連載小説
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第七章 「The story of a man living in an ideal」
 俺は懐かしい夢を見ていた.だがそれは二度と見たくはなかった光景だった.
 俺は戦っていた.右手の剣で正面にいた敵の喉を斬りつけ,そこから血が噴き出るのを横目に見ながら別の敵と斬り結んでいた.取り囲むように敵がいるせいで俺には休む暇もなかった.戦っていた仲間はすでに撤退したのだろう.残った敵は蟻の様に群がってきた.俺は壁の様に迫ってきた敵を迎え撃つように双剣を持って走り出した.

――どのくらい経っただろう.先ほどまでの喧騒が嘘の様に辺りは静まり返っていた.
時刻は黄昏時,夕日に照らされた荒野で,所々に小さな山――いや,山のように積み重なった死体だった.
 俺はその山の頂上にいた.纏う衣服は返り血を浴びたせいか,赤く染まり,元の色は判別できない.だらんと下げた両手に持った剣からはいまだ血が滴っていた.俺はただ一人,空を見上げるように死体の丘に佇んでいた.




「む?やっと起きたか.」
夢から覚めて上半身を起こした俺を待っていたのは特徴的な黒い犬耳がピコピコと動かしているライラだった.俺は体の各部に包帯を巻かれ,ベッドに寝かされていたようだ.特に両腕にはかなり巻かれている.窓を見ると日が暮れているようだった.
「俺はどのくらい寝ていた?」
「……大体一日くらいだ.」
(あれを具現化したにしては眠っていた時間は短かったようだが…)
そんなことを考えている俺をしり目にライラが俺の背後に回り,そして……

ゴンッ!!

「っ!?ライラ,何をする!」
「このぐらいやらなければわからんだろう!」
そう言うライラは尻尾を上にピーンと立て,目元にしわを寄せていた.
何に対してかはわからなかったが間違いなく怒っているようだ.
「いったいお前は何を怒っている?」
「何も理解してないのか!?お前は死にかけたんだぞ!」
「だろうな.それがどうした?」

ゴンッ!!

今度は頭に拳ではなく,錫杖が降ってきた.あまり体験したことがない痛みが体を走る.
「次そんなこと言えば,本気で殴るぞ.」
「仕方ないだろう.それしか方法がなかったからな.」
「それでも!お前は自分のことを軽視しすぎだ!なぜそうも自分を蔑ろにする!」
「……理由などない.ただ理不尽に人が殺されているのが我慢ならないだけだ.それを防ぐことができるなら俺の身などいくらでもくれてやる.」
そう言うとまたライラは錫杖を振り上げる.また殴るのだろうと思ったのだが,違った.
「…馬鹿者だ!…お前はとんでもない大馬鹿者だ…!」
ライラは錫杖を離し,そのまま正面から首に両腕を巻きつけるように抱きついてきた.
直接見ることはできないが,彼女の声には嗚咽が混じっていた.
「なぜライラが泣く?」
「…やはりお前は大馬鹿者だ.お前が死んだ後…残された者たちのことを考えたことがあるか!
…残された私はどうすればいい?」
「……」
「…馬鹿者が.…ヒック,馬鹿者ぉ…」
俺は何も答えられず,ライラが俺に抱きついて泣くのをただ見続けていた.

「落ち着いたか?」
「……みっともない姿を見せてしまったな….」 
泣き続けたライラが落ち着くのを待って,声をかける.
少し体を離すと彼女はすねているような顔をしていた.それを見て俺は笑う.
「わ,笑うことはないではないか!」
「ククッ……すまん,すまん.だがそんな顔をしているのが悪い….」
「……からかっているのか?」
「そんなつもりはないが,可愛かったぞ.」
「か,可愛いだと!?」
今度はからかうように言うとライラは顔を真っ赤にして顔を背ける.しかし彼女の背後に見える尻尾は左右に勢いよく振られていることから,どうやら喜んでいるようだ.

「……抜け駆けはいけないな,ライラ….」
いつの間にか開いていた扉の方から声がした.扉の方を見ると壁に寄り掛かるように腕を組んでこっちを見ているレミリアがいた.ライラの機嫌がよくなったと思ったら,今度はレミリアの機嫌が悪いようだ.
「交代の時間になっても呼びに来ないと思ったら,抜け駆けをしているとは…….」
「…い,いや.これは…その…ち,違うんだ…….」
「ほう….では何が違うのか私たちの前で説明してもらおうか……(ガシッ).」
「……ちょっと!…待ってぇ!…(ズルズル).」
「ああ,そうだ.そろそろ夕食ができるからアキラは呼びに来るまでこの部屋で待っててくれ.あと,聞きたいことが山ほどあるから覚悟しておいてくれ.」
「……アキラ〜…助けてぇ!……いやぁぁぁぁぁ…(ズルズル)」
レミリアは一気にまくしたてるとライラの襟首を掴んで連れ去られていく.ライラも逃げようとしてじたばたもがいているが,相手はデュラハン…逃げれるわけがなかった.
結果,なす術もなく連れ去られていくライラを俺は呆然と見送っていた.


「で?いったい何をされた?」
「…聞かないでくれ.思い出したくない….」
少しして,扉が開き,レミリアが呼びに来た.
ベッドを下りて一階に向かうとテーブルにはライラ,リリィ,リズがすでに座っていた.
何をされたのか,憔悴した様子でテーブルに突っ伏しているライラに俺は聞いていた.
思い出したくないようだが,さていったい何をされたのやら…….
「さて,皆揃ったことですから冷める前に食べましょう.」
リリィがそう言うと俺は一日ぶりの食事を始めた.

(何だ?この雰囲気は……)
一日ぶりの食事という事で多く食べているのだが,すでに完食している彼女たちからは妙な視線が刺さってくる.
(まるで見張られているようだな…)
嫌な予感がした俺は,食事が終わるとその場から立ち去ろうとしたができなかった.
レミリアとリズが両肩を抑えられ,立ち上がれなかったからだ.

「何のつもりだ?」
「聞きたいことがあるから覚悟しろと言っただろう.」
「確かに言っていたが,答えられないこともあるぞ.」
「いや,今回はすべて答えてもらうぞ.私たちは知りたいんだ,お前のことを….」
周りを見ると彼女たちは皆同じ想いなのだろう.真剣な目を向けてきている.
この様子では何を言っても引くことはないだろうが,一応確認する.
「…それはお前たちにとって重要なことか?」
「はい,隊長.とても重要なことです.」
俺が意思を確認すると,リリィが真っ先に答えた.その目は真っすぐこちらを見ている.
「……隊長….あなたはどこから来たんですか?」


質問の意図が読み切れなかった俺はとりあえず当たり障りのない答え方をした.
「……ここからとても遠い名も無き場所だ….」
俺の答えにリリィは納得しなかったのだろう.詰め寄るようにさらに問いかけてきた.
「嘘をつかないでください!隊長,あなたは別の世界から来たのではないのですか?」
言葉は疑問形だったが,どうも彼女たちは確認しているだけのようだ.
ボロンドの戦っていたとき,言ったことを聞かれていたらしい.
「……確かに俺は別の世界から来た.」
「教えてくれませんか.なぜあなたが自分を犠牲にしてまで他者を守ろうとするのか….
隊長の過去にその理由があるのでしょう?」
「……どうしてそう思う?」
「私が気づいてないと思いましたか?昔から隊長過去のことになると話をやめますよね.
そのときいつも悲しそうな目をしていたことを私は知ってるんですよ.」

(そんな目をしていたとはな……)

「旦那様….好きな人のことを知りたいと思ってはいけないか?」
「アキラ,話してくれないか?」
「私も同じ気持ちだ.アキラ,あなたのことを知りたい.」
「…….」
どうやら全員同じ気持ちのようだ….俺は長く息を吐くと覚悟を決めた.
「……つまらない話だが,それでも構わないか.」
俺が言うと彼女たちは一斉に頷く.
「ではレミリア,リズ座ってくれ.長い話になるだろうからな….」
頷いたレミリアとリズが座るのを見て,俺は考え始めた.

(さて,どこから話そうか…)
「まずは俺のいた世界のことを話した方がいいだろう.まずあの世界にはこの世界にある魔物,魔術というのは存在しない.知性のある生き物は人間しかいなかった.」
「……なんだが想像できませんね.」
「そうだろうな.俺からすればこんな魔物がいる世界なんて想像もできなかった.魔物なんて存在はおとぎ話の中しか存在しなかったからな.」
リリィの呟きに俺はそう答えると話を続ける.

「とは言ってもその人間も2つの勢力に分かれ,争っていた.すでにその戦いがなぜ起こったのか,その原因も忘れてしまうほど,長い間だ.争いの理由としてよく言われるのが“魔具”の存在だ.」
「“魔具”?」
「そうだな.一度見てもらった方がいいだろう.」

―彼の者の理想,儚き夢の如く      ―He has an ideal like a transitory dream

そう詠唱すると俺はテーブルに数種類の武器を具現化させる.具現化させたのは双剣,弓,大剣の3種類.俺が青ス倚天,アッキヌフォート,グラムと呼ぶ武器だった.
「単純に言えば所有者に特殊な力を与える力がある道具の総称だ.俺が知っている範囲では“持ち主を限りなく不死に近づける斧剣”,“傷を負わせた者を支配する短剣”というものも存在してたな.」
「という事はこれにも何かそういう力が宿っているのか?」
リズはテーブルに置いた“魔具”に興味津々の様で手に取ってしげしげと見ている.
「いや,青ス倚天,グラムはそれこそ魔術でも物は作れるだろう.アッキヌフォートは特別だが――まぁ後で話そう.」

「これらの“魔具”には格というかランクが定められている.これらは“魔具”の中では低ランクに位置する.しかしそれでもこのような“魔具”を人が放っておくわけは無く,“魔具”を独占するために戦いが始まったと言われている.」
「人の欲には限りがなかったという訳か?」
レミリアの言葉に俺は頷いた.
「そう言う事だ.――話を戻すぞ.俺はそんな世界に生まれた.両親は医者で,戦いに巻き込まれた人々を治療するためにある激戦区で暮らしていた.彼らは争いを止めたいと思っていた.だがそんな力が無かった彼らはせめて傷ついた人を守ろうとしたんだ.」
「……立派な人たちではないか.」
ライラは何か感じるものがあったようで頷いていた.
「だがその世界は幸せになりたいと懸命に生きていこうとした者たちには酷な場所だった.
俺が7歳のころだったとき,ある事件が起こった.
撤退中のある部隊が物資を求めて住んでいた集落に押し寄せて来た.何の警告もなくそいつらは襲いかかってきた.むろん自警団もいたが戦い慣れた彼らに敵う訳もなかった.逃げ切ることもできた人もいたが,動けない怪我人などの逃げれない人たちも多かった.」

――あのとき両親とは別の場所で患者を診ていた俺は叫び声で事態に気が付くことができた.だが周りにいた患者を逃がしているうちに俺は機会を無くしていた.

「俺もその中の一人だった.目の前の男が剣を振りかぶるのを見て,俺は死を覚悟した.そんな俺を救ったのは母だった.彼女は俺を庇うように覆いかぶさると振り下された剣を背中に受けた.その男はその場を立ち去ったが,母の受けた傷は致命傷だった.死に向かっていく母は胸に抱いている息子を安心させるために話しかけていた.そして命の灯が消える寸前,母は言った.“力を持たない弱い人たちを守ってくれ”とね.母は自分たちができなかった希望を息子に託したんだ.」

「父親はどうなったんだ?」
リズのその言葉に俺は首を横に振った.
「襲ってきた部隊が撤退した後,俺は周りを探した.父は殺されていた.父は別の患者を逃がすために逃げなかったらしい.俺は両親のいなくなった悲しみと自分のせいで母が死んでしまったという罪悪感に押し潰されそうだった.そんな思いを抱えながら成長していった.その間俺は二度とあんな事を起こさないために戦うための術を身に着けるために努力した.」

「それは母親の最後の願いを叶えるためか?」
ライラが強い口調で問いかけてきたが俺はさっきと同じように首を振った.
「それもあっただろうが,母親の願いが無くとも彼のすることは変わらなかっただろう.俺には“誰もが笑っていられる世界を作りたい”という願いがあったからだ.」

そして一度話を切り,俺は話を聞いていた彼女たちの方を見た.
「最初にその世界には魔術は存在しないと言ったな.」
俺の言葉に彼女たちは互いに確認するように目を合わせるとほぼ同時に頷いた.
「そんなある日,俺が近くの森で狩りをしていると空から光が降ってきた.光が収まると目の前に剣が突き刺さっていた.誘われるようにして手に取ると砕け散ったがな.
 その日から俺には力が使えるようになった.お前たちも知っている【自分の持つイメージを具現化する】というものだ.そこからは戦いだけの日々だった.自分と同じような考えを持つ仲間と共に戦い続けた.俺は周りにいる者たちを守るために襲い掛かってくる者たちを殺していった.これらの“魔具”もそのとき襲ってきた者から奪ったものだ.
 だが俺は戦いたかったわけではない.むしろ“人の死”というものが嫌いだった.自分の“想い”と“願い”.人々を守るためには襲ってくるものを殺さねばいけない.犠牲を減らすために俺はたくさんの犠牲を生み出していった.そんな相反する行動を起こしていた俺はだが止まることはできず,当然どんどん疲弊していったよ….」

「……だが,そんな力を持つお前をその勢力とやらは無視したのか?」
俺が一息ついたときにレミリアが問いかけてきた.その言葉に俺は首を振った.
「当然奴らもそんな力を持つ俺を放っておく訳がなかった.自分たちの仲間になれという誘いも幾度となくあった.時には人質を取ったりしてな.まぁ,すべて撃退したが……. 
 そんなことをされて彼らを信用できなかった.あいつらが欲していたのは俺の力であって,他のことはどうでもよかったというのが理解できたしな.それに加担したところで戦いが無くなるとは思えなかった.
 だがそれがいけなかったのだろう.奴らは俺の持つ力を恐れたのかはわからないが,味方にならない人物を見逃すほど奴らは馬鹿ではなかった.誘いを断られた両勢力は俺のいる場所に攻撃を始めた.」

「皮肉な結果だったよ….守りたい者を守るために戦っていたはずだった.しかしその結果,彼らを危険に晒してしまうことになったのだから…….そんなことも知らずに俺は戦い続けた.自分がその原因だとも知らずに……俺は襲い来る者を殺して,殺して,殺し続けた….」

「そんな状況が長く続いたある日,俺は親友の母親に毒を盛られた.彼女の母親は戦いばかり続く現状に耐えられなかった.そして戦っていた娘の身を案じ,俺の身を引き渡す代わりに庇護を求めようとしたのかもしれない.
 倒れていた俺に母親は全ての原因が俺だと糾弾した.だが俺は自分が原因だと信じたくはなかった.そして俺は彼女がいなくなった隙をついてその集落から逃げ出した.」

俺はここで話を区切ると彼女たちに問いかけた.
「さて,仲が悪い国を仲良くさせるにはどうしたらいいと思う?」
レミリア:「力づくで言うこと聞かせればいいのではないか.」
リズ:「もので釣る.」
ライラ:「呪いをかけて脅す.」
リリィ:「話し合いをして歩み寄るべきでしょう.」
「……まともな意見が少ないが,逃げ出した俺が行ったのは別の方法だ.」
「…その方法とは一?」
レミリアが身を乗り出す様に聞いてきた.俺は息を吐き出すと告げた.

「簡単なことだ.そいつらの共通の敵を作ればいい.協力しなければ戦えない敵を…….」
言った瞬間,空気が凍りついたが,無視して続けた.
「戦っている間は歩み寄ることができないだろう.だが,その敵を消すために足並みを揃えればチャンスくらいは作れるだろう.そう俺は考えて,実行した.幸運にも俺にはその力があったからな.
 どこかで戦いが起こる度にそこへ赴き,周囲にいる者たちを無差別に殺し続けた.むろんそんなことがいつまでも続くはずがない.1年後,俺に対して2勢力が協力して攻撃を行った.結果,1万もの人を犠牲にして俺は捕えられた.皮肉にも俺を捕える決め手を放ったのは親友だったが.」

「捕えられた俺は両勢力の下,大虐殺の罪で処刑されることとなった.とは言っても俺には憎しみや恨みは持っていなかった.もとより人を殺し続けた俺はまともな死を迎えられないと思ってたからな.ただ母親の願いを叶えられなかった無念さがあっただけだ.
だが,処刑当日,処刑台に登った彼が見たのは彼に罵声を浴びせるかつての仲間だった.断頭台にかけられ,死刑宣告が下されると彼らは大きな歓声を上がっていたな.」

「当然の結果,こうして“多くの犠牲の下に平和を求めた男”は処刑された.自身が守っていた者たちに望まれて……殺された.だがそれでも俺はある意味感謝していた.これでもう人を殺さずに済むと…….その後どうなったかを見届けられなかったのは残念だったがな.」

すでにそれなりに時間が経過していた.聞き終えた彼女たちは何も言わず静かだった.
「……愚かだったよ,あの頃n「ふざけるな!(ドンッ)」」
俺の言葉を遮って叫んだのはレミリアだった.彼女は椅子を蹴倒しながら立ち上がり,自身の感情を表す様に右腕をきつく握りしめて,テーブルに振り下していた.
「お前はそいつらを救いたかっただけだろう!決して愚かではない!」
「いや,愚かだ.“弱きものを守る”という理想を実現するために結果として守るべき者たちを死へと追いやった.愚か以外の何物でもない.俺はあの時死ぬべきだった.」
「それは言い過ぎだろう!」
レミリアが叫ぶが,俺はそれを静かに否定する.俺の言葉にライラが立ち上がる.
「そうでもない.俺がいなければ少なくとも殺した人々は生きていただろう.俺は彼らの得るはずだった幸福な未来と共に命を奪い,くだらない理想を実現しようとした.」
俺が断言するとレミリアは言葉に詰まったように黙る.
「アキラ,あなたが今も自分を軽く見ているのは母親の願いが原因なのか?」
「少し違う.俺はあのとき自分の理想では人は救えないことを悟った.だが根底にある“弱いものを守りたい”という俺の本心は今でも変わらない.それにそれが俺にできる今まで犠牲にしてきた者たちへの償いだ.」
「ッ!!だが!それではお前はどうなる!」
「…もとより一度死んだ身だ.俺がどうなろうと構わない.」
俺がそう言うと膝に置いた拳をギュッと握って,俯いていたリリィが顔を上げた.
その頬には涙を流した後がくっきりと線になって残っていた.
「でも隊長がいなければもっと多くの人が死んだかもしれないじゃないですか!人を救うために自分を押し殺したんでしょう!それなのに最後は裏切られて……,そんなの悲しいじゃないですか…….なんで隊長がそこまで傷つかないといけないんですか….」

『なんでよ!なんであなたがそんなに傷つかないといけないのよ!』
――戦いを終え,帰宅した俺を待っていたのは艶やかな青い髪を持った親友だった.
彼女は俺に詰め寄り,そう言い放ったのだ.そんな彼女とリリィが重なって見えた.

(まさか,ここでもその言葉を聞くことになるとはな……)
「旦那様,どうした?」
黙り込んでいた俺を不審に思ったのだろう.そこまで黙っていたリズが聞いてきた.
「…いや,なんでもない.」
呆然としていたせいか,返事が遅れてしまった.
話を断ち切るように俺は立ち上がり,玄関に向けて歩き始めた.
彼女たちはこっちを見てはいるものの,立ち上がる気配は無く,止めようとはしなかった.
「少し外で頭冷やしてくる.遅くだろうから先に休んでてくれ.」
そう言って俺は玄関から外に出た.行先はもちろんいつもの場所だ.

(どうすればいいのだろう…)
想像していた以上に凄惨な隊長の過去を聞き,私は戸惑っていた.
部屋にいる他の3人も同じようなことを考えていたのか,彼を止めようとしなかった.
いや止めることができなかったのだろう.どうすれば彼を救えるのかがわからない.
いや彼は救いなど求めていないだろう.だがそれでも私は隊長を支えてあげたかった.
他者を救っても自分が救われないというのは悲しすぎるではないか.

(それに気になるのはさっき隊長の反応だ.何故あれほど驚いたのだろう?)
終わることのない思考に陥りかけた私の耳に聞き覚えのある声が聞こえた.
どうやら誰かと会話しているようで,周りを見るとどうやらレミリアさんたちにも聞こえているようだ.私たちはここにいるはずのない人の話し声に集中した.

俺は木を背にして座りながら,スペランザを見下ろしていた.
すでに夜半を越えているからか家から漏れている光は少なく,都市のほとんどが真暗だった.そんな都市を見ながら俺は具現化した物を右手に握り,そのまま地面に突き立てた.
召喚したのは一振りの剣.少し湾曲した短い刀身には無数の傷が走っている.
俺はそれを見ながらもう見ることのない彼女を思い,口を開いた.
「まさか,お前と同じことを聞くとは思わなかったよ,サテラ…….」
「その彼女とその剣は何か関係があるのかしら?」
声がする方にちらりと目を向けると依然と同じようにタチアナがいた.
「…できれば聞かないでもらえると助かるのだが.」
「そう,ならいいわ…….」
俺はタチアナからスペランザの方に向き直って言うと彼女は短く返事をして黙り込んだ.

「……それにしてもひどいこと言うのね,あなた.」
そのまま少し時間が経ってから唐突にタチアナが話しかけてきた.
「聞きたいといったのはあいつらの方だ.それを聞いてどう思うかは彼女たち次第だろう.
それに……俺をこの世界に呼んだお前が言うか?」
俺が言うと彼女は少なからず驚いたのだろう.目を普段より大きく開いていた.
彼女の反応から俺は自分の考えが正しかったことを理解した.
「……かまをかけただけだったが,正しいようだな.」
俺がにやりと笑うと彼女は盛大なため息をついた.
「私としたことが…….いつから気づいていたの?」
「気づくきっかけは幾つかあった.例えば会ったとき自己紹介してないのに俺の名を呼んだこととかな.あとは勘だ.」
「でもかまをかけたという事は約束のことは覚えてないのね.(ボソッ)」
「……約束?」
「いえ,こっちの話だから気にしないで.」 
俺が聞き直すと慌てて何かを押し返す様に両手を俺に向け,タチアナは言った.
「…まぁいい.それとさっきライラの家の外にいた気配はお前だろう?」
「あら,ばれないように隠していたのだけれどよく気が付いたわね.」
「伊達に長い間戦っていたわけじゃない.彼女たちは気づいてなかったようだが.」

「ひとつお前に確認したいことがあるのだが,聞いて構わないか?」
いままで俺が感じていた疑問を解消するために聞くと彼女はすぐに頷いた.
「では聞こう.なぜ,俺をここに呼んだ?」
「特に理由はないのだけれど…あえて言うなら気まぐれね.」
「ふっ,気まぐれでこんな死人を呼ぶとはお前も物好きなことだ….」
俺が言うと彼女は地面に降りて,これも以前と同じように隣に膝を抱えて座った.
少しためらうように口を開いて語り始めた.
「…私は魔王の娘であるリリムなのだけれど.姉妹の中ではおかしくてね.リリムに備わっているはずの“魅了”をほとんど持っていないのよ.」
「持っていない?」
「ええ.そのせいか魔力はかなり高いわ.自身の魔力を制御し切れず,簡単な魔術を暴走させてしまうくらいにね.」
話す彼女は空を見上げていた.だがその目は空を見てはいなかった.

「そんなときだったわ.ある日,使った魔術を暴走させた私の前に穴が開いた.」
「穴?」
「その穴は窓の様でそこからは見たことのない光景が広がっていたの.私はその光景がこの世界ではないと本能的に理解したわ.とは言っても私自身は向こう側に行くことはできなかったけれど.」
「その穴から見えたのが俺の住んでいた世界だったと…?」
「そう.そしてその穴から見える景色を移動させられることに気付いた私は興奮して世界を移動して回ったわ.だけどあなたの言う通り,その世界では争いしかなかった.もう見たくないと思った時だった.」
そう言うと彼女は俺の目を見つめてきた.
「知らないと思うけれど,私たちリリムは魂の形をなんとなくだけれど感じることができるのよ.魂は人によって形や輝きが違っているの.それは歪だったり丸かったり,綺麗だったりくすんでいたりね.そしてリリムである私は綺麗に輝く魂に惹かれるの.そんな魂の残滓をその世界から感じたわ.」

「その魂の持ち主が俺だった?」
「ええ.私はすぐそこへ向かったわ.そして私が見つけたのはすり減って輝きを無くした魂だった.そんな魂の持ち主に興味がわいたのよ.」
膝を抱えながら器用に肩をすくめて見ると彼女はさらに語りだした.
「とは言ってもそんなことを考えている間にあなたは処刑されちゃってね.
 持ち前の膨大な魔力で魂だけは救えたのだけど強引にこの世界に引っ張った反動であなたの居場所がわからなくなっちゃってね.あれには焦ったわよ.
 私は魔物だから長く生きていける.だけど,あなたは人間だった.あなたが生きている間に会えないかもしれない.私は世界中探し回ったわ.まさかこんな近くにいるとは思わなかったけどね.」
タチアナは笑いながら俺にそう告げた.

「さて,私があなたを連れてきた経緯はこんなところだけれど,それでどうするの?」
「どうするとは?」
「彼女たちのことよ.あのままにしておくの?」
「俺のことは話した.さっきも言ったが後はあいつらが判断するべきことだ.できればこんな俺をではなく他の男を捕まえてくれればいいのだがな.」
「…なぜ,あなたはそうまでして一人になろうとするの?」
彼女は俺の真意を測るためか,抱え込んでいた膝を崩し,真正面から俺の目を見つめる.
「俺は人間としては欠陥品だ.そんな俺では彼女たちを幸せにはできるわけがない.それに俺に残っている時間は少ない.」
「それってどういうことよ?」
俺は少し考えるとタチアナに話すことに決めた.

「タチアナ,お前は魔術に関する知識は持っているな?」
俺が確認するとタチアナは馬鹿にしないでと抗議するように唇を尖らした.
「私は魔王の娘であるリリムよ.知らない訳ないじゃない.」
「魔術というのは使用者の魔力を代償に効果を発揮するものだったな.」
俺が言うと当り前じゃないとでも言いたそうな顔で俺を見てくる.
「少し訂正すると使用者と周囲の魔力を使って,が正解ね.」
「結論を言おう.異世界から来た俺は自身の中に魔力を持っていない.」
「どういうこと?」
「…少し例え話をしよう.器に入った水をイメージしてくれ.水を魔力と考えてくれ.
この世界にいる者はそれぞれ違った器を持っている.大きかったり,小さかったり,歪だったり,様々な形をした器だ.人は自分の持つ器の中にある分だけ魔術を使える.」
「その例えで言うと私たち魔物はその器が大きいという事になるかしら.」
「ああ.だが異世界から来た俺にはその魔力を入れる器が存在しない.」
「無い?」
「そう,無いんだ.だから俺は初歩的な魔術を使えない.」
(まぁ,それによってちょっとした恩恵もあるから欠点とは言えないかもしれないが)
心の中で俺はそう呟いた.

「それでその話が何の関係があるの?」
「タチアナ.俺の能力は知っているか?」
「ええ.確か【自分の持つイメージを具現化する】というものだったかしら.」
「そうだ.俺の能力はイメージを具現化することの他にも用途がある.
例えば,俺にしか効果のない武器を他者に適応する“浸透適応”,武器の使用を許可する“譲渡”,ランクが低い武器を無数に具現化する“制限解除”というようにな.
便利であるが故にそれ相応の代償を必要とする.」
「どういうこと?」
「さっきも言ったが魔術は使用者の魔力を代償に効果を発揮する.そして俺の世界にあった“魔具”も代償が必要だった.使用者の血だったり,物によっては記憶を代償とする物もあった.」
俺は自嘲するように笑うとさらに続ける.
「当然異世界の能力を持つ俺も“魔具”と同じように代償を必要としている.
このようなランクの高い能力の場合,代償も大きくなる.単純に言えば,俺自身の命だ.」

「命ってことは….あなた!まさか!?」
(……何だ.自分がこっちに呼んだのに知らなかったのか.案外抜けているな…)
俺は地面に差してあった剣を抜きながらさらに説明する.
「さらに言い換えれば寿命だ.俺はあの能力を使うたびに緩慢に死へと近づいている.
 俺が具現化する武器はランクがある.使い慣れた武器や大量生産されている武器には代償はさほど必要としない.しかし俗に業物と言われるような武器には少なからず,代償を必要とする.特に大きな代償を必要としているのは神話あるいは伝説として伝わっている物だ.」
「神話あるいは伝説として伝わっている物?」
「ああ.俗にいうおとぎ話で使われている武器や防具,そして道具のことだ.
実在していたものかもわからない,そんなものを具現化するのは多くの代償がいる.
とは言ってもこの世界で具現化できるのは大体10種類くらいだが,あの戦いで使った盾やボロンドと戦っていたときに使っていたあの剣もその一種だ.」

「それじゃあ…….」
「お察しの通り,いずれ俺の方が先に死ぬのはわかっている.ならば最初から一人なら悲しむ人も少ないだろう.俺のせいで誰かが悲しむ顔はもう見たくないんだよ…….」
「ライラも言っていたけどあなたって馬鹿ね…….」
今日はよく言われる言葉に俺は苦笑する.そんなことはとうに知っているのだが…….
「よく言われるよ.」
「って言ってるけど,あなたたちはどうする?」
「……は?」

タチアナが誰もいない空間に声をかける.そこを見ているとその空間が歪み始めた.
歪みが収まるとそこにはライラの家にいるはずの4人がいた.
「…お前が呼んだのか?」
「ええ.私と話していた会話はリアルタイムで彼女たちに伝えていたわ.
ここに呼んだのは今だけど….こうでもしないとあなた本心言わないでしょう.」
その言葉に俺は顔をしかめる.おそらくその通りだろうと思ったからだ.
タチアナに伝えたのは彼女が俺を呼び出したからで,他の人に伝える気はなかった.

「…隊長.」「アキラ.」「旦那様.」「…馬鹿者.」
そんなことを話しているうちに彼女たちは俺に寄り添ってきた.
「……聞いていたのならわかるだろう.こんな馬鹿な男ではな「ふざけるなぁ….」」
俺があきらめさせようと話そうとするのをレミリアが遮った.
普段の凛々しい彼女が涙を流して泣いていた.その様子に俺は口をつぐむ.
「ふざけるな….…ヒック…私たちの気持ちを…無視するな…ヒック….」
「…隊長.私もレミリアと同じ気持ちです.ライラはああ言っていましたが私は他者のために剣を振るう.そんなあなたに憧れ,好きになったのですから….」
「旦那様….そんな悲しいこと言わないでよ….あなたと一緒にいたいよぉ….」
「…お前は馬鹿だが,やってきたことを否定するな.…お前らしくない.」
いや,レミリアだけではない.俺に縋り付いている4人全員が泣いていた.
「……なぜおまえらはこんな馬鹿な俺にすがる….他にもいい奴がいるだろうに.」
「ほんとにあなた馬鹿ねぇ.“恋は盲目”なのよ♪」
そんな雰囲気をぶち壊してタチアナが相槌を打つ.少し静かにしてくれ….
「……恋,か….あの世界では知ることのできなかったものだな….」
俺は苦笑する.そんなものはあの世界ではする暇もなかった.いや,敢えて避けていた.
周りを見ると彼女たちは俺を見つめていた.何かを心待ちにするように…….
「俺はすぐにはお前たちの好意には答えられないと思う.だが,そんな俺でも…そんな俺でいいのなら……俺が受け入れるようになるまで待っていてくれるか?」
『はいっ!!』
そう告げた俺の言葉に彼女たちは泣きながら同意してくれた…….

「……隊長,ひとつ聞いていいですか?」
後ろから抱きついていたリリィが聞いてくるのだが….
(なんだか,嫌な予感がするのだがなぜだ?)
その予感が正しかったことはすぐ証明された.
「サテラって誰です?(ニッコリ)」
「……なんのことだ.」
顔を背けるが冷や汗が出ているのが自分でもよくわかった.
「とぼけないでください.私たち聞いていたんですからね.(ニッコリ)」
彼女たちが四方から抱きついていたのはこのためだっただろう.逃がさないように俺の動きを封じてきた.笑顔が怖いと思ったのも初めてだった.どうやら俺がここに着いてすぐに言ったことも聞いていたらしい.
「一緒に戦っていた幼馴染のことだ.そしてこの剣の製作者でもある.」
そう言うとショックを受けたように顔を強張らせると俺から離れ,4人は会議を始める.
レミリア:「…幼馴染だと!?そんな強敵がいたのか!」ヒソヒソ
リズ:「聞こえますよ!ですが由々しき事態ですね.」ヒソヒソ
ライラ:「早々に私たちで塗りつぶすべきか?」ヒソヒソ
リリィ:「いえ,あの剣を大事にしているという事は……」ヒソヒソ

とりあえず聞かなかったことにして俺はタチアナに尋ねる.
「タチアナ,聞きたいことがある.」
「ん?何?」
話し合っていた彼女たちはタチアナに話しかけた瞬間また抱きついてきた.
タチアナはそんな俺を見てニヤニヤしている.

「…真面目な話をしようとしているんだ…からかうな.それでディスペラツィオネ周辺の様子はどうだった?行ったんだろう?……リリィ,それはやめろ….」
変なことをしようとしたリリィを押し留める.魔物ではないはずだが,こういう思考はそれに近くなっている気がする.

「ああ,その事ね.あの後,行ってみたわ.どうやらボロンドの言ってたのは本当だったみたいね.周辺の国は無人になっていたわ.でも何かおかしいのよねぇ….」
「…そうか.それでおかしいとはどういうことだ.…おい,リズ.ズボンを脱がそうとするな….」
前から抱きつきながらベルトに手を掛けようとしたリズの脳天に手刀をかましながら,俺は続きを促した.頭を押さえたリズは「え〜」と言っているが,俺は無視する.
「えっとね,建物には傷は無くて,人がいないのよ.死体すらも…….あったのは辺りに散乱していた持ち主のいない服と家屋についさっきまでいたように用意されている料理だけよ.」
「どういうことだ?……おい!ライラ,耳を舐めるな!」
今度は右側から耳を舐めようとしたライラを引きはがして,再度問いかける.
「挙句の果てに滅ぼされた国からディスペラツィオネに向かって膨大な魔力が流れて行った痕跡もあったし,あそこが何かしようとしているのは確かみたいね.」
「そうか,なら確かめる必要があるな.…レミリア,服を脱ぐな,首を外すな….」
服を脱ぎ,首を外そうとするレミリアを止めつつ,確認した.
真剣な話をしているというのに……なぜ,こいつらは空気を読まんのだ?
「お前ら,ちょっと離れてろ!タチアナ,すぐにでも行って,確かめるぞ.」
「そうねぇ.確かに早めの方がいいかもね….行くならすぐに行けるわよ.ディスペラツィオネの近くに転移用の魔法陣を置いといたからね♪」
「上出来だ.それならすぐ出発するぞ.リリィ,レミリア,リズ,ライラ.お前たちはここに残って「いやです!」「私も行くぞ.」「いや!」「お断りだ.」」
予想していたとはいえ,答えるのが早いな.…おい,タチアナ.後ろで笑うな.
「ボロンドが言っていたくらいだ.かなり危険だぞ.」
『構わない!それでも一緒に居たい!』
……お前ら,仲いいな.まぁ仕方がない.
「……はぁ,仕方ない.タチアナ,こいつらも一緒に連れて行くことはできるか?」
「ええ,できるわよ.」
俺はその言葉を聞きながら二度と着ることはないと思っていたものを具現化する.
それは赤色の外套だった.袖や前には戦いで邪魔にならないように黒色のベルトが付いている.長い間使っていたのだろう.この外套も先ほど剣のように擦り切れて痛んでいた
「旦那様,それは?」
「…前にいた世界のことは忘れるつもりだったんだがな.どうしてもこれとさっきの剣は捨てられなかった.…唯一残っていた両親の形見だったからな.」
俺はそれを纏うと彼女たちに確認するように言い放つ.
「さて,行くか.この悲しい物語に終止符を打つために…….」
12/02/12 22:55更新 / まるぼろ
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■作者メッセージ
おひさです!まるぼろですよ〜.
前回投稿から4か月くらいでしょうか.待たせてしまってすみません(*・ω・)*_ _))ペコリン
言い訳をするとですね…….
12月卒論発表→書こうとしたら小説のデータ紛失→orz→1月中頃やる気復活!!

というわけでして重ね重ねすみません.
書き直した結果紛失前とだいぶ変わってしまったので後々改定するかもしれません.
次回投稿も遅れそうですが完結はさせます!!
ではまた次回の投稿で会いましょう.(´・з・`)ノシ

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