読切小説
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冬の牧場
 薄く雪の積もった白い平原を進んでいた。
 商品を載せた荷台を馬に引かせて、凍える指先を息で暖めながら、次の街を目指すことだけを考えて。
 行き先など本当は無かった。お金さえあれば飢えも寒さも知らずに済むと大商人を夢見て始めた行商だったが、三年も経った頃には自分の限界も、世の中の不条理も嫌というほど分かってしまったから。
 未来への展望もなく、目指す場所もなく、ただひたすらに何かを積んで、運んで、金か商品に変えて、また運ぶ。
 死ぬまでこんなことばかりを続けるのだろうかと途方に暮れかけていた、かつての風景。雪で塗り潰された見覚えのある光景。
 モノクロの世界を、孤独と寒さに蝕まれながらも進むしか無い。不安と、意地と、諦観と、色んなものが混ざり合ったあの日の感情。
 見慣れた、懐かしい世界。
 けれどこの頃に戻りたいとは思わない。寒空の下、心でさえも凍えるような寒さに独りで耐えるしか無かったこの頃には。
「次の街についたら、とりあえず温かいものを食べましょうか。旦那さま」
 隣には妻が居た。行商を辞めるきっかけになった彼女と、僕は行商をしているらしい。
 彼女は隣で微笑みながら、僕の霜焼けだらけの手を取り温めてくれる。歩き疲れた僕に、無理して歩かなくてもいいと教えてくれた体温だった。
 振り向けば、荷台に積んであるのは無数のミルクタンクだった。
 何もかもがおかしいはずなのに、何一つおかしいと感じない。なるほど、そういうことなのか。
 全く、よく出来た夢だ。


 カーテン越しに、朝の薄明かりが差し込んでいた。
 あんな夢を見たのは、きっと布団越しにも冬の寒さが厳しくなってきたからだろう。もう一枚毛布を用意したほうがいいかもしれない。
 ただ、寒いことは寒いが、このままでも過ごせないことはない。狭いベッドにはもう一人、妻が一緒にいてくれるから。
 彼女の寝息が、僕の首筋をくすぐる。歳は僕よりも上だというのに、一緒にいると妹と勘違いされてしまうような幼さの残る顔。安らかなその寝顔は、普段以上に幼く愛おしい。
 きめ細やかな白い頬、薄紅色の唇。まつ毛も、近くで見るとこんなに長かったんだと改めて気がついた。
 肩の辺りまで伸びた、所々に黒髪の混じった白銀の髪。甘いミルクのような香りに誘われるままその髪を撫でてやると、彼女は髪の間から覗いている牛耳をピクピクと動かした。同じく髪の間から生える一対の小さな角に触れると、むず痒そうに息を吐いて、僕にさらに身体を密着させてくる。
 獣毛に覆われた脚が僕の脚に絡み、両手でやっと抱えられるくらいの大きな乳房が僕の胸板に押し付けられる。
 僕は応えてやるように、彼女の背中に腕を回した。
 素肌から直接伝わる彼女の体温が僕を温めてくれる。昨晩の夫婦での睦み合いのあとそのまま眠ってしまったから、温め合うのに邪魔なものは何も無かった。
 愛しい人。僕にお金以外の幸せを教えてくれた、世界で一番愛しい女性。人間ではないけれど、彼女が僕に与えてくれたものを考えれば、種族の違いなどというのは本当に些細な問題でしか無かった。
 人間の女性の形をしながらも、身体のどこかに人間以外の異形を持つ彼女達。世間的に魔物娘と呼ばれている存在。
 かつて人間と敵対し、血で血を洗う殺し合いを繰り広げていた魔王率いる魔物達。しかしそれは文字通り本当に昔話に過ぎず、今の魔物達は皆人間に友好的な存在だ。
 噂によれば、魔物を統べる魔王が現在のサキュバスの魔王へと代変わりをする際に大きな方向転換があったのだとも言われている。公私共に人間を愛していた現魔王の願いを叶えるために、人間と愛し合うことが出来るように、魔物達はその姿を異形の化け物から美しい女性へと生まれ変わらせたのだと。
 こうして醜悪な魔物達は美しい魔物娘へと変わったらしい。昔話なので、どこまで本当のことなのかは分からないけれど。
 魔物娘とひとくくりにされてしまうが、その実様々な種族があり、姿形も色々だ。
 僕の妻はホルスタウロスと呼ばれている種族だった。凶暴な魔物であるミノタウロスを始祖としながらも、人間と共に歩くことを選んだ半人半牛の種族だ。
 その特徴は、魔物娘の中でも特に友好的な気性と、穏やかで献身的な気質、そして今まさに僕の胸元を濡らしている液体だ。
 ホルスタウロス達は乳牛よろしく豊かな乳房をしている。そしてそこからは、赤子が無くともお乳が零れ出てしまうのだ。
 搾ったわけでもないのに、押し付けただけでも僕の胸には彼女の母乳が付いてしまっていた。
 放っておいても大事に至ることは無いが、定期的に搾らないと胸が張ってしまう。このくらいであればまだ放っておいても身体に影響は出ないが、彼女が苦しそうな顔を見せ始めてから搾ったのではこちらの胸が痛む。
 乳搾りの準備を始めようかな。少し時間は早いけれど、暖炉に火を入れている内にちょうどいい時間になるだろう。
 思い立つままベッドから出ようとした僕を引き止めるように、腕に何かが巻き付いた。
 白くて細長い、先っちょにふわふわした毛が生えた、彼女の尻尾だった。
「タウルさん。行かないで……。私をもう独りにしないで」
 少しぼんやりとした、夢うつつとした彼女の顔には、一緒になる前に何度も見た寂しさが滲んでいた。
 目尻に光るものがあるのは、寝起きだからか、それとも夢を見ていたからか。
「大丈夫だよミウ。ちょっと暖炉に火を入れに行くだけだから。昔みたいに行商に行くわけじゃないよ」
 ハシバミ色の瞳の焦点が少しずつ合ってくるにつれて、意識もはっきりしてきたらしい。僕の愛しい人、ミウは頬を染めてゆく。
「あ……。夢。ご、ごめんなさい。旦那さま」
 僕はミウの隣に腰掛け直して、その肩を抱き寄せる。
「離れないよ。ずっと一緒にいるって約束したろ」
「旦那さまぁ」
 軽く口付けして、笑いかける。ミウが笑顔を取り戻すと、僕もホッとした。
「それなら、もう少し寝ていましょうよぉ。まだお日さまも昇り切って無いですし、それにこんなに寒いんですよぉ。冬場はお仕事もほとんど無いですしぃ」
 甘えるように身を寄せてくる妻を抱きとめ、髪を撫でる。肌寒いはずなのに、胸の奥が温かくなる。
「でもほら、もうお乳が溢れてきてるよ」
「本当だぁ。昨日、旦那さまにいっぱい栄養もらったからですね」
「はは、そうかもね。早めに搾っておかないと、後でまた辛くなるかもしれないしさ。午前中に今日の分の乳搾りを済ませてしまおう。僕は準備をするから、ミウはもう少し寝てていいよ」
 ミウは、しかし不満顔だ。
「独りのベッドは、寒いんですよぉ。旦那さまぁ」
 僕は彼女を抱き寄せながら、背中をゆっくりさすってやる。
「大丈夫、大丈夫。暖炉に火を入れたら、すぐに戻るから」
 背中をさすっている内に、少しずつまたウトウトとし始める。やがて微睡んだ彼女を、僕はベッドに横たえた。
 その寝顔をいつまでも見守っていたいという思いを振り切って、僕はベッドから立ち上がった。


 服を着てリビングへと向かう。
 窓の外を見ると、灰色の空から北風に手を引かれるようにして、細やかな雪が舞い降り始めていた。
 身体が寒さを思い出したかのように震え始める。
 雪には、正直良い思い出は無かった。生まれ育った寒村では、毎年街を埋め尽くす雪と生き残りを懸けて戦い続けて来た。行商をしていた頃も、街路を塞ぎ目印を覆う雪に悩まされ続けた。夫婦になって牧場を経営するようになった今でも、雪には仕事を邪魔されてばかりだ。
 溜息を吐きつつ、薪を何本か持って暖炉へ向かう。
 空気が通るように薪を積み上げ、そこに爪の先程の大きさの橙色の石を放り込む。
 ただの石ではない。炎の魔法が込められた、通称炎の魔石。魔法の知識がない者でも、少し魔力を送ってやるだけで火種として使える便利魔道具だ。
 こんな小さな石ころではあったが、手に入れるために二三ヶ月は汗水垂らして働いた。とは言え、一つでも買っておけば何度でも使えて、そして簡単に火を着ける事も出来る。冬場の生活を考えれば値段分の価値は十分にある代物だ。
 魔石に少し念を送ってやると、すぐに赤熱し始め、薪が煙を上げ始めた。
 程なく橙色の炎が上がり始め、ぱち、ぱち、と薪の爆ぜる音も聞こえてくる。
 炎の暖かさと、薪の燃える音が心地よい。まずいと思いつつも、うつらうつらとし始めたその時だった。
「旦那、さまぁ」
 ガウンを羽織ったミウが、毛布を抱えて部屋の入口で目を擦っていた。
「独りにしないでって、言ったじゃないですかぁ」
「あはは、ごめんごめん」
 とぼとぼと涙目で歩み寄ってきた彼女を、僕は優しく抱きとめる。それからその背に腕を回して、ぎゅうっと抱きしめてやった。


 二人で毛布に包まりながら、ぼうっと揺れる炎を見つめながら暖を取る。
 聞こえてくるのは、窓の外のしんしんと雪の降り積もる音だけ。互いの呼吸の音どころか、鼓動の音さえ伝わってしまいそうな静寂。
 けれど、決して嫌な静けさではない。
 何もせずに身を寄せ合い温め合う。なんとも言えないとても贅沢な時間。冬場は寒くてろくに仕事も出来ないが、代わりにこういう楽しみがあるのがいい。
 ずっとこの温もりに身を委ねていたいとは思うものの、しかしいつまでもこうしているわけにもいかなかった。
 早くしないと、ミウは既に船を漕ぎ出し始めてしまっている。また眠ってしまう前に、済ませてしまったほうがいい。
 今日はミルクの出荷日でもあるのだ。昨日の分もあるにはあるが、できれば取引の時間に間に合わせたい。
 ホルスタウロスのミルクはただ分泌されているだけのものではない。普通の牛乳よりもずっと栄養満点で、なおかつとても美味しいのだ。その上魔物娘から分泌されているものにも関わらず人体に影響が無いので、魔物娘達の間ではもちろん人間の間でも高値で取引されている。
 嫁の乳を売るというのは旦那としては抵抗が無いわけでは無いのだが、ミウ本人はそれほど気にしてはいないようだった。むしろ魔物娘としては、たっぷり愛されている事を認めてもらえるという意味で嬉しくもあるのだとか。
「ミウ。そろそろ始めようか」
 声をかけると、目をこすりながらもミウは立ち上がった。
 しかし中々ガウンを脱ごうとせず、チラチラと僕の方を見てくる。
「まだ寒い?」
「い、いえ、寒くは無いですけど……。その、私の裸、見慣れてしまいましたか?」
 一瞬何を言われているのか分からなかった自分が情けなかった。確かにほぼ毎日乳搾りもしているし、毎晩愛し合ってもいる。目を瞑れば瞼の裏にその肢体を思い描けるほどに妻の裸体は目に焼き付いている。けれどだからと言って、脱げと命じれば裸になるのが当たり前だという態度は、男として失格だ。
 僕はミウの頬を撫で、その手を首元へ、肩へ、そしてガウンの中へと滑りこませる。
「あっ」
「ごめんね。見慣れているかいないかで言ったら、見慣れてしまったかな」
 襟を広げて、まるまると豊かな乳房を引き寄せる。
「旦那、さまぁ」
「見慣れたけど、見飽きては無いよ。いつ見ても綺麗だ。それに、ほら」
 今度は彼女の手を取って、僕の身体に触れさせる。
 すると彼女は、乙女のように頬を染めて目を逸らした。
「乳搾りの度にこんなになってちゃ、ホルスタウロスの夫としてはまだまだかもしれないけど」
「そ、そんなことないです。私、とっても嬉しいです。これ以上嬉しい反応はありません」
 その頬にキスすると、ミウもまた僕の頬に返事をしてくれた。
 ガウンの襟を広げてゆく。肌が少しずつさらけ出されても、ミウは抵抗しなかった。
 雪のように白い肌が、ちょっと高揚しているのか少し桜色に色づいていた。ほっそりした首に、鎖骨の浮いた緩やかな曲線を描く肩。女性美の粋を集めたようなたわわな乳房の双丘に、ほんのりと脂肪の乗ったおなか周りと色っぽいおへそのくぼみ。
 ウエストから腰にかけての曲線も、溜息が出てしまうほど見事だ。
 獣毛に覆われたむっちりとした太もも。これでされる膝枕は、これ以上ないほどの至福の眠りへと誘ってくれる。
 脚の付け根には一輪の花も咲いている。今は獣毛に隠されているが、毎晩咲き乱れる姿もとても美しい。
 ただの惚気になってしまうが、妻の身体はいつ見ても惚れ惚れとしてしまう。
「あ、あの。そこまで見つめられるのも、今度はそれはそれで……」
「あはは、ごめんごめん。それじゃ、そこのテーブルに手をついて」
「はい。旦那さま」


 僕に背を向け、言われたようにテーブルに両手を付くミウ。
 その後姿も、当然ながら艶めかしい色気に溢れている。
 背中の肌も傷一つ無い玉の肌で、少し浮いた肩甲骨を、背筋に沿ったくぼみを、ちらりと見える横乳を眺めていると、思わず抱きしめたい衝動に駆られる。
 左右に揺れる白いしっぽが、安産型のおしりへと僕を誘う。
「旦那さま?」
 いかんいかん。僕は頭を振って、お乳を受け止める容器を彼女の胸の下に設置する。
 それから、テーブルの上に鏡を置いた。直接乳搾りに使うものではないが、僕達の乳搾りにとっては無くてはならないものだった。
 乳搾りの際には僕が後ろから抱きつくような形になるため、お互いの顔が見えない。けれど僕達、特にミウは、顔が見えないと少し不安がった。そこで、いつでもお互いの顔を見合えるようにと始めた、ちょっとした工夫だった。
 あとは沸かしておいたお湯に布を浸して絞り、ミウの乳房と僕の両手を清めたら準備完了だ。
「それじゃあ、始めるよ」
 後ろから抱きしめるように、ミウの身体に触れる。手のひらで優しく、下からすくい上げて支えるように、その乳房を包み込む。
 さっき清めた時の水分が少し残っているのか、ミウの肌が指先に吸い付いてくる。
 指にちょっぴり力を込めると、やはり胸が張っているようで、いつもより少し弾力が強かった。
「あ、ふ」
 ミウの身体が少し強張り、尻尾が跳ねる。
「痛かった?」
「ううん、大丈夫です。ちょっとどきどきしてしまって」
「嫌な感じがしたらすぐに言うんだよ」
「旦那さまに触られて嫌な感じなんてあるわけないですよぉ……。でも、ありがとうございます」
 それにしても……。
 この手のひらに感じる温もり、女の子の繊細な柔らかさ。ミウのおっぱいには、何度触ったり、いじくり回したり、乳搾りしてもなお、飽きずにまた触りたいと思ってしまう魔性の心地よさがある。
 まるまるとした立派な乳房をゆっくりと撫で回し、隅々までその形と触り心地を堪能する。
 ミウの肌が色づき始め、息遣いにもわずかに熱がこもり始める。
 頂きの頂点に実った果実。指先で転がしてやると、すぐに勃ち上がってゆく。コリコリとしたそこからは、既に甘露が漏れ始めていた。
 このまま力任せに乳房を握りしめ、乳首を摘み上げても、ミウは声を上げて喘ぎながら勢い良く白いお露を垂れ流すことだろう。
 けれど、僕とミウの乳搾りでは敢えてそうしない。
 僕はただ、ミウのお乳をあくまでも優しく撫で続ける。壊れ物に触れるように、指先に、力を込めずに、ただその形を、曲線を確かめるように、指を運び続ける。
 その内に、ぽたり。と容器にしずくが垂れる音がし始める。
 ぽたり、ぽたり。ぽたぽたぽた。
 暖炉で薪の弾ける音に、男と女の息遣い。そこに母性が溢れて垂れ落ちる音が混じり始める。
 乳首の周りを触り、軽くそのしこりを弄るだけでも、一気にお乳の出る量が増える。
「ふあぁ、ああああぁっ」
 ミウは頬を桜色に染めながら声を上げる。眉根を寄せ、瞳を濁らせ、抑えきれない昂揚のままに喘ぎを漏らす。
 ミウは性感に気持ちが昂ぶると、自然とお乳が溢れ出てしまう。だから彼女からお乳を出させるためには、乳房を握りしめるような刺激を与えるよりは、こんなふうに長く少しずつ気持ちよくしてあげたほうが、負担をかけずにより沢山のお乳を出させてあげることが出来るのだ。
 味も、力を込めて搾った時より自然と溢れ出させたほうが上質なものだった。
 これが僕とミウの乳搾り。
 ホルスタウロスの乳搾りは、夫婦の数だけその形がある。そして、その時に大切になるのは刺激よりもお互いの気持ちなのだ。
 ……というのが、僕らの師匠の教えだった。
 長年行商ばかりしていて農業や酪農に関してはほとんど素人の僕と、僕と夫婦になるまであまり人と交わらずに野良として生きてきたミウ。
 一緒になって牧場を始めようとしたけれど、牧場の仕事の事も経営の事も何も知らない二人ではどこから何に手を付けていいのかも分からない。
 そこで僕は、行商をしていた時につてを頼りに魔物娘と牧場を営んでいる知人に頼んで、魔物娘とのつきあい方から牧場経営のイロハまで、色々なことを教えてもらったのだ。
 その結果分かったことは、ホルスタウロスの乳搾りは牛の乳搾りとは全然違うという事だった。
 ホルスタウロスは体調はもちろんのこと、感情や、触られた時の気持ちよさによってもお乳の味や香りが変わってくる。そして感情や気持ちよさは、それぞれホルスタウロスの好みや感じ方でも違ってくる。そういうこともあるので、乳搾りの方法も夫婦の数だけ存在するのだ。
 力づくで搾られるのが好きなホルスタウルスや、中にはそれこそ家畜のように扱われるのを好む子もいるかもしれない。
 色んな方法がある中で何が僕達にとって一番なのか、ミウと二人で色んな方法を試してきた。その中で、今のところ一番上手く乳搾りが出来るのがこの方法なのだった。
 とは言え、これが最善の方法だとは限らない。僕としては、まだまだ改善の余地は沢山残っていると思っている。
 経営者として、高品質のミルクを出荷したいから……。と言うよりは、愛しい妻をもっと可愛がりたいからだけれど。
「だんな、さまぁ……」
 ミウが震えながら、尻尾を僕の身体に巻き付けてくる。
 首筋が少し汗ばんで、彼女の匂いが漂い始める。ミルクに交じる、女の子の汗の匂い。たまらず襟足に顔を埋めて匂いを堪能してしまう。
「そんなに、嗅がれたら、さすがに恥ずかしぃですよぉ」
「僕は好きだよ。ミウの匂い。凄く落ち着く」
 そんなに刺激も与えてないのに、びゅるっと音を立ててお乳が噴き出した。触れているミウの体温が、少し上がったようだった。
「ミウ?」
 鏡越しにミウを見ると、彼女は本当に真っ赤っ赤になっていた。目が合うとまたお乳が噴き出て、彼女は慌てたように目をそらす。
「ち、違うんです。わた、私。そんなつもり、無いのに。あふれちゃって、止まらなくって。ご、ごめんなさい」
 いけないと分かっていても、背筋がぞくぞくした。そしてあまつさえ、意地悪な乳搾りの方法を閃いてしまった。そして一度思いつくと、試さずにいられなかった。
 僕は彼女の耳元に口を寄せて、囁く。
「指、そんなに動かして無かったのに、どうして急にこんなにお乳が出たのかな? 気持ち良かったのかな?」
「あ……。ん。は、はいぃ」
「でも、普段は触っているだけじゃこんなに出ないよね」
「その……。えっと……」
 ミウは黙りこんでしまう。
 しかしその間も指での愛撫は止めない。おっぱい全体を撫で回し、時に鎖骨や、肋骨にくぼみにまで指を這わせてやる。
 ミウは身体を時折ビクつかせながら、白いお露を溢れさせ続ける。言葉以上に、こぼれ続けるお乳が雄弁に語っているようでさえあった。
 ピコピコ動く耳に息を吹きかけるように、続ける。
「ミウの言葉で、言ってほしいな。どうしてこんなにお乳があふれちゃったのか」
 彼女の身体が小さく跳ねる。お乳が、また勢い良く溢れ出る。
 かすれた声が、その桜色の唇から漏れ出した。
「だんな、さまに、匂いをかがれて、どきどきしてしまったんです」
「匂いをかがれただけで?」
「だって、汗の匂いですよ。臭い、でしょう? 普通、嫌なものなのに、好きって、落ち着くなんて言われたら……」
「ミウが臭いわけ無いじゃないか。肌の匂いも、髪の匂いも、汗の匂いも、アソコの匂いだって大好きだよ」
 また一気に溢れ出る。容器から跳ねる水音に、机が軋む音が重なる。ミウが強く掴んだのだ。
 ミウの目がトロンとしてきた。可愛さの中に、色気が滲み始める。
「また、そんなこと言う。もう……。私を、どうしたいんですか?」
「うーん……。食べちゃいたい、かな」
「毎晩、食べてるじゃないですかぁ」
「あはは、そうだね。じゃあ、こんなのはどう?」
 首筋に顔を近づける。ミウが困惑げに見つめる中、僕は彼女の首に舌を這わせる。
 汗の味。しょっぱくて、甘い。ミウの味。ミウの匂い。
 尻尾に力が篭もり、牛耳がピンと跳ねた。背筋を弓なりに逸らしながら、ミウは大量のお乳をあふれさせた。
「やっ。あっ。そんなの、だめぇ」
「ごめんごめん。いたずらが過ぎたかな」
 僕は慌てて舌を引っ込めた。効果は抜群のようだったが、ちょっとまだ刺激が強すぎるようだ。
 ミウは憔悴した様子で、責めるような視線を向けてくる。まぁ、そんな顔も可愛くてたまらないからこんな事をしてしまうのだけれど。
「もう、びっくりしたじゃないですかぁ。……まぁ、でも、旦那さまがしたいのなら……いいです、けどぉ」
 うちの嫁は本当に健気だ。頭をなでて抱きしめてやりたいけれど、乳搾り中で出来ないのがもどかしい。
「ふふ。じゃあ、次の乳搾りでは遠慮なくやらせてもらおうかな」
「今日はもう?」
「あんなにいっぱい出続けたら、ミルクタンクもいっぱいになっちゃうからね」
 既にミルクを入れる容器も八割ほどがいっぱいになってしまっているのだ。これ以上あんなに大量に出てしまったら勿体無い。
 ミウの乳房も程よい柔らかさを取り戻している。容器がいっぱいになった辺りで乳搾りも終わりで良さそうだ。
「不満?」
「い、いえ。でも、そのぉ」
 ミウは小さい声で、続ける。
「旦那さまに、もっとおっぱい触ってほしいなぁって」
 今度はこっちが赤くなってしまう番だった。心臓がどきっとして、顔が、身体が熱くなる。にやけてしまう顔を鏡から隠すように、ミウの頭の影に逃げ込む。
「旦那さま?」
「ほ、ホルスタウロスっておっぱい触られるの好きだよね。そんなに気持ちいいの?」
「ふぇ? あ、えっと」
 恥ずかしさを誤魔化すように変なことを聞いてしまった。顔を上げられずにじっとミウのうなじを見つめていると、白い肌がまた少し色づいてきた。
「気持ち、いいですよぉ。好きな人に触られると、とても気持ちいいんですぅ。……身体が、蕩けてしまいそうなくらい」
「どんな感じなのかな。頭を撫でられたり、抱きしめられたりするような感じ? それとも、その」
「髪や頭を撫でてもらえたり、抱きしめられた時みたいな、温かくて安心する気持ちになるのと、ベッドの中で大切なところを優しく触ってもらえた時みたいな、お腹が熱くなるような気持ちが混ざり合っているような感じ、かなぁ。
 もちろん頭を撫でてもらったり、抱きしめられたり、大事なところに優しくされたりするのも、とっても好きですけど」
「おちんちん触ってもらうような感じ、とも違うかな」
「も、もう。旦那さまったらぁ。私にはついていないからわかりませんっ」
 そっぽを向かれてしまった。けど、口元は笑っているから怒ってはいないようだ。
「あ、もういっぱい……」
 ミウに言われて見てみると、確かにミルクタンクがいっぱいになっていた。今日の乳搾りも、この辺が潮時だろう。
「それじゃあ、そろそろ」
 離れようとする僕の身体に、ミウの尻尾が強くまとわりついた。その手も僕の服を掴んで離さない。
「ミウ?」
「あの……。もうちょっと、しませんか?」
「満足できなかった?」
 ミウは振り向き、濡れた瞳で見つめてくる。その瞳の奥には、息を呑むほどに真剣な光が宿っていた。
 からかうつもりの軽口だったのだが、どうやらそういう雰囲気でも無さそうだ。
「たまには、私も欲張ってみたいんです。いけませんか?」
「そんなこと、あるわけ無いだろう? ミウがしたいならいくらだってするさ。でもその前に、タンクを変えないとね」
「あ……。そうでした」
 手と尻尾は離れたが、視線はずっと纏わり付いたままだった。いっぱいになったタンクの蓋を閉めて新しい容器と交換している間中、ミウはずっと熱っぽい目で僕の姿を追い続けていた。
 念のため両手を再び清めてから、僕はミウの後ろへ回りこんで乳房を手のひらで掬い上げる。
「それじゃあ、続けようか?」
「旦那さまぁ。乳搾りしながら、して欲しいことがあるんです」
「いいよ。どうして欲しい?」
「その、旦那さまに可愛がってもらいながら、愛されながら、されたいんです」
 愛されながら……?
「はしたない、でしょうか。でも、私だってこういう時くらいあるんですよ?」
 察しの悪い僕のそこに、ミウの手が触れる。器用にズボンのベルトを外して、するりと滑り込んでくる。
「うっ」
 硬くなりかけていたそれへ、しっとりとした指が絡みつく。
 乳搾りの間は余計な事を考えないようにと、どんなに妻が色っぽくても、可愛らしくとも、ずっと我慢することにしていた。
 けれどその愛しい妻に触れられてしまったら、もう抑えようもない。意識と血液が触れられているところに集中してしまい、反り返ってしまうのを止められなかった。
 僕の指先は、もう温かい液体で濡れ始めていた。
 僕に触れる指先も、粘着く粘液で滑り始めていた。
「ミウ」
「旦那さま。来てください」
 ミウが、僕を彼女の入り口へと導く。そこも既にびしょ濡れになっていた。僕の先端が、彼女の入り口にあてがわれる。
 腰を突き出すと、するりと滑って谷間を抜けてしまった。二度、三度と試すが、やはり両手がふさがっていると難しい。
「焦らないで、旦那さま。私が支えますから」
 ミウが両手で、僕自身を根本まで、ぶら下がった二つのものまで含めて包み込んでくれる。
 僕は、今度こそ失敗しないようにと腰を密着させる。柔らかい獣毛が太ももをくすぐり、むっちりとしたおしりが下腹に押し付けられる。
 そして僕は招かれるまま、彼女の秘密の部屋の中へと入り込む。
「あ、ふっ。タウルさん……。旦那、さまぁっ」
 ミウは柔らかく僕を包み込み、優しく温めてくれた。既にとろとろにとろけていて、僕の全てを抱きしめようとするかのように、強く強く密着してくる。
 思わず、身体に力が入ってしまう。
 形の良い乳房に指が食い込み、形が変わる。淡い色の乳首から、乳白色の雫がこぼれ出す。
 いつもよりとろみが付いている気がする。けれど、確認している余裕は無かった。
 ミウの中に居るだけで、身体が熱くなってきてしまうのだ。下腹のそこから込み上げてくる衝動を、抑えているのだけで精一杯。
「旦那さまぁ」
 ミウが振り返る。目はとろんとしていて、口も半開きで、赤い舌がちろりと覗いている。
 言葉はなくとも、求めていることが分かった。
 濡れた柔らかい唇に、唇を押し付ける。どちらからとも無く舌を伸ばし合い、舌先を戯れ合わせる。
 ミウの抱擁が強くなる。お乳の出も増えて、湯気さえ立ち上り始める。
「ん、ちゅ。タウル。タウルぅ。好きぃ。もっとぉ……」
 腰が勝手に動いてしまう。彼女の大切な部屋の中を、そこらじゅうを調べ回るように、僕は彼女の中で動き回る。
「強く、んちゅぅ、激しくしても、いいですよ。んっ。タウルの、んっ、好きにして下さい。おっぱい、いっぱい搾ってぇ」
 何度も口づけ合いながら、ミウは懇願する。
 求められるまま、僕は乳房を鷲掴みにし、握りしめる。
 白い飛沫が容器の中で暴れまわる。空だったミルクタンクがあっという間にいっぱいになってゆく。
 ミウの息遣いが激しくなる。ついには口づけさえもしていられなくなり、荒い呼吸を繰り返すばかりになる。
 けれど、喘ぎながらも視線は僕から離さない。
「飲んで。直接飲んで。タウルぅ」
 僕は一度彼女の中から出る。
 強く擦れて切なく喘ぐミウの姿に焦燥感に駆られながら、力づくでその身体を抱えて、毛布を敷きっぱなしだった暖炉の前に彼女を仰向けに横たえ、覆いかぶさる。
 ノックも無しに柔肉の扉を押し広げ、ミウの中へと入り込む。勝手知ったるなんとやら、無闇に荒らさずとも、もう大切なモノがどこにあるのかは先刻承知済みだ。
 部屋の一番奥、繊細なそこを暴き立てると、ミウは背を弓なりに反らしてのけぞった。
 押し出される双丘の谷間に顔を埋める。柔らかさと匂いを楽しんだあと、膨らみの頂点に口づけ、唇の間に咥える。
 舌で転がすだけで、甘いミルクの味が口の中に広がり、豊かな香りが鼻孔の奥に満ちる。
 ちゅうっと吸い上げれば、いとも簡単に濃厚な愛のエキスが溢れだす。
 濃く、深く、そして甘いミウの味わい。乳搾りをしているうちに行為に及ぶなんてことが初めてだったからだろうか、我を忘れて、ミウのことしか考えられなくなってゆく。
 乳首への刺激に反応して暴れようとするその腕を抑えるべく、手のひらを重ねて、指を絡めて押さえつける。
「タウルぅ。だ、旦那さまぁ。もっと、もっと飲んで下さい。私の、私を……。あぁっ」
 ミウの指にも力が篭もる。指先同士もまた、互いを求め合うように何度も触れ合い、強く、優しく絡み合い繋がりあった。
 吸えば吸うほど、愛は溢れ出す。飲めば飲むほど、愛しい気持ちも昂ぶってゆく。
 そして僕は、僕達は、尽き果てるまで愛を昂ぶらせ続けた。


 ………………


 …………


 ……


 簡単な昼食を済ませると、今日はもうやることがほとんど無くなってしまった。
 ミルクの受取人は大体いつも午後の仕事休みの時間に来ることになっていた。普段ならば畑仕事などもあるが、今は冬場でそれも無いので受け取りに来るまで手持ち無沙汰だ。
 ミウは暖炉の前に横になって、すやすやと気持ち良さそうに眠っている。
 午前の乳搾りがいつもよりも激しくて疲れてしまったのかもしれない。お昼ごはんも終えて、色々な意味で満たされて眠くなってしまったのだろう。
 どんな夢を見ているのだろう。時折尻尾や耳が動いていた。
 可愛い寝顔。ぷにぷにのほっぺた。規則正しく繰り返される、深く安らかな寝息。
 そして呼吸に合わせて胸や肩が上下すると、ゆったりとしたオーバーオール越しにも身体のむっちり具合がよく分かる。
 子供のように眠る無垢な可愛らしさと蠱惑的な色香が混ざり合い、倒錯的な程に魅力的だ。おまけに、ちょっとおっとりしているところはあるけれど、いつも凄く献身的なのだ。僕には勿体無いくらいの、けれど絶対手放す気はない、本当に素敵な連れ合いだ。
 見守っているだけでも気持ちが満たされてしまう。こうしているだけで、あっという間に一日が終わってしまいそうだ。
 贅沢な時間の使い方だけれど、ちょっと勿体無い。
 窓の外に目をやれば、一面の銀世界だった。雪は止んで雲も晴れ、今は抜けるような青空が広がっている。差し込む陽光に照らされた雪原が、きらきらと輝いている。
 世の中には犬の魔物娘も居ると聞く。やっぱりそんな娘が居たら、いてもたってもいられず駆け回ったりするんだろうか。
 そういえば生まれた家では、犬を飼っていた。
 父も母も元気にしているだろうか。兄はしっかり者だから、きっと上手くやっているだろうが。弟は相変わらず飼い犬に追い回されているのだろうか。
 また手紙でも書こう。行商をしていた頃に比べれば安定しているとは言え、やはり向こうも何の便りも無ければ心配になるだろう。
どうせなら、今から書き始めようか。
 しかし、それならばミルクを引き渡す準備を済ませておいたほうがいいだろう。
 ミウのミルクでいっぱいになったミルクタンクを玄関まで運ぶ。そこまで大変な作業では無いものの、ミウを起こさないように静かにやろうとすると中々神経を使った。
「……ん?」
 ちょうど最後のタンクを運んでいた時の事だった。僕はいつもと違う匂いを感じて手を止めた。
 蓋はちゃんと閉まっている。タンクも保存のための魔法が掛けられているものだから、鮮度が保たれる事はもちろん匂いも完全に閉じ込めてしまう程のものなのだが、そこから明らかに普段より格段に香り高い匂いが漂っていた。
 入れてあるのは今日搾ったミルクだった。二本目の、ミウと愛し合いながら搾ったミルクだ。
 匂いだけでなく、その色合いも真珠色とも黄金色ともいえない艶みと深みがあり、いつもに比べてとろりとしていた。明らかにいつものミルクとは違っていた。別物だと言ってもいいかもしれない。
 まさか、保存の魔法でも抑えられない程の強い魔力が宿っているとでも言うのだろうか……。
 本当に出荷して大丈夫なのだろうか。
 ホルスタウロスミルクは魔力の影響の無い安全なものとされているが、それでも魔物から出るものだ。もしもと言うこともある。影響があるのが僕だけなら喜んで受け入れるところだが、何も知らずにそのつもりのない人間にまで影響が出てしまうのはまずい。
 それ以上に、ミウの力が僕以外の誰かに注がれるというのはあまり気持ちのいい事ではない。ミウは僕の妻だ。僕だけの可愛い嫁さんなのだ。二人で愛し合いながら搾った特別なミルクを誰かの手に渡すなんて。普段搾ったミルクを売るのだって気乗りしないっていうのに……。
 いやいや何を考えているんだ。感情論はともかく、このミルクの正体を掴まなければ。
「旦那さまぁ? どうしてそんな難しい顔してるんですかぁ?」
 ミウが起き上がって、目をこすりながらこちらを見ていた。
「飲みたいんですかぁ? 旦那さまのためだったら、私、いくらだって出せますよぉ。何なら、今から直に飲みますかぁ」
 肩紐を下ろし始めるミウはとても色っぽかったものの、僕は手を降って止めた。今はじめてしまったら、行為の最中にお客が来てしまう。
「魅力的な提案だけど、もうすぐ時間だからね。実はさっき搾ったミルクを出荷するかどうか悩んでいたんだ」
 ミウは不思議そうに首を傾げる。
「ほら、二人で、その、しながら搾ったミルク」
 そのままの姿勢で、ミウは顔を赤くした。よっぽど恥ずかしいのか、耳や首までほんのり色づいていた。
「旦那さまにミルクを搾ってもらうのも、旦那さまのミルクを注いでもらうのも、とっても気持ちよかったです。えへへぇ、またしましょうねぇ旦那さまぁ」
 もじもじしながら上目遣いで見上げてくる愛しい彼女は、それはもう食べてしまいたくなるほど可愛いけれども、ちょっと話がずれている。
「うん、絶対またしようね。それで、その時搾ったミルクなんだけど、なんだかいつもと違うみたいなんだ」
「おかしかったですか?」
 ミウは不安そうに眉を寄せる。近づいてきて、僕に縋り付いてきた。
「でも、私いつも通りでしたよ。体調も快調ですし、搾ってもらっている時も痛みは無かったし、気持ち良かったですし」
「むしろその逆、かな。匂いも味もとても良いんだ。まるで別物みたいに」
「別物?」
 ミウにも見せてやろうとタンクの蓋を開けようとしたその時だった。
 玄関が叩かれる音とともに。
『タウルさん。ミウさん。いらっしゃいますか? ミルクの受け取りに来ました』
 聞き慣れた声が聞こえてくる。落ち着いた男の人の声音に続いて。
『タウルー。ミウー。おっぱいもらいにきたよー』
 楽しげな女の人の声が聞こえてくる。
 男が軽くたしなめると、女の方はからからと笑ったようだった。聞こえてくるやり取りだけで、二人の顔が目に浮かんだ。


 玄関の扉を開けると、やっぱり二人は笑っていた。男の人は困ったように、女の、魔物娘の方は無邪気そうに。
「こんにちはラインホルトさん。チュッティさん。二人共お元気そうで」
 眼鏡を掛けた、柔和な笑顔を浮かべる若い男の人がラインホルトさんだ。
 同じ山にあるペンションを経営していて、ミウのミルクを気に入って料理などに使ってくれている他、街の方への出荷も行ってくれている。
 仕事柄なのかその人柄故か、とても顔の広い人でもあって、この山の魔物娘夫婦とは大体顔見知りらしく、色々と逸話も聞いている。話によれば、この山を治めている氷精霊が今の夫と愛し合えるようになったのもこの人の助力があったからなのだとか。
 一見どこにでも居そうな好青年にしか見えないが、底知れない人でもあった。
 隣にいるのは奥さんのチュッティさんだ。彼女もイエティという種族の魔物娘で、褐色の肌に、雪のような真っ白の髪、白熊のような手足をしている。
 もこもこした毛皮に覆われている手足は見ているだけでも暖かそうだ。ただ、僕にとってはミウの抱擁に勝るものでは無いが。
 雪山でも裸でいられるほどに寒さに強いらしく、いつもは水着のような生地の少ない服をまとっている。だが、今日は旦那さんと同じような防寒具に身を包んでいた。
 その理由も、一目見れば大体予想がついた。
「わぁ。チュッティさん。お腹随分大きくなったんですね。触ってみてもいいですかぁ?」
「いいよー。おいでーミウー」
 ミウはチュッティさんの膨らんだお腹に手を当てて、感嘆の声を上げた。チュッティさんのお腹には、新しい命が宿っているのだ。
「お腹の子も元気そうですね。出産の予定はいつごろなんですか?」
「再来月……。いえ、来月かもしれませんね。魔物娘のお産は、人間と違って予想出来ないもので。とは言え母体も生まれてくる子供も人間よりずっと丈夫なので、よっぽどのことがなければ無事に生まれてくれるでしょうが」
 ラインホルトさんはチュッティさんを見やりながら、困ったように笑う。
「大事な時期なんですから家に居て欲しいって言ってるんですけどね、どうしてもこういう時に付いて来たがるんですよ」
「そうよダーリン。一人でいたら寂しい寂しいのよ。寂しいと寒くなるのよ」
「どこに行くにも付いて来るんです。困ってしまいますよ」
 その口ぶりは、実際のところあまり困っているようでも無さそうだった。愛する人にそんなふうに言われて、嬉しくない人はいないだろう。
「あなたも、もうすぐお姉ちゃんですね。ミッティ。ほら、ご挨拶して」
 ラインホルトさんは微笑みながら、後ろを振り返って声をかける。彼に隠れて見えなかったが、今日はもう一人、娘さんが一緒に来ていたらしい。
 真っ白な毛糸のワンピースを着た、小さなイエティがちょこんと顔を出す。
「こんにちは。ミッティちゃん」
「こ、こんにちは。タウルさん」
 父親の脚にしがみつきながらも、イエティの幼子はほんの少し表情を緩めながら頭を下げてくれた。
「わぁ。ミッティちゃん。そのお洋服可愛いねぇ」
 ミウは目を輝かせながらミッティちゃんに抱きついた。小さいイエティは最初はちょっと驚いたようだったが、すぐにはにかむように微笑み始める。僕は少し安心した。
「かなりいい生地みたいですね。結構したんじゃないですか」
「買ったものではないんです。これはチュッティのお手製なんですよ。材料もチュッティの獣毛です」
 僕は思わず嘆息してしまった。
 ミルクが搾れるホルスタウロスのように、魔物娘の中には体毛や糸等を服飾の材料として使える種族も居る。羊の魔物娘であるワーシープのウールなどが有名だが、イエティの毛を使った服など聞いたことが無かった。
 にも関わらずこのイエティの子供が着ているセーターワンピースは生地の色も透明感があり、縫い目も丁寧で、何も知らなければ貴族が好むような高級品にしか見えない程だ。
「いい毛並みでしょー。毎日ダーリンに可愛がってもらっているからだよー。私達は愛されれば愛されるほど体中が綺麗になってイキイキするんだよー」
 チュッティさんは旦那さんの体にギュッと抱きつく。ミッティちゃんもそれを真似て父親にしがみつく。ラインホルトさんはそんな二人の頭を撫でた。
 ミウは黙ってその姿を見守っていたが、やがて僕の隣に戻ってきて、何も言わず身を寄せ強く手を握ってきた。
 何か言いたそうな目で見上げてくる。僕は口を開きかけるが、
「そうだ! いいこと思いついたよー!」
 というチュッティさんの声に阻まれ、タイミングを失ってしまう。
「今度この山の皆で品評会をしようよー」
「品評会?」
「どの魔物娘が一番綺麗か比べっこするんだよー」
「魔物嫁の品評会ですか。なかなかに面白そうですねぇ……。って、チュッティ、流石に品評会という呼び方はちょっと、動物じゃあないんですから」
「一番綺麗な魔物娘。つまりは、一番旦那さまに愛されている魔物娘を決めるって事ですね」
 繋いだ手に、わずかに力が篭もる。
「わ、私。負けませんよぉ。旦那さまには毎日一日中可愛がってもらっていますから」
 まさかとは思ったが、ミウは乗り気らしい。しかも、相当やる気が入っている。
「フフフ。二児のお母さんになる私に勝てるかなー」
 言い出しっぺの彼女は胸と膨らんだお腹を張る。魔物娘と人間の間には子供が出来にくいとも言われているので、確かに説得力があった。
「ひ、一晩だって五つ子は出来るんですよぉ。私だってぇ」
 ホルスタウロスもイエティも好戦的な性格では無いこともあり、いつもはこんなことは無いのだが、今日に限っては対抗心剥き出しだ。とは言え険悪かといえば全然そんなことも無いのだが。
 男二人は黙って見ているばかりだ。なんだか大変な事になってきてしまった。
「……おとうさん。ミッティはでられないの?」
「ミッティは可愛すぎますから、出たら優勝が決まってしまいますからねぇ。でも、そうですねぇ。どうせやるなら子供も未婚の魔物娘も皆出られるようにしましょうか」
 小さな魔物娘は嬉しそうに笑って頷いた。
「ミウさんも肌ツヤも毛並みも随分よくなっていますし、良いライバルになりそうですねぇ」
「まぁ、うちのが一番ですから」
「自信があるのなら、わざわざ口に出すまでも無いことですよ?」
 ラインホルトさんも譲る気は無いらしい。その目は笑っておらず、いつになく本気だった。
 とは言え、むきになって他の事がおろそかになる人でもない。眼鏡を指で掛け直すと、しっかりと本題に入り始めた。
「まぁ競争はともかく、お二人の夫婦関係もかなり深まって来ているようですね。ついに濃厚ホルスタウロスミルクまで搾れるようになったようですし」
「濃厚ホルスタウロスミルク? もしかして、これのことですか」
 今日取れたばかりの例のミルクを指差すと、ラインホルトさんは首肯した。
「私はロイヤルミルクなんて呼んだりもしています。こんなに早く取れるようになれる夫婦も珍しいんじゃないですかねぇ」
 師匠から聞いたことがあった。ホルスタウロスが極度の快感と幸福感に満たされながら、強く夫に飲んで欲しいと願っている時に搾ることが出来るとされる、特別なミルクだ。
 いつか搾れるようになったらいいなと憧れてはいたけれど、まさか僕達夫婦が実際に搾れるようになるとは思ってもいなかった。出来ても、もっとずっと先の事だと思っていた。
 いつもは抑えられている魔力も溶け込んでしまってはいるものの、味も香りも段違いに良いミルクだ。市場での取引価格も、普通のホルスタウルスミルクとは比べるべくもない。
 けれど僕にとっては、その値段以上に夫婦の絆が深まった事の証としてのほうが価値があることのように思えた。
「もし譲っていただけるのでしたら、このくらいの価格は出しますが」
 ラインホルトさんが提示した額は、僕の予想をも遥かに凌ぐ額だった。
「流石に、もらい過ぎでは」
「それだけの価値のあるものですよ。どうしますか?」
 確かに報酬は魅力的だった。けれど、僕は迷うこともしなかった。
「すみませんが、今回は普通のミルクの出荷だけでお願いします」
「そうおっしゃると思いましたよ。二人の、初めての特別なミルクですからね。大事にした方がいい。それではいつも通りに普通のミルクだけ頂いていくことにしますね」
 金貨の入った小袋を受け取る。いつかはこの特別なミルクも金貨に変えるのだろうかと考えると、なんだか手のひらの金貨の重みがいつもよりも軽いようにも、重いようにも、複雑に感じられた。
「そうだ。冬場で畑仕事が出来ないのなら、加工品作りなんかをしてみたらどうですか? チーズとか」
「チーズ、ですか」
「タウルさんもご存知でしょう。この山には果実園を経営しているサテュロスの夫婦もいらっしゃいます。彼女達の作るお酒のお供に、チーズなんかを添えられたら、きっといい名物になると思うんですよ」
 サテュロスもまたこの山に暮らしている種族の一つだった。山羊の特徴を持っていて、お酒や音楽を好む陽気な魔物娘達だ。
 彼女達は酒の神を進行していて、お酒にもよく通じている。確かに彼女達のお酒に合うものを作って提供するのは理にかなっているように思えた。
 ラインホルトさんの考えは合理的で、その口調も冷静ではあったが、しかしなんだかその言葉には妙に熱が入っているようにも感じた。
 その勢いに気圧されたわけではないが、しかし確かに、ミルクを加工してみるというのも一つの手かもしれない。
 直で味わうだけでなく、色んな方法でミウのミルクを味わうという意味でも。
「それも良さそうですね。ミウともまた相談してみますよ」
「是非前向きに検討してみてください。道具の準備など、いつでもご相談には乗りますので。
 それでは、そろそろ私達は行きます。チュッティ、行きますよ」
 身体を押し付けんばかりに密着して火花を散らしていた魔物娘達は、その一言をきっかけに我に返ったかのようにそれぞれの場所に戻った。
 ラインホルトさんが慎重に渡すミルクタンクを、チュッティさんは軽々と担ぎあげていく。結構な重さのはずだったが、流石は魔物娘の膂力だった。
「また近いうちに来ますので」
 イエティの夫婦が、ミルクを持って帰ってゆく。
「タウルさん、ミウさん。たまにはうちにもあそびにきてね」
 ちびっ子イエティも、そう言って手を振ると両親のあとをついていった。
 僕達二人は手を降って、手を繋いで帰る魔物娘の親子の後ろ姿を見送った。温め合うように、僕らも手をつなぎながら。


「これが特濃ホルスタウロスミルクだったんですねぇ」
 ラインホルトさん達が帰ったあと、僕達は初めて手にした特別なミルクを前に感慨に浸っていた。
 この特濃ホルスタウロスミルクを搾れるのは、ホルスタウロス夫婦の仲の良さ、愛情深さ、絆の強さの証明のようなものなのだ。
 お互いの気持ちが通じていなければ、搾ろうと思っても搾れるものではない。
「とりあえず、飲んでみる?」
「そうしましょう」
「寒いからホットミルクにしようか」
 適量のミルクを鍋に移して、暖炉に掛ける。
 何でも無いことしかしていないのだが、ミウはニコニコ笑いながら僕の後について回ってきて、隙あらば胸を押し付けたり、尻尾の先でくすぐってきたり、髪の毛を擦りつけたりとじゃれついてくる。
 このミルクが搾れたことが本当に嬉しかったみたいだ。
 ある程度温まったところでコップに移す。ほんのりと黄金色を帯びた、透明感のある真珠色から、やわらかな湯気と芳醇な香りが立ち上る。温めたからか、香りは更に良くなっている気がした。
「それじゃあ乾杯」
「乾杯です」
 言葉を交わしながらも、しかし僕もミウも、しばらくコップの水面を眺めるばかりで口を付けられなかった。
 いつもより色合いも香りも全然違う。まずはそれを堪能したかったというのもあるが、何よりもやはり、ようやく自分達の特濃ホルスタウロスミルクが出来たということが大きかった。
「えへへ。変ですよね。自分の体から出たものなのに、なんだか飲むのに凄く緊張しちゃいます」
「僕もだよ。さっきも直に飲ませてもらったんだけどね、でもさっきは夢中で、ろくに実感できていなかったし」
 自然と視線が絡み合い、どちらからとも無く微笑み合う。
 声をかけることもなく、二人揃ってコップに口をつけた。
「あぁ、美味しい」
 無意識に言葉が漏れた。初めてミウのミルクを飲ませてもらった時の感動に勝るとも劣らない感覚だ。
 味も香りも濃厚。でもしつこくなく、口当たりが良い。そして味や香り以上に、身体の中に温かなものが広がっていく感覚が心地よかった。ミルクの中に濃縮されていたミウの優しさや愛しさが、僕の身体の中で開放されたような、そんな感じだ。
 もっと欲しい。ミウの気持ちを感じたい。身体を、全身で感じたい……。一口、二口と飲み進めるほどに、そんな感情が強くなっていく。
 性欲の混じった愛情。いや、もともと愛情からは性欲は切り離せないものだ。相手を愛しいと思うのなら、その肌に触れたい、抱きしめたいと思うのは自然な事。ましてやその相手が妻なのならば、子をなす行為を欲するのは生き物としても当たり前の事だ。
「旦那さまぁ」
 ミウもミルクを飲み進めるうちに、気持ちが強くなってきたのかもしれない。濡れた瞳で僕を見つめながら、手に手を重ねてきた。
 ここでこのまま、というのも悪くない。
 けれど、どうせだったら……。
「ねぇ、ミウ。このミルクで料理したら、きっとスタミナがいっぱい付くよね」
 僕の意図を察したのか、ミウは期待と不満の混じった複雑な顔をしながら、耳をピコピコと動かす。
「が、我慢しますぅ。その代わり、一緒にお料理しましょう?」
「そうしようか。ちょうど夕食の準備をするのにもいい時間だしね」


 ミルクを使った料理となると、やはりシチュー、煮込みが多くなる。
 滋養強壮効果、精力増強効果の高い魔界の野菜を積極的に使った。ミウがあまり好まないため肉は滅多に使わないのだが、今日に限ってはミウの方から魔界原産の肉を使うことを提案してきた。今夜は眠れなくなってしまいそうだ。
 僕もミウも料理が出来ないわけではないが、上手いわけでもない。けれど、二人で台所に並んでいるだけでも楽しかった。煮込み料理は少し時間がかかるものの、二人で料理しているとあっという間だった。
 クリームシチュー、ロールキャベツのミルク煮込み、野菜スティック、ふわふわのパンのトースト。テーブルの上に並べてみると、中々色とりどりで見た目も華やかだった。
「それじゃあいただこうか」
「そうしましょう。もうお腹ぺこぺこです」
 いつものように二人並んで食事を始める。
 まずはミルクシチューから。スプーンを口に運んだ途端、二人して言葉を失った。何も言えないまま、互いの顔を見て笑ってしまう。
 美味しかった。野菜にしっかり味も染みていて、しかし野菜や肉と味が喧嘩することもなく、全ての材料を包み込んで一つに調和させている。
 美味しい。上手く言葉では表現し切れないが、とにかく美味しくて手が止まらなかった。
 素人が料理してこれだけ美味しいのなら、料理人の手が加わったものならどれだけの物が出来上がるのだろう。
 このミルクを誰かの手に委ねるのは悔しいが、どれだけの料理が出来るのかは興味があった。
「旦那さま」
「ん?」
 振り向くと、ミウがシチューを掬ったスプーンをこちらに出していた。
「あーん」
 少し照れてしまうが、こういうのも悪く無いと思ってしまう。少なくとも、一人で野宿していた頃には絶対に味わうことが出来なかったことだ。
 ありがたくスプーンにかぶりついた。なぜだろう。ただでさえ美味しいシチューが、さらに美味しく感じた。空腹は最高の調味料なんて言うけど、愛情は究極のスパイスだということだろうか。
「どうですか?」
「こうやって食べさせてもらうともっと美味しい気がするよ。ありがとう、ミウ」
「うふふ。美味しそうにお料理を食べている旦那さまを見ていると、私もとっても胸がぽかぽかしてきます。
 私、もっとお料理勉強しようと思います。旦那さまに、もっともっと美味しいものを食べて欲しい。色々な料理で私の味を味わってもらいたいから」
「ミウを、味わう?」
 ミウははっと顔を上げて、慌てたように首を振った。
「えっと、私のミルクの事ですよぉ」
「その言い方でも、あんまり意味は変わらない気がするよ。料理と一緒に、ミウも食べちゃいたいなぁ」
 ミウは顔を真っ赤にして尻尾を振った。
「えっと、あの……。えへへ」
 この料理も美味しいけれど、この後のデザートはどんな味がするんだろう。可愛い嫁の反応を眺めながら、僕は期待せずにはいられなかった。


 お風呂を先に済ませた僕は、一人寝室で机に向かっていた。
 食器を片付けた後はお風呂も一緒に入るものだと思っていたのだが、なぜだか今日は断られてしまったのだ。
 なんでも、夜を迎える前に内緒で準備したい事があるのだとか。
 ちょっと緊張しながらも懇願してくる姿を見せられたら、折れないわけにはいかなかった。
 ちなみにお風呂はもともとジパングの文化なのだが、この山の冬は寒さが厳しいため、体を温めるために適しているということでラインホルトさん達に勧められたのだ。試してみたらこれがとても快適で、特に冬場は毎日欠かさず入っている。
 時間を持て余すのも勿体無いので、僕は実家に向けて手紙を書くことにした。
 最近冬になり寒くなってきたが、変わりなく元気にやっていること。牧場の経営にも慣れてきたこと。地元は最近親魔物領になったという事だが、元気にやっているのか。魔物娘は最初は見た目に戸惑うかもしれないが皆良い子たちだということ。
 あとは、何を書こうか。
 考えていると、身が震えた。少し身体が冷えてきてしまったようだ。
 上着を取ろうかと立ち上がりかけると、控えめなノックの音が響いた。続いて、バスローブ姿のミウが顔を覗かせる。その手には、マグカップを二つ乗せたお盆を持っていた。
「旦那さま?」
「待ってたよミウ」
 僕はベッドに腰掛けて、ミウを隣に誘った。
「お待たせしましたぁ」
 ミウはベッドに腰掛けながら、僕にマグカップを差し出してきた。
 淡紅色の温かい液体で満たされたカップからは、甘く優しいミルクの匂いに混じって、葡萄のような深い香りが立ち昇っている。
「これは」
「前に頂いたサテュロスワインに、今日のミルクを加えてみたんです。……ちょっと贅沢しすぎましたか?」
 冷えきった指先に、カップの温かさが沁みていく。凍えかけていた身体には、温かい飲み物が本当にありがたかった。
「いや。今日はそのくらいお祝いしてもいい日だよ」
 乾杯。とカップを軽く打ち合わせて、一口煽る。
 混ざり合い一つになるフルーツとミルクの香り。酸味のあるさっぱりとした甘みと、まろやかな舌触り、僅かな渋みも味を引き締めるいいアクセントになっている。
 喉から身体に落ちていけば、身体が熱く火照り始める。心地よい熱と味わいを求めて飲み続けてしまえば、これまで震えていたのが嘘のように、ミウへの愛しさと欲情で身体も心も燃え上がり始める。
「旦那さまぁ」
 見つめてくるミウの瞳が、昂揚で赤くなっていた。その手に持っているマグカップは、もう空だった。
「私も、もう我慢できないですぅ」
 慌ててテーブルの上にコップを移すのと同時に、ベッドの上に押し倒された。
 いつもは僕から仕掛けるのだが、ミウの方からこうしてくるのは珍しい。
 バスローブの結び目が解けて、驚くほどに豊かな乳房がこぼれ出る。ミウの柔肌は、お風呂に入っていたせいかほんのり色づいていた。
「旦那さま。旦那さまぁ」
 掠れる声で僕を呼び、口づけの雨を振らせてくる。その指先は僕の服をまさぐる。シャツを脱がせ、ズボンと下着を一気に下ろされれば、僕もまた生まれたままの姿だ。
「今日は積極的だね」
「飲み物を作るときに、赤ワインをじっと見てしまったせいでしょうかぁ……。でも、大丈夫ですよぉ、理性はちゃんと残っていますからぁ」
 ホルスタウロスは、原種である牛の魔物娘ミノタウロスがそうであるせいか、赤いものを目にすると極度に興奮してしまうのだ。
 普通におしゃべりも出来ているので暴走してはいないようではあったが、しかしお酒の方はよく効いているようにも見える。
「でも、今日の私は確かにいつもよりえっちかもしれないです」
 ミウの艶然とした微笑みが近づいてくる。唇同士が軽く触れ合い、それから強く押し付けられる。
 舌で唇を舐められ、広げられ、中に侵入された。すぐさま舌が絡みついてきて、唾液を求められる。空気の侵入さえ許さない、濃厚な口づけだ。
 いつもは甘えてじゃれついてくる事ばかりなので、こんなふうに妖艶に誘われるのは新鮮だった。
 吐息とともにミウの唇が離れてゆく。出しっぱなしの舌からは、銀色の糸が滴っていた。
 二人分の唾液で濡れた舌が、今度は僕の首筋に這いまわる。冷えかけていた肌に、触れ合う舌から、肌から、ミウの熱が伝わってくる。
 心地よい熱。もっと欲しい。僕の熱も、彼女に伝えたい。意志に身体が応えるように、下半身に熱が、血液が集まり始める。
「んちゅっ。お腹に硬いの当たってます。勃起してきましたねぇ」
 耳元でミウが囁いてくる。僕はその背と髪を撫でながら、彼女の柔らかく温かな身体を抱き寄せる。
 ミウは僕の首元に首を埋めながら、大きく深呼吸をしてくる。
「旦那さまの匂い。だぁいすきぃ」
「僕もミウの匂いが好きだよ。安心する。今日は特に、ミルクみたいな匂いがするね」
「特濃ミルクで、ミルク風呂にしてみたんです。もっと触って下さい。お肌もつるつるですよぉ」
 誘われるままに意識してその背や脇腹に触れてみる。確かにどこもいつもよりもっちりとしてすべすべだった。
「ずるいなぁ。僕も一緒にミルク風呂に入りたかったのに」
 言いながら、手のひらで乳房をすくい上げる。ゆったりと撫で回し、その重量感のある重みと、肌理細やかな肌触りを楽しむ。
 ミウの吐息が荒くなってゆく。
「でも濃厚ホルスタウロスミルクでミルク風呂なんてやったら、出て来られなくなっちゃうかもね。二人で入ったら絶対にお風呂でしちゃうだろうし、そこでまたミルクが出たら、止まらなくなっちゃうだろうし」
「あぁ、あああ……」
 もう片方の手で頬に触れる。耳を撫でて、角に指を這わせて、それから髪をちょっと乱暴にかき回してやる。
「旦那さま。旦那さまぁ」
 切ない吐息が僕の心を掻き乱す。このまま欲望のまま滅茶苦茶にしてしまいたくなる。多分僕が何をしても、ミウは最後には微笑んで許してくれるだろう。
「お願い。旦那さまぁ」
 ミウは獣欲に染まった瞳を僕に向ける。そこに写っているのは僕だけだった。
「私を孕ませて下さい。旦那さまの精液で、私に種付けして下さい」
「ミウ」
「赤ちゃんが、欲しいんですぅ。大好きな旦那さまの、愛する人との赤ちゃん。前からずっと伝えたかったんですけど、勇気が出なくて。
 でも、今日チュッティさん達を見てたら凄く羨ましくなって。ミッティちゃんも可愛くて。誰かの子供じゃなくて、自分の子供を抱きしめたいって思ったんです。
 ……ダメ、ですか?」
 どうしてそんな事を思うんだろう。僕が何か不安がらせてしまっていたのだろうか。夫として、足りなかった部分があったのかもしれない。
 そんなことも考えてしまうが、しかしミウに対する答えは、考えるまでもなく決まっていた。
「僕も欲しいよ。ミウとの子供」
「ほんとぅ、ですかぁ?」
「当たり前だよ。だって夫婦なんだから。何か僕が誤解させるような事をしてしまっていたなら謝るよ」
「えっと。そのぉ。子供よりも、二人でいる時間を大事にしたいっていうカップルもいるって聞いたから……」
「あー。確かにそういうカップルもいるって聞くね。でも僕は実家も兄弟が多かったし、行商してた時に独りの寂しさも辛さも実感してるからね。家族は多いほうがいいなぁって思ってるんだ」
「嬉しい。私嬉しいですぅ。いっぱい気持ちよくします。だからいっぱい、精液私の中に出してくださいねぇ。私にいっぱい、種付けしてくださいねぇ」
 多分本人は心からの、純粋な気持ちとして言っているんだろう。けれど聞いている方からすると途方も無く淫らな誘惑だった。
 僕が汚れているだけだろうか。けれど、愛する妻との子供が欲しいというこの気持ちは、別に邪なものではないはず。いや、邪なものでも構わない。ただ、彼女に触れたい。愛し合いたい。二人の間にその証が欲しい。それだけだ。
 ミウは上半身をずらして、僕の股ぐらに胸元を押し付けてきた。
 反り返った一物をおっぱいで包み込んで、そのおっぱいごと抱え込むようにして締め付けてくる。
 むっちりふんわりとした感触が気持ち良い。
「おおぉ」
 普段はあまりこんなことはしてくれない。ミウはおっぱいは感じやすいし、ミルクの出る大事な場所でもあるから。
 けれどだからこそ、いつも大切にしている乳房を雄の象徴で犯し、汚しているような背徳感で、逆に興奮してきてしまう。
 ミウは僕の顔を見上げながら、唇の端を歪めて乳房をゆすり始める。柔肌が擦れて、否が応にも腰が跳ねてしまう。
「あ、あんっ。ど、どうですか? 気持ち、いいですかぁ?」
「気持ちいいよ」
 真っ白な柔い谷間から、赤黒い亀が頭を出している。粘着く涎を垂らし始めたそこへ、ミウはいたずらっぽく笑いながら口づけした。
「ちゅっ。ちゅっ。旦那さま、美味しぃ」
 敏感な先端に熱い粘膜が何度も押し付けられる。暴れ始める亀を押さえつけるように、ついには唇の中に飲み込まれてしまう。
 ミウは頭を上下させる。グチュグチュと音を立てながら、舌で丁寧に唾液を塗りつけられ、そして我慢汁と混ざったそれを啜られる。
「ミウ。ミウぅっ」
 下腹部で欲望が膨れ上がる。破裂する寸前、しかし全ての感触が離れていってしまう。
 ミウが上半身を起こしていた。唇に指を押し当て、しなを作り、ちょっと嗜虐的な表情で僕を見下ろしていた。
 いつもは見せない。けれどたまらなくそそられる、さかりのついた雌の顔だった。
「ダメですよぉ。どんなに気持ちよくても、お口に出しちゃダメですぅ。出すなら、ちゃんとここに」
 ミウは自分の下腹部を撫でながら続ける。
「私だって、旦那さまのミルクをお口でも味わいたいですよぉ。でもこっちに出したほうが気持ちいいですしぃ、美味しいですからぁ」
 僕の身体を這い上がるようにして、腰の位置を合わせる。
「だから今度は、私のここで旦那さまのミルクを搾っちゃいますね」
 女の人差し指と中指に押し広げられて、白と黒の斑の獣毛に守られた、淡い桃色の秘肉が口を開けた。花びらや淫らな炎を思わせるそこは、愛液で濡れててらてらと薄明かりを照り返している。
 僕の先端が、ミウの入り口に押し当てられる。
 期待で溢れ出した粘液同士が混ざり合う瞬間。わずかに粘膜同士が触れ合う一瞬。ミウの中に招き入れられる寸前。この時は、何度繰り返しても興奮する。
 腰が沈んでゆく。ぬちゅぬちゅと湿った音を立てて、硬く反り上がった欲棒がミウの雌肉の中に飲み込まれてゆく。
 ぴっちりと閉じ、絡み付いてくる秘肉を掻き分けながら、僕は最奥に導かれてゆく。ミウは僕の来訪を喜ぶように、大切な部分を穢されるのをためらうように、吸い込もうとするように、押し出そうとするように、複雑な動きで僕を強く締め付けてくる。
 擦れる毎に柔襞の間からは愛液があふれ。ぬるぬると滑りが良くなってゆく。
 一番奥の扉は、我慢できずに僕の方から腰を突き上げて抉じ開けてしまった。
「あぅっ。硬いですぅ。旦那さまの、好きぃ」
 びっくりしたように身体を震わせたあと、ミウは全体重を僕に預けてきた。深く強く、繋がり合う形になる。
 眉を寄せながらも、ミウは笑みを崩さない。笑顔のミウは、僕の両手をとって指を絡めて優しく握りしめる。
「これでもう、我慢しなくていいですからねぇ。出したい時にぃ、いつでも出していいですからねぇ」
 甘い声で囁きながら、ミウは身体を上下に揺らし始める。
 ベッドがギシギシと軋みを上げ、それに負けないくらい大きな音で、粘ついた水音の混じった淫肉同士がぶつかり合い交じり合う音が響き始める。
 見事な白い双丘が震え、揺れ、暴れまわる。いつも大人しく献身的な嫁が、自ら僕の子を孕もうと淫らに腰を振っている。
「あ、あ。あっ。擦れますぅ。いいところにあた、あっ」
 何度も交わり合ううちに、魔物娘の身体は夫のものに合わせて変化すると言われている。夫にさらなる快楽を与えられるようになるのと共に、妻の方も性交でより高い快楽を得られるように変わるのだ。
 当然、僕だって長くは保たない。更なる快楽を注ぐべく、腰を突き上げ始める。
 ミウは目を細め、歯を食いしばる。けれども視線は、僕から離さない。
 その瞳の奥の欲望に応えるべく。僕もミウを見つめ続けた。
「あ、ダメ、ダメ、ダメですぅ。なんかきちゃいますぅ」
 胸の上に、顔に、温かな白い雫が降り注ぎ始める。甘い匂いのする甘露。頬についたそれを舐めれば、ミウの甘い味がする。
「ダメぇ。あふれちゃう。止められない」
 さっきまではずっと攻め調子だったのに、流石にお乳を垂れ流しながらというのは恥ずかしいらしい。ミウは顔を真っ赤にしながら、しかし腰の動きはさらに激しく、恥辱のせいか艶やかな動きに変わってゆく。
「旦那さま。……そんなに、見ないで、下さい。恥ずかしぃです」
「今更何を言っているんだよ。可愛いよ。ミウ」
 顔や胸を隠そうにも、両手は繋ぎ合っている。
 ラストスパートとばかりに、僕は思い切り腰を突き上げる。肉棒を突き刺し、捻り込む。
 その瞬間、ミウの全身が反応する。膣は強く窄まり、愛液は溢れ出し、太もももキュッと締まる。身体が震え、繋いだ指に力が篭もる。
 溢れ出す。性欲が迸る。身体の底で、下半身で煮詰められていたそれが一気に遡り噴き上がる。
「出るよ。ミウっ」
「あ、私も、い、っちゃいますぅ」
 見えずとも、感覚でわかる。ミウの中で僕自身が跳ねまわりながら、ミウの胎内のそこら中に白濁液を撒き散らしてゆく。
 欲望の奔流は止まらない。散々浴びせかけた精液を、更に胎内に塗りたくろうとでもするかのように、腰を何度も何度も突き上げる。
 ミウは一度大きく弓なりに背を反らしたあと、びくっ、びくっ、と身体を痙攣させ、そして力を失い僕の身体にしなだれかかってくる。
 全身が弛緩し、柔らかくなっているのに、その唇と舌だけはまだ貪欲に僕を求めてくる。
 目線が重なると、自然と唇も重なった。視線が絡み合えば、どちらからともなく舌を互いの口の中に忍び込ませて掻き回し、絡み合わせた。
 ミウの瞳が潤んでくる。舌の動きがさらに強くなってゆく。
 射精はまだまだ止まらない。むしろもっともっととせがんでくるミウの気持ちに応えようとするかのように、更に激しく脈動し続ける。
 互いの背中に腕を回し、強くかき抱き合い、冬の寒さから守り合うように、僕達はぴったりと肌を合わせ続けた。


「んみゅぅ。旦那さまぁー」
 ひとしきりの射精が終わると、ミウは少し酔ったようなとろんとした表情で僕に微笑みかけてきた。
 考えてみればミウはお酒に弱いんだった。あれだけのワインを一気に飲んだのだから、酔っぱらってしまったのだろう。
 まぁ、酔っている姿も可愛いんだけれど。
「んふふぅ。これだけいっぱい精液注いでもらったんですからぁ。きっと赤ちゃん出来ましたよねぇ」
「出来てるといいねぇ。でもそうしたら、エッチはしばらくお預けかなぁ」
「何言っているんですかぁ。私達の一番の栄養源は旦那さまの精なんですから、これまで以上にしないとダメなんですよぉ?」
 上機嫌のミウは、しゃべりながらも何度も僕に口づけしたり、頬擦りしたり、髪を擦りつけてくる。
「お腹の中に居るうちにお父さんにいっぱい愛される方が、より綺麗で可愛くて丈夫な子が生まれてくるんですよぉ。頑張ってくださいね。お父さん?」
「お父さん。かぁ」
 幸せそうなミウの顔を見ていると、こっちまでいい気持になってくる。
 愛しい人の髪を、頬を撫でる。くすぐったそうな表情も可愛い。そのまま手を滑らせて、おっぱいを撫で回した時の戸惑いがちの感じている顔もたまらない。
 けどこのおっぱいも、子供が出来たら僕だけのモノでは無くなってしまうんだよなぁ。
「ミウ。おっぱいもらうね」
「えへへ。どうしたんですかぁ。別に許可なんて取らなくたって。いつだって、あんっ」
 乳首に口づけ、舌で転がしながら柔く吸い上げる。すぐにミウの甘いお露が溢れ出して、口の中にミウの香りと味が広がる。
 交わりの余韻を感じる強い甘みと、愛を確認し合った安心感から生じる安らかで優しい香りと舌触り。
 甘噛みし、舌先で刺激し、優しく啜る。
「あうぅっ。もう、甘えん坊さんですねぇ」
 まるでもうお母さんになってしまったみたいだ。
 あぁそうだ。この優しさにやられてしまったんだった。先の見えない旅を続けるよりも、ミウとずっと一緒に、この優しさに包まれながら、彼女を守りたいと思ってしまったのだ。
「そんなにがっつかなくても、旦那さまの為だったらいくらでも出ちゃいますよぉ」
 ミルクの味を通して、ミウの気持ちが舌から伝わってくるみたいだ。胃の腑に落ちて身体に染み渡れば、僕もまたその気持ちに応えたくてたまらなくなる。
 身体に力がみなぎる。下腹部がまた熱く、硬く、そそり立ち始める。
 僕は体勢を変える。今度は僕がミウを組み伏す形になる。
「ミウ。もう一回しよっか」
「一回なんて言わず、何度でもしましょうよぉ」
 ミウは僕の頬を両手で包み込みながら、幸せそうに笑う。
「だってそのために、夜まで我慢したんですもん。精のつくお料理食べて、準備もして。これでおしまいなんて言ったら、寂しくて泣いちゃいますよぉ」
「それじゃあ、朝まで別の意味で泣かせちゃおうかなぁ」
「うふふ。望むところですよぉ」
 遠慮無しに、僕は彼女の中へと忍び込む。
 悲鳴とも喘ぎとも歓声とも付かない声を上げる口を口づけで塞ぎながら、愛しい妻を強く抱きしめ、優しく体を揺すり始める。
 日が昇るまで、朝までこうして居られるのなら、それもいい。ミウの身体になら、いくらでも溺れていられる。
 けれど疲れて眠ってしまっても、それでもいい。愛しい人の胸の中で、愛しい人を胸に抱いて、目が覚めた時にその人の安らかな寝顔を見られるなら、それはとても嬉しい事だ。
 そして日が昇ればまた始まるんだ。今日と同じような、けれど今日とは少し違う。
 寒いけどとっても暖かい、冬の一日が。
16/01/24 17:02更新 / 玉虫色

■作者メッセージ
今年の冬は暖冬だとか、記録的な寒気とか、色々言われているけれど。
そんなことはともかくとして、私はただひたすらにホルスタウロスさんとこんな生活をしたい!

色々詰め込みすぎて長くなってしまいましたが、ここまで読んで頂きありがとうございました。

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