感じた私はもう一度先ほどのチャプターを選択して再生ボタンを押す。
 これが私の聞き間違いでなければ、おそらくとんでもないことなんじゃないだろか。
 聴覚だとかそんな次元じゃない、むしろ人の意識の根底から覆してしまうほど不可思議で想像もできない出来事だ。
 半分の期待と半分の恐れを抱きながら私はCDの音声を食い入るように耳を済ませる。

『ミランダおばあちゃんのお話はながったらしくてつい眠くなっちゃう。だから私はおばあちゃんの家を離れ、裏庭にある秘密の洞窟へ身を隠すんだ。
 と、その時。ヒュー、ヒュー、と……』

 やっぱり!!!!
 ……字面で語るとどうにもインパクトに欠けてしまうかもしれないが私は確信した。
 どうやらこの機械の翻訳機能は本物のようだ。それも、英語と日本語の区別がつかなくなるほど超精度であたかも日本語を聞いているかのように錯覚させられるほどに。

 ”CDの音声は実際に英語だけど、私の脳内には日本語として認識される”のである。

 自分で説明してても上手く説明できているかわからない。
 例えば、日本人が日本語を聞いたとしてもそれはごくごく当たり前の日常のものなので違和感など感じることがないよね。そして英語圏の人が英語を聞いたとしてもそれは同じことだ。
 だから日本人が英語を聞いたら「それは英語だ」と勝手に脳内でそう変換する。発音だとかイントネーションだとかで総合的に判断して英語だと理解するだろう。
 だけど、この翻訳機は。
 これは……"英語を聞いたとしても、日本語を聞いたときかのように違和感を覚えることなく、尚且つその内容が理解できる”のだ。

「すご……」

 率直にそう呟くことしかできなかった。
 どうしてこんな豆粒みたいな翻訳機から恐るべき高性能な機能が発揮されるというのだろうか。
 私は賞賛すると同時に、ある種の恐れのようなものも抱き始めていた。
 これさえあればたとえ海外旅行に出かけたとしても、まるで日本にいるかのように現地の人の言葉が理解できるのだ。凄いなんて話じゃない。
 今までの翻訳機が全て過去のものになってしまうことは確実だろう。

「なんなの……これ」

 ここにきてようやく事の重大さを発覚した私は、とりあえずこの補聴器【ドブ=アングル】を作っている会社をネットで調べてみることにした。
 ……と思ったのだが、説明書にはそれらしい社名などどこにも記述されておらず、そもそもどこの国の言葉かさっぱりわからない言語で綴られている文字があるのでほぼお手上げ状態だ。フリーダイヤルなんてそもそも数字ですらないし、全くもって意味がわからない。
 機体本体にはなにか印字されていないかと思い私は耳の中の機械を取り出す。

「ん、しょ、っと……あーあー」

 【ドブ=アングル】を外した途端に周囲の音が変化する。
 いや、変化するというよりは今まで私が聞いていた音に戻るのだが、本来の音を知ってしまった以上こちらの音が逆に変な音として認識されるようになってしまったのだ。人間の脳はインパクトの強いものをより鮮明に記憶すると言われているので、恐らく私の聞いた本来の音を色濃く記憶してしまったのだろう。
 その音と、難聴によって響き渡る濁った音とのギャップに混乱する脳に私は自分自身でそう言い聞かせることにした。

「やっぱりなにも書かれてない……よねぇ」

 こうなってしまってはもう完っ全にわからないものだ。
 わからぬものをとやかく考えてもどうしようもないので、私は補聴器を再度耳に入れ込むとリスニングCDを止め、ベッドに横になる。
 こんな凄いものをただで貰ってしまってよかったのだろうか。世界中のどんな優れた機械を集めたとしてもこれより優れた補聴器兼翻訳機は見つかることはないだろう。今の時代には実現しうることのないオーバーテクノロジーに近いなにかを感じた私は明日、もう一度あの骨董屋を訪れようと決めた。
 この商品を取扱っているのなら、きっとどこの会社が作っているのかもわかるはずだ。
 会社を調べてなにかをするという計画ではないが、ここまで凄いものを作っておいて社名の一つも知らないだなんてそれは逆に失礼に値しそうな気がするので聞きに行くだけだ。私個人の願望である。
 それと、ただで貰ったのだからお礼を言わなければならないなぁ。
 一体なんで私にこれをくれたのだろう。
 ……やめやめ!一度考え始めたら止まらないのが私の悪い癖だ。今日はもう寝よう。
 まだ説明書で読んでない部分があるけど、これはまた今度ということにして今日は寝ることにする。

「あ、その前にトイレトイレっと」

 寝る前のトイレを済ませ、私は就寝についた。
 しかしここで私は大きなミスをしていることになるのだが、それに気が付くのはもう少し後になる。
 現時点で言えることがあるとすれば……このミスが全ての始まりであり、そして”私”の終わりでもあったのだ。
 すやすやと心地よく眠るその裏側で、じわり、じわりと事象は進み始めていた。















   ……ぐじゅっ















―――――



 ジリリリリリリリ!
 ジリリリリリリリ!!
 ジリリッ……

「ふぁ〜……んんむ、あー……」

 翌日の朝。
 いつも通り目覚めた私はけたたましく鳴り響く目覚まし時計を止めて、ベッドから起き上がろうとする。
 ……のだが、なにか変だ。奇妙な違和感を感じてその場に留まって硬直する。

「うぇ、なにこれ」

 その違和感の原因はすぐにわかった。
 自分の忌々しい、ちゃんとした音を聞き取れない不良品の耳だ。その耳がなにやら得体の知れない液体で湿っていたのだ。
 指で触るとぬちゃ……という気持ち悪い音を立ててその感触が指先に伝わる。どうやら水っぽくはなく、どちらかというと粘り気のある粘液みたいなものだ。耳自体にはなんの変化もなく、痛みも痒みもないのでそれがかえって気持ち悪さを助長している。
 指先に付着した粘液は無色透明でかつ無臭であり一見すると何の害も無さそうなものだけど、そもそも耳に液体が付着していること自体が意味不明でどういうことかさっぱりわからない。

「……気持ちわる……」

 特に痛みもないから中耳炎ってわけでもなさそうだし、そもそも中耳炎だとしたら無色透明じゃなくて黄色っぽい化膿した液体が出てくるはずだし?
 じゃあこれは一体なんなのさって話になるんだけど、寝ている間に鼻水が逆流でもしたかな?いやいやまさかそんな。
 ヨダレが付着したのかもとも考えたけど、ヨダレはすぐに乾いてカピカピになるから寝起きの状態でべちょべちょのぬるぬるになんてなりはしない。

「んー、まぁ痛くないしほっといても大丈夫か」

 そう自分に言い聞かせ私は何事もなかったかのようにベッドから立ち上がるのであった。
 と、それと同時に耳から何かがポロリと零れ落ちる。
 足元に落ちたそれを拾う私は昨日の夜を思い出して、そういえばそのまま寝ちゃったんだっけと落胆するのであった。

「あちゃー、外すの忘れてた……」

 【ドブ=アングル】を耳の中に入れたまま寝てしまっていたのだ。
 こういうものはコンタクトみたいに一日中ずっとつけているのは良くないと聞くので寝るときは外そうとしていたのだけれどもすっかり忘れていた。
 もしかして着けっぱなしで寝たからこんな変な液体がついたとか……?確証はないけども。
 うーん、次からは気をつけよう。
 とりあえず私は床に落ちた補聴器を拾い、軽く洗面所で水洗い、消毒したところでもう一度耳に入れるのであった。もちろん、親には見られていない。

「……よし!あー、やっぱりいい音だわぁー」

 耳に入れた瞬間、やはり世界の音は見違えるように姿を変える。
 水道から流れる水はさながら大自然の源流そのものの雄雄しさを感じさせ、歯ブラシで歯をシャゴシャゴ磨く音はプロパーカッショニストが奏でるカバサの音に親近感を覚える。
 何度も言うように私は今まで濁りに濁った音しか聞いてこなかったので、本来の音がとてつもなく美麗に聞こえるだけなのである。今聞こえている音は、普通の健常者からしてみれば何の変哲もないただの生活音だ。ただの生活音でさえこれほどまでに素晴らしく聞こえてしまうというのだから、私はいったい今までの人生でどれほど損をしていたことだろう。
 そんなことを考えつつ、朝ごはんを食べ終え学校へと向かうのであった。




 
 リーンゴーン、カーンコーン。

 六時限目の終了のチャイムが鳴り、硬くガチガチになった肩をもみほぐす。
 折角重たい教科書を家から持ってくるというのに、先生によってはほとんど教科書を使わずに独自のスタイルで教える人がいるものだから完全に無駄な労力になっている。
 しかもさらに腹立つことに、そういう先生に限って教科書を忘れるとやたら怒ったりするものだから理不尽極まりないと思う。教科書は使わないくせに、いざ生徒が忘れるとあたかも教科書が必須であるかのように怒鳴り散らす先生は私は嫌いだ。というか好きな人はいないんじゃないかな?いるとしたら相当な物好きだろう。
 卓上に転がったペンをペンケースに入れ、さらにそのペンケースをバッグに入れようとしたとき、ふと後ろからランコが私に話しかけてきた。

「アイちゃ〜ん、今の授業の内容理解できた?」
「ん、まぁなんとなくね」
「ホント?それじゃあ……今日の放課後教えて!!お願いっ!」
「いいよ。今日は委員会活動もなにもないしね」
「ラッキー♪あ、そうだ!折角だし例のケーキ屋で勉強しようよ!」
「いいねそれ」

 そういえばランコとケーキ屋に行く約束をしていたんだっけ。
 勉強がメインなのか、ケーキがメインなのかを追求してみようかと思ったが、目を輝かせながら財布の中身を確認する彼女を見てなんとなく確信したので深く追求することはしなかった。
 けれども一応気になった部分だけは聞いておく。

「あれ、けどランコ、ケーキ屋行くときは来週って行ってなかったっけ?」
「来週と言わず行けるときに行くのが一番っしょ!」
「部活は?」
「今日は顧問の先生が用事あるからって部活休みになっちゃったんだよね」
「なるほど」
「アイちゃんも委員会は休みなんでしょ?それなら行くしかないっしょ!!」

 ランコとの約束を済ませたところで担任が帰りのホームルームをしに来たので、一旦彼女との会話を切り上げ席に着かせた。
 特に何の取り留めもない話を聞いて、保護者用のプリントを数枚貰ったところでホームルームは終わりいつものように机を教室の奥へと追いやる。
 開店したばかりで相当人気らしく、早めに行かないと席を取るのが難しいといわれていたので私はそそくさと学校を出る支度をし、ランコと合流しようと教室の外で待つことにした。地味に私も甘いものは結構好きなので行くのが楽しみだ。
 しかし、いつまでたってもランコの姿が見当たらない。いったい何をしているのかと思い教室内、教室外を見回してみると、悲しみに打ちひしがれた表情でモップ片手に掃除しているランコの姿が見えた。

「ンモー!なんだってこんな日に限って掃除当番なのさぁ!」
「ランコついてないねぇ」
「アイちゃん、手伝ってくれてもいいんだよ?」
「え、なんで私が。掃除当番じゃないしやる意味ないでしょ」
「……ふぎぎ」

 この日のランコの掃除裁きはすさまじくて、目にも止まらぬ速さでモップをかけ終わると一目散にゴミ捨てに行き、その掃除の素早さに班員達も目を点にしていたのはいうまでもない。

「っしゃ終わりっ!おつかれっしたァ!」

 電光石火の如き速さで掃除を終わらせると彼女は私の元へ走り寄ってきて掃除が終わったと報告するのであった。
 さて、それじゃあケーキ屋に勉強しに行きましょうかね。
 勉強という名目のただスイーツが食べたいだけだなんて言ってはいけない。





「はんむっ……!」
「これはっ……!」


「「うまぁ〜い♪」」

 放課後、私たちは約束どおり開店したてのケーキ屋へ行き、早速90分食べ放題セットを堪能していた。
 さすが有名店だけあってその見た目もさることながら、味も格別すぎるものだ。私はとりあえず王道のガトーショコラとモンブランを頼み、それぞれビターな甘さとほろ苦いした甘さを堪能している。
 一方ランコはというと、どでかいパンケーキをぺろりと平らげ、さらに50cmはあろう巨大パフェを立ちながら食べており、その全てが胃袋に収容されていく。

「はふ〜ん、幸せ♪」
「ふふっ、ランコの食べっぷり見てるだけでお腹一杯になっちゃうよ」
「まだまだギブアップは早いよアイちゃん。90分食べ放題なんだからせめて損しない金額分は食べないと」
「えぇ……」

 バキュームカーよろしく、ランコはとてつもない勢いでケーキというケーキを吸い込んでいく。
 その姿を見つつ、私は自分のペースでどうにか食べようとするのだが、ついつい釣られて別腹モードに移行してしまいそうになってしまうものだ。
 ケーキは別腹、とはよく言ったものだがここまで食べ放題だと逆にケーキ以外のものを食べたくなるというのはよくあることだろう。

「さて、ランコ。ケーキばっか食べてないでほら、勉強するんでしょ?」
「え?……あ、あぁ!そう、そうだったね、あ、あははー……」
「……まぁ、大体察しはついてたんだけど」
「い、いやだなーアイちゃんってばー。わたしはちゃんと勉強する気マンマンだよっ!」
「口に生クリーム着かせながら言われても説得力ないんだけど?」
「えう」

 私は人差し指で軽くランコの額を小突き、その弾みで彼女の頭は少し後ろに後退する。
 再びバネのように戻ってくるとその弾みで口の中のケーキをまるごとの見込み、ようやくテーブル上の菓子は全てなくなったというものだ。こうでもしないと延々と食べ続けそうな気がしたからランコには悪いが仕方ない。うん、仕方ない。
 しぶしぶ彼女はバッグから教材を取り出すと、私の愛ある勉強を受ける気になったのか気合十分といった顔つきだ。
 教える側としてもそこまで気合入れられると俄然やる気も出る。

「さぁーてそれじゃどれから教えて欲しい?」
「えと……世界史のヨーロッパの大航海時代あたりをちょっと〜……」
「あー、ハイハイそこらへんね。りょーかいっと」
「マゼランとかマルコポーロとかならなんとかわかるんだけどね〜」
「それ以外は?」
「あ、あはは〜……」
「…………」

 若干頭を痛めつつ、それでも私は親友のために勉強を教えるのであった。

 ――

 ――――

 ――――――

 ――――――――


 2時間後。

「……とまあこんな感じに宗教的な権威を否定して市民革命を支持する啓蒙思想が生まれてきたわけ。そこで出てくるのがロック、モンテスキュー、ルソーの3人で……って聞いてる?」
「ゴメンナサイ、モウ、ムリ、デス」
「あー……ちょっととばし過ぎちゃったかな。よし、ここらで休憩しよっか」
「うぐぐ、ごめんねぇ折角教えてもらってる立場なのにぃ」
「いーのいーの。私だって教えながら復習できてるんだし」
「うへぇー……ちょっと頭休めるよ」

 食べ放題バイキングの時間はとっくに過ぎており、今からケーキを食べるならば単品でそれぞれ追加の値段を払わなければいけなくなっていた。
 ランコはそれでも新しいケーキを食べたそうにしていたので、私はなにが食べたいかリクエストを聞き、店員さんに私の分とランコの分で二つのケーキを注文する。
 さりげなく自分の分も注文しているが、これはランコが一人で食べていると何も食べていない私に対して負い目を感じかねないと予想したのであえて私自身の分も注文したというわけだ。決して私も実は新しいケーキが食べたくなってきたから個人的に注文しただとかそんなことではない。
 絶対に!ほんとに!

「ありがとね〜アイちゃん。教えてもらったお礼に今の分のお金は私が払ってあげる!」
「いやいいよなんか悪いし」
「いーのいーの!こんだけ教えてもらったタダってわけにはいかないから!私が払いたいから払うの!」
「……そこまでいうならお言葉に甘えて、ごちになります」

 内心小躍りしまくる私。
 注文してすぐに目的のものが運ばれてきて、各々がケーキを食べ始める。
 私の目の前にあるのは当店限定の濃縮チーズケーキであり、とろけるような甘さとチーズのまろやかさは口に入れた瞬間融けてしまうかのような繊細さが秘められている。

「ところで……」

 大口を開けてほおばるランコがふいに聞いてきた。

「アイちゃんって〜……好きなヒトいるの?」
「ぶふぅっ!?」

 一体全体この年中頭が春を迎えている友人はなにを言いだすというのか。
 女子高生ともあろう私が年甲斐もなく盛大にケーキを吹き出すと、テーブルの上に見るも無残な食べかけのケーキ片が散らばる。

「げほっ……げほっ……なにさ、いきなり……」
「いや〜うちらってもう高校3年でしょ?それなのに浮いた話の一つもないから女子高生としてどうなのかなぁって思ってさ!」
「あー……まぁ確かに、そんな話題は今まで一切上がらなかったね、不思議なくらいに」
「JKらしくない!ってハナシー」

 そういわれてみると、よく考えてみたらそうだ。
 私たちはほぼ毎日一緒に過ごしているのだけれど、そういったガールズトークというか思春期の女子ならば必ずと言っていいほど繰り広げられる恋愛話をした記憶がない。
 別にそういうことに興味がないというわけではないんだけど……いかんせん私には気になる相手というものがいないのでどうにもこうにも話題を提供できないのが現実だ。
 今まで「あ、ちょっといいかも」と思ったヒトなら何人かいたような気がするけど、一晩寝ればいつの間にか忘れてしまっていたので、その程度としか思っていなかったのだろう。
 うーむ、私ってやっぱりドライ?

「私にはまだそういうのは早いかなぁ」
「そうー?わたし的にはアイちゃんけっこういいセンいってると思うんだけどナー」
「んな……難聴の私みたいな人を好きになる物好きな男なんてそうそういないでしょ」
「好きになっちゃえば障害なんて全然関係ないんだぜ!それにアイちゃんそんなの悲観する必要ないくらいに見た目整ってるし」
「ランコ、何気に結構失礼なこと言ってない?」
「気のせい気のせい」

 なんだか釈然としないので、逆に私からランコに聞いてみることにする。

「そういうランコは気になってるヒトとかいないの?」
「それがね〜実は……」
「実は?」
「いるにはいるんだけどさ……ちょ〜っとめんどくさいというか、厄介というか……」
「めんどくさい?厄介?恋愛なんて全部そんなもんでしょ」
「いや、まぁそうなんだろうけど……あーもうこれ以上は言えないっ!」
「……もしかしてタイチとか?」
「いやいやまさか!むしろタイチはアイちゃんにお似合いなんじゃないかってくらい……あっ」
「ふーん……?」

 目の前の友人が言った一言を私は危機逃すことがなかった。
 どうやらランコ的にはタイチと私がお似合いらしい。
 タイチと?私が?それこそ最っ高にバカバカしい組み合わせじゃないだろうか。
 確かに、私が幼い頃から耳のおかげで色々とお世話をしてもらったことは事実だ。それなりに恩は感じているし、何度感謝したことだろう。
 だけど、感謝さえすれど、それが恋愛感情に結びつくことはなかった。きっと今までそういう考えにいたることがなかったのでこれからもそうなのだろう。
 なんというか異性の親友であるタイチとそういう関係になるということが実感できないのだ。

「まっ、ランコがどう思おうとも勝手だけどさ」
「でも〜もし私がアイちゃんみたいな境遇だったら絶対タイチのこと好きになっちゃってるなぁ」
「ランコはランコ。私は私。そういうことだよ」
「でもでも〜確か、小学生の頃いじめられてたアイちゃんを助けてくれたんじゃなかった?それ惚れちゃうって絶対!」

 私とタイチは幼稚園から今までの腐れ縁という付き合いをしている。
 当然小学校も同じなわけで、耳の悪い私を色々と世話してもらったのだけど……その中でも一番大きな出来事として私のいじめ事件がある。
 小学生にしてみれば、耳の悪い女子というものは格好のいじめ対象らしく、私も例に漏れずひどいことをされたものだ。
 プリントを破られたり、教科書を捨てられたり、あからさまに給食の具を偏らされたり……挙げてみればもっとある。
 そんなこともあって一時期不登校になりかけていたんだけれど、ある日勇気を出して学校へ行ったらいじめていた人たちが全員私に向かって謝ってきたのだ。いじめっ子の全員が体のそこかしこに傷が出来ており、一目で誰かに叩かれたり殴られた痕ということに気がついた。

「タイチ、そのこと自慢げに語って教えてくれたよ〜『今のアイがあるのは全部俺のおかげだ!』ってね」
「……ったく、そーいうことは言わない方がカッコいいんだから、もう……」
「よく見ればタイチも見てくれはそんなに悪くないしね」
「ホントあんた結構ズケズケ言うよね……」

 後に知ったことだが、タイチはいじめっ子全員に私のいじめをやめてもらうように喧嘩をしていたとのことだ。口で言ってわからないなら拳でわからせるのみ、とかなんだか言ってたけど結局のところ殴って成敗したかったのだろう。
 実際、私もその話を聞いて随分すっきりしたものだ。
 だからタイチには恋愛感情というよりも感謝の念というものの方が大きい。それはあの頃も、今でも変わりはしない。私のよき理解者であり、親友であり、腐れ縁である。それだけだ。

「タイチとアイちゃんだったら結構いいカップルになると思うんだけどなぁ、冗談抜きでさ」
「もーだから何度言ってもムダ。私にはその気なんてないしタイチだってきっと同じこと言うと思うよ」
「そんなの聞いてみないとわかんないじゃ〜ん?」
「まぁ、そうだけど」
「それじゃ今度聞いてみよっか!もしかしたらタイチの好きなヒトわたしだったりして!?キャー、それじゃ三角関係じゃ〜ん!なんちて♪」
「ははっ、それはそれで面白かったりしt……」





 ぐじゅっ




「……ッッ!」
「アイちゃん、どしたの?」
「なん、だろ……何か変な音し、なかった?」
「変な音ー?べつになんにも聞こえなかったけど」
「そう、なら気のせ、いかな」

 …………??
 なにか、気持ちのわるい音が聞こえたような気がする。
 水のひしゃげるような、粘液が泡立つような、水分を含んだ気持ちわるい音が。
 けれど、私の耳には何の異常もないし、ランコも何も聞こえなかったといっている。それじゃあただの空耳なんだろう。私はそう思うことにして、再び食べかけのチーズケーキにフォークを突き立てる。

「し、かしランコに、も好きなひ、ひとがいたと、はねぇ」
「ふっふー♪誰が好きかはアイちゃんにも言えないなぁ〜さすがにっ!」
「同い年かそ、うでないかく、らい教、えてくれな、いの?」
「それも内緒〜♪……というかアイちゃんアイちゃん」
「な、に?」
「なんか……喋り方変じゃない?大丈夫?」





 じゅるィっ





「あぁうっ!!」
「ア、アイちゃん!?」
「あ、あタマが……あうっ、あガッ……あっ……」


 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 …………………………

 …………………………面白い?
 私は面白いと言ったの?
 ふざけないでよ。タイチが私を差し置いて三角関係?
 そんなの……そんなの絶えられるわけがないじゃない。  ぐじゅっ
 私が今まで拠り所にしてきて支えてもらったのはタイチがいたからこそであって、今更タイチがいない人生なんて想像することもできない。
 それだったらタイチを私の所有物にして……いや私がタイチの所有物になるのもアリだね。タイチのまたぐらは私だけのものであり、また私のまたぐらはタイチだけのものなんだから当然でしょう。
 いやそもそもタイチは私のことをどう思ってくれているのだろうか。私はタイチのことは一生を添い遂げたいと思っているわけで、将来設計とか子供の名前とか考えてたりするわけだけれどもタイチがその気じゃなかったらこれは水泡に帰すというものだ。  じゅるぅっ
 味噌汁の味は濃い目がいいのか薄目がいいのかとかも考えたりしちゃうし、目玉焼きにソースか醤油かで揉めないかも心配だったりするし、シチューはご飯のおかずになりえるかというのは死活問題だし。そもそも私がタイチのオカズになれるのかというのも心配だし、結論言っちゃえばタイチとの新婚生活で子供を授かれるかも不安だし夫婦円満暮らせるかというのもまだ現時点ではなんとも言えない。
 タイチは将来どんな職業に就くのかもわかってないから、収入も未定というわけで新築一軒家をどのくらいの時期に建てられるかというのも重要な課題だ。
 最近では嫁姑問題というのも話題になっているし、タイチの嫁になる私としてもタイチのお義母さんと仲良くしていけるのか不安が山ほどある。そうならないためにも、今からタイチのお義母さんと交流を深め仲良くしていかなきゃ。
 ああそうか、だったら今度タイチの家に遊びに行こう。  げじゅるるぅっ
 そうすればタイチと長い間過ごせるし、タイチの両親にも挨拶することが出来る。近所付き合いも長いし今更挨拶することなんてないと思うけど、将来の嫁となるからには今から活動していかなきゃダメだよね。
 ……さ、さすがに高校生で妊娠はまだ早いよね、うん。早い早い。
 ちゃんと収入も安定して赤ちゃんも育てられるようになってから子作りしても遅くはない、けどそれまで中出しできないってのはだいぶ辛いなぁ。タイチの精液をいっぱい私のナカに注いでもらいたいし、私もタイチにたくさん気持ちよくなってもらいたい。
 タイチがやりたいと思ったプレイならどんなプレイだって受け入れることだってできる。目隠しだってローソクだって鞭だって、なんでもこいだ。とにかくタイチと肌で触れ合っていたい。  じゅぷっ
 それまで私は我慢できるだろうか。肌にぶっかけたり、喉にごっくんするだけで我慢できるだろうか。私の子作りしたい欲求が理性を越えてしまわなければいいのだけれど……そればっかりは実際にタイチと寝てみないとわからない。
 そもそもタイチのチンポはどのくらいの大きさなのかもわからないし、私との身体の相性だってあるはずだ。あまりにも大きすぎたら私のナカに入らないし、あまりにも小さすぎたらそれはそれで困るし。ま、タイチのチンポがどんな大きさであれ愛することには変わりないから問題はないんだけどね。大きすぎたら私の穴を広げればいいだけだし、小さすぎたらタイチのチンポを大きくしちゃえばいいだけのことだからさ。 ずぞっぞぞぞぞぞっ
 だから私はタイチが三角関係だなんてふざけた真似をしているとは信じたくない。
 私が愛するのはタイチだけであって、タイチが愛するのは私だけなんだ。それだけは絶対に揺るがない。他のヒトの介入なんて許さない。 ぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅじゅじゅじゅ
 だから私は…………

「――イちゃん――――アイちゃん!!」
「……んぁっ!?あれ、今私……」
「ど、どしたのアイちゃん、今すっごい怖い顔してたよ……」
「え、あぁ、な、なんでもない、なんでもないよっ、うん、ちょっと生理痛がね」
「ホントにレディースデー……?一応痛み止めあるけど……いる?」

 私の体調を心配してくれたランコは勉強をここで切り上げ今日はここで解散ということになった。
 店を出て私とランコは帰路の途中で別れ、それぞれ家に帰宅するのであった。
15/07/14 23:37更新 / ゆず胡椒
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■作者メッセージ
2015年6月14日、ぼくは心から衝撃を受けた。
マインドフレイアという神をネットで目撃したぼくはこのSSを書かずにはいられなかったのだ。

デュラハン魔物化を楽しみに待っていただいている方。もうしわけありません!
マインドフレイアを見た瞬間リアルにサンダーバード級の電撃を受けてしまった自分はいてもたってもいられずSSを執筆してしまった所存でございます。

どうしても書きたくなってしまいました。否、書かなければならないのです。魔物化シリーズ8:マインドフレイア編です。
毎度のコトながら例に漏れずニッチで拗らせた性癖ですがドウゾごゆるりと。

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