連載小説
[TOP][目次]
第三話 中編 御構い無神父
「……こ、これがあのアマゾネス……」

 現在ルミアの町を訪れた男の前には、町の修理の手伝いをしている褐色の女性達の姿が。彼女たちはこの近くにある大森林に住んでいるアマゾネス達である。
 ついこの前男狩りが行われたので安心して来たら目の前にアマゾネス達がいた。これでは自分も標的にされると身構えた男であったが、アマゾネス達はこちらに見向きもせず黙々と町の修復作業をしている。これはどうしたというのか。
事の次第は数日前に遡る。
 
 前回の男狩りから数日後、いきなり現れた彼女らに町の人々は恐怖に震えた。
「まだ早すぎる」、「また壊されるのか」、「次は隣町のはずだろう」、人々が口々に不安を呟く。
彼女らは定期的に男狩りをするがそんな数日のうちに何度も来るなどという事はこれまで無かった。
男狩りの際に近隣の村にいる未婚の男たちは気に入られるとアマゾネスに連れていかれそのまま婿として生活することになる。
男らも抵抗するので町は壊れることもしばしばあるのだが、壊した張本人たちは帰ってくることはないので災害のようなものであると近隣の人間達は割り切っていた。
そんな彼女らが再び現れたのだ、せっかく直し始めた町がまた壊されるのかと考えると徒労感も凄まじい。とはいえ彼女らに逆らってもどうすることもできないので、彼らはまた大人しく逃げるしかないのである。
しかし町の人間達が逃げようとしたがアマゾネス達が襲ってこないので不思議に思っていると一人のアマゾネスが口を開いた。

「えー、先日は我々の男狩りをさせていただきましてありがとうございました」
「「「「「「「「「「ん?」」」」」」」」」」

突然のアマゾネスの言葉に対する疑問と共に硬直する町の人間達。

「我々がこれまでに幾度となく夫たちを手に入れさせていただいてきましたが、その際に町の方々には多大なご迷惑をおかけした!」
「えっ?」
「……我々はこれまで行ってきた周りのことを考えていない行いを、ある神父に気付かされたのです」
「は、はあ……」
「我々は気付かされました。我らの男狩りの際に壊されたものは原因が私達ならば、私達が。我々の夫となった者達が壊したのならば、その責任は妻である我らが。追うべきであると」

アマゾネス達の脳裏にとある男の姿が浮かぶ。

『良いですか、皆さん。この世界では誰もが主神によって誰かと繋がっているのです。例えば隣に座っている者同士。共にこの森で生活する仲間ですね。例えばこの森の生き物。共にこの森に生きる仲間であると同時に、時には命を分け与えてもらって生きていますね。町の方々もあなた方の行いにより繋がりがあります。それは僅かな時間でも行動には結果が、権利には責任も義務も関わってきます』

権利、自らの力で全てをこなして彼女らには自分の力の及ぶ範囲で何かに干渉することができることを知っていた。
義務、夫を得たからには家族を守る存在としての行いが必要であった。男の言葉は続く。

『あなた方が夫を手に入れるなら、その場とした所にも他の存在はいたはずです。そう、あなた方は夫を得る場所を提供してもらっていますね? そして成果を得たならそれを誇らしく思うと同時に、結果を得る原因となったものすべてに感謝しましょう。この世界に生きる存在は全てが持ちつ持たれつ互いに干渉し合っているのです。助けてもらったら感謝しましょう。迷惑かけたら謝りましょう。自分のみが恩恵を受けるのではなく時には自らその相手に受けた恩は返しましょう』

 今までの彼女らなら『くだらない人間の言っていること』と一蹴していただろう。
しかしその男は男狩りで連れ去った人間のために単身乗り込み、自分達の静止を振り切り、自らのするべきことを成した。
その強さを知るためにまず男の考えに触れようと思った里の数人が彼の話に耳を傾けたのを皮切りに広まり、一度話を聞いた者は誰もが改心してその話を友人に話した。それに興味を持ったその友人がまた話を聞く集会に参加し、最後には里の全ての者達が男の語る『主神の教え』に耳を傾けていた。

最後にリーダーであろうかある種の風格を漂わせるアマゾネスが出てきて

「町の人間達よ、私達はある人間に諭された。あなた方が我らに夫を手に入れる場を提供してくださるのだからそれを整備するのも我らの務めではないのかと」

>提供なんかしてねぇんだがなぁ……
>と言うかそもそもお前らが勝手に来て、暴れてるんじゃないか……
>んー……つまり?

「ということで前回の男狩りで壊れてしまったものの修理を手伝いに来ました」

それから数日、最初はどこか距離を置いていた町の者達であったが同性の者達から次第に打ち解けていき今に至るのである。
後に大森林に動き在りとのことで調査に向かう教会の人間はこの光景に絶句するだろう。大森林の周囲の村や町に普通の教会勢力圏内の村や町とは違う住み分けがあるにしても、教会勢力圏内で中立国のような振る舞いになっているのだ。普通なら主神の教えを守らぬ不届き者らと扱われるはずだがアマゾネス達の方に何故か主神に対する理解があった。これを主神の一信者として扱うべきかがこの後教会上層部でしばし論争になるであろう。


 教会の上層部で後の問題の種になる原因を作った男は現在、ラバウル王を訪ねて王城に来ていた。ここの王は旅をしている人間の話を聞くのが好きで国に訪れたときは、挨拶がてらに会って旅の話の一つ二つして喜ばせるととても便宜を与えてもらえるとの話を聞いていたからである。

「すまないが王は今誰ともお会いにならないのだ。また日を改めよ」

しかし王に面会を求めたイネス達への回答は噂に聞くものとは違ったものであった。

「何かあったのですか?」
「いや、門兵の俺にはよくわからんが今日も謁見は無しらしい」
「今日も、とは?」
「ついこの前……いつだったかな? 本当につい最近なんだ、王が部屋から出てこなくなったらしい」
「病気か何かにかかられたのでしょうか?」
「うーむ、でも一応侍女が食事を運んでいるらしいから特に何もないとは思うが……心配だよな。……っておっと、こんなこと話してるなんて言わないでくれよサボっていると思われちまう」
「ああ、そうですよねお邪魔しました。ではもし可能ならお大事にとお伝えください」

門前払いされ城を離れたイネスたち。門番から離れ話し声も聞こえなくなった辺りでニアが声をかけてきた。

「なーんかキナ臭いですね」
「きっと王様も、国を治める立場の人間ですから大変なんでしょう。王様が何をしようとしているのかついでに聞いてみたかったのですが……仕方ありませんね。しかし王様が部屋から出てきていないならこの国にいるというお姫様もまだ安全なのでしょう。では予定道理ノノさん、どちらに向かえばいいんですかね?」

イネスが後ろにいるレトへと振り向く。ただし目線はその頭の上にちょこんと座っているノームへ向けられた。

「悪いね、でかいにいちゃん。お姫様はあっ」

「ち」とノノが発する前に突如閃光と共に爆音が響いた。続いて一つ、二つと爆発音は散発的だが続いていることから事故ではなく、人為的なものだろうとの考えが彼らの頭を浮かんだ。

「ちの方……あれ? そんなっ、お姫様がっ!?」

爆発音と閃光はノノの指している方角からきていた。

「これは急いだほうがよさそうですかね」

イネスによりレトは小脇に抱えられ、ノノはレトに抱きしめられた。ウルスラがイネスに肩車し、ニアは紐で自分とイネスの背負いを結ぶと、イネスは霧の出ている森の中へ駆け出した。


 前回の失敗を基に直接イネスに捕まらず紐で引っ張られることを選んだニアが木に何回かぶつかり、諦めて背負いに捕まることを選んだ以外は道中特に目立った問題は起こらなかった。後に『本調子の彼なら揺れもなく、木などの障害物の多い場所では最初から捕まればよかった』と語っている。
 
ノノの案内で近づくほど濃く、纏わりつくような霧を抜けて城にたどり着くと、そこには大勢の兵士たちの倒れている中で立っている薄紫の金属で全身を覆った鎧騎士の姿が。それに相対する真っ黒いボロ布を頭まで纏い、さらに黒いマントを羽織った人影であった。

 騎士が駆け出すと黒ずくめも走る。激突する剣と剣、黒ずくめのマントの中から出ている右腕が剣を握っていた。しかし騎士は手ぶらと思われた状態からいきなり出てきた剣に対して驚愕の色はない。
 続けて騎士が盾で胴を狙って突く。しかし黒ずくめはそれより早くマントに隠していた左手で魔法による火球を盾の軸線上に置いていた。盾の直撃と同時に火球が爆発する。
 爆炎の中から飛び出したのは騎士の方だ。盾が煤けているが大きなダメージは受けていない、咄嗟に盾を斜めに構えて最大限爆風を反らしたのである。
 煙から黒ずくめが飛び出し騎士に向かっていく。騎士もそれに迎え撃ち、激しい剣技と魔法の応酬が始まった。
 
「ふむ、これは一体どういう事でしょう?」
「ええと、ノノさん、ノノさん。あのどちらかの方がお姫様でしょうか?」

闘いの様子を見ながら木陰に背負いを下ろして腕組みするイネス。とりあえずニアがノノに尋ねるとノノが首を振る。

「んーん、片方はお姫様の騎士様だよ。お姫様を守るために一緒に眠っていたんだよね。でもよかった。騎士様がいるうちはお姫様も無事だろうしー」
「……割と私達いらなかったんじゃないですか? あの騎士さんがお姫様を守ってくれているんでしょう? しかもかなり腕が立ちそうですし」
「んー、そうかも」

 なはは、とノノが笑いながらレトに絡みつく。レトは引き離そうとするがノノが元の姿に戻ると体格差的に敵わないので抵抗するのを止めてげんなりしていた。
しかし場の緊張は取れない。ニアがイネスの方を見ると彼は両者の闘いの周囲に倒れている兵士たちを戦闘から離れたところへ運んでいた。二者は互いに戦闘に集中しており周りに気を向けていないのかイネスには反応しない。しかしたまに飛んでくる火球や魔法をイネスが間一髪で躱していく。
色々な意味でどうかしている光景だがニアは突っ込まないことにした。ではとウルスラの方へ目を向ける。

「……」

ウルスラの視線は二人の戦いから離れていない。特に黒ずくめの方へ注視している。

「ウルスラさん、どうかなさいましたか?」
「んぅ? いや、あの動きどこかで見た覚えが……」
「?」

それきりウルスラは何かを思い出そうとうんうん唸りだしてしまった。

「おい、おい! そこのお主ら」

不意にどこからか声が聞こえる。しかし周りを見ても発生源は見当たらない。

「そっちじゃない! こっちだ、こっち!」

良く見ると瓦礫の陰から手が伸びている。

「うん? 誰か呼びました……と言うかあなたそんなことになっているけど大丈夫なんですか?」
「大丈夫なわけがないだろう! 頼む、隠れていたら瓦礫が倒れてきてしまったんだ。動けん、助けてくれっ」

手が伸びている瓦礫の隙間から男の声がする。上に乗っているのはこの城の城壁の一部だろうか、なかなかな厚さで直径も人一人分くらいゆうにある。

「私にはどう考えても持ち上げるなんて無理ですし……あ、ノノさん。あなた精霊ですしこれ土
をどかして道作るなり瓦礫を持ち上げるなり何とかできませんか?」
「え? できないけど?」
「え、ちょっ、土の……精霊ェ……?」
「まってまって、そんな存在を疑うような眼でみないでよー。精霊なんて元々自然に寄り添うものでそれ自体は無力なんだからさー。自然の力を扱えるのは精霊と契約した『精霊使い』であって、私たち自身は大きな力を持ってないんだよー」
「つまり使えない子?」
「むっ、ならちょっと待っててよ。この子と契約してくるから。そしたらこの子が土の力使えるようになるからそれで退かせるよ」
「ふーん、ならさっさとやっちゃってください」

コクリとノノは頷くと抱えていたレトを立たせてレトのズボンを大きな手で器用に下ろした。

「「はいっ!?」」

驚きと共にこけそうになりながら一瞬で後ずさるレト。もちろん前を隠すのも忘れてはいない。

「あ、逃げないでよー。契約できないじゃん」
「ななな、なんでズボンを下ろすのさっ!? と言うか契約すること僕同意も何もしてないよっ!?」
「契約しないの?」

ノノが首をかしげる。その無邪気な仕草に一瞬わずかながらドキリと胸が高鳴るレト。

「……契約って何すればいいの?」
「わたしとせっくす」
「ハイ、ストップ! イネス君カモン!」

ノノとレトの間に入り、イネスの方を向いて手を高く上げて指をパチンと鳴らす。すると、周囲に倒れていた最後の兵士達数人をまとめて抱えたイネスがそのまま走って来た。

「呼びましたか天使様?」
「この瓦礫をどかしてください。下に人がいます」
「何と! それは気付きませんでした! 直ちに。ふむふむ……よっ、こいしょー!」

城の城壁だろうか、砕けた後も一枚のブロック状になっている瓦礫に近づくとイネスは下を覗き手から中にいる人間の位置を確認、見えない位置は予測で当たりをつけた。そのまま隙間に手を掛け、掛け声ひとつで肩の高さに一度持ち上げ、次の一声でそのまま持ち上げひっくり返してしまった。

「これで良いですか?」
「ええ。人の命を救うのは主神信徒として善い行いですからね、イネス君。主神もお喜びでしょう(うん、やはり最初から彼に頼めばよかった……)」

ニアがくるりとノノに振り返り

「はい、契約はまた今度で」
「ぶーぶー」

ノノは口を尖らせて不満の意を示すと手のひらサイズになりレトの頭の上で手足をばたつかせた。

「あの、上で暴れないでほしいんだけど」
「仲が良いことで」

契約の内容を深く知らないイネスが微笑ましく眺めている。
その横のニアはげんなりしている。

「……エンジェルとして看過できる範囲で仲良くしてもらいたいものです」

眉間を頭痛に耐えるニア、果たして彼女に安らぎは来るのだろうか。
と、そこに後ろから声を掛けられた。

「ふう、助かったぞ。礼を言おう、私はこの国の王だ」
「いえいえ、良いんですよ。主神信徒として困っている人を助けるのは当然です。……と、王様でしたか。ええと? 王様は部屋に閉じこもっているとお聞きしましたがどうしてこのようなところに?」

そう聞かれると額から汗を垂らしながらバツの悪そうな顔をして王は答えた。

「……いや、まぁ、その、何だ。この城に内密に用があってな、私が直接赴く必要があったから準備をして他の者……特に来客には黙って来ていたのだ。ほれ、国の長が理由も述べられずに王城から離れることは民もあまり良い印象を受けないだろう?」
「なるほど。では次にあそこで戦っているのはどなた……と言うより何故戦っているのでしょう?」
「片方はこの城を守る騎士だろう、そう自分で言ってたからな。数日前に一度訪れた際に目覚めて我らを中から追い出し、城の調査に同行した兵士達数人を軽く蹴散らせてしまった。それで今度はあの騎士を倒せるように倍の兵を集めてきたのだが結果は同じだった。もう片方は借りた用心棒で……」

目を逸らしそわそわしだした王に不思議に思っていると、騎士たちの戦いからの流れ弾であろうかすぐ近くに何かが飛んできて爆発を起こした。

「ひぃっ!? あ、あの者こちらの被害はお構いなしか? あの商人め、実力はあってもこちらまで行動不能になっては意味がないのはわかっているのか!?」
「あの商人?」
「うっ……」

イネスはじっと王の目を見つめて離さない。一国の王にこんなことができる人間もそういないだろう。王もその視線に負けたのかついに口を開いた。

「ああ、わかった、わかったからそう見るな! 私はとある商人と商談してな、ここの城は王家で代々管理してきたのだがその城にある古い調度品を売ってくれと持ち掛けられたのだ。それで下調べに来たのよ」
「あれ? でもわざわざ王様が直接足を運ぶ必要はないんじゃないですか?」

至極もっともな疑問をレトが指摘する。

「それは……」

王はまたしても目を逸らした。

「王様」
「う……そ、それは……その商人が美しく……何というか……」
「いいとこ見せたかったんですか?」
「うん」
「なるほど。だそうですよー天使様」
「見え張ろうとした結果がこれですか……まったく」

「おい! そっちに一つ飛んで行くぞ!」

皆が呆れて気を抜いたタイミングでウルスラの叫びが届く、視線を向けるとそこには再び飛来する光弾。その先にはニア。
それに気づいたため少しでも離れようとするとする王、気付いたニアは咄嗟に防御魔法を張ろうとしたが発動が間に合わない。
とにかく射線上から押し出そうとレトが体当たりをした。
ノノはそのままニアに押し付けられた。
目の前に迫る光球にレトは覚悟を決めて目を瞑った。
光弾が当たり爆発するかに見えた瞬間、イネスが間に飛び込んだ。
そして爆発、閃光、吹き飛ぶ影。

「う……あ? あれ? 僕生きてる?」

ゆっくり目を開けて自分の身の無事に気付くレト。
どうやらイネスに助けてもらえたようだ。ニアたちから数m離れていることから目の前のイネスに抱えられて一緒に吹き飛ばされたのであろう。
レトは我が身を省みず他者を助けようとするこの男の生き方に強さを見出し、イネスならどうするかと真似てみた様だがやはりまだまだ未熟な彼には早い行動だったのだ。

>また助けられてしまいました……

「し、神父様……あ、ありがとうございます……僕、神父様みたいに強く……神父様?」

反応が無いイネスの背中に手を伸ばすと、ねちょりとしたぬめりを感じた。

普通の人間が魔物に対抗するには余程訓練を積んだものか自らを魔法で強化、ないし魔法による攻撃が基本である。
魔物の身体能力に人間は素では基本的に勝てない、構造的にも種族的なものでも差があるのだ。
その魔物との戦いにも使われている魔法を受けた。これで人間が無事であるはずがない。

「し、神父様……?」

声をかけるもイネスは動かない。
逆に考えてみればわかろう。当たれば地面を軽く抉り吹き飛ばす光弾を受けたのだ。生身の人間なら粉々になってもおかしくない衝撃を自分の背中で受け止めた、これだけでも驚異的である。

「神父様……ごめんなさい、ごめんな」

レトが涙を溜めながら動かないイネスに謝ろうとした時、ガバリと勢いよくイネスが起き上がった。

「ぅぅううううううう熱ぁっ!? あ痛っ! すごく背中ひりひりします! でも私は生きている、これは主神の御加護によるものに他なりません! でも痛い!」

飛び起きたイネスは直撃を受けた背中の痛みに悶えながらその場でピョンピョン跳ねている。

「し、神父様! 背中を地面につけないで! 自分で感じている以上に背中の皮膚抉れてますから!」
「えっ!? そうなんですか! どうりで! ぬっふぁー! 風が! 風が!」

イネスの声を聴いたのかウルスラやニアたちが集まってくる。

「主様! 大丈夫なのか!? よ、よおし、我が患部を舐めよう。ドラゴンの体液には治癒を早める作用があったりなかったり、治癒を早める効能があると噂で聞いたような気がしたようなしないような!」

背中に飛び付き傷口、と言ってもウルスラの顔くらいありそうな場所に舌を伸ばすウルスラ。舌先がちょんと触れた瞬間イネスが飛び上がった。

「ひょえっっ!? いっっっったぁい゙い゙い゙い゙!!」
「ウルスラさん多分これ結構深くまで抉れてるから触らない方が良いんじゃないですかね?」
「む、ならばやめておこうか。しかしすまぬな……もっと早く我が伝えておれば……」
「いえいえ、良いんですよ。この程度で済んでますから。ウルスラさんの言葉が無ければ天使様や王様まで怪我してしまうかもしれませんでしたからね。私だけでよかったです」

えらいえらいとウルスラの頭を撫でる。ウルスラは頬を染め嬉しそうに目を細めた。

「それはそうと主様、思い出したのだが我はあの黒ずくめな片方の動きを見たことをあるぞ。動きのキレが段違いだったのでずっと思い出せなかったのだがついさっき思い出したのだ、昔我を倒そうと襲ってきた人間の一人だったわ。まぁ、軽く蹴散らしてやったが」
「なんだウルスラさんのお知り合いでしたか、ではこのまま争っていては周りが危ないので一度やめてもらうようにお話しできませんか?」

背中の痛みをなるべく感じない体勢を色々探しながらウルスラに尋ねるイネス。とりあえず服がボロボロなので背負いから新たにまったく同じ神父服の上着を取り出して羽織った。

「うむ、しかしどうやらあやつら周りが見えていないように見える。それに前に戦った時より光弾の威力もスピードも上がっておって……その」
「その?」
「この姿では太刀打ちできぬ」
「あー……」

しかし元の魔物の姿になればというのはここではリスクが高い。
気絶しているとはいえ、いつ意識を取り戻すかわからない兵士たちと一国の王であるラバウル王。
それにもしかしたら自分らの知らない誰かが見ているかもしれない。

「……とりあえずこのままでは危ないのであの二人を止めましょうか。その後で王様の言う美人の商人さんにも話を伺いましょう。王様を見ていてください。もしまた何か飛んできて危ないようならウルスラさん、任せます」

ウルスラがそれは最悪元の姿に戻っても良いのかと聞くより早く、ウルスラに背を向けると闘いの中に再び飛び込んで行った。


 騎士は焦っていた。
自分の実力にはある程度自信があったからだ。しかし相手は自分の剣筋を的確に躱し、受け流し、細かな手段で反撃を繰り出してくる。
自分の身に纏う鎧にそれは大したダメージとしては入らないが攻めあぐねているのは確かだ。
自分より強い者が見たことないわけではなかったが、目の前にいる何者かは自分がこれまで見たことある人間とも、この何者かと戦いに入る前に相手をした粗悪な鎧を着ていた兵士たちとも格が違う相手であるのは確なのを感じていた。
それに何より騎士である自分には守るべきものがあった。侵入者を排除するためとはいえあまり長い時間を離れたくはなかった。それが騎士の焦りをさらに呼び、剣筋を鈍らせる。

「……」
「……!」

打ち合っていた剣を押し返されて飛び離れた黒ずくめが手を閃かせる、するとその軌跡に5つの光球が現れ騎士に向かって飛んできた。
騎士は二つを躱し、一つを右手の剣で切り裂きつつ爆発する前に駆け抜け、一つを左手の盾で弾き飛ばした。弾かれた光弾は操作主からの指示を失ったのかそのまま飛んでいき城壁に当たって爆発した。最後の一つは迂回して背後から飛んできたが躱して地面に着弾した。
騎士も知っている魔法だ、人間の魔法使いが闘う際によく使う魔法。これ自体は基本的な、誰でも素質があればすぐに使える魔法。
当たると小さな爆発をする光弾を飛ばし、魔物相手なら目くらまし程度、人間相手なら相手に牽制する程度の威力な魔法だがこの相手が使うのはなかなかの破壊力である。基本的な魔法故に使い易く、この相手は打ち合う剣の隙間や死角から的確に狙ってくる。

「……」
「……ッ!」

>この相手と戦い始めてからどれくらい経ったであろうか、早く戻らなくてはとこんな奴蹴散らしてあの方の傍に、傍に……

騎士の焦りは角っていく。勝てない相手ではない。自分の鎧はこの相手の光弾を防ぎ、自分の剣技は相手より速く力強い。

>……なぜ止めが指せない。まるで時間稼ぎを……

騎士の意識が目の前から離れた瞬間、目に前にいた黒ずくめの姿が消えていた。
気配を感じ、後ろに振り向きながら水平に剣を薙ぐ。
切り裂いた黒いローブの中にはさっきまでの十倍近い大きさの光球が入っていた。

>消えた!? これは……!

剣が光球に触れた瞬間、爆発と共に剣が弾き飛ばされた。
体に向かう爆風は盾で防いだが、直接爆発を浴びた右腕の感覚が無い。

>クソッ! やつはこちらを焦らせて……狙っていたのか!

だらりと垂れた右腕を庇いながら爆風による砂煙の中から飛び出す。
治癒魔法を右腕にかけるが剣を握れるまで左手と回避行動のみで対処しなければならない。

「……」
「……ッ!」

ゆらり、と砂煙の中から現れた相手の男はその空ろな焦点の定まらない目で騎士を見ていた。
そして相手の負傷に対して一気に畳み掛けるように連続的な攻撃のペースを速めた。これでは右腕に回復魔法をかけている暇がほとんどない!

段々と追い詰められていく騎士。
剣筋を見切り、躱すとその死角から光弾が迂回してやってくる。
光弾を盾で弾いて開いた懐に光弾が炸裂した。
元々の鎧の強度でこの程度の爆風何ともないが、しかし一瞬隙ができてしまう。
男は細長い何かを脇の鎧の継ぎ目に叩き込む。指の隙間に隠した針と言うには大きく、ナイフと言うには細い騎士の見たことのない武器だった。
咄嗟に動きの出来ない騎士の鎧の隙間を縫って針食い込ませる。

「……」
「くっ……!」

騎士が脇を押さえながら飛び離れる。
男はそのまま騎士の動きを見ていた。
騎士の息は荒い、回復魔法をかけようと左手を動かすと男が駆け出してきた。
再び剣戟の嵐が始まる。
騎士の動きは先程までよりさらに動きが鈍っていた。

>これは……少々まずいかもしれんな……毒か……?

脇に力が入らない。
体を捻る動きがうまくできない。
これまで体力を考えて最小の動きで剣筋は見切れていたが、見えていても体が動かないのでは飛び退るしかない。
それでも飛び退り僅かにできた時間の中で体勢を立て直しつつ、右腕に回復魔法をかける。

>注意すべきはいつ来るかわからない大きな光球と迂回する光弾をブラフにした刺突武器……だが同じ手は受けんぞ!

剣の間に混ぜてくる死角からの光弾を予測し躱す。
設置型の光球の発生と同時に後ろに飛び下がり、次の攻撃に備えつつ再び回復魔法をかけようとした時、着地しようとした地面から光球が現れ爆発した。
設置型の光球を地面に仕掛けていたのである。
背後から爆風を受けて前のめりに吹き飛ぶ。落ちて行く騎士の先には首の兜と隙間に狙いを済ませた黒ずくめの刺突剣による突きが待ち構えている。

>これは躱せないな、見事な戦術であった。……姫様、最後まで共にいることができず申し訳ありません。先にお父上様達の元へ行かせていただきます。

騎士は鈍化した時の中で迫る切っ先を見つめながら、過去の様々なことが流れていく走馬灯を初めて感じていた。

>そういえば最初の兵士たちはどうなったのであろうか……姫様は殺生を嫌うので一応命は奪わずにして転がしておいたはずだが……この者との戦いの中、あの光弾に巻き込まれて吹き飛ばされてしまったか。そうでなければいなければいいのだが……ん?


 全てがゆっくり動く時の中、迫りくる切っ先から一瞬視線を外して周囲に意識を向ける。そこで不思議なことが起こった。
視界の隅、目の前の黒ずくめ男の向こうからでかい神父服の男が走ってくるのだ。
自分の思考以外全てが遅くなった世界であるのに、まるでそれだけが世界の仲間から外れているように普通に走り迫ってくる。騎士はこれが死神か、と思った。

>死ぬ間際には不思議な現象に度々合うと良く様々な知り合いから聞かされていたが、とうとう自分にも起きてしまったか。あいつが普通の速さで動くのは自分の精神の中での存在だからであれが自分の元にたどりつくと自分は死ぬのだろうな。

ずしりずしりと男が歩を踏みしめながら迫ってくる。

>しかし死神があんな大男だとは……もっとこう、それっぽい何か雰囲気を持ったものと思ったが全然イメージと違ったな。人間どもの神父の服を着ているように見える、これが皮肉と言うやつか。むしろ目の前のやつの方がよほど死神らしい……ああ、切っ先が近づいてくる。私の頭を貫こうとしている。痛いのだろうか、痛いのは嫌だな。死神が近づいてくる。ああ、殺すなら早くしてくれ、この迫る恐怖を和らげてくれ。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い! 死にたくない! 死にたくない! 姫様! 姫様!

鈍化した時の中でも思考は高速で回っていた。恐怖と焦燥、後悔がもみくちゃになりそれでも避けようのない死が近づいてくる。

ここで大男の動きに変化があった。黒ずくめの後数mで思い切り地を蹴り、両足を揃えてドロップキックの体勢になり加速してきたのだ。これでは切っ先が頭を貫く前に騎士に届いてしまう。

>これは死ぬ前に魂を持っていくとかそういう何かの暗示なのか? ああ、くそ。もう何でもいい、早くこの永劫とも思える刻の中から解放してくれ!

大男は、黒ずくめの、男を、跳び越え、迫る。

その、足が、剣を、防ごう、として、間に、合わ、ない、盾、に、届、い、た。

メキャリ、と音を立て、それまで光弾をいくら防いでも傷一つつかなかった盾がひしゃげた。
止まらぬ勢いは、盾越しに騎士の体を、くの字に、曲げて、吹き飛ばした。
刺突剣の切っ先が横を高速ですり抜けていく男の二の腕を薄く切り裂いた。

>……!!!!

吹き飛んだ騎士は数回地面にバウンドして城壁を壊しながらめり込み、そして止まった。

「……!」

男の目が一瞬驚愕に染まりすぐに剣を構えた。次の敵と認識したためである。

大男はそのままずしんと着地し、立ち上がり剣を構える黒ずくめの男に向き直る。

「どーも、はじめまして。私布教のため旅をしています神父のイネスと申します。あいたた」

大男はにこやかに一礼して眉をひそめた。

「そこのあなた、今の危なかったですよ? あのままではあの騎士さんは死んでしまうかもしれませんでした。それに先程から使っている魔法! 大変危険です。人に向かって使ってはいけませんよ!」

男は無言で背中に隠した左手に光球を出す。

「それとあなたにもこの現状の説明をお願いしたいのですがよろし」

イネスの言葉が終わるより早く男は光弾を放った。しかし飛来する光弾をイネスは身を捻って躱す。

「だからそれすごく危ないんですよ。当たって死んでしまったらどうするんですか、やめてください。無暗に命が奪われるのを主神はお望みではありません。良いですか、そもそも主神は」

イネスは手に持つ聖典を開き主神の言葉を語ろうとするがその言葉より早く男が操作すると光球は弧を描き帰ってきた。
再びイネスに迫る光弾にイネスは振り向き様にそれを蹴り上げる。
着弾による爆発より早く蹴り飛ばされた光弾はイネスの頭上で爆発。
振り向くイネスの頭に振り下ろされる男の剣。イネスは足を一歩下げ、体を半身にして躱した。

「刃物を人に向けるのではありません! 怪我したらどうするんですか」

イネスの言葉を聞き流し、男は振り下ろした勢いそのまま切り上げから横薙ぎ、さらに蹴りを織り交ぜ連続で攻める。
イネスは器用に時に体を捻り、時に仰け反らせ剣を躱していく。たまに後や男の陰に隠れて光弾が飛んでくるがイネスはそれもちゃんと目で、見て、躱す。
次第に男の動きが遅くなってきた。連戦で肉体に疲労が溜まっているのだ。

「ほら、あなたもそんなもの振り回していたら疲れるでしょう? 物騒なものは置いて私とお話し合いしましょう」

しかしイネスが相手の動きが鈍ったように感じたは相手の罠であった。
男は剣を受け流されると同時に大きく一歩踏み込み、同時にそれまで光弾の操作に使っていて直接攻撃には使われていなかった左手で腹部を狙った掌底打ちを放ってきたのだ。
しかもその手にはこれまで飛ばしてきていた光弾の倍以上の大きさで存在している。
設置型大威力の光球を設置せずに確実に当てにきたのである、不意の為イネスは体を捻るのが間に合わない。

「ふんっ!」

イネスはその掌底に対して光球を左手で包み込むように迎え撃った。
手の平と手の平に挟まれて光球は爆発する。
隙間から閃光が走り、押し込められたような爆発が起こった。
閃光が収まり、現れた男の手はウルスラたちのいる遠目から見ても酷い状況になっていた。
指は防御魔法をかけていたのか火傷や皮膚の損傷こそ無いものの、バラバラな方向に曲がってしまっている。
イネスの手の方はさらに酷い。指こそ曲がっていないものの、手の平は皮膚が吹き飛び、肉と所々骨まで見えるような有様になっていた。
男の目が驚愕に見開かれ、僅かに硬直した。と同時に聖典が黒ずくめの男の頭上から振り下ろされ、男の意識は刈り取られた。

「ふぅ、まったく乱暴な人もいたものです。とても手が痛い、ヒリヒリします。と言うより左手の感覚がほとんどないですね、一応動くみたいですけど……おや?」

イネスは手をぐパぐパ開いたり閉じたりして感触を確かめる。と、男のベルトに着けられたハンターライセンスに気が付いた。どうやらこの男フリーで魔物や賞金首を狙うことを生業とする人間のようである。

「ああ、賞金稼ぎの方でしたか。おお、それよりも騎士の方は無事でしょうか?」

イネスは聖典を懐にしまうと、黒ずくめのあらぬ方向へ曲がった指を一応手際よく応急手当(『血が付くといけない』ということで片手で元の形に戻した上で、服の裾を破って棒と縛ることで固定した)をしてから先程蹴り飛ばした騎士の元へと向かう。


 闘いの様子を見ていた王はぽつりとつぶやいた。

「あいつら……人間か? 特に走っていった大男の方」
「一応人間ですよ」
「我が主様だ」
「神父様です」
「すごいねぇ、よくわかんないねぇ」

まともに答えたのは最初の一人だけである。王はため息をつきつつ唯一求めた答えのしてくれた羽の生えた少女に続けて尋ねた。

「人間にはあそこまでの動きが出来るというのか」
「んー、相手の方は一応かなりの身体強化の魔法が掛かっていたみたいですね、人間の反応速度の限界まで出ていましたけど……勇者でもない割には頑張っていましたよってとこですか。あとは主神の加護を受けた聖剣を持っている勇者なら、もっといろいろできますよ」
「ほう、やはり魔法とはすごいものだな」
「……まぁ加護の強さにもよりますが。イネス君は……鍛えて祈っていたらああなったらしいです。私は彼の過去を知らないので深くはわかりませんが」
「魔界との最前線にいる奴らは皆ああなのか?」
「いいえ、主神の加護を受けた勇者はほんの一握りです。ほとんどは一般の兵士を鍛えたりした上で、集団による戦術で撃退したりですかね」
「ではなんであのような強者がこんなところにいるのだ? 」

ラバウル王の言葉にこめかみを押さえながら蹲る少女。

「……それはですね、人間というものは思ったより自分勝手な生き物だからです。レト君もちょうどいいので聞いておいてください。一部を除く多くの人間は魔物とは対等に渡り合えません。敗北し、そのまま組み伏せられてしまうでしょう。しかし一定以上鍛えたり訓練をした人間は、弱い魔物を追い払ったり遭遇しても逃げ伸びることができます。一般に言う兵士はこのレベルです、ここまではいいですか」

少年とラバウル王が頷くのを見て少女は話を続ける。視界の隅では城壁にめり込んだ上、瓦礫に埋もれている騎士をどうしようか神父服の男が考えていた。

「またある種の素養のある人間は訓練を積むことで自身の魔力を元に魔法を扱うことができるようになります。魔法の中には身体能力の強化などがあり、使えるようになれば戦闘の役に立つでしょう。……まあ魔法を使えるようになるとだいたいの人間は魔法で手一杯になり、それに特化しようとするので使うことは少ないかもしれませんが。さらに世界には魔力の宿った道具というものがあり、それを手に入れたものは様々な魔法道具の力を扱うことができます」

 ニアは一度区切ってラバウル王に気付かれないように「(ウルスラさんのチョーカーとかですね)」とレトに分かるように視線を向ける。
視界の隅でイネスがとりあえずそーっと崩れないように瓦礫を退かそうとして、何も考えず左手で瓦礫を握ったため声にならない声を上げて悶えていた。いつの間にか気付いたウルスラがイネスの方に走りだしている。

「魔法道具は希少なものですので基本的に高価です。それを知った人間はそれを元に自己の利益のために雇われの用心棒やハンター、傭兵などになり活動するようになることが多いです。さらに魔法道具の力を自分の力と過信してさらなる魔法道具を求める愚か者は、魔物の潜むダンジョンに突入したりして返り討ちになったりしているのです。そのため魔物とまともに戦える人間はとても少ない上、割と好き勝手しているので魔界との前線にはああいうのはあまりいないのです」

「なるほどな、この平和な国にいてはなかなか聞けない面白い話だ」
「じゃあじゃあ、神父様は何なんですか?」

 せっかくだからと少女に疑問を投げかける少年。ラバウル王は自分が口にしようとした質問を先に言われたので開きかけた口を閉じた。視界の隅では瓦礫から掘り出した騎士を横に寝かせて、神父が髪の長い今話している少女よりさらに幼い少女に湖の水で傷口を洗ってもらっていた。

「彼は……正直私にはよくわからないんですよ。主神に対する純粋な崇拝心を、組織として腐っているにもかかわらず人間達の防衛の要として唯一存在する全世界規模の組織……つまり現・教会勢力の中で保つ彼を見つけて私が観察しているだけですから。私が初めて会ったときからあんな『パッと見は身長2m弱のやや体つきの良い神父……に見せかけて実は服の中身が筋肉ムキムキのマッチョマン。で、あるにもかかわらず口から出る言葉は主神教義の布教者』であったことは確かです。見ている限り一応主神信者の神父としての素養は持っていますし、布教担当の神父なのである程度は身を守る術を持っているのは普通なのです。……なのですが、まさかあそこまでとは……」

少女が一通り話して呆れ半分感心していると少年の持っている人形がこう告げた。

「ふーん、エンジェルなのによくそんな不確かな情報だけで降りて来たね?」
「エンジェル!? お前あのエンジェルなのか!?」

その言葉にラバウル王がぎょっとして振り向く。

「ちょっ!? 何普通に言ってるんですか!」
「天使様、その反応は自分でそれが正しいってばらしてるのと同じですよ」
「しまったぁああああああああ!!! ってレト君も言ってるじゃないですか!?」

ハッとして口を押える少年であったがもう遅い、ラバウル王は既に恐れと共に後ずさっている。

「いやまさか……そんな……そこまでの地位の方だったのか。これまでの数々の非礼どうか許してくだされ……!!」

慌ててラバウル王が少女に膝をつき頭を地面に擦り付ける。

「どうか……どうかこの国を不心得者と神の名のもとに亡ぼすのは……」
「しませんから。私が今いるのはイネス君の観察の為ですから、私自身が人々に干渉するつもりは基本的にありません」
「そ、そうか……よかった」

ラバウル王がほっとしている所に丁度騎士を肩に担いで神父が帰ってきた。髪の長い少女は逆の肩に座っている。

「皆さんお待たせしました。ノノさん、この方気絶したまま起きないんですが知り合いですか?」

神父が声をかけると少年の持っていた人形がひとりでに動き出した。しかしよくよく見ると完成度がやけに高く、まるで本物の生き物の様だ。

「知り合いっていうわけじゃないけど知っているよ。この地域を治めていた王様に使えている騎士の娘だねー。治めてた王様の娘なお姫様を守るためにお姫様が起きるまで一緒に眠ってるはずなんだけど……このおじさんたちが起こしちゃったみたいだね」
「お、おじさんとは何だ、おじさんとは。これでもこの国の王だぞ」
「でも、おじさんが変なことしなければこんなことになってないじゃんさー」
「ぐぬぬ」

ラバウル王は悔しそうにしているが天使の目を気にして一応大人しくなった。


 そうこうしているうちにイネスが下ろして寝かせた騎士の兜を外そうとしている。

「うーん、兜って意外とがっちりついているんですねぇ」
「そりゃ、大事な頭を守る部品だからな」

留め具などは無さそうだ。どれ、とイネスが兜を引っ張ると少し抵抗のあったものの、割と簡単に兜が鎧から外れた。と同時に何やら変な何かが抜けるような音が兜を取った位置からしている。
そして驚いたことに首が無い。いや、頭が兜の中に入ったままだった。

「!?」
「あ、こいつデュラハンだったのか……いかん!」

慌てて肩から下りたウルスラがイネスの持っている頭を奪い、あった場所に嵌める。

「う、ウルスラさん……?」
「……デュラハンは体の中に魔力を溜めていてな、頭で栓をしているのだ。今のでなんか結構漏れた気がするが……まあ、見なかったことにしよう」

もう一度。今度はウルスラの手で首が一緒に外れないように押さえながら慎重に兜を外すと中から綺麗な女の顔が出てきた。

「あっ、ウルスラさん上手い」
「ほう」
「わぁっ、美人さんですね」
「普通にきれいな人だ!」
「我が国の兵士はこんな女子にこてんぱんに……」

一名を除いて皆が一様に感心しているとデュラハンの女が目を覚ました。

「う、うん? なんだこれは、私は死んだはずでは……はっ! そうだあの人間!」
「ああ、真っ黒い人ならあっちで寝ていますよ」
「うわっ! さっきの死神!?」

イネスの顔を見るなりデュラハンは慌てて距離をとる。がすぐに瓦礫に背中が当たってしまった。

「死神とはなんですか、死神とは。いいですか? 私は死神ではなくて神父です」

>>>>死神……まぁ、うん。

「し、しかし私の死ぬ瞬間に見る全てが遅くなった世界の中でお前は普通の速さで動いていたんだ。これが精神的な幻覚でなければ……」
「騎士様、騎士様、でもこの人が騎士様助けてくれたんですよ?」

ちょんちょんと自分の鎧をつついて人形が補足説明を入れてきた。

「ぐぬぬ……それについては一先ず礼を言おう、ありがとう助かった。と、ところでお前は何だ」
「私はあれですよ。この土地に住む地の精霊ノームのノノちゃんですよ」
「私の知っている精霊と違うな……もっとこう、精霊と言うと光って形を成していないふわふわした……」
「ああ、それは我の魔力で魔物化……むごご」

ウルスラの口を慌てて塞ぐニア。

「(ちょ、ちょっと! ここは境界の勢力圏内で魔物の存在はいちゃいけないんですから……! しかも部外者までいますし……)」
「むご、むごご(そ、そうか……すまぬ)」

「? どうかしたのか?」
「い、いいえ! なんでも! どうぞ続けて」

ニアはなんとか場の空気を元に戻して今の怪しい流れを誤魔化すことに成功した。

「? そうか。それでなんで精霊のお前が形を成しているのかと言う事だったな」
「ああ、それは私が今は半分魔物として魔物の魔力を受けて存在しているからだよー」

だが苦労空しくノノ本人がばらしてしまった。

「「ちょ、おまっ!?」」
「そうか……精霊も魔物になるんだな。知らなかったな……」
「すごいな少年、使い魔か何かと思っていたがお前の連れているのは精霊だったのか」

>あっるぅえ〜。私の苦労は何だったのかなー?? ……ああ、気が抜けたらまた胃が……

「でさでさ、私達?はあの御方に頼まれて騎士様達が目覚めたときに困っていることがあったら代わりに誰かに助けを求めてやってって頼まれてたんだよねー」

しかしニアの苦労を気付くものは個々には居ず、話は進んで行く。

「そ、そういう事だったのか……父上達はまったく……。うん、先程の非礼は謝らせてくれ、すまなかった。姫様を狙ってきた賊かと勘違いしてしまっていたのだ」
「勘違いは誰にもありますし、貴女もその方を守るのに必死だったのでしょう。気にしないでください」
「ウ、ウム。クルシュウイゾ(骨董品目当てだから、姫とか知らなかったし、言わなきゃ誤魔化せるだろ、うむ)」
「そういえば名乗っていなかったな、私はアデットと言う。死が……ええと神父だったか、どうか名前を教えていただけないか?」
「いいですよ、私は布教活動中の神父でイネスと申します。そしてこちらはこの国を現在治めているラバウル王、それから我が信徒たちです。どうですか? ここで出会ったのも何かの縁、あとでお話だけでも」
「ふむ、姫の安全が図られているなら是非に」

冷汗ダラダラ流している王を含めて多少怪我をしているが全員無事だ。今回もまた丸く事件は収まり、そして少しすれば主神信徒がまた増えるのであろう。

だが、今回はここでまだ終わりではなかった。
15/10/04 00:54更新 / もけけ
戻る 次へ

■作者メッセージ
神父様ファンの方もそうでない方もどうも、もけけです。

前後編にするつもりが思ったより長くなって中編ができてしまいました。すみません。
後編はもうちょっとかかります、遅筆なもけけですご容赦ください。

魔物娘は人間に比べてやはり強いのです、人間は非力なんです。
なのにこの世界では未だ魔物娘に制圧されていないのは、魔界が広がらない様に前線で頑張っていてくれる人達や、教会勢力圏内で魔物娘の暗躍を監視して未然に防いでいる方々がいるからなんですね(全部が防げるとは限らない)。ありがたいことです。

まさか私なんぞの作品の続きを期待してくださる方々がまだいてくださったなんて!
楽しんでいただけてもけけは感涙です。これも偏に主神のお陰でございましょう。

そして見てくださった方々に最大の感謝を!

(神父様書き終わったら教会勢力圏内で治安維持に頑張る人たちのお話とか書いてみたいなぁ……なんて←いつになるんだ)

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33