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『功夫虎娘鍛錬録』
『功夫虎娘鍛錬録』

 肩に引っ掛けたバッグが、歩くたびに左右に揺れる。
不規則に背中に当たる感触を少しだけうっとおしく思いながらも、通い慣れた街の通りを歩く。
「よう! ゼッカ! また行くのかい? 怪我すんなよ?」
「好きねえ、ゼッカも。あんまり無茶しないようにね?」
 俺の姿を見かけた店の親父や道行く人がいつも通り、半ばからかい気味に、半ば心配して声を掛けてくる。
 そして俺もいつもの通り、それらの声にわかってるよと返し、背中に視線を感じつつ、目指す場所への足を速めた。
 商店の立ち並ぶ繁華街を過ぎ、住宅地を抜けると、次第に立ち並ぶ建物もまばらになっていく。

 やがて踏みしめる路面にひび割れや荒れが目立つようになった頃、最後の角を曲がると、開けた視界の中に目的の建物が姿を現した。
 町の外れにぽつんと佇む、木造平屋の建物。数年前に門下生もいなくなり、畳んでしまった道場だ。主もどこかへ去ってしまったらしく、寂れた建物だけが残されている。
 そんな場所に、どこからかふらりと流れ着いた武芸者が住み着いた、という噂が町に流れはじめたのは先月のこと。多少なりとも腕に覚えがあり、暇をもてあましていた俺が、ちょうどいい退屈しのぎとばかりに足を向けたのは当然の流れであった。
 もっとも、初日の勝負の結果は惨憺たる有様だったのだが。
 それ以来、俺――ゼッカ=ランベルトは件の武芸者に借りを返すため、毎日のようにここへ通い挑み続けているのだった。
「たのもー!」
 最早お決まりとなったセリフを叫びながら、立て付けの悪くなった引き戸を無理やりこじ開ける。がたがたと音を鳴らして開いた扉から首を突っ込み、俺は室内を覗き込んだ。
 内部は扉を開いてすぐ、稽古場になっている。町道場の割には意外と広い間取りは一面の板張りで、かつては多くの門下生が修行に勤しんでいたのだろう。しかし、今はがらんとしており、なんともいえない寂しさが漂っている。
「お、いたな」
 室内を隅々まで眺めるまでもなく、俺は目的の人物が道場の真ん中に座っているのに気付いた。件の人物はこちらに背を向け、道場正面の壁に向かって奇妙な座り方をしている。なんでも、正座というらしい。
 腰まで伸びた長い髪と、背を向けていても分かる、柔らかな体のライン。その後姿からは、相手はまだ歳若い女性だと分かる。
 びしりと指を付きつけ、俺は彼女の背に向かって叫ぶ。
「ルイリィ! 勝負だー!」
 その俺の声に、こちらに背を向けていた女性が振り返る。
 訪問者が俺だと分かると、彼女はやれやれ、といった風に頭をかきながら立ち上がった。
 ルイリィという名の彼女こそ、名も知らぬ東方の地よりやってきた噂の武芸者だった。
 なんでも己の心身を鍛錬し、武芸を極めるために武者修行の旅を続けているという。歳若い女の身での一人旅とは恐れ入るが、彼女の実力を知った今ではそれも当然かもなあ、と妙に納得してしまったりしていた。
「また来たのか、ゼッカ。毎日毎日よく飽きないなあ」
 どこか呆れたような気配を漂わせながら、彼女はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「あたりめーだ! ルイリィ、今日こそ一本取るからな!」
 それに言葉を返しながら、俺は彼女、ルイリィ――瑞璃――の姿を眺めた。
 容貌は一言で言えば、美人、と形容していい。
 腰まで伸びた赤茶色の髪に、鋭くも凛々しい顔立ち。それらは人目を惹き付けるのに十分な魅力を備えている。纏った服の上からでも分かる、女性らしいしなやかさと柔軟さを保ちながらも、日々の鍛錬により無駄なく引き締められた肉体。女性にしてはやや背が高いが、彼女の持つ精悍な印象は、それを欠点ではなく長所へと変えている。
「ふ、一本、か。取れるといいな」
 俺の言葉を聞き、愉しげな笑みを浮かべるルイリィ。
のんびりとただ歩くその姿にさえ、俺は一分の隙をも見出だすことは出来なかった。
「く……、ば、バカにしやがって」
 一挙手一投足にすら達人の風格を漂わせるルイリィの姿に、知らず気後れしそうになる自分を奮い立たせ、俺は稽古場へと足を踏み入れた。ぼろくなった床板が軋み、耳障りな音を立てる。
「ほれ、準備するなら待っててあげるから。早くしなさいな」
「う、うるさいな。今やるって」
 からかう彼女に声を返し、俺は肩に担いでいたバッグを床に下ろした。中には装備品、というほどのものではないが、昔から愛用している品々が入っている。
 俺が準備をする間、ルイリィは道場の中央、こちらから数歩ほど離れたところに腕組みをして立っている。その態度は自然体そのもので、とてもこれから勝負をするという風にはちっとも見えない。それだけ、余裕があるのだろう。
 余裕綽々なルイリィの態度に、舐められているような気がして一瞬頭に血が上りかけるが、今までの戦績からすれば当然だと俺は自分を窘める。
 努めて冷静さを保ちながら、バッグを開いて中身を取り出し、拳にバンデージを巻く。その上から使い込んだナックルガードを付け、靴紐と腰のベルトを締め直す。
 軽く手足を振って筋肉をほぐすと、準備を終えた俺は再び彼女に向き直った。
「そっちの準備はもういいのか?」
 こちらの用意が整ったのを見て取り、彼女が尋ねる。
 俺が頷くと、ルイリィは腕組みを解いた。
「そうか。それじゃあ、いつでもどうぞ」
 その言葉と共に、彼女は流れるような滑らかさで構えを取る。それだけで彼女を中心に空気が変わり、汗が滲むほどのプレッシャーが感じられた。
 圧し掛かるような重圧の中、俺は構えることなく首を振ると、彼女に向かって言う。
「まだだ。そっちの準備が済んでないだろーが」
「ん?」
 きょとんとして疑問の表情を浮かべるルイリィの手足を指差し、俺は無謀とも言える言葉を口にした。
「その、かっこ。本気出してねーだろ? 本当の姿になれよ」
「む。まあ、確かにこの姿は本来のものではないが……」
 俺の言葉にわずかに眉根を寄せるルイリィ。
 渋る彼女に向けて、俺はダメ押しとばかりに言葉を重ねた。
「俺が勝ったときに、本気じゃなかったからって言い訳されたくないからな」
「ふふ、なるほどな……。そういうことならば、全力を出させてもらおう」
 強がる俺にルイリィがそう呟くと、楽しげな笑みを浮かべた彼女の気配が獰猛な肉食獣のそれに変化した。ルイリィは一度構えを解き、身に纏う、ゆったりとした道着を脱ぎ捨てる。鍛錬により締まった体が露になり、胸元で存在を主張する大きなふくらみに思わず目が行きそうになるが、先ほど以上に強さを増した重圧を感じ、俺は反射的に身構える。
「ううぅ……あ、あ……」
 俺の見据える先で、ルイリィが声を漏らす。長い髪がざわめきだし、彼女を中心に風が巻き起こり、波打ちなびく髪から黄金色の毛に包まれた獣の耳が姿を現す。
「ぐ……ぅ……うぅ……」
 うなり声が漏れ、噛み締めた歯がぎりりと音を立てる。うっすらと赤みを帯びたルイリィの頬に黒い線状の紋様が浮かぶと、露になった犬歯がさらに伸び、鋭い牙となって光った。
「あぐぅ……ぐ……がぁ……」
 拳が硬く握り締められ、腕に力が込められる。筋肉が盛り上がり、血管の浮き出た皮膚を、耳と同じく黄金の輝きを持った獣毛が覆いだす。拳が開かれると爪が鋭く伸び、彼女の手がグローブのように大きく膨れ上がる。
さらには手だけでなく、彼女の両足も腕と同じような毛皮に包まれていく。つま先から伸びた太く大きな爪が並び、指先から太ももの中ほどまでが豊かな毛並みに包まれた。
「がぁ、あぁ……っ!」
 ルイリィの手足を覆う、黒く縞の入った毛皮の柄が、見つめる俺の脳裏にとある動物の名前を浮かび上がらせる。この辺りにはいないが、虎とかいう名前の東の地域にいる猛獣だ。
「が……がるぅ……うぅ……」
 最後に腰の後ろから黄と黒の縞模様をした尻尾が伸び、ゆらりと揺れると、彼女の変身が完了した。
 人間の女性に、虎を混ぜ合わせたかのような姿。
人虎という名前の魔物が、ルイリィの正体だ。
「ふぅぅ……」
 本当の姿となったルイリィは、ゆっくりと深く、息を吐き出す。
 彼女が変身していく姿に目を奪われていた俺は、知らず、つばを飲み込んだ。喉が鳴る音がやけに大きく響く。
 彼女のこの姿は俺も何度か目にしているが、いつ見ても圧倒される。まさしく魔物という呼び名にふさわしく、その強大な存在感は魔性を帯び、人の姿をしていた先ほどとは比べ物にならない。ただ向かい合っているだけでも、まさしく人食いの猛獣と対峙しているような錯覚に陥る。
「うん、やっぱり人化しているよりもこっちの方が楽だな」
 ルイリィはこきこきと首を鳴らしながら呟き、無造作に拳打を振るった。軽く振り抜いただけで空気を裂いた拳が、風を巻き起こす。
 正直いって、俺にはその拳はほとんど見えなかった。人の姿を装っているときでさえ、大の大人が束になってもかなわないほどの腕を持っている彼女だ。本来の姿になり、修行のためと自身に課している枷から解き放たれた真の実力は達人といってもまだ足りない。
 明らかに無謀な挑発だったと俺の中の冷静な部分が叫ぶが、同時にそれでこそ勝負のし甲斐がある、と男のプライドの部分が強がった。
 それでも、こうして改めて彼女の実力の片鱗を見せ付けられてしまうと、無意識のうちに体が震えてしまいそうだった。
 暑くもないというのに額に汗が滲み、頬を伝う。
 そんな俺の様子に気付いたのか、ふとこちらを見つめたルイリィが表情を緩めた。それと共に彼女のまとう気配も、わずかに柔らかなものになる。
「ふふっ、そんな顔しなくてもいいぞ」
 小さく肩を震わし、苦笑しながら口を開いた彼女が、声をかけてくる。
「えっ?」
「私は確かに魔物だけど、人を食べたりはしないからな。それに殺し合いでもない試合で、無用な怪我をさせる気はないさ」
 思わず顔を見返し尋ねた俺に、ルイリィが言う。こちらを見つめる瞳は、背伸びした子どもを微笑ましく見るような、怯えさせてしまった相手を気遣うような、優しさに満ちていた。
 それだけで、自分が如何に間抜けな面を晒していたかが分かって、俺は頬が熱くなるのを感じる。
「でも、そんなに怖いかな……?」
 自らの手足を眺め、首を傾げるルイリィ。
「やっぱり人の姿になってあげようか? そんな様子じゃ試合も出来ないだろう?」
「じょ、冗談! 怖くなんてねーし!」
 彼女の物言いにかちんときた俺は、先ほどまでの弱気も忘れ、反射的に目の前の人虎を睨みつける。勢いのまま拳を握り締め、やや半身になって腰を落とし、戦闘体勢に入る。まともに武術など学んだことなどない、我流の喧嘩殺法だが、それでもこの辺りで俺に敵う奴は今まではいなかった。
「そうか、おせっかいが過ぎたな。すまん」
 声を上げた俺を見、それだけを言うとルイリィは再び構えを取った。先ほどと同じ構えのはずが、人虎になった今、対峙して受けるプレッシャーは段違いだ。
 息が詰まりそうなほどの重圧が俺を押し付け、口の中が渇く。
「ふふ、先ほどのお詫びに先手は譲ってあげよう。どこからでもどうぞ」
 唇を三日月に曲げ、ちょいちょい、と手招きするルイリィ。
「舐めやがって……なら、いくぜっ!」
 安い挑発だと分かってはいたが、それに乗っからなければ、竦んだまま終わってしまいそうだったのも事実。自らに活を入れ、床板を割れ砕かんばかりに強く蹴り、俺は一気に間合いを詰める。
 一瞬で眼前に迫ったルイリィの顎に向けて、鋭く拳を振るう。
「おっと」
 が、大振りの一撃はわずかに体を傾けた彼女に悠々と避けられてしまった。
「中々いい速さだ。やはり身体能力は目を見張るものがあるな」
「そりゃどー……もっ!」
 お褒めの言葉に軽口を返しながら、飛んできたルイリィの掌打をほとんど勘に頼って避ける。耳元を轟音と共に通り過ぎていく腕に冷たい汗が滲むのを感じる間もなく、再び床を蹴って後ろに跳び退った。
 が、同じく滑るような動きで俺にぴたりとくっついてきたルイリィが、わざとらしく悲しげに囁く。
「おっと、そうすぐに逃げないで貰いたいな」
「げ」
 開幕とは正反対に、俺の目の前に迫ったルイリィはほとんど予備動作なしで肘を突き出してくる。
「うおぁ!」
 砲弾のような唸りを上げて顎へと跳ね上がる肘を、奇声を上げつつかろうじて避ける。触れるか触れないかの距離を通り過ぎた彼女の攻撃は、その余波だけでも俺の肝を冷やすのに十分だった。
「今ので終わらないか。ゼッカも日々進歩しているな」
 俺に避けられるとは予想外だったのか、ルイリィの顔にほんのわずか、驚きが浮かぶ。
「へっ、たりめーだ!」
「が、まだまだ」
 ルイリィの瞳にいたずらっぽい光が灯ったのを見た直後、彼女の姿が一瞬で掻き消える。
「へ?」
 驚きに俺が思わず声を漏らした直後、足首に衝撃が走った。視界が激しくぶれ、浮遊感が全身を襲う。だがそれは刹那にも満たない間のことで、すぐさま背中から激しい衝撃が全身に伝わる。
「痛って!」
 打ち付けられた痛みに思わず目をつぶってしまう。背中に感じる冷たい床の感触に、俺は自分が仰向けに倒されたのだとようやく気付いた。踝の辺りがじんじんと痺れているのから考えて、おそらく、しゃがみこんだ彼女に足を払われたのだろう。
「って、やべぇ!」
 そこまで考え、今が試合の真っ只中であることを思い出し、俺は慌てて起き上がろうとする。
 が、それよりも先に、俺に圧し掛かろうと跳躍するルイリィの姿が目に映った。
「おわあっ」
 必死に身を起こそうとする俺の努力も空しく、獲物に飛び掛る獣そのものの動きでルイリィが俺にぶつかってくる。再び床に押し付けられた俺の胸から、息がたたき出される。
「ぐぇっ」
 潰れたカエルのような悲鳴を上げた俺の上に跨り、ルイリィが肩を押さえつける。彼女の両手に力が込められ、動きが完全に封じられたのを悟ると、俺は諦念と共に体から力を抜いた。
「参った」
 短くそれだけを呟くと、肩を掴む力が緩む。
 こちらを見下ろすルイリィと目が合うと、彼女は尻尾を揺らしながら微笑んだ。
「……勝負あり、だな。うん、悪くは無かったぞ」
「くっそー……」
 慰めの言葉を掛けられ、悔しさに唇をかみ締める。そんな俺の頭を彼女の手がぽんぽんと叩いた。
「まあ、そんなに気を落とす物でもないさ。だがまだ動きに無駄が多いな。身体能力は魔物の私から見ても優秀なのだし、ちゃんと武術を学べばもっと強くなれるだろうよ」
「ふん」
 優しく諭すルイリィの言葉に、惨めな気持ちが湧き上がりそうになり、俺は鼻を鳴らしてそっぽを向く。それに苦笑いする彼女の気配が伝わり、俺はますます顔をしかめた。
 どれくらいそうしていたのか。おそらく、時間にしては数分と経ってはいないだろう。
 だが、体の上の重みがいつまで経っても消えないことに、俺はふと疑問を覚えた。
「……?」
 いつものルイリィなら、勝負がついた時点でさっさと俺の上から退くはずだ。組み伏せた相手をいつまでも拘束するような真似は、彼女らしくない。
「どうしたん……」
 跨ったままのルイリィに顔を向けなおし、尋ねようとした言葉が、かすれて消える。
「……はぁ……っ」
 俺を見下ろす人虎の女の顔は、まるで熱に浮かされたかのようだった。先ほどまで鋭い光を湛えていた瞳は濁り、頬は熟れた林檎のように真っ赤で、だらしなく開かれた口からは荒い呼吸が繰り返されている。
「ま、まさか」
 ぎしり、と俺の全身が強張る。この状態のルイリィがどういうことになっているか、俺は知っていた。他ならぬ彼女から聞き、さらには既に体験しているのだ。分からないはずがない。
「は、発情期、か?」
 動物の方の虎にもあるというのだが、それは読んで字の如く。人虎である彼女はある特定の時期に発情し、昂ぶった魔物の本能と火照った体が求めるまま、獲物となる男を襲い、貪ってしまうのだという。
 それは、まあいい。問題はそこではない。
「なんで、いきなり……? ま、まだ次はずっと先だって言ってたのに」
 そうなのだ。ルイリィによれば人虎の発情周期は長いらしいのに、こんなに早く来るのはおかしい。
「て、それよりもこの状態を何とかしないと……げ」
 声を漏らした俺に、ルイリィの瞳が向けられる。上気した顔に潤んだ瞳は普段の精悍な彼女とまるで違い、男の本能に訴えかけるものがあった。が、同時に隠し切れない肉食獣じみたぎらぎらした気配が滲み、俺の背筋を震わせる。 その眼光が、俺の脳裏に、ほんの数日前にさんざん搾られた記憶を蘇らせた。
「ま、待てルイリィ。落ち着こうぜ? な?」
「はぁ、はぁ……」
 何とか状況を打開しようと声を掛けるが、返ってくるのは荒い呼吸の音だけ。彼女の頭の上で虎の耳がピクリと動くくらいで、説得はまるで効果は無かった。ぎらついた瞳からは、どれほど理性が残っているのかも疑わしい。
「はぁ、ぁ……」
「く……」
 興奮のあまりか、肩を掴む彼女の手に力がこもる。服の上から爪が食い込むのを感じ、思わず身をよじった。その動きに、獲物を逃すまいと彼女の両足が俺の胴をぎゅっと挟みこんだ。獣の毛に覆われた太ももの感触が、肌に伝わる。無駄な肉の無い、けれど男とは異なる女性の柔らかさを残した足が触れ、俺の心を乱す。
「んぅ……っ」
 ルイリィもまた、より密着したことが刺激したのか、口から嬉しげな音を漏らす。彼女の興奮を表し、ぱたぱたと激しく振られる尻尾がぺちぺちと太ももを叩いた。
「ゼッカぁ」
 甘ったるい声で、ルイリィが俺の名前を呼ぶ。反射的にそちらを向くと、彼女が瞳を潤ませながら、顔を近づけてきていた。
「んむぅっ!」
 抗うことも、逃げることも出来ず、ルイリィの唇が押し付けられる。柔らかな感触と同時に、熱い舌が肌を撫でる。それだけでも背筋をぞくぞくとさせるのに、彼女の豊かな双丘が俺の体に当てられていた。
(これは……やばい……)
 目の前には、発情しきった顔のルイリィ。
 一瞬、自分が置かれている状況も忘れかけ、触れる唇と胸の感触に心を奪われそうになる。
 そんな俺の内心を見透かしたかのように、ルイリィは瞳を細め、舌を頬に這わせた。
「んっ、ぜっかぁ、ぜっかぁ……んっ、ちゅ……」
 熱に浮かされたまま俺の名を呼び、口付けを繰り返すルイリィ。耳に響く甘い声が脳をとろかし、心臓が大きく跳ねる。
「はぁ……ん、ちゅっ、ちゅ、もっとぉ……するのぉ……」
 高まる興奮に後押しされるかのように、彼女はさらに体を密着させ、激しく俺を求める。唇から頬、顎、鼻、額と顔のほとんどにキスを終えた彼女は、されるがままの俺にじれったそうにすると、唇を差し込んできた、
 長い舌が口内に伸び、別の生き物のように蠢く。ルイリィはひとしきり俺の口内を蹂躙すると、一度顔を離し、顎から首元へとキスする場所をずらしていった。同時に、肩を押さえていた彼女の手が、肌の上をなでるように動き、胸の上まで辿り着いた。伸ばした指先に、鋭い爪がぎらりと光る。
「うぅ……?」
 疑問の表情を浮かべた俺にルイリィは妖しく微笑むと、襟元に指をあてがった。
 彼女の意図を察するのと同時、すばやく引かれた爪が、俺の服を引き裂く。
露になった俺の胸板を見つめ、うっとりとした表情を浮かべるルイリィ。顔を埋め、頬を擦り付けて、彼女は鼻をひくつかせる。
「あぁ……、雄の、匂いがする……」
 大きく息を吸いこんだ彼女が、酔ったような声を漏らす。その度に、熱のこもった吐息が肌を撫でた。爪が肌をひっかくと共に、むずがゆいような、くすぐったいような感覚が走った。
「うう……」
 思わず声を上げた俺に、ルイリィが目を細める。
「あは……ぴくってしたな……心臓も、どきどきしてる……」
 彼女は楽しげに時折爪を引っ掛けるようにして胸板をさする。弾力のある肉球が擦れ、不思議な感触が伝わってくる。
「んぅ……ゼッカ、汗、かいてる……」
 声を上げたルイリィにつられ、視線を移す。彼女の言葉の通り、先ほどまでの試合と、今の彼女の行為に興奮を高められた俺の肌はしっとりと湿りを持っていた。
 じっと視線を注いでいた彼女が、ぽつりと漏らす。
「美味しそう……」
 耳に届いた言葉に、ぎくりと頬が強張る。
「あ……ん……ちゅ……」
 制止する間もなく、ルイリィは舌を胸板へと伸ばした。やすりのような、ざらついた感触が肌の上を這いずり、唾液の跡を残す。
「んっ、れろ……くちゅ……」
 汗を舐め取るようにルイリィの舌が滑り、俺の背を震わせる。その反応に嬉しそうにした彼女が、さらに舌を蠢かせた。唾液に塗れた唇から覗く紅い舌が艶かしく動き、上気した頬と、涙を滲ませた彼女の表情が、俺の興奮を煽っていく。
「……? あ」
 肌を舐めるルイリィが何かに気付き、小さな声を上げた。彼女は俺に舌を這わせたまま、右手を滑らせ、胸から腹へ、そして下腹部からさらに下へとずらしていく。
「ん、ゼッカの……大きくなってる……」
 彼女の言葉に視線を動かすと、服越しにもわかるほど大きく勃起した俺のモノが、ルイリィの腹に押し当てられていた。恥ずかしさと罰の悪さで俺の顔が熱くなる。
「う……り、ルイリィ、これは……」
 思わず弁解しようと開いた俺の口を、押し当てられた彼女の指が封じた。
 俺を見つめるルイリィは微笑みながら首を振り、興奮の中に悦びの表情を浮かべ、ズボンに手を掛ける。
「ちょ、ちょっと待……」
 彼女の意図を察した俺の制止も空しく、ズボンと下着が一緒にずり下ろされる。
 布と擦れ、服に弾かれて、肉棒が揺れた。
「う……」
 奇妙な刺激が走る感覚に顔をしかめると、露にされたそれを、ルイリィの手が包む。柔らかな毛と、肉球が血管の浮いた肌に触れ、背に走る快感に、俺はびくりと震えた。
「ああ……雄の、モノだぁ……んぅ……っ」
 俺の股間に顔を埋め、ペニスの匂いを嗅ぐルイリィ。汗と混じった淫臭に頬を緩め、彼女が甘い声を出すたびに吐息が肌をくすぐる。
 俺のモノを握り、触れるうちに、ルイリィの興奮がどんどん高まっていく。その証拠に、肉棒をもてあそぶ彼女の手は激しさを増し、呼吸の音も荒々しくなっていった。
「くぅ……」
「ふふ……ゼッカの、びくびくしてる……」
 自分の手の中で脈打つペニスに視線をやり、舌なめずりするルイリィ。理性を失ったその目は完全に色欲に染まり、獣同然だった。普段は鋼のような精神力で押さえ込まれている、彼女の魔物としての本性。
 発情期に、限られた相手にしか見せないその姿に、興奮と、不思議な優越感を覚える。
「ゼッカの……、とっても、美味しそう……。たべたい、たべたいよぉ……」
 見つめる俺の視線に構わず、ルイリィは握った手の中から頭を出すペニスに頬を擦り付け、舌を伸ばした。ざらついたやすりのような舌が、亀頭を擦る。
「うあっ!」
 稲妻に打たれたような刺激に、思わず声が上がる。
「あはっ、気持ちよかった?」
「あ、ああ……」
 うわ言のように呟くと、ルイリィはそれに顔を綻ばせた。
「よかった……じゃあ、もっとちょうだいね……」
 気を良くしたのか、ルイリィは嬉しそうに声をかけ、さらに頬を擦りつけ、舌を這わせた。彼女の手がふにふにと肉棒を包み、しごき、舌が唾液をまとわりつかせながら、触れる。
「あ……ゼッカのから、おつゆ、出てるよ……」
 いつしかペニスの先端からは透明な液が滲み、触れるルイリィの頬を汚していた。
「れろ……んぁ……、おいふぃ、ぇろ……ぴちゃ……」
 肌を汗と先走りの汁で艶かしく輝かせながら、ルイリィは握った俺のモノを美味しそうに舐め続ける。
「んんっ、でも、もっときもちよく、なりたい……」
 だが、次第にルイリィの顔には物足りないような。じれったそうな色が滲み始めた。もぞもぞと太ももを擦り合わせ、さらには片手を股間へと伸ばす。
「んっ……こっちにも、欲しい……」
 俺に胸を押し当て、股間を太ももに擦り付けて、切なげな声を上げるルイリィ。その痴態に、俺のモノがさらに硬さと大きさを増していく。
 それを感じたルイリィは、瞳に涙を浮かべながら、懇願するように俺を見つめた。
「がまん、できない……ゼッカの、挿れたいよぉ……」
 肉棒に頬ずりしていた顔を離すと、彼女は腰を浮かせ、下着を脱ぎ捨てる。 無造作に床に落とされた下着ははっきりと分かるほど濡れ、見せ付けるように開いた足の付け根からは、透明な液体が溢れ、太ももを伝って垂れ落ちていた。
「ほら……私、もう、こんなに……」
 ルイリィの言葉に合わせ、彼女の秘唇がひくひくと震える。むせ返るような女の匂いが鼻をくすぐり、俺の意識をぼやけさせていった。
「ゼッカの、たべさせて……」
 ルイリィの唇が震え、囁きが耳に届く。
その言葉を聞いた俺は、考えるよりも先に頷いていた。
「じゃあ、たべちゃうね……」
 心から嬉しそうに、そして淫らに微笑んだルイリィが、指で割れ目を広げ、秘所を俺のモノにあてがう。性器同士が触れ合っただけで、強烈な快感と熱が生まれ、俺の興奮を高めた。
 彼女も同じようで、逸る気持ちを抑え、少しでも快感を高めようと、ゆっくりと腰を下ろしてくる。いやらしい音を響かせ、愛液を垂らしながら、硬く勃起した肉棒が、ルイリィの中に埋められていく。
「……ん、くふ……、ぅ……っ」
 堪えきれない刺激に彼女の口からは声が漏れ、興奮に揺れる尻尾が、俺の肌を叩く。細められた瞳の端からは涙が零れ、頬を伝った。
「んんぅ……っ!」
 マグマの海のような彼女の膣内が、俺を蕩かす。火傷してしまいそうな気さえするが、今の俺にはそれすらも快感へと変換されていた。同時にぎゅうぎゅうと力強く締め付けてくる肉壁の圧迫は、異常なほどに気持ちよく、気を抜けばすぐに果ててしまいそうだ。
「ぐ……う」
 俺は歯を食いしばり、彼女のもたらす快感に耐える。無意識のうちにルイリィの太ももを掴んだ指が、彼女の肌に爪を立てていた。痕が残るほどに指先が食い込んでさえ、強烈過ぎる快感のせいで、お互い気にする余裕はなかった。
 太い肉棒が、じわじわと彼女の中に消えていく。加速度的に強くなる刺激は、理性を破壊し、俺は何も考えられなくなる。自分が本能だけの存在へと変わりつつあるのをぼんやりと感じながら、眼前に晒された、ルイリィの痴態だけを見つめていた。
 ほどなくして、お互いの体がぶつかり、ペニスの先端が彼女の子宮口を叩く感触に、最奥に達したことを悟る。
「あ……はぁ……ぜんぶ、たべちゃったぁ……」
 自身の秘所に目をやり、根元までを呑み込んだのを見たルイリィも、歓喜に顔を染めて声を漏らした。だらしなく垂らした舌からは涎が垂れ落ち、その豊かな胸を濡らしている。
「はぁ、はぁ……あっ、ん……」
 膣内に収めたペニスのわずかな動きさえも快感となっているのか、荒い呼吸を繰り返すルイリィが時折、小さく嬌声を上げる。その度に彼女の膣内もびくびくと脈動し、俺のモノをしごくように刺激を走らせた。
「あっ、んぅ、きもちいぃ、けど……、たりない……もっと……」
 互いの身じろぎさえも快感に変え、悦びの声を上げるルイリィ。だが、それだけでは満足できないのか、やがて更なる快楽を求め、少しずつ腰を動かし始めた。
「んっ……」
 瞳に涙を溜め、切なげな声を上げながら、俺の上でルイリィが体を弾ませる。目の前で乳房が震えるたび、汗が舞い散り、一突きごとに涙が零れた。だらしなく緩んだルイリィの表情には、いつもの面影などなく、快楽を貪る魔物そのものと化している。そんないやらしい彼女の姿に、俺もまた欲望のまま、腰を突き上げた。
「ひゃぅんっ! あっ、いいよぉっ!」
 自分の動きに俺の動きが加わり、快感が増したルイリィが歓喜に叫びを上げる。俺の動きに合わせ、悦びに打ち震えながら腰を振り、尻尾を揺らす彼女。虎の大きな両手はがっしりと俺の胴を掴み、腰を上下させ、尻肉がぶつかるたびに卑猥な音が耳に届く。
「んっ、ゼッカ、もっと、突いてぇっ!」
 汗と涙、そして涎を零し、自身と俺を汚しながら、嬌声を上げるルイリィ。辺りを包む空気は淫らな匂いに染まり、鼻をくすぐる。
 視覚、聴覚、嗅覚、そして触覚。それらがもたらす刺激に、加速度的に増していく興奮と快感。頭の中を染めるそれらに何も考えられず、俺はただたださらなる刺激を得ようと、動きの激しさを増していく。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
 荒い呼吸を繰り返し、俺もまた獣になってしまったような感覚に陥りながら、ひたすらに腰を突き上げ、彼女の中に自身を打ち込む。それに顔を歪めながらも、心から嬉しそうな笑顔を浮かべるルイリィもまた、まさしく獲物を貪り、食べつくそうとする獣そのものの姿で、腰を振り続けた。
「あぁっ、んうっ! いい、いいよぅっ! ゼッカのっ、すごいぃ……っ!」
 競い合うが如く激しさを増していく二匹の獣が、淫らな音を立て続ける。何もかもがどろどろに溶け合い、狂おしいまでの気持ちよさが体を満たす。至福の快感を得ながらもなお、更なる欲望に後押しされ、俺たちは動き続ける。
 永久に続くかと思われた行為だが、やがて終わりが近づいていることを、俺はかすかに感じ始めた。必死に押さえ込んできた射精感が、堪えられないほどに高まってきている。
「ふうっ、んっ、んんっ……、ぁ……っ」
 それはルイリィも同じのようで、腰を振るごとに漏れる声に、何かに耐えるような響きが滲み始めていた。ぎゅっと閉じた瞳と、もどかしげに震える体に、俺の中の雄の部分が反応する。
 すぐにでもルイリィの膣内に全てをぶちまけたいという思いと、一秒でも長く彼女を味わっていたいという矛盾した感情が渦を巻く。
 だが、それも長くは続かなかった。
 限界が近いことを悟ったルイリィが、今まで以上に激しく腰を振り始めたのだ。最早体をぶつけるような動きに、暴力的なまでの強烈な快感が叩きこまれ、俺は一瞬、意識が飛びそうになる。
「なに、くそ……」
 このままではまずいと、俺も半ば意地になって、乱暴なほどに強く腰を突き上げた。奥深くまで打ち込まれる肉棒が彼女の膣内を削るように擦る。
「やぁっ、それ、いい……んっ、く……」
 苦しそうでありながらも嬉しげに声を上げ、ルイリィは動き続ける。すぐにでもイってしまいそうでありながら、どこか余裕も感じられるような姿は、魔物の本領発揮ということなのだろう。
 その姿に空恐ろしいものを感じながらも、俺は最後の力を振り絞り、彼女の一番奥へと肉棒を突きこむ。先端と子宮口が激しくぶつかり、その衝撃があっけなく、俺の限界を超えさせた。
「…………っ!」
 声を上げる余裕もなく、ペニスが爆発するかのような感覚と共に、激しい奔流が迸る。
 そして最奥に熱を叩き込まれ、絶頂を迎えたルイリィもひときわ大きな叫びを上げた。
「ああああああああっ!」
 背を仰け反らせ、目を見開いた彼女の口から響く歓喜の声に、ぞくぞくと背筋が震える。
 俺のモノで彼女が達したという事実に、今更ながらに悦びを感じつつ、俺は意識を手放すのだった。

 ぼんやりと見つめるのは、道場の天井。
 大の字になって仰向けで寝ている俺の背中に、ひやりとした床板の感触が伝わる。体の中に染み込む冷気に身を震わせるものの、全身が鉛のように重く、起き上がるどころか指を動かすことさえも億劫だ。
「だりぃ」
 呟く声にも、力がない。
 辺りには淫らな匂いがいまだ濃く残り、先ほどの情事の証拠をありありと示していた。鼻をくすぐるその匂いを嗅ぐと、無意識に先ほどの彼女の姿を思い出してしまう。
「くそ」
 熱くなった頬を感じ、俺は鼻を鳴らした。
 と、どこからかうめくような声が聞こえてくる。
「ああああ……」
 体から消えないだるさに悪態をつきながらも、のろのろと首を動かす。
目を凝らすと、日が傾き、暗くなりだした室内の隅に、膝を抱え、小さく縮こまるルイリィの姿が見えた。服も纏わず、いまだ人虎の姿のまま、彼女は何かぶつぶつと呟き続けている。
 気のせいだろうか。なんだか、彼女の周りだけ一段と暗闇が濃い気もする。
「なんだ?」
 気になって耳を澄ますと、その内容も聞こえてきた。
「あああ、またやってしまった……。一度ならず二度までも……」
「……」
 このルイリィの姿は、確か前にも見た記憶があった。
「今度こそ、欲望には呑まれないと決心したばかりなのに……」
 そう、以前の発情期に襲われた後と、全く同じなのだ。
「ま、またゼッカを襲って、あ、あんな……ああああ」
 力なく耳を垂らしていた彼女が、がしがしと頭をかきむしる。
 どうやら前回と同じく、発情し理性は無くしていても、その間のことは全て覚えているようだ。なまじ普段は色欲の欠片も見せない彼女だからこそ、発情して淫らに乱れる自分のことが恥ずかしく、また魔物の本能に任せ男を襲う自分が許せないのだろう。
「こ、こんなことしてたら……ゼッカに嫌われてしまう……」
「そんなこと気にしなくてもいいと思うけどな」
 震える声での囁きに、つい、反射的に俺は呟いていた。
「!」
 自分にしか聞こえないような小さな声だったと思ったが、ルイリィは弾かれたように顔を上げた。驚きと戸惑いに揺れる瞳が、こちらを見つめる。
「お、起きたのか?」
「ああ」
 頷くと、一瞬で俺の側にやってきたルイリィが、顔を覗きこんでくる。
 いつになく不安げに瞳を揺らし、だが顔は逸らさずに、鼻と鼻がくっつきそうなほど近く出、彼女は俺を見つめる。
「さ、さっきの言葉、本当かい?」
 彼女の勢いにやや引きながらも、俺は頷き、口を開いた。
「ま、まあな……じゃなけりゃ、何度も来たりしねーし」
 今更ながらに恥ずかしくなって、俺はそっぽを向きながら言う。
「そうか……」
 視線を逸らしていても、俺を見つめるルイリィが安堵に息を吐き出し、微笑んだのは分かった。はだけた胸に手が添えられ、肉球が触れる。発情していた先ほどとは違い、どこか遠慮するような、おそるおそるといった触れ方。
「よかった……」
 囁くような声でそう言った彼女の手は、ただ俺に触れ続ける。
 それにまだるっこしさを感じ、俺は彼女の手を掴んだ。
「あっ……」
 驚きと、戸惑いを含んだルイリィの声。手に力が篭り、体が緊張に強張ったのが分かった。
 構わず、俺は掴んだ彼女の腕を、無造作に引っ張る。
「いいから。いまさら遠慮するなよ」
 かすかな抵抗を無視して、さらに力を入れると、そのまま、彼女はゆっくりと俺の上に覆い被さってきた。胸同士がぶつかり、ルイリィの頭が肩に当たる。柔らかな髪の毛が肌をくすぐり、なんともいえないむずがゆさに俺は息を吐く。
 ゆっくりと瞳を閉じ、彼女の虎の耳がぴくりと震えた。
 その耳元に、俺はぼそりと呟く。
「らしくないだろ。気にしてねーんだから、これくらいでうじうじするなよ」
「ありがとう……」
 半ば突き放すような物言いだったが、ルイリィは笑顔を浮かべると、そう囁いた。俺の肩に頭を預けたまま、彼女は言う。
「ゼッカは、強いな。私じゃ、勝てそうにないよ」
「こんなんで勝ってもなあ……」
 しみじみと呟くルイリィの言葉に溜息を吐き、俺も目を閉じた。
 穏やかなルイリィの呼吸と、嬉しそうに規則正しく床を叩く彼女の尻尾、そして溶け合う心臓の鼓動を聞きながら、いつになったらまともに彼女から一本取れるのだろうか、と考えるのだった。

―― 『功夫虎娘鍛錬録』 劇終 ――
13/09/24 22:29更新 / ストレンジ

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