連載小説
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止まっていた時の代償
―ピンポーン―
「はーい、待っててください」
 私はチャイムが鳴ったので、玄関の扉を開けた・・・そこに立っていたのは・・・
「お久しぶりです、恵美さん・・・」
「司(つかさ)ちゃん・・・」
 明君の姉である九条司ちゃんだった・・・司ちゃんは明君の3つ上の姉で明君ほどじゃないけど、子どもの頃に私が可愛がった妹分だ・・・だけど、この娘は・・・
「あれ?司さん・・・?」
 二階から降りてきた総一郎さんは彼女の姿を見た瞬間、焦りを感じだした・・・なぜなら・・・
「東さん・・・明が倒れたのって・・・本当・・・?」
「ああ・・・本当です・・・」
 総一郎さんは彼女に対して敬語を使った・・・当然だ・・・今の彼女は笑顔だけど・・・
「ふふふ・・・」
「司ちゃん・・・?」
 彼女は突然笑い出した・・・そして・・・
「あの・・・女!!いつまで明を傷付けたら気が済むの!!」
 突然、怒鳴りだした・・・彼女は病的なまでに明君を可愛がっている・・・もちろん、『姉』としてだけど、その『愛情』はたまに明君が怯えるレベルのものだった・・・15年前に明君がケンカをした時には明君が謝罪しているのに相手の小学生全員の住所を特定した挙句、彼らの家庭環境を滅茶苦茶にしたほどだ・・・まあ、彼女は彼らの両親の暴かれたくない『真実』を晒しただけでむしろ自業自得だけど・・・明君が正当防衛が得意なのに対して、司ちゃんは報復攻撃を得意としていている・・・ある意味では明君と似ていて、ある意味では真逆の存在だ・・・
「司さん・・落ち着いて・・・」
「はあはあ・・・」
 彼女がこうなったのもある意味では当然だ・・・明君と彼女の母親は明君が3歳の時に亡くなっていて、彼女は明君の母親代わりだった・・・幼い時に肉親を失ったこともあり、彼女は明君に対して溺愛するようになった・・・むしろ、彼女は肉親に害が及ばなかったら基本的には慈愛に溢れており、明るい少女だ・・・
「明はいい子なのに・・・どうして、あんな辛い思いをしなきゃいけないのよ!!」
「司ちゃん・・・」
 彼女は涙を流した・・・狂っているかもしれないが・・・彼女の気持ちも理解できてしまう・・・明君は少し、機械的なところがあり掴み所のない性格だが、その本質は誰よりも誠実で優しさに溢れている・・・だから、私は昨日の朝のような発言をしてしまった・・・幼い彼は『天使』と言えるぐらい色々な人間を癒し、幸せにし続けた・・・だからこそ、先ほどの総一郎さんの語った『真実』は・・・
「あの女・・・あの女だけは・・・!!」
「と、とりあえず・・・今日は泊まりましょう・・・」
「そのとおりだ・・・少し、明日には明君は退院することだし今日は・・・」
「わかりました・・・すいません・・・」
 彼女はそう言うと家に上がった・・・しかし、その時彼女はあることを言った・・・
「すいません・・・恵美さん」
「どうしたの?」
「いえ、あることを思い出したんですけど・・・」
 彼女は呟いた・・・
「マリちゃんと言う子を知っていますか?」
「え?」
 私は初めて聞く名前を聞いた・・・
「ごめんなさい・・・誰だっけ?」
「え〜と、明の・・・『初恋』の女の子ですよ」
「「は?」」
 私と総一郎さんは同時に呆然とした・・・そして・・・
「「えええええええええええええええええええ!!?」」
「ちょっと、どうしたんですか!?」
 同時に絶叫を上げることしかできなかった・・・当然だ・・・なぜなら、
「は、初恋って・・・あの明君が!?」
「し、信じられない・・・」
 私の知る明君は・・・恋情なんて抱かないと思っていた・・・しかし、それを察した司ちゃんは・・・
「2人とも・・・明のことをどう思っていたんですか・・・」
「いや、だって・・・」
「明君て一途だから・・・あの・・・その・・・」
「婚約者だけにしかそう言った感情を抱かないとでも思ったんですか?」
 核心を突く発言をした・・・そして、司ちゃんは呆れるように言った・・・
「確かに明は忌々しいことだけど、あの婚約者のために自分のあらゆることを犠牲にしてきたけど・・・それはね・・・」
 彼女は哀しげに呟いた・・・
「全部、マリちゃんを失ったことが原因なのよ・・・」
「え?」
 私はその時にどんな顔をしたかはわからなかった・・・いや、たぶん隣に立っていた総一郎と同じ表情をしていたと思う・・・私たちはどうやら勘違いしていたようだった・・・彼の10年は・・・彼の自己犠牲によるものではなかったらしい・・・それは・・・
「あの子ね・・・14年前の冬に『好きな子』ができたんだって嬉しそうに言ってたわ・・・私はそれを知って驚いたわ・・・でも、私も嬉しかった・・・あの子・・・いつも、他の人からいつも『悪意』ばかりを向けられていたから・・・そんな、感情抱くことすらないと思っていた・・・だけど、知っていた・・・本当はあの子も・・・誰かを『好き』になりたいて心の底で願っていたことを・・・」
 司ちゃんの独白・・・それは当時10歳の子どもが経験するにはあまりにも重すぎる経験・・・この姉弟は幼い頃から彼らの生活を嫉む人間からの『悪意』に晒されてきたらしい・・・だから、司ちゃんは立ちはだかる敵を全て滅ぼす『報復』を・・・明君は誰よりも正しく生きるために『防衛』をせざるを得なかった・・・だけど、司ちゃんと明君の最大の違いは『人間性』だった・・・司ちゃんはなんだかんだで友だちがいた・・・明君はその掴み所のない性格が災いして友だちがいなかった・・・それこそ・・・
「その子の話をするたびにあの子は嬉しそうだった・・・あれほど、自分のことが嫌いで自分が他人に愛される資格なんてないと思っていたあの子が・・・」
 私と総一郎さんは黙ってその話を聞いた・・・
「だけど・・・あの日お爺様が・・・」
 彼女は涙を流した・・・それは怒りでも悲しみでもない悔恨の涙だった・・・
「『婚約者』の話をしてしまって・・・明は彼女にそれを伝えるしかできなかった・・・それを笑顔で・・・」
 私と総一郎さんはある答えに辿りついた・・・それは・・・
「あの子は・・・マリちゃんとの日々があまりにも『幸福』すぎたから・・・それが辛すぎて・・・彼女に出会うことをやめたのよ・・・他の誰よりも好きだったあの子と・・・」
 明君は彼女との思い出が何よりも楽しい日々だったからこそ・・・その思い出を封印した・・・そして、
「あの子はこうも言った・・・『あの子と結婚できないなら、婚約者をあの子と同じくらいかそれ以上に幸せにしなきゃ』て馬鹿みたいにがんばっちゃって・・・」
 明君の努力はある意味では得ることのできなかった幸せに対する自暴自棄に近い・・・
「だけど、明はあの女を愛した・・・本当に大切に思っていた・・・だけど、あの女は・・・」
 司ちゃんは怒りを込めた表情で発した・・・
「なにが『遊び』よ!!本当に愛してるのは明だけ!?ふざけないでよ!!」
 そして、司ちゃんは大泣きした・・・そう・・・明君の『婚約者』は・・・彼以外の男性と影で付き合っていたのだ・・・

「はあ〜、どうして、あの二人はなんでそこまですれ違うのでしょうか・・・」
 私は今、友人の想い人の姉の話を聞いた・・・それはあまりにも美談であまりにも残酷すぎる男のエゴ・・・なんで、あの二人は13年間も苦しまなくてはならかったのだろう・・・辛かったのは私の友人だけでなく、彼女の想い人も同じだった・・・
「本当・・・馬鹿らしいですね・・・」
 私はそう口走った・・・それは紛れもない本心だった・・・
「なんでこうもお互い自分の本心を言わないのでしょうか・・・本当にイライラします・・・」
 私は二人に対してそう言うしかなかった・・・
「本当にあの二人はお似合いですよ・・・お互いの気持ちを自分の大切な人間のために抑える点においては・・・」
 私は皮肉を込めて言った・・・だけど、それは当然だろう・・・実は今日、昼間に彼の元婚約者がこの教会に来ました・・・彼女はどうやら、実家から追い出されたようだった・・・そして、彼女は初めて世間で生きると言う辛さを身を以って知ったらしい・・・そして、なぜ彼のいる町に来たかと尋ねましたら・・・
『あの人だけが本当の意味で私のことを思っていてくれた・・・今さらになってあの人の近くにいたいと思ってしまった・・・』
 と彼女は言いました・・・本当に馬鹿ですね・・・恐らく、彼女は箱入り娘だったのでしょう・・・それも周りにちやほやされるほどの・・・恐らく、彼女のことを本当の意味で大切に思っていたのは・・・明さんだけでしょう・・・そして、私は残酷な言葉を彼女に突き付けました・・・それが・・・唯一の―――だから・・・
『あなたの存在がその人を傷付けるだけです・・・もう関わらない方がいいでしょう・・・』
 と言うと彼女はそれを頭では理解したようですがそれでも認めたくない表情をしたので・・・
『実はですね、昨日ある人が教会に来たんですよ・・・その人は恋人に裏切られて・・・ある紅茶が飲めなくなってしまったんですよ・・・』
『え?』
 それを聞いた瞬間、彼女ははっとしたようでした・・・
『なんでも、その紅茶はその人が恋人に初めて出会って、緊張している恋人に淹れてあげた思い出の紅茶だったらしいですよ?たしか、銘柄は・・・『アールグレイ』でしたっけ?まあ、普通に飲まれている紅茶らしいですけど・・・』
 私は茉莉と一緒に見てきた彼の思い出の一部を教えました・・・そう、彼は紅茶を淹れるのが趣味でした・・・彼が一番好きな銘柄は『アールグレイ』だった・・私は続けました・・・
『その人は初めて自分が他人に淹れた紅茶が相手に喜んでもらって、自分が一番好きだった紅茶が相手を喜ばしたことをすごく嬉しく感じたらしいです・・・ですけど、彼女に裏切られた彼は自分が二番目に好きなニルギりを好むようになったと言っていました・・・』
 私はわざと明さんを特定できる情報を流しました・・・それを告げると彼女は床にひれ伏して涙を流し始めた・・・恐らく、自分の犯した過ちの愚かさをさらに再認識したのだろう・・・そして、私はせめてこう言いました・・・
『良いですか?仁美(ひとみ)さん・・・本当の意味で彼との婚約を破棄すれば彼も少しは報われたでしょう・・・ですけど、あなたは・・・なにもかも中途半端だったんですよ・・・』
『え?』
 床にひれ伏していた彼女は顔を上げた・・・
『1つ話をしましょう・・・私の友人の両親は駆け落ちで結ばれたようです・・・その道は非常に険しかったらしいですが、それでも彼らはその道を行く覚悟がありました・・・そして、決して彼らは裏切りはしませんでした・・・そして、生まれた子どもに対しても愛情を注ぎ続けました・・・あなたにその覚悟がありましたか?』
 私は茉莉の両親の話をしました・・・茉莉の両親はそもそも、茉莉の父親は良家の長男だったらしいですが、当時使用人の子どもであった茉莉の母親と出会い、恋に落ちたらしいです・・・茉莉の父親は婚約者はいなかったらしいですが、実家の人間が茉莉の母親との結婚を反対したことから彼らは駆け落ちをしたらしいです・・・もちろん、お互いの家は茉莉の一家を嫌って、茉莉が孤独になっても誰も手を差し伸べなかったらしいですけど・・・だけど、私は彼らを否定なんかしません・・・彼らほどお互いを愛した人はいないでしょう・・・だから・・・私は目の前の女性にそれを教えた・・・すると・・・
『ありがとうございます・・・ステラさん・・・』
 と言い彼女は去りました・・・本当のことを言いますと・・・私は彼女もまた、被害者だと思います・・・彼女に近寄った男性は明さんと同じくらいの良家の出身です・・・ですけど、その男は明さんのように『貴族』じゃなかった・・・実家を追い出された彼女は一度は彼を頼りましたが・・・男は彼女に対して『めんどうくさい』と言って捨てたらしいです・・・簡単に言えば都合のいい女の1人だったと言うことでしょう・・・そんな男に引っ掛かった仁美さんも仁美さんですけど・・・その姿は非常に哀れでした・・・恐らく、彼女は二度と同じ過ちを繰り返さないでしょう・・・でも、それでその罪が消えるわけではありません・・・だから・・・
「あなたたちは幸せになりなさい・・・それが・・・彼女に対する唯一の『救い』ですから・・・」  
 私は水晶越しに彼らに向かって言いました・・・

 私は教会への帰路を辿っている・・・彼が私を思い出してくれたのは嬉しかった・・・ですが、同時にそれは辛かった・・・最初に教会に辿りついた彼は私の名前を聞いても、私に気付かなかった・・・それほどまで・・・あなたの13年間は・・・あの女性に傾いていたのですか・・・?だけど・・・私は後悔しました・・・あなたの幸せを願って、11年間も見守ってきたのに・・・それを彼女は裏切った・・・あの時、私が『想い』をあなたに告げていたら・・・きっと、あなたを傷付けなかったのに・・・あの時、すぐにでもあなたを私のものにすれば・・・きっと、あなたは苦しまずにすんだのに・・・あなたが2年間苦しんだように・・・私も自分の過ちを2年間も後悔しました・・・
「だから、必ず私があなたを救います・・・明さん・・・」
 私はその決意を胸に教会の扉を開けました・・・

 僕は病室のベッドで床に就いている・・・僕は茉莉ちゃんのことを13年間も忘れていた・・・本当に馬鹿だった・・・仁美はあの時、『遊び』感覚であの男と付き合っていた・・・でも、僕は彼女に対してある種の罪悪感を抱いてる・・・僕はもしかすると、義務として彼女を愛していたのではないだろうか?・・・茉莉ちゃんを失った時から僕は結局、全てを受け入れることしかできなかった・・・自分に科せられた『義務』を果たすことしか僕はしてこなかった・・・つまり、僕は・・・彼女を愛していなかったのかもしれない・・・でも、大切には思っていた・・・そして、僕は初めて・・・人を『憎んだ』・・・それは彼女を愛していたのに裏切られたことに対することなのだろうか?それとも、茉莉ちゃんを失ってでも幸せにしようとした辛さに対するはけ口なのだろうか?
「『愛』とはなんなのだろう・・・?」
 僕はあることに気づいた・・・2年間怖くて口走ることのできなかった言葉を言えるようになってことに・・・だが、同時にどうしてもこう思ってしまう・・・
「あぁ・・・本当にさあ・・・」
 冷淡な口調で言った・・・
「彼女の顔を思い出すたびに殴りたくなる・・・」
 そう言った・・・それは僕が2年間も封じていた負の感情だった・・・あらゆるものを憎んでも憎みきれない・・・全部、壊したくなる・・・だけど、心が邪魔する・・・あらゆるものが邪魔だ・・・子どもの時、僕と姉さんは色々な人間に『嫉妬』されていた・・・そして、罵声や暴力なんて数えきれないほど受けてきた・・・だけど、そのおかげで僕と姉さんは互いに『鬼』と恐れられるほど強くなった・・・姉さんは自分と僕を害するものならば容赦なく潰した・・・僕は『悪意』そのものを『悪意』なんて思わなかった・・・自分の周囲は敵だらけ・・・なら、『悪意』なんて当然のものなんだから、全部意味をなくせばいい・・・相手に自分の矮小さを思い知らせてやればよかった・・・だから、負の感情なんていらない・・・だけど、茉莉ちゃんに会ったことで僕は・・・初めて負の感情を理解できた・・・彼女の涙を見た瞬間、僕は『憤り』を感じた・・・彼女の笑顔を見たくなって『下心』を初めて持った・・・そして、彼女と結ばれることがないことを知った時、初めて『敗北』を感じた・・・自分から思考を放棄して『怠惰』になった・・・そして、今、感じているのは・・・『罪悪感』・・・僕の理性を蝕む・・・
「痛い・・・痛いよ・・・寒いよ・・・」
 初めて・・・いや、人生で2度目の訳の分からない痛み・・・今まで僕を襲ってきた症状とは違う『苦痛』だった・・・僕はシーツで身体を包んだ・・・なぜか感じる悪寒・・・それが僕を襲う・・・季節は10月なのに・・・寒い・・・だけど、その悪寒は鎮まることはなかった・・・
13/08/14 15:59更新 / 秩序ある混沌
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■作者メッセージ
 どうでしょうかか皆様方・・・この物語は・・・恐らく、誰もが私のことを『悪趣味』と罵るでしょう・・・しかし、この世界は『絶望』、『憎しみ』、『哀しみ』、『苦しみ』、『怒り』、『恐怖』に満ちています・・・私はそれを材料にしただけです・・・しかし、同時にこの世界には『希望』、『救い』、『喜び』、『楽しみ』、『優しさ』、『平穏』も溢れています・・・それも私は材料にしましょう・・・夜は終わりを告げた!!今こそ、太陽よ世界を照らせ!!明けない夜など存在しない!!これより・・・第三幕を始めよう!!

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