連載小説
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就労、始めました
 「働く」ということは、人間社会において暮らしていく上では欠かせないものである。

 勤労という行為の対価として得られるものは、物を買うために必要な給料であったり、その日の糧そのものであったりとさまざまである。

 そして、仕事によって得られる対価にはグレードが存在する。
 より高度な技術や、専門の知識が必要になる仕事など、質が高いものを要求される仕事はグレードが高く、誰でもできる仕事、簡単な作業で構成される仕事は、支払われる対価のグレードも低く設定されている。
 一部の例外はあるだろうが、この法則はどこの社会、どのコミュニティであっても大きく変わるようなことはない。

 そして、新しい社会に馴染もうとする人がいる場合、たいてい彼らにできる仕事というのは、グレードが低いもの、つまり単純な仕事しか存在しない。

 となれば

 世界すらも跨ってしまった彼に与えられる仕事というのは、いったいどのようなものなのだろうか。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「ファイトォォォォォォ! いっぱぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!」

 うん、やっぱり気合を入れるにはこの掛け声に限る。

 あ、僕です。
 どうもです。

 今なにしてるかって? ちょっと倉庫で木箱の整理をしているところです。
 倉庫番てやつです。

 なんでそんなことしてるかというと、雇用主からの命令だからです。

 そうなんです、晴れて雇われの身となることができました。
 就職成功です。
 社会人です。

 じゃあ誰に雇われたかというとですね

『シンジ! 実験に使うアルラウネ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜爪を持ってきてくれんかの!』
「あー? えっと……『あるらうねのなに? なにのつめ? どのはこ? わからない』」
『は? あー……〜〜じゃよ! 〜〜! み・つ! 爪は、サラマンダー! 赤い箱と青い箱!』
「えーっと……『はい、わかった。いまもってく、まってて』……ええい、早口で聞き取りづらいな」

 いまだ聞きなれない言葉から、分かる言葉を取り出しつつ、意味を推測し、自分が使える最大限の語彙をもって、なんとかコミュニケーションをはかる。
 まさに典型的な外国人労働者という有様ですよ。
 移民って苦労するんだろうなぁ。

 まぁ、ここまでで大方の人はわかったと思いますが、僕は今、言葉の通じぬ異郷の地で働いております。

 ですが、僕の場合2つばかり問題がございまして。

 ひとつは、ここが海や国どころか、惑星すら、下手すると宇宙とか次元とかのレベルで隔たりのある異世界だということ。

 もうひとつが

『シンジ遅いぞ! 早く持ってこんか!』
「『ごめんなさい、つぎから、がんばる』……あなたが魔法使えば、僕が運ぶ必要なんてないんじゃないかなぁ……」
『ん? シンジ、何か言うたか? なんぞ〜〜〜があるのかの?』
「『いえ、なにも』……今の声聞き取れるとか、やっぱ魔物恐ろしいわー……」

 頭から角が生えてる、半裸の変態幼女の魔物が、僕の今の雇用主だということです。


……………………………………………………………………


 話は二か月前にさかのぼりまして、舞台は再び牢屋の中。

 あの時、吹き飛ばされた牢屋の扉の先に立っていたのは、見たこともない奇抜な格好した幼女だったのです。

「……ん? え? 幼女?」

 うん、どう見ても幼女にしか見えない。
 服装がやたら肌色多めだったり、大鎌を持っていたり、頭から山羊っぽい角が生えてはいるけど。

 『あ、この子普通じゃないなー』などと呆気にとられていたら、向こうの方からこっちに近づいてきた。
 そんで、いきなり僕の顔を両手でやさしく挟み込んできたんだけれど。

「〜〜……〜〜!? 〜〜〜〜!!」

 こっちの顔をじっと見たと思ったら、いきなり大声あげて後退られた。
 なんとなくだけど「誰やお前!?」って言ってるっぽい気がする。
 そんなのこっちのセリフだよ。
 いきなり人の顔見てびっくりするんじゃない。
 失礼な。

「〜〜〜〜〜? 〜〜〜……」

 そんで、ブツブツつぶやいてこっちのことジロジロ見てるし。
 なんだよ、牢屋に入れられた哀れな男がそんなに珍しいかね。

 なんて考えてたら

「〜〜〜!! 〜〜、〜〜〜〜? 〜〜〜……〜〜!?」

 今度は別の新手がやってきた。
 やっぱり、僕の姿を見て驚いているようだけど、こっちとしてはもうそんなこと気にならなかった。

 いや、だってその新手っていうのが、明らかに人間じゃないんですよ。
 なんていうか、腕が翼みたいになってて、足が鶏みたいになってました。

 ていうか鳥じゃん! 鳥人じゃん!!
 人魚の鳥Verじゃん!!

「ひぃっ!? ば、バケモノ!? 妖怪!?」

 もう、こういう見た目刺激物はだめです。
 弱り切った精神には間違いなく毒です。
 クトゥルフ系TRPGセッションならSAN値チェックのお時間です。

 では2D6でチェックどうぞ。

「ご、ごめんなさい!! フライドチキンはそんなに食べたことないんで許してください!! 今まで食べてきた鳥肉にごめんなさいしますんで!! これから菜食主義になります!! だからどうか食べないでください!!」

 どうやらダイスロール失敗のようですね。
 見事に一時的狂気に陥りました。
 
 ふざけてるように見えるかもしれないですが、このときの僕、大真面目でした。
 人間、狂気に陥ると、こういう意味不明なことも言い始めるんだなって勉強になりました。

 ただ、この取り乱しが功を奏したようで、向こうはずいぶん冷静になってくれたようです。

『……〜〜。〜〜〜〜〜〜? 〜〜〜〜〜』
『〜〜。〜〜〜〜〜……〜〜〜〜。〜〜……』

 何やら二人(二バケモノ?)で相談しているようです。

 しばらくして、話がまとまったと見えて、幼女のほうがまたこっちに近寄ってきました。
 それに対して、僕は情けないことに牢屋の隅っこで縮こまって、ガタガタ震えて、涙流しながら念仏唱えるみたいに命乞いをすることしかできませんでした。

 そしたら、その幼女なにしたと思います?

 ギュッ

「……え?」
『〜〜〜、〜〜〜〜〜〜。〜〜〜、〜〜〜〜〜〜? 〜〜〜〜〜?』

 いきなりハグされたうえ、耳元でめっちゃやさしいトーンで話しかけられました。
 てっきり、手にしてる大鎌でもってこの世とのお別れをさせられるものだとばかり思ってたものですので、すっかり面くらいました。
 おかげで、僕の方もすっかり落ち着くことができました。

「あの……あなたたちは……その、何者なんですか?」
『〜〜〜〜〜〜〜? 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?』
「わかんないよね……フー、アー、ユー? ホェアー、アム、アイ? ドゥー、ユー、アンダスタン?」
『〜〜〜……〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。〜〜〜〜〜〜〜……』

 だけども、ああ、またしても言葉の壁。
 せっかくこの世界で初めて友好的っぽい人?に会えたのに、このままでは何の進展も得られないじゃないか。

 それだけは避けたい。
 なんとしても避けたい。

 この幼女の出現は、まさに目の前に垂れた蜘蛛の糸。
 どうしようもないこのどん詰まりに一石を投じて、状況を一変させられるかもしれない一手。
 どうあってもこのチャンスを逃してはならない。
 頑張れ僕。
 ここでなさねば男が廃る!

 と、そこで、気が付きました。
 鳥人の方が、なにやら見慣れたバッグをお持ちではないですか。

「あっ、それ僕のリュックサック!」
『〜? 〜〜〜〜〜〜〜〜〜?』

 器用に羽にひっかけてるなぁ。
 翼痛くないのかな、あれ。

「あの、そのリュック! そのひっかけてるの! 僕のリュックなんです!」

 必死に指さしてアピールする。
 すると

『〜〜〜、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜? 〜〜〜〜〜〜。〜〜、〜〜〜〜』

 ひょーい、ぼすん

 おお! リュックを返してくれた!! どうやら伝ったようです!
 やったぜ、初めてこの世界の人とコミュニケーションが取れたぜ!
 人類にとっては小さな一歩かもしれないですが、僕にとって大きな一歩です!

 さて、リュックを返してもらったわけですが、ここでさらに思いついたことがある。

 前回は、身振り手振りで意思疎通を失敗しているが、これなら何とかなるのではないかと考えていた手が、一つ残っているのだ。
 本当は、取り調べで試そうと思ってたけども、こうなっては関係ない。
 この人たちで試すしかあるまい。

 ということで、リュックの中から目的のものを探し出す。
 幸い、すぐに見つかった。

 取り出したのは何の変哲もない紙とペンである。

『〜〜? ……〜〜〜〜〜?』

 向こうも、僕が何をするのか興味津々のようです。

 今から何をするのかというと、それは至ってシンプルなことだ。

 今から、この幼女と仲良くお絵かきをします!

 もちろん遊ぶわけじゃないよ。念のため。

 突然だが、みんなはこの人を見かけたことはあるだろうか?

 

 誰でも一度は目にしたことがあると思う。
 町中で見かける文字を使わない案内表示。
 その名をピクトグラムという、アレである。
 ピクトグラムは、文字が読めない人であっても、ある程度の教養があれば、意味が理解できるようになっているものだ。
 それは、日本にやってきた外国人も例外ではないし、海外に行った日本人も同様である。

 だったら、次元を超えた異世界であっても、それは同じなんじゃないだろうか。

 もう残された手段はこれくらいしか思いつかない。
 これで駄目だったらどうしようもない。
 腹をくくって、覚悟を決めろ!
 これが僕の最後の手段だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

「…………」

 カリカリカリカリカリカリカリカリ……

 心の中の叫びとは裏腹に、実際には絵を描くだけという、実に地味な絵柄である。
 ただ、戦闘音が響いてる中、だらだらやってはいられないので、多少雑でも素早く絵を描く。

「できた! これどうぞ! 見てください!」
『〜? 〜〜〜〜〜〜〜』

 さっそく第一稿が出来上がったので相手に見せる。
 絵は複数。
 紙芝居形式である。

 1枚目、家の前にいる棒人間。

 2枚目、背景が森に変わる。棒人間の頭の近くに”Σ”みたいなマークを描いて、びっくりした様子を表現。

 3枚目、複数の棒人間にボコボコにされる棒人間。

 4枚目、牢屋にぶち込まれた棒人間。さらに、袋を持って鉄格子から離れ行く棒人間も添えて、荷物を没収された様子もアピール。

 ラスト5枚目、角が生えた棒人間と鳥っぽい棒人間を見て、驚く棒人間。

 この紙芝居。題して”漂流、のち、不当逮捕”
 半田晋司、渾身の一筆である。

 さて、今度はどうなる?

『〜〜〜〜……〜〜、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?』チョイチョイ
「手招き? ……あ、ペンと紙ですか? どうぞ、これ使ってください」
『〜〜、〜〜〜〜〜。〜〜〜〜〜〜〜〜』

 サラサラサラサラサラサラ……

 よかった、どうやら合ってたようです。
 なにやらすごいスピードで描き上げています。
 あんな肉球みたいな手で、器用に描けるもんですね。

『〜〜、〜〜〜〜〜〜〜〜』

 数分もしないうちに描きあげてしまったみたいです。
 僕の渡したルーズリーフに描いた絵を見せてくれました。

「えーっと……?」

 4コマみたいに区切られて、矢印で時系列が表現されてる。
 わかりやすいな。

 んー……まず最初の絵は、なんかでかい建物……あ、これ今いる城塞都市だ。絵うまいな。
 そんで、何か抱えた兵士が……あ、人か。人を抱えてるのか。
 人を抱えた兵士が城に戻っていったと。
 誰か連れ去られた? これが最初にあったと。

 そんで二つ目の絵は……この幼女と……ちょっと待て、なんか鳥っぽい人だけじゃなくて、馬っぽい人とか、蜘蛛っぽい人とか、幽霊っぽい人とかいろいろな人外が描かれてるんですが。
 コワイ。
 とにかくこの人?達がこの城にやってきたと。

 まあいい三つめだ。
 んで、その人外たちが、この城に攻めていって、戦って……ん?
 なんか大体の兵士がのしかかられてやられてる?
 ナンデ?
 地味に気になるな。
 それで、幼女と鳥ペアがこの牢獄の前にたどりついてる。

 それで四つ目。
 僕と幼女が立っていて、やれやれのポーズをしてる幼女の吹き出しの中で別の人の顔から僕の顔に矢印が引かれている。

 あー、なるほどね。
 大体わかった。

 つまり、彼女達がなんでここにいるのかというと、まず、この幼女の仲間がこの城に捕まったと聞いて助けに行くことになった。
 仲間を連れ、兵士を蹴散らし、ようやくたどり着いた牢屋を見ると、そこにはなんと仲間ではなく僕が居たと。
 そこで初めて連れ去られたという人が、この幼女仲間じゃなくて僕だったということに気づいた、と。

 なるほど納得。
 あの時、僕の顔を見てキョトンとしたのも合点がいった。
 この幼女たちから見れば、僕は人違いだったのね。

 ということは、この子たちに僕を助ける義理は無いってことだ。

 ……まぁ、しょうがないよね。うん。
 そのつもりはなくても、騙したととられてもおかしくないもんね。

 今度こそ、本当に手詰まりかなぁ。

 と、思っていたのだけれど。

『〜? 〜〜〜〜〜〜〜〜?』ペシペシ
「え? 何ですか? 裏?」

 あ、裏にも絵が描いてある。

 裏には二つの絵が描いてあり、”/”のマークを挟んで右と左に分かれている。

 左の絵は、僕が幼女と連れ添って歩いてる絵。
 右の絵は、僕が牢屋に残って、幼女が一人で帰っている絵だ。

 あれ、これもしかして選択肢か!?

 一緒に来るか、このまま残るか聞いてるんじゃないか!?

 そんなもん、答えは決まってるじゃないっすか。
 こんな牢屋にいられるか! 僕はこの幼女と一緒に帰る!

「これです! こっち! こっちでお願いします!」

 迷うことなく、思いっきり左の絵を指さして相手に見せる。

 その様子を見たこの幼女は満面の笑みを浮かべて

『〜〜! 〜〜〜〜〜〜〜〜!』

 すんごい嬉しそうに僕の腕に絡みついてきました。
 ロリコン趣味はなかったはずなんですが、ものすごいそそりました。ええ。
 ようじょバンザイ。

 さて、そうなるとここから脱出しなきゃならんのだけど、あいにくまだ怒号とか爆発音とかが鳴り響きっぱなしである。
 結構な激戦になってるみたいだけど、まさかそこを突っ切っていくつもりなのだろうか。
 完全にイメージは三国志での阿斗を背負った趙雲の単騎駆けのそれである。
 なるだけ怪我しないように、ぴったりくっついていかないといけないかなぁ、なんてことを考えていたんですが、やっぱりこの世界の人はこっちの予想を裏切ってくれやがりました。

 ガシッ

 あれ?

『〜〜〜〜〜、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』

 あ、あの? お二人さん?
 なして僕は鳥人さんの両足でもって、肩をがっちりホールドされているんでしょうか?
 そんでもって、幼女さんは壁の方向いて何をしてらっしゃるので?

 と、次の瞬間!

 バッグォォォォォォォォォォォォォォォン!!!

 なんとこの幼女、触りもしないで頑丈な石の壁に大穴を開けてしまったではないか!
 これには思わず観客(一名)も放心状態である。
 すごい、すごいぞ、謎の半裸幼女!

 だが、このイリュージョンはここで終わりではなかった!

 フワッ

「えっ」

 いきなり男の体が宙に浮かび上がった!?
 これはいったいどういうことだ!?

『〜〜〜〜〜〜〜〜』

 なんと、この鳥人がこの男を掴みあげて飛んでいるではないか!
 すごい、すごすぎるぞ、幼女に鳥人!!

 ってちょっと待って。異世界まるみえなんてやってる場合じゃない。
 壁に穴を開けて、それで僕の体ごと空を飛んでるって、まさかとは思うけど、ここから脱出する手段って、そんな、まさか

 バサッ

「嘘だろおおおおおおおおおおおお!!? ぎゃああああああああああああ!!!」

 そのまさかの空の旅だった。


……………………………………………………………………


 以上、僕と現在の雇用主であるバフォメットのウルさんと会った時の思い出でございました。

 あの後、あまりの恐怖に、ハーピーさんに両肩ホールドされたまま気絶してしまいまして、気が付いた時にはもうこの家についておりました。

 で、目が覚めたらわりと上等なベッドに寝かせてもらっていたり、起きたらおいしい食事を振舞ってもらったり、なんとシャワーまで使わせていただきました。
 しかも、なんとあの脱出の際に、僕の荷物まで回収してくれてたりしていたようで、まったく至れり尽くせりだと言うほかありませんでした。

 命の恩人に対してしっかりとジャパニーズ土下座スタイルで感謝の意を示した後には、この世界についていろいろと説明してもらいました。

 結果、この世界はいわゆるドラゴンのクエストするやつやファイナルなファンタジーなやつやテイルズなシリーズのように、魔物が存在するような世界だということ。
 魔物は例外なく全員が女性で、人間に対して害を及ぼすようなことがないこと。
 そして、僕を助けてくれたこの幼女も魔物であることを教えていただきました。

 ウルさんが僕に説明するために書いた絵はとても丁寧で、突飛な事実であってもすんなりと理解することができました(のちに、ウルさんが魔法を使って、僕が概念を理解しやすいようにしてくれていたことが判明しましたが)
 あ、ついでに名前もこの時聞きました。
 僕を助けてくれたこの幼女の本名は、ウルスラ・エル・アヴァロンって言うそうです。
 なんか壮大な名前ですね。

 それとは逆に、僕の方からも僕のことや、この世界に急に飛ばされた状況などを、身振り手振りと紙芝居を交えつつ、なんとか説明しました。
 もっとも、僕のへっぽこ画力でちゃんと伝わったかは不安でならないのですが、少なくとも宿無し職なし身寄りなしの状況だけは理解してもらえたのでした。

 そして、彼女からまたしても救いの手が差し伸べられたのでした。

 なんと、行くあてがないならここで働かないかとウルさんが僕に提案してきたのです。
 もうこれは蜘蛛の糸どころの話じゃないです。蜘蛛の綱、蜘蛛のワイヤー、蜘蛛の梯子ですよ。
 魔物の親切さはホンマ異世界中に響き渡るでぇ……。

 とにかく、これまた二つ返事で了解して、このお家で住み込みで働くことに相成ったわけでございました。まる。

 これが、2か月前にあった、僕が遭難し、救助されて、ここで雇われるに至った経緯でございました。
 長かった?
 長かったよね。
 でも、僕はみんなが感じた以上にもっとずっと長く感じられたよ!
 あの3日は人生で最も長かった3日と言っても過言ではないです。

 そんで、今の僕の生活がどんな感じかといいますとですね

『シンジー! ワシの部屋のシーツ、洗濯しといてくれ!』
『はい! やります!』

『シンジー! 実験の手伝いが欲しいのじゃ! 少し手を貸してくれ!』
『わかった!』

『シンジー! 風呂焚きはまだかの? 早く風呂に入りたいのじゃ!』
『えっと、すこしまって! すぐやる!』

 このように、毎日元気に働いております。
 家を散らかし気味なウルさんのおかげで、掃除洗濯、整理整頓と大忙しですが、それもこの世界での新鮮な経験のための対価と思えばなんら苦になるようなこともありません。
 まさに、今の僕は労働のすばらしさを噛みしめているのです!

 けれど、何事にも不満というのはつきものでございまして、ウルさんに対しても一つだけ困ったことがございます。

 それは何かって?

『シンジー! ワシと一緒に寝るのじゃ!』
『いえ、えんりょしておきます』

『シンジー! 紋様術の実験をしたいんじゃが、ワシの全身にこの”べに”を塗ってはくれまいかのぅ?』
『いえ、えんりょしておきます』

『シンジー! 一緒にお風呂に入ろうぞ! おぬしの背中を流してやるぞ?』
『いえ、えんりょしておきます』

 なんというか、びっくりするくらい僕にべったりなんですよ。

 そもそも、普段の格好からして地肌を晒しまくってますからね、目のやりどころに困っているのに、そのうえさらに僕にベタベタしてくるもんだから、なんというか辛抱たまらんのですよ。
 ですが僕はもう良識ある男ですから、まかり間違っても命の恩人であり、見た目幼い女の子を襲うようなケダモノにはなりません!
 頑張るぞ! 僕!


 さて、そろそろ回想を終えて元の時間に戻りましょうか!
 まずは、ウルさんに頼まれたアルラウネの蜜とサラマンダーの爪を運んでしまわねば!

「えっほ、えっほ、よっこいしょー!! 『ウル、さらまんだのつめ、あるらうねのみつ、もってきた』」
『おお、ありがとうなのじゃ! そこに置いてくれ!』
「『わかった、ここにおく』よいしょっと。おー、このフラスコの中身きれいだなー…… 『ウル、なにつくるつもり、おしえて』」
『ん? まだまだ秘密じゃ! 完成したあかつきには、シンジに試してもらおうと思ってるんじゃ。〜〜〜に待っとれ!』
『……なるほど。ぼく、たのしみに、する』

 いや、実際は不安だらけなのですがね。
 だってさぁ、ウルさんが開いてる本のページ、挿絵がついてるんだよね。
 んで、その挿絵ってのがさぁ、男女がホニャララしてる類の絵にしか見えないんだよね。
 そんな効果のある薬って、いったいどんな薬なんでしょうね!
 シンジわかんなーい☆

『ふふふ……この薬でシンジをケダモノにして……ぐふふ……』


 遠い故郷のお母さん。
 いい報告と、悪い報告があります。

 いい報告は、このたび就職が決まりました。
 悪い報告は、近いうちにロリコンになるかもしれません。

 僕の貞操は無事でいられるんだろうか、誰か教えてください。

 まぁ何はともあれ最後に一言

 『異世界生活、始めました』
13/12/01 03:20更新 / ねこなべ
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■作者メッセージ
タグの使いかたを覚えました。

本当は前回のと合わせて、一つの話としてまとめてたんですが、長かったので分けました。

あと異世界言語が聞き取れない表現を”〜”に託したせいで、〜を使った語尾伸ばしができなくなりました。
迂闊。

ここからはわりとほのぼのになります。なるはずです。

エロは予定にはないです。今はまだ。

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