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淡海乃湖の人柱

 暫し前、戦があった。
 争ったのは俺の国の殿様と隣の国の殿様だった。
 確か、3万と3万の足軽が相対したのだっただろうか。


 俺の国は破れ、殿様は討ち取られた。
 それはほんの数日前の事で。


 戦場(いくさば)となった葦戸の平野は不幸にも俺の故郷だった。
 年老いた両親と幼い妹は戦火に燃え尽き、親しい友人や親戚も皆戦場に散った。
 一人戦場で戦い抜いた俺は、皮肉にも一人で生き残ってしまったのだ。
 仕える主も失い、養う家族も失い、残された俺に何の希望が残されていたのかは知らない。
 けれど、今や誰も住まわぬ屋敷の家財を売り払う最中、嘗て俺の家を武家として盛り立てたという偉大なる祖父が話の中に登場させた、己が生まれ故郷である龍神村の話を思い出した。
 村の近くには海の様に広く輝く程美しい湖があって   其処で、滅法寂しがり屋な親友とよく語り合ったそうな。
 俺は何となく、祖父が目を輝かせて讃えた湖を見てみたくなった。見た後どう過ごそうかなどは考えていなかったけれど。
 戦傷も癒えた頃、未だ戦火の痕が残る故郷を後にする。
 胸に抱く、この拭い切れない侘しさが僅かでも収まる事を信じて。
(12/01/04 00:20)
(12/06/22 13:16)
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