連載小説
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異世界は突然に
「...よし!今日はあるぞ!」
「...やったね、にぃに...」

爽やかな風が薫る5月の昼過ぎ、レストランの裏路地にあるゴミ箱を漁り歓喜する俺達は、久々に見つけた豪勢な肉を前に顔を見合わせてくすりと笑った。
俺達兄妹が昔この地域に捨てられてからは様々な場所を彷徨いたが、近頃はこのレストランが専ら入り浸る場所となっている。
まあ、入り浸るとは言っても、客としてではなく招かれざる「ゴミ減らし」として、勝手に来ては食材を頂戴しているってだけだが。

ここの肉は上質で品がいい。門構えからも察するに御偉方や上流階級専門の店なんだろう。普通に食えそうな特上品が少し焦げていたりってだけで平気で捨ててあったりする、俺達のような輩にとっては絶好の穴場だった。

「おにく...おにく...」

俺の側をエイミアは服の裾を掴みながらついて回る。可愛らしい顔を少しはにかませ、久し振りの肉にありつけたことに御満悦な様子だ。

妹は、俺が12になる日の夜に俺と共に捨てられた日から、所謂親代わりとして今まで生きてきた。だけど俺は好き好んで妹にこんな生活を強要してる訳ではない。

この町は皆冷たい。今の俺は15という齢であるがまともな学を積めず、身寄りが無いとわかるや否や、どいつもこいつも急に仕事の紹介を渋りやがる。
妹にこんな生活をさせてやりたくはないが、打開しようと様々な紹介所や店を転々としても何処も門前払いだ。捨てられたその日から手に職をつけられること無くこの辺りで食料を探す浮浪者となってしまっている。
俺はいいんだ、けどこんな明日を生きるのも辛いような生活を妹に強いちまってるのが本当に情けなく思う。
いつか妹に腹一杯ご馳走を食べさせてやりたい...そんな願いが、今の俺を突き動かす全てだった。


「...にぃに...おなかすいた...」
「あぁ、そうだな。今日はこれで終い、家に帰って食事にしよう」

そう言うと俺達は町の奥地にある抜け道を目指して足を運ぶ。

警備や溜まりの連中に見つからない秘密の抜け穴を通りいつもの森の中へと進んでいく。昔は町の中の路地裏にたむろしていたのだが、同じような境遇の連中に妹が慰みものになりかけた時に、この町には住むことが出来ないと判断し、町の外れにある森の中で住むこととなった。

今日は久方ぶりの肉が食えるってので、つい気分が高揚して早足になってる。

「ごちそー...ごちそー...」
「あぁ、今日は豪勢にやるぞ!」

手を繋いで着いてきてる妹も足取りが軽やかだ。
捨てられた当初は現実を直視出来ず一切の感情を閉ざしていた妹が、少しずつではあるがこうして感情を露にしてくれてる。兄として元の明るかった妹に戻りつつあることは堪らなく嬉しい。
同時に、あの頃のままに戻ってくれる様に俺がもっとしっかりしなくてはと改めて身を引き締める。



森の中の獣道をかき分け長いこと進み、ようやく深緑に佇む隠れ家、もとい我が家が見えてきた。

捨てられていたカーテンを縫い合わせた屋根に軽く組み木をした、俺達が力を合わせて造った大切な家だ。そりゃあ街中のと比べたら素人仕込みの杜撰な設計だが、こいつのお陰で当初の雨風すら凌げない頃よりかは遥かに生活水準は上がったと思う。

「さぁ、火を着けよう。エイミア、鍋を持ってきてくれ」
「...がってんしょーち」

エイミアはゆるく敬礼のポーズをしたかと思うとトテトテと家の中に入り鍋を探しに行った。全く一動作が全部可愛いなあアイツは。見ていて微笑ましくなっちまう。

さて、こっちも準備しないとな。野営をしてると火をつけるってのも一苦労だ。
同じくカーテンと、家以上に丁寧に組み上げて造った保管場から薪を取り出し、日中なのでレンズを使った着火を試みる。


しばらく当て続けるとたちまち薪から煙が上がり燃える兆しを見せ始めた。よしよし上手いこと風干しが出来ていたようだ。
さて、後は鍋を火にかけ、少し表面を焼いて消毒すれば久々の肉にありつける。今か今かと火が着くのをワクワクしながら待っている。


...?

遅いなエイミアの奴。俺達の家なんて薄い布団と拾い集めた本や少しのガラクタしか無いから、あんな中で探すなんて事も無いはずだが。

ははぁ、さては町中を散策して疲れちゃったな?また中に入った安心感で寝ちゃったんだろう。全くしょうがない奴だ。
なら、俺も飯を食うのは後にして先に一眠りするとしますかね。

「おーいエイミアー、この寝坊すけ...え?」

...おいおい...何だよ、こりゃあ...
ガラクタの一つだったドアノブが独りでに浮き上がり、光のもやで出来た扉みたいなのが出来てやがる...
ノブには手をかけられた跡があり、うっすらと半開きになった隙間から光が射し込んでくる。


...エイミア!?エイミアはどこだ!
まさかフラフラとこの中に入っちま...

待て、今扉が独りでに開いていったような...いや、開いてきてる!
「おいおいおいおいちょっと待て!」
中から漏れる光がビカビカ照らしてきやがる!
何だよこりゃあ、どうなってやがんだ!ヤバイヤバイヤバイドンドン広がってる!!何かわかんねーけどとにかくヤバイ!くそっ何も見えねぇ!!






眩しい...何だってんだこの光は。
それにさっきまでは新緑の香りが漂っていたってのに、急に甘い香りが薫って来やがった...






やっと少し目も慣れて...ん?
ここは...いつもの森...じゃない!?
あの森にゃあんなバカでけぇキノコは生えてないし、こんな色調の狂った果実だって成ってない!どこもかしこもペンキをぶちまけた下手くそな絵みたいな色彩で気分が悪くなる!
何だよここ、さっきから何だってんだよ!俺は夢を、悪夢を見ているのか!?


そ、そうだ!戻ろう!行き掛けには扉があったんだ!あれからきっと戻れ...

...嘘だろ...おい...何で無いんだよ...
...どうすんだよ...どうしろってんだ...


「あはぁ♥にーんげんさーんだー♥
またにんげんさんの匂いだー♥」

突如頭上からつんざくような女の甘い声が幾つも重なって響いてくる!?あーもう何だってんだ!上!?キノコの上か!?
くそっ、訳のわからない事だらけだ!とりあえず逃げよう、まずは落ち着く時間が必よっ...!?

「つーかまーえたっ♥ねっしよっしよっ♥」

急に視界がぐるんと空に向けられ何が何だかわからないまま仰向けにされちまっ
...んんぅお!?何だ!?翼で腕が覆われた女が俺に覆い被さり俺のズボンをずり下ろそうとしてる!?

「いやいやいやいや待て待て待て待て!あんた何やってんだよ!?」
「わたしなんてどーでもいーでしょ♥しよーよ♥ねっ♥ねっ♥ねっ♥」
「だー!まず落ち着けっての!!」
「うふふ〜♥...あれぇ?
かすかに別のメスの匂いがする...?」

...何だ?急に動きを止めやがったな...何はともあれ抜け出すのは今しかない!

「よっと!悪いなねーちゃん!」
「キャッ!?もー、他のメスがいるなんてー!つれないなー!」

つれるとかつれないとかの問題じゃないだろ...っと悪態ついてる場合じゃないな。まずは逃げて此処が何処だか判別するってのと、エイミアがいるかを模索しねーとな。

ん...待てよ?「また人間」っつってたなアイツ。まさか、エイミアがここにも来たってのか!?
また襲われちゃ敵わないが、情報収集にエイミアの手掛かりもあるかもしれない。遠方から少し訪ねてみるか。

「おーい!さっきは悪かった!ここからですまないがちょっと訪ねたい!!」
「なによぉ、いたいけなしょーじょを突き飛ばしておいて今度は質問攻めー!?」
「悪かったっ!詫びになるものを何も持ってないけど謝る!許してくれー!」
「んもー、大声でしゃべるの疲れるよー!襲わないからそっち行くねー!」

言うや否や翼をはためかせ凄まじいスピードで飛んできた。なるほど、俺はこれに捕まったのかってのと、人間の脚力ではもう逃げられないって事がはっきりとわかった。

「...ぅよっととぉ、はぁーもう、若いエネルギッシュなオスの香りさせながら生殺しなんてぇ、もう、もう♥」
「改めてさっきは悪かった、いかに魔物娘といえど突き飛ばして逃げるのはちょっとばつが悪いしな」

その前に襲われたんだからイーブンである気もするが...ここは頭を下げておこう。路地裏でも傲慢になる奴は大抵早死にする。

「はぅ♥優しいのねっ♥もう、貴方を他のメスから奪いたいくらいに♥」
「何を考えてるか知らないけど、もう襲ったりはしないんだよな...?」
「貴方のつがい次第かな?メスの方が複数オッケーしてくれたらすぐにでも襲っちゃう♥」

やっぱりやべー奴じゃねーか!
何てーか、導火線が見えない巨大な爆弾を抱えちまった気分だ。

くそぅ、俺に女の匂い?生まれて来てから母の温もりもほとんどなきゃ商売女と交えたりもしなかったぞ。いったい誰だってんだ。

「話を戻そう。まずは...ここは何処か教えてほしい」
「ここ?ここは不思議の国!みーんなが可笑しく楽しく淫らに交わるところなの♥」
「国...不思議の...えっ?国名は?」
「だからぁ、不思議の国!ハートの女王様が治めるとぉっても素敵で楽しい夢の国よ♥」

...頭が痛くなってくる。何処の国かもわからないし答えになってないじゃないか。

「...質問を変えよう。俺がさっきまで居た森、それに連なる城下町に行くにはどうすればいい?」
「森?貴方も森から来たの?」
「質問に答えてくれ、俺達は帰らなくちゃならない」
「うーん不思議の国は気紛れさんだから、来る道行く道フワフワあちこち宙ぶらりん。私なんかには知りもしないよ〜?」

場所についてはもうどうしようもないみたいだな...最悪永住を覚悟しなくちゃならんのか。

「...では一番聞きたかった質問、俺と同じ白髪で髪の短い、俺の妹を見掛けなかったか?」
「うん、見かけたよー♥すっごい可愛らしい子だったけど、すごくオドオドしてたかな?」

やはり来ていたか...くそぅ!

「妹は!どっちに向かった!?」
「あははー♥不思議の国での道案内なんて、無茶で無謀の無理難題、日が傾けば道も傾くこの国じゃ何処が何処かもわからなーい♥」
「ふざけてないで頼む、答えてくれ!妹に何かあったら...俺は...!」
「ふざけてるわけじゃないよー、本当にこの国は住民さえも困っちゃうくらい道も街も変わっちゃうんだぁ」

何なんだ畜生、せっかくの手掛かりがあっても方角がわからないんじゃ何もわかったものじゃない!
ただただイタズラにこのイカれた世界に妹が取り残されてるっていう焦燥感しかない!

「...でもぉ、お兄さんと妹さんは血縁なのよね?私達元ハーピーの魔物の力を使ってちょっと頑張ってみようかしら♥」
「あ、ありがたい!是非お願いしたい!」
「いーのいーの♥貴方のメスかもしれない子だし、お願い出来たら止まり木にさせてもらうから♥」

何やら妙な注文をされてしまった。
止まり木?鷹匠の様に腕にでも止まるのか?
何でもいい、妹の手掛かりなるのであれば何をおいても頼みたい!

「ああ、何でもする!だから、頼む!!」
「ふふー♥おっけー♥頑張るね♥
そういえばお互いに名乗ってなかったわね、私はアモネア、よろしくー♥」

そう言って彼女は翼を前に突きだし...あぁこれ握手か。
しっかりと握り返して信頼を築いていかないとな。

「マレチクスだ。ちなみに探す妹の名はエイミア。これからよろしくな」
「うん、それじゃいこいこ♥しゅっぱーつ♥」
18/06/26 00:07更新 / もにもとに
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■作者メッセージ
さらっと終わらせるつもりが長くなりそうだったので一旦小休止...

後半地の文無しの完全主観頑張ってみましたがすごい難しいですね

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