読切小説
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三本足のネコマタとショタ風味の飼い主
ジリリリン、ジリリリン
今の時代聞くことなどそうありはしない、古めかしい黒電話のけたたましいアラーム音によって、私は目を覚ました。否、覚まされた。しかし、この黒電話に設定されたアラーム音は私を起こすためのものではない。
こんなにうるさい音で鳴っているにも関わらず、いまだ私の横ですぅすぅと可愛らしい寝息を立てている、私にクゥと名付けてくれた恩人であり、主でもあるこの少年を叩き起こすのが本来の目的だ。
大学生だというのに、いまだ少年の様な顔つきに、私が人間の身に変身したら私が勝ってしまいそうなほどの身長の低さ。おまけに泣き脆いときたものだ。
そんな下手をしたら、そこらへんの女の子より女の子らしい主だが、私はそんな主のことが好きだった。
そろそろ喧しいアラーム音に嫌気がさしてきた私は、むくりと起き上がると、主の携帯が置いてあるベッド横のテーブルに飛び乗り、何十、いや、何百回とやってきた同じ手順でアラームを止める。そして、日課にもなりつつある女性とのメールのやり取りを確認する。
“明日みんなで飲み会やるんだけど、貴方も来れそう?もし来れそうだったら連絡してね♪ みんな、というよりも、あたしが一番貴方を待ってます♪”
この、くそ女め…!
私は即座にそのメールを消去した。
そして、他にも同じようなメールがないかを確認していると、私の尻尾に何かが当たった。もっとも私はそれが何なのかすでに知っている。
やっと起きたわね。
「んー?…なんだろ、これ…?」
まともに目も開ききらない、何とも間抜けな顔した主が今頃になって携帯の方に手を伸ばしてきたのだ。私はそんな彼の手を尻尾でペシペシと叩く。
「ん〜、先輩、そんなに、いじめないで、くださいよ…。ちょっと、ちょっとくらい触らしてくださいよ…」
えへへ、と人を何とも腹立たしい気持ちにさせる笑みを浮かべる主を見ていると、私はさっきのメールのことを思い出し、プチんと頭の中で何かが切れた。


「うわっ、ちょっとクゥ!血が出てるじゃん!」
洗面台の方で騒いでいる主のことなど放って置いて、私はテーブルに乗り、定位置で体を丸めた。
しばらくすると、左の頬っぺたに大きなガーゼを当てた主が憎々しげな表情をこちらへと向けながら歩いてきた。
「何が気に入らないの?僕何かした?」
自分の胸に手を当てて考えろ、そんな意味を込めて、私が低く唸ると、思いが通じたかどうかまでは定かではないが、主は腕を組みながら台所へと向かい、朝食の支度を始めた。
「昨日のあまりの鮭でいい?」
冷蔵庫の中から昨晩の鮭の残りを取り出して、こちらに見せてくる主に私は少し不機嫌そうな顔をして頷いた。すると、彼はほんの数分で香ばしい香りを放つ鮭と、ハムエッグ、そして、ミルクを私の前に並べると、いつも通り私と向き合う形で座った。
そして、朝食を一緒に取り始めたのだが、ちらりちらりと、主は何とも気まずげに私の方に目配せしてきた。
鬱陶しい、言いたいことがあるのならはっきり言えばいいのに、私はそんなことを思いながら、ジト目で主を見つめ返すと、途端に主はいそいそと食事を再開した。
そんな主の行動に苛立った私は、お皿を右手でどけ、彼の目の前へと歩み寄り、じっと見つめた。これにはさすがの彼も観念したのか、箸を置いて、両手を合わした。
「ごめん、たぶんあれでしょ?昨日、毛づくろ…痛ぁーい!」


「じゃあ、学校に行ってくるね。あっ、あと今日は遅くなるかもだから、ご飯は…なんて、クゥにその心配はいらないよね。いつも勝手に食べてるもんね…。じゃあ、行ってくるね」
主は手を振って部屋を出て行った。その両頬に大きなガーゼを当てて。
彼がいなくなると、部屋の中は途端に静かになる。思えば彼はいつも私に話しかけてくれる。楽しい話、悲しい話、ちょっとエッチな話、どれもこれも面白くて、つまらないと感じたことは一度もなかった。
猫に本気で話しかけるなんて、と普通の人は少し抵抗や、周囲の人たちから視線を気にするかもしれないが、飼い猫にとって主に話しかけられるというのは、例外はあるかもしれないが、とても嬉しいことだ。それだけ、自分のことを認めていてくれる、可愛がってくれていると実感できる。
しかし、そんな主もいなくなってしまっては、ここにいてもつまらない。私は仕方なく、窓をほんの少し開け、外へと飛び出た。


平日ということもあり、人通りは決まって主婦やその子供たちが多かった。そんな彼らを避けながら、というよりも避けられながら、どこへ行く訳でもなくふらふらと道を歩いていると、頭上から何とも嫌味な声がかけられた。
「やっぱり歩きづらいかしら?“三本足”さん?」
声がした方を見上げると、何という種類かは忘れたが、長毛でずいぶんとふくよかな顔と体つきをした、“ただの猫”がベランダからこちらを見下ろしていた。
「別に、ずいぶん昔からだし、もう慣れたわ」
「…そのようね。歩き方も、人からの視線にも」
「嫌味が言いたいだけなら、他を当たってくれる?私もそんなに暇じゃないの」
「…随分な口の聞きようね?“三本足”の分際で。せっかく話しかけてあげてるっていうのに。どうせあなた、あの貧乏でちんちくりんな学生からしか話しかけてもらえないでしょう?」
「…今度、主を悪く言ったらただじゃおかないわよ」
私は右手と後ろ足の爪を出し、長毛の猫を威嚇した。すると、意外にも長毛猫は鼻を鳴らしてどこかへ行ってしまった。肩透かし食らった私は、もう少し舌戦が続くかと身構えていた自分が少し逆に恥ずかしくなり、足早にその場を立ち去った。

当てもなく歩いていても、当然疲れというのはくる。それに、慣れたとはいえ、やはり歩きづらい。仕方なく私は近くの公園で休むことに決めた。
公園では、数人の子供たちがボールで遊び、その母親らしき人々がベンチに腰掛けて談笑していた。
私は彼らに見つからないように、遠くのベンチで体を丸め、疲れた足を癒した。私の座るベンチはちょうど木陰に入り、心地よい風と相まって目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってくるほどの気持ちの良い場所だった。
しばらく丸まって休んでいると、青色のボールが近くに飛んできた。特に意識せずにそのボールを見つめていると、一人の少女がボールを取りに来た拍子に私を見つけた。
「ママー!ネコいるー!」
少女は私からしたらほぼ絶叫に近い大声を出すと、ボールそっちのけで私に近づいてきた。
どんなに飼い慣らされた猫でも、知りもしない人間に触れられるのは気に入らない。私はいつでも逃げられるよう立ち上がった。
その瞬間、私への少女の期待の目が、奇怪なものを見る目へと変わった。
「気持ちわるーい!」
少女はそう叫ぶと、さっさとボールを持ってみんなの元へと帰って行った。そして、こちらを指差し、他の人たちに必死で何かを訴えているようだった。
気持ち悪い…か。
私はそっと視線を落とした。
そこには右腕と左腕、猫的に言うなら二本の前足があるはずだった。
…しかし、私にはその左腕がなかった。


気がつくと私は保健所の診察室の上で寝かされていた。麻酔を打たれたのか、ひどく気だるく、体を動かすこも出来なかった。ぼやける視界、ぼやける意識で、ただこの気だるに身を任せていると、二人の人間が部屋に入ってきた。
私の意識があることに気がつくと、二人はほんの少し安堵したようだった。しかし、すぐになんとも言えない、苦悶の表情で私を見つめた。
「この子に何があったんだ?」
「なんでも、ひどいひき逃げにあったらしい。それで、その時に…」
「はぁ、普通の子でさえ引き取り手がいないってのになぁ」
二人は大きくため息をつくと、動けない私を抱き上げ、部屋を出て行く。
しばらく温かい腕の中で揺られていると、私はタオルの敷かれたケージの中へ入れられた。その頃にはだいぶ手足も動くほどになっていた。二人は静かにしていてくれ、そう私に告げると、肩を落として出て行った。
気だるげながらも横になったまま手足を伸ばす。右の手がケージの端に当たり冷たさを感じた。
しかし、左手からは右手と同じような冷たさは感じられなかった。
ほんの少しの違和感を覚えながらも立ち上がる。そう出来ると疑わなかった私は、立ち上がろうとしたにも関わらず、転んでいる自分がいったい何をしているのか、一瞬分からなくなっていた。
あれ?
間の抜けた声が自然と私の口から漏れた。
ゆっくりと、体を起こそうと手を地面に着いた時、私はやっと自分の身に何が起こっていたのかを知った。
左腕がなかった。

あるはずのない左腕を、ケージの中で狂った様に一晩中探し回った私は、いつの間にか寝てしまっていた。これが夢であればいいのに、いや、これは夢だ、そうに違いない。そう思い込んで眠っていた私を叩き起こしたのは、人間たちの哀れみの声だった。
可哀想にとか、酷いですねとか、そんな一見私のために心を痛めている様にも感じられる言葉だが、それは所詮同情に過ぎない。それは所詮、相手を労わっている自分に酔っているに過ぎない。
それならまだ、気持ち悪いと避けられた方がずっと気が楽だった。
…なんて、所詮これも私の八つ当たりでしかなかった。こう思っていなければ、私から腕を奪った人間が許せなかった。
善人面した人間たちに辟易し、人間たちに背を向けて丸くなっていると、カシャカシャカシャ、とまるでノックでもするかの様にケージを優しく叩かれた。
何だろう、首だけを回し、音の方を向くと、そこには一人の少年が立っていた。身長から察するに高校生位だろうか、だが、それにしては少し幼げな顔をしている。
少年はじっと私を見つめると優しく微笑んだ。
その瞬間、私はこの少年がいつもの人間たちとは違うと感じた。
「綺麗な目だね。左目は海みたいに青くて、右目は太陽みたいに黄色い。とっても綺麗だよ」
無邪気に私のオッドアイを褒める少年に、人間不信に陥っていた私は意地悪をしたくなった。ゆっくりと立ち上がり、なくなった左腕を見せつけた。
私の左腕がないことに気がつくと、少年の顔から笑みが消えた。そして、またじっと私を見つめてきた。しかし、少しすると、彼はキョロキョロと辺りを見渡しながらどこかへ行ってしまった。
やっぱり同じだったか…。
少年が他の人間たちと同じであることを確信した私は、どこかホッとしていた。
所詮は人間、いたずらに傷つけることはあっても、それら傷んだものを愛することは決してない。
私が再び横になろうとしていると、早足に少年は帰ってきた。
「触ってもいいってさ。撫でさせてもらってもいい?」
呆れる程無邪気で素直な少年の問いに、私は一瞬戸惑ったが黙って頷き、ケージの出入り口に移動した。彼は慣れない手つきでケージを開けると、優しく私の頭から背中、背中から右手、そして…。
「触っても大丈夫?痛くない?」
私は静かに目を瞑った。別に痛いわけではない。ただ、あまり自分でも見ていたいものではなかった。
触るよと何度も言いながら少年は、私は左腕、正確にはほとんど残っていない左腕に触れた。そして、優しく優しく撫でてくれた。
目を閉じ、彼に身を任せていると、小さく鼻をすする音が私の耳に届いた。そっと目を開けると、大粒の涙をポタポタとこぼし、空いた左腕で顔を拭う彼の姿が映った。
どうして彼は泣いているのだろうか…?
心配になった私は右腕を彼へと伸ばした。すると、彼はその手を優しく包み込んでくれた。そして、自分が悪いわけでもないのに、ごめんね、ごめんね、と係員が心配して駆け寄って来るまで呟き続けた。
ひとしきり泣いた彼は顔と同様に目も真っ赤させ、係員を見送ると、私の方を振り返った。
「ごめんね、情けないところを見せちゃって」
恥ずかしそうに笑う彼に、私は大丈夫、そんな意味を含めて小さく鳴き、反応を返した。ありがと、少年は微笑むと再び私の左腕を撫で始めた。しばらく撫でられ、その心地よさから睡魔が私を襲い出した時、彼はおずおずと口を開いた。
「もし…もしよかったら、僕と一緒に暮らさない?」


心ない言葉や行動にはかなり耐性がついていると思っていたが、今日はなぜか耐えることが出来なかった。
公園を出ると、誰にも会わないように可能な限り早く自宅へと走って帰った。
ほんの少し開いた窓から部屋へと入ると、すぐに窓とカーテンを閉め、人間の姿へと変身した。そして、ふらふらとおぼつかない足取りで、主の眠っているベッドへと倒れこんだ。
たとえ人間の姿になったとしても、左腕が治ることはない。むしろ、猫の姿でいる時よりも傷跡などが生々しく見えて嫌いだった。
「なんで、なんで私じゃなくちゃいけなかったのだろう…?」
私はほんの少しだけ残っている左腕に触れながら、誰に言うわけでもなくポツリと呟いた。
腕があれば、“三本足”なんて呼ばれないし、気持ち悪い、可哀想などと言われることもない。何より、大好きな主にこの想いを伝えることが出来る。
もちろん、優しい主のことだから、今だって告白出来ないことはない。だが、そんな私の浅はかな行動はきっと主を傷つけることになる。
猫だからペットだから片腕がなくてもよかった。でも、恋人はやはり普通の子が主だって良いに決まっている。
そう、普通の左腕がちゃんとある子、それが人間か、魔物かまでは分からない。でも、私は主の恋人にはなれない。それだけは明白だった。
そんな風に潔く諦めているつもりなのに、他の子が主と仲良くしているのが気に入らなくて、朝のようなことをしてしまう。そんな自分が急に恥ずかしくなった私は、主がいつもかけている毛布に包まった。
すんすん、と毛布の匂いを嗅ぐと主の優しい香りが鼻腔をくすぐる。そんな愛しい主の香りと、ほんの少し温かさの残った毛布に包まれていると、本当に主に抱きしめられているかのように錯覚してしまう。
一度錯覚を起こしてしまうと、毛布を主だと思い込むのはひどく簡単なことだった。
何度も、これは主の唇だと頭の中で言い聞かせて、毛布に何度もキスをし、毛布を筒状に丸め、主のそれだと信じて、何度も素股で扱く。決して自分を孕ませてくれる白濁とした精液も、糸を引くカウパー液も出ないのに。
自分はこんな毛布ごときに発情している。そんな事実が余計に私を昂ぶらせた。
乱暴に着ている着物から、自分はそれなりの大きさだと信じている乳房を取り出し、優しく揉んでいく、きっと主だったらこんな風にしてくれるだろうと、想像して。
もにゅ、もにゅと優しく揉みつつも、ゆっくりと柔らかな乳房とは逆に固く尖った乳首へと指を伸ばしていく。
「ぁっ、ん…ぁ…」
固く隆起した乳首を摘んではコリコリと転がし、興奮を高めていく。
そして、ある程度胸を愛撫していると、ついに、自分の下半身も自制心さえも蕩けきってしまった。
今までの主とのシチュエーションを想像して行ってきたが、自制心のなくなった私は貪欲に、ただひたすら快感のみを渇望しだした。
乱暴にびっしょりと愛液によって濡れたパンツを爪で裂き、その爪で秘裂に撫でる。
「うっ、ん…ぁっ、ぁっ、ぁっ…」
パンツさえも濡らしてしまうほどの愛液を零していた秘裂は、なんの前置きも必要なく、男のそれを受け入れられるくらい濡れていた。
「ぁっ…んん…うぁ…。ぁぁ、あ、るじ…ああっ!」
大事な秘裂を傷つけない様に爪を何度も出し入れする。今更になって先ほどのシチュエーションを思い出し、その爪が主のあれだと思い込んで。
「あるじ、あるじっ!ある、あ、あぁっ…いっ、いっく、んんんっ!!」
最愛の人を思いながらひたすら爪を出し入れしていると、私はたちまち逝ってしまった。そして、しばらくその絶頂の余韻に浸ろう、そう思いまた主の毛布に包まろうとした時だった…。
「ただいまー!いやぁ、今日は奮発して美味しそうな物…いっぱい…」
「あっ…」
どさり、と、主は持っていたスーパーの袋を落とした。
「…ごめんなさい!部屋間違えました!」
主は顔を真っ赤にして自分の部屋から出て行った。
そして、すぐに隣の部屋からも絶叫が聞こえてきた。


「えっと、じゃあ、君は本当に僕と一緒に暮らしていてくれたクゥなの?」
「うん、ずっと騙してて、ごめんなさい」
私はベッドに腰掛けながら頭を深く下げると、主は慌てた様子で私の顔を上げるように言った。
「こっちこそごめんね。えっと、その、覗いちゃったりして…」
「ううん、大丈夫。それより今日は遅くなるんじゃなかったの?」
「そのはずだったんだけどね、急に先生が体の不調を訴えて帰っちゃったんだ。だから僕も帰ってきちゃった」
主はめんどくさくて、そう言うと苦笑いを浮かべた。
「それしても、そっかぁ、通りで賢いわけだよね。僕に返事してくれるし、スマホのアラーム止めちゃうし…。ははは、そっか、そっか」
主は納得がいったのか、一人思い出し笑いを始めた。そんなに私はおかしな行動をしていたのだろうか。私がそのことを尋ねると、主は何度も頷いて笑った。
「でも、どうして猫の姿でずっといたの?」
「…その、あなたのことを見定めていたから…」
「見定める?どういう意味?」
「それは…」
疑問符を頭の上に浮かべる主に、私は本当のことを言うべきか迷った。本来なら、飼い主の性格などを見定め、自分の夫に相応しいかを判断するためにネコマタは好きな人の元へ猫の姿で忍び寄る。
そして、夫に相応しいと判断すれば、人間の形をとり、改めて求婚という名の愛の営みを行う。
しかし、本当に私などが主の恋人となっていいのだろうか、そんな疑問が私の中でぐるぐると回り続けた。もちろん個人的には主と特別な関係になることを望んでいる。でも、私には左腕がない。
私が言い淀んでいると、主はまぁいいや、と立ち上がった。
「言いづらいことなら、無理に言う必要はないし。それよりさ、お昼にしない?僕お腹ぺこぺこなんだよね」
「う、うん」
曖昧に頷くと、私も袋から買ってきた食材を取り出すのを手伝った。

主は昼食を食べている時も、食べ終わってからも、ずっと私との思い出を楽しそうに話していた。でも、一切私の左腕に対しては触れなかった。
私のことを思って触れなかったのか、あるいは主自身が触れたくない話題なのか。それはわからないが、逆にそのことが私をより不安にさせた。
「僕はレポート書かなくちゃいけないんだけど。クゥは何かしたいことある?」
「ううん、特にない。ただ邪魔にならないようにベッドで寝ててもいい?」
もちろん、主はにっこり微笑むと、すぐに真剣な表情でパソコンとにらめっこを始めた。そんな主のなんとなく大人な横顔を見ながら、私自身の汁で所々冷たくなったベッドに寝転がり、毛布に包まった。
先ほどよりかは幾分か自分の匂いが染み付き、主の匂いが掠れてしまっているが、逆にこれは発情せず、心地よいくらいの香りだった。
カタカタカタ、とリズムのよく打たれるキーボードの音と主の匂いによって、次第に私の意識は朦朧となり、まぶたは何の抵抗もなく閉じた。


く…ぅ…くぅ…クゥ…クゥ!
何度も自分の名を呼ばれる声と、ゆさゆさと体を揺さぶられる感覚によって、私の意識は覚醒した。ゆっくりと目を開けると、心配そうな表情でこちらを見つめる主の顔が真っ先に目に入った。
「どうしたの…?」
「それはこっちのセリフ。急に主、主、言い出すかと思ったら、手とか足とかぶんぶんさせ始めるんだもん」
「そう…」
私は上体を起こし、自分のほとんどない左腕に触れた。
「…怖い夢でも見た?」
主の問いに私は小さく頷いた。何となくでしか覚えていないが、とても辛く、とても悲しい夢だったのはよく覚えている。
「…主に捨てられる夢。主には大切な人がいて、その人幸せそうに手を繋いで歩いてた。どんなに呼んでも、どんなに追いかけても、主は振り向いてくれなかった…」
主は黙って、じっと私の目を見つめていた。そんな主の視線が辛くて、私は苦笑いを浮かべた。
「大丈夫だよ、主。夢は夢、現実じゃない。そう、現実なんかじゃない…少なくとも、今はまだ…ね」
「…どういう意味?」
「ううん、別に深い意味はないわ。気にしないで。ちょっと、トイレに行ってくるね」
私は主の横をすり抜けて、ベッドから降りると、素早くトイレに逃げ込んだ。そうでもしなければ、目尻に浮かんだ涙を見られてしまいそうだったから。

その後、主と私は特に会話らしい会話をすることがなかった。尋ねられたことを一言答えて終わり、あったとしてもその程度だった。
あんな夢の話をしてしまった手前、自分から元気よく話しかけるのも何だかおかしいし、かといって、また暗い話をして主の気分を滅入らせるわけにもいかなかった。
どうしたものか、と点けたテレビをぼんやり見ながら考えていると、夕飯の洗い物を終えたらしい主が私の横に座った。
ちらりと主の表情を窺う。その顔はどこか悩んでいる様で、どこかそわそわしている様なものだった。
何を考えているのだろうか、私が疑問に思っていると、主は急に大袈裟な深呼吸を始めた。
どうかしたのか、私が尋ねると、主は上ずった声で私の名前を呼んだ。
「えっと、あの、体をこっちに向けてもらってもいい?」
「う、うん。こう?」
座っている座布団を回転させ、主に体を向けた。
ギュッ
「えっ…」
一瞬何が起こったのかわからなかった。気がつくと、主の顔が私の肩に乗り、その両手は私の背中に優しく回されていた。
主に抱きしめられている。
そのことが認識できたのは、主の不安そうに私を呼ぶ声が聞こえてからだった。
「な、なに?」
「そ、そのうまく抱きしめられてるかなって思って…。ど、どうかな?」
初めてだから、主は恥ずかしそうに言った。確かに、身長のせいもあるのだろうが、抱きしめている、というよりもどちらかというと主が私に抱きついている様だった。
そっと、右手を主の背中に回すと、石の様にがちがちに主の体が固まっているのがわかった。そんな主が可愛くて、まるで赤子をあやす母親の様にポンポンと背中を優しく叩く。
「上手だよ、主。すごく気持ちいい」
ほんの少しのお世辞と正直な思いを告げると、主はホッとした様に息を吐いた。
「でも、急にどうしたの?」
「…クゥが不安そうにしてたから」
主はそう言うと、そっと体を離し、心配そうにこちらを見つめた。
「僕、クゥのこと捨てたりなんかしないよ。だって、僕はクゥのこと大好きだもん。変かもしれないけど、クゥと結婚したいって思ったこともあるもん!」
「主…。でも、私、左腕ないよ?気持ち悪くないの?ちゃんとした子の方がいいんじゃないの?」
主から大好きだと言われてなお、此の期に及んでまだ自分の本心に嘘をつく自分が嫌で仕方がなかった。でも、しっかりと確認しておきたかった。本当に自分でよいのかを。
「本当に私なんかで…」
「僕は、そんなクゥも含めて大好きなんだ!ずっとずっと一緒…ん!?」
私は主の唇に自らの唇を押し付けた。そして、ゆっくりと主の体を押し倒す。
「ん、ん、んっ…んはっ…」
何度も啄むようなキスをした後、ゆっくりと唇を離すと、自身の唇と主の唇とに透明な唾液の橋が架かって、すぐに消えた。
主、私が一度体を起こして、彼を呼ぶと、彼は興奮と息苦しさからか、激しく胸を上下させながらも、私を求めるかの様にそっと両腕を伸ばしてきた。
もはや、躊躇うことも、我慢することもなかった。
貪る様に主の唇を奪うと、すぐにその口内へと無理やり舌を入れる。さすがにこれには驚いたのか主は一瞬ビクついた。しかし、私の背中へと回した腕の力を強くして、まるで嫌がることなく、耐える様な動きを見せた。
そんな主がより一層愛らしくて、私の興奮を高めた。
「あっ…ふ…」
唇を離すと、主は名残惜しそうな声を上げ、潤んだ瞳をこちらへと向けた。
「はぁ…はぁ…気持ちよかった、主?」
「うん…すっごく、気持ちよかった…」
「でも、もっと気持ちよくなりたいよね?」
意地悪く微笑み、右手で主の大きくなったそれをズボン越しに撫でる。すると、それは喜ぶ様に身震いさせ、より固さを増した気がした。
完全に惚けてしまっている主を何とか立たせ、ベッドへと腰かけさせると、私は主の股の間にしゃがみ込んだ。
はぁ、はぁ、と興奮した様子で見下ろしてくる主に、私は意地悪く微笑んだ。
「どうしたの?苦しそうだよ?体もここも」
「うぅ…く、クゥ…。お願い…して…」
「どうしてほしいの?このぷにぷにの肉球がついた手?それとも…」
ワザとらしくちろりと舌なめずりしてみせると、主は何度も首を縦に動かした。
「くち、口でお願い…」
「うん、分かった」
主のそれを取り出すのは片手でもそうは苦労しなかった。ズボンのボタンを外し、ジッパーを口で開け、パンツをほんの少しずり下げると、それは飛び出すかの様に元気よく私の目の前にそそり立った。
ゴクリ、知らず知らずの内に私は生唾を飲んでいた。
おっきい…。
主の顔とそれを何度も見比べる。顔が幼げな分、よりそれは凶悪に見えた。
「主のおっきいね…」
「そ、そうかな?比べたことなんかないから、よくわからないや…」
私だって、今日初めて男性のそれを見たが、それでもこれは大きい方だと思う。
恐る恐る手を伸ばしてそれを握りしめ、じっくりと上下に動かし、優しく扱く。
「ぁくっぅ…」
「気持ちいい?主?」
私の問いに主は先ほどと同じように何度も頷いてくれた。そんな素直な主の感想が嬉しくて、私のそれを握る力も扱く早さも増していった。
「ぁっっ…だ、だめ…もう、いくっ…っ!」
「きゃっ!」
扱き始めてから数分、主のそれが震えたと思った瞬間、びゅるっ、と私の顔を熱い精子が汚した。そして、びゅるびゅると最初の一射よりも勢いをなくした第二射、三射が、それを握る私の手を白く染めた。
顔についた精子を舌で舐め取りながら、残っている精子を促す様に扱く。
「うぅ…クゥ、もう出ないよう」
一度出したことで少し落ち着いた様子の主は苦笑いした。
「ほんとに?」
顔と手についた精子を綺麗に舐め取ると、はむっ、と萎えてしまったそれを咥えた。そして、尿道に残っているであろう精子を、頬を窄めて吸い出す。
「ぁぁぁ、だ、だめだって…いったばかり…んぁ!」
必死で私を引き剥がそうと主は私の頭に手を当てるが、その手に力はほとんど入っていない。本気で嫌がっていないのか、敏感すぎるところを責められて力が入らないのか。どちらにしても、止めることできていない。
「…んっは、ごちそうさま。ごめんね、主。口でしてあげられなくって」
「はぁ、はぁ、ううん、いいよ。クゥの手も気持ちよかったもん」
ありがとう、立ち上がってキスをすると、急に右手を引かれた。そして、いつの間にか、ベッドの上で私は主に押し倒されていた。
「あ、主。そ、その、ちょっと目が怖いよ?」
「そんなことないよ。んっ」
主は微笑むと、唇を押し付けてきた。先ほどまでの受け身の時とは違い、口の回りが唾液まみれになるような荒々しいキス。急な主の豹変に驚く一方で、私の下半身、子宮はキュンと疼いた。
「んはっ、クゥ。今度は僕が気持ちよくしてあげるね」
これまで見たことないほど、屈託のない笑顔を主は浮かべると、いつの間に回復したのか、ギンギンに反り返ったそれを私の下腹部に擦り付けた。

「あっ、ぁっ、ひぁっ、ぁっ…あ、るじ…おね、がっ…もう、やめっ…ぁあっあぁぁっ!」
もうこうやって、主にお願いするのは何回目だろうか。
とちゅん、とちゅん、くちゅくちゅ、といやらしい何個もの水音をたてながら、私は主に背を向ける形で跪かされると、片法の手で右手を引っ張られ、もう片方の手でクリを弄られながら、ひたすらに体を突かれていた。
「ひぃ、んぅっ!ぁぁっ…だ、めっ…またっ、んっ…止めっ…!」
「いき、そう?いいよ、クゥ、いっぱい、いって」
とても優しい口調とは裏腹に主に動きはさらに腰を動かすスピードとクリを弄る力は増していく。
「ひぁぁあっ!やぁっ、い、いくっ…やっ、またっ…いくっぅ!」
もう五回から先の数を覚えていない絶頂を迎えた。しかし、私はそれでも歯を食いしばって、途切れそうになる意識を繋ぎ止めておかなければならなかった。
まだ主は、いっていない。
「んぁあっ…ぁっ、もう…やぁ、ぁぁ…」
私がいったばかりなんてことは主には関係なかった。主は絶頂し、脱力してしまった私をお腹を抱えて起き上がらせると、後背位から背面座位へと体位を変えた。
「またいっちゃったの?」
どことなく嬉しそうな声の主に私は頷くことさえできなかった。ただただ、はぁはぁ、荒い息を繰り返すことしかできなかった。そんな私が面白かったのか、主はくすくすと笑い、私のうなじに口付けてきた。
「はぁ、はぁ、あ、あるじ、もぅ、やめよ…?これ以上されたら、私、壊れ、ひゃん!」
「どうして?クゥも気持ちいいからいっちゃうんでしょ?ならいいじゃん。もっと気持ちよくなろ?」
主は私の言葉を遮る様に乳首を摘み、ひねった。そして、私の耳たぶを優しく舐めては甘噛みする。
「やぁぁ…。ある、じ…お願い…もぉ…」
「う〜ん、わかったよ。クゥがそこまでお願いするなら…もう一回“僕が”いったらね」

「はぁっ…あふっ、ひぃっ…ある、じ…あぁあっ…あひぃっ…ぁあっ…あぁあっ、あっあぁっ…!」
腰のくびれを掴まれたまま、ずぬっ、ずぬと好き勝手に突かれ、私は早くも腰砕けになってしまう。
はぁ、はぁ、と主の荒い息づかいを耳元で感じながら、また私は絶頂へと導かれていた。しかし、今回は私だけではなかった。
「クゥ、クゥ、クゥ!」
必死で私の名を呼び、主も快感に悶えていた。
「可愛いよクゥ、大好きだよクゥ、愛してるよクゥ!」
だめだよ、主、今そんなこと言ったら…。子宮が下りてきちゃう…。
「あぁぁっ、ぁあっ…ひぃ…んぅうっ!やだっ、やだっ…あるじ…わた、し…また、っ…またっ…いっちゃう…!」
「いいよ、僕ももういくから!一緒に、一緒にいこ?」
「うん!うん!ああぁぁぁ!」
最後のラストスパートと言わんばかりに、主のそれは私の子宮を何度も何度も突いた。そして、ぶるり、とそれが一瞬震えると…。
「っ…クゥ…!」
「あっあぁーーーーーーーーーーーーーーっ!」
どくっ、どくっ、と止めどなく注ぎ込まれていく熱い精子の感覚を遠くで感じながら、私は意識を失った。


「僕が魔物になってるかもしれない?」
いたたたた、と腰を押さえ、冷蔵庫の中を見つめながら、主は私の言葉を復唱した。
「うん、確証はないけど、多分間違いないと思う」
「ふ〜ん、でも、どこも変わった様なところはないよ?」
冷蔵庫から取り出した食材を台所のまな板の上に置き、くるくると回りながら主は自分の体を見渡した。
「外見とかが劇的に変わるってことはないらしいよ。ただ、その、精力が異常ってだけで…」
恥ずかしいことを言っているわけでもないのに、私は昨夜のことを思い出してしまい、赤面した。最初は自分がリードしていたはずなのに。どうしてああなった…。
そんな私には特に気にすることもなく、主はまたふ〜ん、と気のない返事をすると、休日にも関わらず朝食を作り始めた。
「あれ?今日、土曜日だよ?休日は朝ごはんは食べないんじゃないの?」
「クゥがいるんだから、そうも言ってられないでしょ?それに…」
それに?私が疑問の声を上げると、主は動かしていた手を止めて、こちらを笑顔を見せた。
「今日は一緒にデートしたいからさ」
16/10/21 05:48更新 / フーリーレェーヴ

■作者メッセージ
読んでいただきありがとうございました。
初のエロありということで、頑張ってはみましたが、やっぱり難しいですねw
喘ぎ声やらもそうですが、服を脱いでいくところなど、もっともっと勉強しようする必要がありそうですw
では、改めて、読んでいただきありがとうございました。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33