連載小説
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Act.4<Gun × Sword>

〜冒険者ギルド モイライ支部 ロビー〜

冒険者ギルドのロビーの隅のテーブル、そこがクロアとサラの定位置だ。
別に目立つのが嫌というわけではなく、彼らは表向きでは正式なギルドメンバーではないために堂々と人目に付く席に座れないというだけの話だ。
その定位置でクロアがテーブルに足を乗せて腕を組んで俯いていた。
正確な事を言うと、眠っていた。
隣ではサラが双剣の手入れをしている。行儀の悪いクロアを諌めるでもなく、彼ら独特のゆったりとした時間が流れている。

<お〜い、エルファ〜。

このギルドの漫才師がまた何かをやらかしたようだ。
いつもまとわりついているバフォメットの名前を呼んでいる。ちなみにその席はクロアからは見えていない。

<少しは反応してくれよ〜……寂しくて死んじゃうぞ?

声色から言ってどうやらケンカか何かでもしたのだろう。随分と下手に出ている。
男というのは相対的に立場が低く、ヘソを曲げた女性に対しては平謝りするしかない……とは誰の弁だっただろうか。
恐らくこの壁になっている観葉植物の向こう側ではペコペコと冒険者ギルドのエースが頭を下げているのだろう。そう考えると滑稽なものがあった。

<お兄ちゃん、少しは嫌がってもいいんだよ?
<あ〜……何か考え事をしているみたいだからそっとしておいてやってくれるか?多分これも無意識の行動だろうし。
<そう言いながら何やってんの!
<いってぇ!

どうやらいつもの情報屋が彼に対して何かしら制裁を加えたようだ。
ちなみに何をしていたかはここからではうかがい知ることができない。

<マスター、そろそろ依頼を受け始めないとまともな依頼が無くなってしまいますよ。
<そう、だな。流石に一日をこのまま棒に振る訳にもいかないか。

彼がクエストボードの前へと歩いてきた。
彼の得物である黒い銃(クロアの持っているものとはケタ違いに大きい物)を引っさげ、依頼を物色している。

「目先の利益を確保しないとやってられんか。」

そうぶつぶつと独り言をつぶやきながら、めぼしいものを見つけたのだろう。
一枚をはがしてカウンターへと持っていく。

「兵士の俺が言うのもアレだが……平和が一番ってな。」
『皮肉にしか聞こえませんね。』

受付嬢に印を押してもらうと、そのままギルドの外へと去っていった。
こちらはガーディアンやチャイルドの目撃情報が入るまでは動く事ができないため、情報が入るまでは待機である。
テーブルの上のコーヒーを一口すすり、ほっとため息をつくサラ。

「本当に、平和が一番だ。荒事を生業にする私が言うのも皮肉めいているがな。」

ゆったりと、ギルドのロビーに平和な時間が流れる。



時刻は昼過ぎ。
サラが買ってきた簡単な昼食を食べ終わり、コーヒーを呑みながらくつろいでいる時だった。
ギルドの扉が勢い良く開かれ、慌ただしく小さな足音が飛び込んできた。

<姐さん!
<来た?詳しく話して。

どうやら何時もの情報屋が新しい情報を仕入れてきたようだ。
それも、様子から見るにかなり重要度の高い情報。
その声にクロアがムクリと顔をもたげる。

「さて、仕事が入ったみたいだな。」

立ち上がって体を何度か逸らし、コキコキと背骨を伸ばす。
ヴァーダントを背中のホルダーに止めた頃には情報屋が近くまで来ていた。

「来たよ。ガーディアンが120体にチャイルド24人。クート村に向けて進軍中だって。旅の館が使えなくても馬を飛ばせば1刻で付くよ。」
「りょーかい……じゃ、行きますか。」

言動こそ気だるそうに見えるが、彼の瞳には燃え滾るような闘志が渦巻いている。
一人でも、一体でも多くチャイルドやガーディアンを始末することがアレクに近づく道だと捉えている節のあるクロアにとって、今回の大群は大幅な一歩と考えているのだろう。

「チャイルドがいるからサラは待機な。我を忘れてガキを犯したいって言うなら付いて来てもいいぜ?」
「ふざけていないで早く行け。犠牲は少なくできるならば少ないほうがいい。」

含み笑いを漏らしながら後ろ手に手を振ってギルドの出入口へと向かうクロア。
サラ自身彼に手を貸せないのは歯がゆいことこの上ないのだが、一度チャイルドに当てられたことのある彼女にとってそれはトラウマに近い。
以来、彼女はチャイルド絡みの件に関しては手を引いている。

ドアベルを鳴らしてクロアが出ていく。
それと同時に、観葉植物の向こう側から息を飲む気配がした。

「っ……!?」

いつもエースにくっついているバフォメットだった。
彼女がドアを開けたときには既にクロアの姿は居なくなっていた。

「……やはりか……やはり……クロア兄様なのか……?」

呆然とそうつぶやき、弾かれたようにギルドを飛び出していった。

「そう言えば……あいつの呪いを解きに行った時に妙になついていたバフォメットの子供がいたな……」

おそらくは彼女なのだろう。
彼女は、クロアに書けられた呪い(体質)を解く術を見つけたのだろうか。
それを知っているのは多分、彼女か全知全能と呼ばれている神ぐらいの物だろう。

「(こんな考え方、クロアに話したら鼻で笑われそうだな。)」

大きな仕事の後には、彼は決まってとあるレストランへ行って食事を摂る。
そうなると彼女が何か食事を調達して待つというのは無駄な行為になるだろう。

「今日は私も外食にするか……」

独りごちて席を立つサラ。
もし、クロアが目的を達成……彼と同じようなチャイルドの大元を潰すことができたらどうするのだろうか。
魔物が居ない場所でひっそりと暮らす?あえて反魔物派の街に身を移して一生魔物と関わらない生活を送る?
彼女には、彼の真意は掴めない。
彼の性格が変わった時から、彼女は彼に胸の内を明かされたことはない。
その心を、他人には見せずに自分の中へ隠し続けている。

「(あまり溜め込むなよ?クロア。適度に吐き出さねばいずれ自らの身を滅ぼしてしまうぞ……。)」

そんな事を考えながら、彼女は街の雑踏の中へと消えていった。



〜クート村〜

早馬を飛ばし、クート村へと漸く到着したクロアを待っていたのは見慣れた光景だった。

火の海に包まれる村。
無残に殺された男達。
白骨死体がそこかしこに転がっている。
そして、呆然と涙を流す少年達。

「おうおう、やってるねぇ……いつもいつも胸糞悪い作業をご苦労さん。たまには片っ端から切り刻むこっちの身にもなって考えてくれれば尚いいんだがね。」

そう言ってミタクとナハトを引き抜き、目に付く少年の頭を貫通射で片っ端から吹き飛ばしていく。
脳漿と血煙が飛び散り、頭を失ったチャイルドが地面へと倒れ伏していく。
それを察知したのかガーディアンが一体こちらへと接近してきた。
戦士タイプ、大斧使いだ。

「遅いな」

振り下ろしを回避して腹にヴァーダントを叩き込む。
上半身と下半身に別れ、地面に落下したところで背中にヴァーダントを突き立て、コアを潰す。
そして彼は再び次の獲物を求めて村をさまよい始めた。



建物の間からチャイルドが座り込んでいるのが見える。
隣には白骨死体と両断された男の死体。
放置するわけにはいかないのでチャイルドの頭を貫通射で吹き飛ばす。
チャイルドの頭が血煙となって消え失せた。
グラリと倒れてビクビクと痙攣している様を見てため息をつくクロア。

「よく考えているよな、こいつらを造った奴も。まともな神経持っている奴なら発狂してもおかしくないぜ。」

男の死体があったということは近くにガーディアンもうろついているのだろう。
それを探すために建物の間から向こう側の通りへと出る。
その瞬間。

「この野郎ォォォォオオオオオオオ!」

何者かがこちらへ走りながら何かを撃ち込んできた。
咄嗟に建物の影へと隠れるが、隠れた途端に嫌な予感が一気に膨れ上がる。
さらに壁を蹴って屋根の上へと避難する。
すると、壁の間を何かが高速で跳ね回り、無数の穴を穿っていった。
おそらくあのままあそこへ立っていたら蜂の巣になっていただろう。


間髪入れずに屋根の上から男の方へ跳躍。
ヴァーダントを脳天に叩きこむ───



はずが、何かによっていち早く察知され回避された。
思ったよりも勘の働く闖入者に内心舌打ちしつつ、ヴァーダントを引きぬいて闖入者を眺め回す。

「へぇ、やるじゃねぇのよ。頭に血が上って判断力がトんじまっているかと思ったぜ。」

戦闘の基本は挑発。挨拶代わりの一言と同時にボディブローを打ち込むが、得物の黒い巨銃で防がれた。
背中から地面に落ち、数メートル程滑ったところで停止。
よろよろと立ち上がり始めた。

「っぅ……!なんて……怪力だ!」
『人間の出せる出力を超えています。危険度は未知数。一時撤退を推奨します。』
「バカ言え!この惨状の原因らしき奴が目の前にいるんだぞ!?ケツまくって逃げ出せるか!」

ダメージを受けつつもこちらへと銃口を向けてくる男。
彼の頭の中にはもう既に退くという言葉は無いようだ。
しかし、こちらには全く否がない。相手はどうやらクロアのしたことに憤りを感じているだけ。
ならば説明すれば理解を示すぐらいはするはず、と踏んで説得を試みるクロア。

「おたく、何か勘違いしてないか?少なくとも俺はこの事態の収拾に来たんだぜ?」
「ふざけんな!子供の頭をふっ飛ばしておいて今更何を……!」

尤も、彼の説得はまるで説得する気のないように見えてしまうのが玉にキズだが。

しかし、今の言葉で若干頭に上った血が降りたのだろう。
はっとして再びクロアを見据えている。

「……何が、起きている。」
「見てりゃ嫌でもわかるだろーよ。俺にケンカ売るならそれを見てからでも遅くはないんじゃねーか?」

近くの民家の扉が勢い良く開く。中からはワーラビットが何かを抱きしめながら転がりでてきた。

「はぁ……はぁ……可愛いよぉ……食べちゃいたいぐらい可愛い……」
「やめてぇ!ダメ、だめだってばぁ!」

クロアはこれから何が起こるのか知っているため平然としているが、彼は何が起きているのかわからないらしく目を白黒させている。
そして、家の中からもう一体大きな影が出てくる。ガーディアンだ。

「っ!ガーディアンだと!?」

反射的に彼が巨銃を構え、その巨獣の先端が分かれて中から筒が現れる。
その筒が火を吹いた瞬間、ガーディアンの胸部に大穴が穿たれて機能を停止した。
恐らく単発の大口径の弾が出たのだろう。貫通能力はナハトの貫通射とほぼ同性能ぐらいだろうか。

「ひゅ〜、やるねあんた。アレを一撃かよ。」
「茶化すな。一体何が起きている!」

彼の追求を飄々と受け流して先程少年を組み伏せたワーラビットを親指で指差す。
丁度、行為の山場を迎えた所のようだ。

「やだ、出ちゃう!やめて、抜いてぇ!」
「いいよ!このまま中で出していいから!君の子種で種付けしてぇ!」

新しく現れたチャイルドの特徴として、強力なフェロモンを発生するという物がある。
これはたとえ周囲の状況がどんな状態になっていようとも強制的に発情させ、チャイルドと交わらせるという極めて悪質な代物だ。
たとえ射精前に魔物を引き剥がしたとしても、残ったチャイルドへと殺到する。
全てのチャイルドを潰したとしても待っているのは精の渇望による発狂死だ。
あの状態になったサラを止めるのにはクロアも手を焼かされた。
クロアが作られた頃には無かった、最凶最悪の機能。存在するだけで魔物の脅威となる悪魔の子。

「はぁぁ〜〜〜〜……君の熱いの……いっぱ……い……」

そして、その瞬間が訪れた。
今まで何度も目にしてきた忌まわしき光景。
腹部を押さえてもがき苦しむワーラビット。

「ぐ……ぁ……が……」

こればかりは、何度目にしても慣れることは無かった。
刹那の快楽の後の、地獄。理不尽すぎる死。
彼女の姿が、以前彼を犯したサキュバスの姿と重なる。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああ!」

そして、断末魔と共に彼女は体から炎を吹き上げ、のたうちまわって倒れた。
激しい燃焼の後に残ったのは彼女の骨だけ。
ため息を吐き、ナハトを少年の頭へと向ける。

「ま、そういう事だ。」

そう呟いてトリガーを引き、少年の頭を撃ち抜く。
半分ほど頭を吹き飛ばされた少年が痙攣している。

「これが、今現在この村で起こっている事だ。男はガーディアンに殺され、魔物はこいつらで燃やされる。中々にイっちまっている状況だとおもわねぇか?」

悪夢の光景を頭の中から追い出すように最大限の軽口を叩く。
あえてねじ曲げた性格や言動は、ある意味で最大の精神安定剤となっていた。
斜めに構えて見る事で、心の波風が少なくなる。無慈悲に、始末できる。

「……冗談……じゃねぇ……!」

尤も、彼は真っ直ぐ過ぎてこの光景にショックが隠せないようだが。

「何が……一体……何で……こんな……」
『今は疑問を感じている状況ではないようです。』
「そのリビングアイテムの言う通りみたいだぜ?パーティの主賓のお出ましだ。」

喋る銃に関する事は、一時頭の隅へ追いやる事に。
今は、そんな些細な事にかまけている暇はないのだから。

ガシャガシャという音と共に炎の中からガーディアン達がこちらへと向かってくる。
もはや数える気も失せるぐらいに大量に行軍してくる様に、クロアの心が打ち震える。
魔物達の苦痛に歪む顔も、燃え尽きる時に垣間見せる絶望の顔も、泣き叫ぶチャイルドの顔も、この機械人形と戦っている時は頭の中から追い出せる。

「さぁ、覚悟はできたかよ?クソ野郎共。」
「テメェら……絶対に……絶対に……っ!」

さぁ、宴の始まりだ。
存分に踊れ。刃を味わえ。魔力の弾を浴びろ。

「最高にイカれたパーティの始まりだァ!」
「絶対に許さねぇぞ!チキショォォォォオオオオオオ!」




隣の男が巨銃を肩へ乗せ、狙いを定めている。
そして、トリガーを引いた途端、光の玉が敵集団目掛けて飛んでいき、猛烈な爆発を起こす。

「ッハ!ナイス撹乱!」

隊列が乱れ、混乱した隙に集団の中へと飛び込む。
戦士タイプが持っていた大斧を奪い取り、大きく振り回して辺りをなぎ払う。
多くのガーディアンが動体を分断され、衝撃でコアを砕け散らせる。
持ち直したガーディアン達がさらに肉薄してくるが、ミタクとナハトで胴体を正確に打ち抜き、機能を停止させていく。

「ハエが止まるぜ!」

足元に落ちていたガーディアンの槍を足で蹴り上げ、密集地帯へ投擲。
腕を、胴を、頭部を貫かれ、衝撃で吹き飛ばされた。
次の標的へと迫ろうかとした瞬間、頭上からまばゆい光が辺りを照らしだす。
見上げると、クロアはその光景に呆気に取られた。

星空が、落ちてくる。

夕方にも近くなり、薄暗くなった空に無数の光弾が浮かんでいる。
その光弾は徐々に加速し、村全体へと落下してきている。
背後には、先ほどの巨銃を空へと向けている男の姿。
そして彼は、いつも利用している情報屋のお気に入りと、ギルドマスターが目を掛けているエースの話を思い出した。

「そうかい……あいつが、アルテアか。」

そう、彼は思い出していた。
最近たまにすれ違う青いジャケットの男。
モイライの冒険者ギルドへ唐突に現れ、頭角を現し始めた『表のエース』。

「中々にゴキゲンな奴じゃないか!おもしれぇ!」

結界で足場を作り、上空へと飛び上がっていく。『エアステップ』。
そして降り注いだ光弾を一つ掴み、地面へと投げつける。
反動で浮いた時間を利用し、また一つ掴んで地面のガーディアンへと投げつけた。

「ヒャッハァーーーー!」

否が応にも昂っていく精神。強者と共闘する高揚感。
彼のテンションが高まり、自然と雄叫びが溢れ出す。
そうして何度も光弾を掴み、ぶつけをしている内に光弾の雨が止んでいった。
辺りに残ったのは建物とガーディアンの残骸のみ。
建物を避けるように撃っている辺り、彼のポリシーが伺える。
地面へ降り立ち、若干熱を持った手を軽く振る。
クロアが無傷で立っていることに対し、彼はかなり驚いているようだ。

「いや〜、最高だなアンタ。そんなゴキゲンな隠し玉どこに持っていたんだ?」
「どうでもいい……それよりあの少年。あれは一体何なんだ?」

彼は自分の手柄を誇るでもなく、自分の知りたいことを優先して聞いてきた。
どこまでも自分本位なクロアに対し、どこまでも他人本位なアルテア。
自分との違いを知りながらも、クロアはアルテアに強い興味を抱いていた。

「教会製の人形生物兵器……って事になっている。どこのマッドが造ったかはしらねぇがな。ガーディアンについては知っているだろ?冒険者ギルドモイライ支部のエース、アルテア=ブレイナーさんよ?」

当然、興味を抱いた相手に対しての協力を惜しむほどクロアは意地悪な性格はしていなかった。
素直に知っている情報を彼へ提示する。

「名乗り忘れたな。オレはクロア。元冒険者ギルド所属、今は対教会勢力の切り札なんて事をしている。」

そして、自分がギルドを脱退している理由と追っているもの、今の冒険者ギルドとの関係を包み隠さず話した。
少なくとも、目の前の真っ直ぐな男であれば事情を説明すれば共闘関係を築ける。
クロアはそう感じていた。

「尤も、大元が叩けないもんだからいつまでもイタチごっこやっている訳だが……あんた、知らないか?生体兵器を量産している腐った教会組織の場所を。」
「知るわけが無いだろうが……。俺は情報屋じゃ無い。」

目的の情報についても一応聞いてみたがやはり知らないようで、首を振って答えていた。
若干本気だった為に少しばかり落胆するが、表に出さないように笑って同意するクロア。

親睦を深めるのであれば共に同じ釜の飯を食う、とは誰の言葉だったか。
そう考え、クロアはアルテアを食事に誘うことにした。
リビングアイテムの言動からいって経済状態はさほど良いわけではないらしい。
エースの意外な一面に驚きつつも、二人揃ってモイライへと帰っていった。



〜交易都市モイライ レストラン『ニケのキッチン』〜

モイライの商業区、裏路地にある『ニケのキッチン』。
何でも本場の修行をしてきたシェフがようやっと地元でレストランを開けたらしいが、商業区に空いている土地が路地裏の一角にしか無かったらしく、殆ど誰にも知られていないような店になっている。

尤もシェフの腕は確かで、彼の作るピザは一度食べれば忘れられず、二度食べれば中毒になり、三度食べれば天国を見るという。
流石に天国というのは誇張表現だろうが、知る人ぞ知る名店だというのは確かだった。
ウェイトレスも一人きりで、しかも人間の女性なのでクロアにとって絡まれても危なくないという意味で安心できる場所の一つだったりする。
……虎視眈々と男を狙っているという意味では魔物達と大差無かったりもするのだが。

「結構な穴場なんだぜ?安いし美味い。ウェイトレスは人間だから襲われる心配はない。」
『マスターにとっても安らげるかもしれませんね。変にフラグが立ちそうもありませんし。』
「だからうるせぇよ!?」

彼らのミニコントを流しつつ、ウェイトレスのミレナに手を振って注文を取りに来させる。
軽く舌なめずりしたのは見間違えではないだろう。
ここは軽くボディブローでも、とちょっとした冗談を思いつく。

「あら、クロ。お友達連れなんて珍しいわね?」
「あぁ、新しいセフレだ。文句あるか?」

言った途端、アルテアが含んだ水で猛烈にむせはじめた。
どうやら彼女よりも彼の方のダメージの方が大きかったようだ。

「げふっ、ちょ、おま!」
「あらあら、だーいたん♪」

しかも狙いの彼女には大したダメージを与えられていない模様。
この女性のシモネタ耐性は淫魔クラスなのであった。

「勘弁しろ……同性愛だけは本当にダメなんだ……。」
『一度掘られかけていますからね。』
「だーもう!お前は黙ってろ!」

道理でダメージが大きい筈、彼にとっては洒落にならない一言だったらしい。

「ミレナよ。クロアとはぁ……何度も体を……」
「お前とそういう関係になったことは一度もない。あまり茶化すな。」
「あらやだ怖い。」

ミレナが自己紹介と共にクロアに抱きつく。
彼がここに来るようになってから目を付けられ、何かと引っ付いてくるようになったのだ。
これがクロアにだけくっついてくるのであれば彼も仕方がないと放っておいたかもしれない。
しかし、誰彼構わず抱きつくという補足が入ると、彼としてもそれは遠慮したいと思うのは責められることではないだろう。


しばらくしてミレナが両手にピザを乗せて運んできた。

「おまたせ〜。ミックスピザニケスペシャル二つね。クロアは食後にいつもの?」
「あぁ、頼む。」
「おっけ、キミは?」
「いや、俺ここの常連じゃないし。いつものって何だ?」

そう彼が聞くなり、ミレナの顔がニヤニヤと歪みだす。
この顔は、何かクロアに対して意地悪を思いついた時の顔であった。
以前もサラの前で『あ〜ん』などとストロベリーサンデーを突き出してきたし、向かいの席に座って足で股間をなで回してきたりと碌な目に遭っていない。

「ストロベリーサンデー……大好物なのよね?クロア君の〜♪」
「悪いかよ……」

今回は羞恥プレイだった。
どの道ストロベリーサンデーが出てきた時点でバレるのは確定しているのだが、事前に晒されるというのはあまり居心地の良いものではない。

「俺は遠慮しておく。カロリーの摂り過ぎになりそうだ。」
「おっけ。それじゃ、食後に持ってくるわね〜。」

彼女はひらひらと手を振るとご機嫌な様子で厨房へと戻っていった。
ちなみにストロベリーサンデーはシェフが作るのではなく彼女が作っている。
それを知った時に噴きかけたのはクロアとミレナだけの秘密だったりする。

そして、ミレナと同じように顔をニヤつかせている奴が目の前に一人。アルテアだ。

「……何だ。」
「大好物のストロベリーサンデ〜♪」

ついカッとなって彼の眉間にナハトを突きつけてしまうクロアなのであった。



ところで、クロアの趣味……というより習性の内にスラングなどを自身の言葉に取り込むという物がある。
大陸内はもとより、ジパングなどありとあらゆる流行語……というのは婉曲表現。
汚めの単語を無数に覚えて使うという物だ。
これが少し不良に見せて異性の気を引くためというのであれば可愛げもあるが、彼の目的は異性の気を向かせない為というのだから救えない。

「ところで……あんた、異世界の住人だとミリアから聞いたんだが……。」

そして、彼……アルテアの素性は既にミリアからも伝え聞いている。
彼女曰く、情報開示が可能な物ならば何でも話すとの事。
彼女にとってはさほど重要な情報ではなかったらしく、簡単に引き出すことができた。

「ま、まぁな。それがどうしたんだ?」
「面白そうな……というか、粗野な言葉を探している。異世界でもそういう言葉はあるだろ?」

彼は顎に手を当てて何か考えるような素振りをしている。彼の癖なのだろうか。

「あるにはあるが……知ってどうするんだ?」
「何、モテない為に言動を荒っぽくしているんだ。古今東西いろいろな罵詈雑言集めてな。」

彼は少し呆れながらも自分の世界のスラングに関する知識をクロアに教え込んだ。
その一つ一つが新鮮な知識で、クロアの魂が強く揺さぶられたのは言うまでもない。



「へぇ……なかなかにイカすじゃねぇか。」
「本来は戦闘時の挑発とか無意識に出てくる物なんだけどな。意識して使う物じゃない。」

ひと通り教えてもらった単語を頭の中へと仕舞い込み、反復して覚える。
発音もしやすく、中々に良い……彼風に言えば『クール』とでも言うべきか。

「全く……なに下らないことで盛り上がっているんだか。はい、ストロベリーサンデーお待ち。アルテアは追加で何か頼む?」
「そうだな、軽く飲める酒を頼む。」

そこから先は単なる飲み会となった。
リキュールを運んできたミレナも混ざり、ラプラス(リビングアイテムの名前)と共にアルテアをいじくりまわし、ストロベリーサンデーをつまみにビールを飲むクロアを見てアルテアが目を丸くして驚いていたりと同年代同士の馬鹿騒ぎのような状態になった。
酒が入っている以上そんな状態が長続きするわけもなく、一番酒に弱いミレナがダウンし、そのまま解散となった。



夜の街中を、クロアが町の外へと足を運んでいた。
その彼の前方に、唐突に黒い小さな影が現れる。

「(やれやれ……これだから夜の街中は嫌いなんだ。)」

夜に一人で出歩いていれば、当然それを狙って誰かが近づいてくる。
良ければ強盗の類だが、治安の良いモイライではめったにお目にかかれない。
そしてこういう場合、大抵は魔物が性的な意味で襲いかかってくるのだ。
クロアは脅しの意味も含めてナハトを引き抜き、魔力を込めはじめた。

「久しぶりじゃの、クロア兄様よ。」

果たして、街灯の光に照らされて姿を現したのは、7,8年前に一度あったきりのバフォメットの少女だった。

「全く……この8年間わしを避けてくれおって……」
「生憎と魔物とはなるべく接触を避けているんでな。それはお前も同じだ。」

彼女は静かに首を横に振ると、静かにクロアの足元まで近づいてきた。

「おかげでおぬしとは違う男に惚れてしまったではないか。どうしてくれる?」
「知るか。そもそも俺は魔物とそういう関係を望んでいない。良かったじゃないか、お前に大して興味もない男に惚れなくて。」

本来ならここで彼女が怒り出すのだろうが、彼女はばつが悪そうにうつむいただけであった。

「ま、わしとしてもお主に合わせる顔が無かったというのが正直な所じゃ……。だから初めに謝っておく。済まぬな、クロア兄様。」

そう言うと彼女は背中側のポーチから一冊の本を取り出した。
厚さは1センチ程度。何の本かとおもいきや、それは魔導書だった。

「呪術にも魔術にも魔法具にも精通する我等バフォメットが、こんな不確かでお伽話のような手段に縋るしか出来なかったことを……どうか許して欲しいのじゃ。」

彼女からその魔導書を受け取るクロア。その表紙にはこう書き記してあった。

『Reincarnation』

「それは古きに渡って禁術とされた転生術を紐解き、わしなりに再解釈して書き記した魔導書じゃ。未だに原理も不明、効果があるかどうかも分からない謎の多い術……。判明しているのは使い方のみじゃ。それ故にその術を使うのはとんだ大博打……そういうのもおこがましいの。殆ど命を投げ捨てるようなものじゃ。わしとしてもおすすめはできんが……」

彼女は言いながら俯いて肩を震わせている。
この選択が彼女のプライドをズタズタに切り裂いたのは言うまでもないだろう。

「この方法……しか……クロア兄様に……っ……用意……できなんだ……っ!だから……ごめ……ぅ……ごめんな……」

もはやこれ以上彼女に何かを言わせるのは忍びない。
クロアは黙って彼女の頭に手を置き、くしゃくしゃと撫で回すと彼女の横を通って家路についた。

「ありがとうな。助かったよ、エルちゃん。」
「っ……ぁ……」

そのまま暗がりの中へとクロアが消えて行く。
後に残されたのは、街灯に照らされたエルファだけだった。

「ぅぁ……ぁぁぁぁぁぁあああああああああ!」

その夜、モイライの街の中に一人の少女の泣き声が反響した。
その声は絶望と、後悔と、諦念に塗れていたという。
11/11/27 10:06更新 / テラー
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■作者メッセージ
〜あとがき〜
まったりとした朝、狂気が渦巻く昼、ギャグと皮肉が飛び交う夕暮れ時、そして、絶望の夜。
なんだかいろんな要素がごった煮になってしまった第四話です。
そして今回、ようやくこの話の核となるキーワードが出せました。
この術に関しては向こうのほうで若干存在を匂わせていたりします。

それにしても最近は投稿スケジュールが詰まりまくっている……。出しすぎウゼェなんて言われそうで怖いっす。

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