私の太陽
日の当たらない深い洞窟。
鉱員さん達のつるはしの音が、遠くから聞こえてくる。
昼も夜も薄暗く、所々に掲げられた光源が太陽の代わりになっていた。
外で日の光を浴びて暮らす人たちには、とても陰気な場所に見えるかもしれないけど、ここが私は大好きだ。
なんといっても私の大事な故郷なのだ。
ここは、鉱山の町マインリー。
旧魔王時代から、人間たちの鉱山基地として発展してきた町だそうだ。
広大な洞窟の中に、人々の居住地や生活施設が押し込められた、世にも珍しい町。
昔は、落盤や公害で大変な事故も多かったらしいけど、最近では様々な魔物娘の協力でとても快適に生活が出来るようになったのだとか。
私たちトロールも、土壌の浄化に一役買っていたんだと父から聞いて、何故だか私まで誇らしく思えたのを良く覚えている。
このマインリーで、優しい父と母の間に私は生を受けた。
父はインキュバス。母はトロール。
魔王様が代替わりしてから、いち早く親魔物政策をとっていたこの町には、父母のような元人間と魔物の夫婦が沢山いる。
今も、洞窟の外では魔物と人間が戦っているような場所もあるそうだけど、この町を出たことのない私には現実感がない。
早く、世界中がマインリーのように平和になれればいいのにと思う。
この町は、沢山の魔物娘と鉱員さんたちでいつも賑やかだ。
昼は鉱員さんのつるはしの音。夜は宴会の騒ぎと、時々魔物娘の艶やかな嬌声。
…少し、性に開放的過ぎて、恥ずかしくなってしまう時もあるけれど、それでもこの町が私は大好きなのだ。
今、私は歩き慣れた道を、大きめのバスケットを片手に歩いている。
向かうのは、鉱員さん達が汗を流して働いている坑道の入り口。
洞窟の中では正確な時間は分からないが、もう正午は過ぎている頃だろう。
彼がお腹を空かせて待っているはずだ。
「あのう、すいません。アレン君にお弁当を持ってきたんですが…」
坑道の入り口で、重そうな荷物を軽々と運ぶドワーフに声を掛ける。
「おっ、マリーちゃん!相変わらず健気だねぇ。アレンの奴にはもったいないよ!」
「い、いえいえっ、そんなんじゃないですよぉ!アレン君とはただの幼馴染で…」
「はいはい。ちょっと待ってな。今呼んで来るよ。
おーい、アレン!愛しのマリーちゃんが弁当持ってきてくれたよぉっ!!」
極めて小柄な体に似合わぬ豪快な声を上げて、ドワーフが坑道の中へ消えていく。
彼女の言葉が頭の中で反復して、顔が赤くなるのを感じた。
私とアレン君って、そんな関係に見えるのかな…。
恥ずかしい想像に、いたたまれなくなる。
頭をブンブンと振って、湧き上がる妄想を振り払っていると、坑道から見慣れた人影が出てきた。
こころなしか、彼も顔が赤い。
「おまたせ、マリー!
まったく、先輩にも困ったもんだよ。ある事無い事大声で叫ぶんだから…」
先輩というのは、先ほどのドワーフのことだ。
彼女が坑道に向かって叫んだ内容は、やはりアレン君にも聞こえていたらしい。
「あ、あははっ!相変わらず元気な人だったねぇ。」
どうにも気恥ずかしくて笑って誤魔化す。
彼の名前はアレン。
鉱員の見習いをしていて、私の幼馴染だ。
この町ではすっかり珍しくなった純粋な人間の男の子。
親同士の仲が昔から良かった影響で、小さい頃からずっと二人で過ごしてきた。
兄妹のような、親友のような、なんとも表現に困る距離感。
「そうだ、はい、今日のお弁当。
沢山作ってきたから、一緒に食べよ?」
手に持っていたバスケットを差し出す。
アレン君が鉱員見習いとして鉱山に出るようになって以来、こうして彼に弁当を作って届けるのは私の仕事だ。
お仕事で彼と会う時間が減ってしまうのを危惧した私が、無理矢理に近い形で彼と彼のお母さんに頼み込んだのだ。
それから母さんに料理を習って、お弁当もだいぶ上手く作れるようになってきた。
私の大きな手は料理には不向きで大変だったけど、汗水たらして頑張るアレン君に美味しいご飯を食べてもらいたかった。
何故、私はアレン君との時間が減るのをあんなにも恐れたのか。
必死に頼み込んでまで、彼との時間を作ろうとしたのか。
本当は、その理由も分かっているのだけど、これは私だけの秘密。
バスケットを広げて、中からアレン君用のお弁当を取り出す。
今日は、ハムのサンドイッチと食べやすい大きさの御惣菜を詰め込んだシンプルなお弁当。
アレン君の好きな濃い目の味で味付けをそろえてある。
育ちざかりの彼は、ちょっとびっくりするくらいの量をぺろりと平らげてしまう。
作るのは少し大変だけど、美味しそうに沢山食べるアレン君を見るのが私は大好きだ。
「うおー!今日も美味そうだなぁ!」
お弁当箱を開くと、笑顔でアレン君が言ってくれた。
「えへへ…。口に合うと嬉しいな…。」
「マリーの弁当に文句言う奴なんていないって!
いやぁ、最近また料理上手くなったよなぁ…。」
手放しで褒められて、思わず顔が熱くなるのを感じる。
アレン君は昔から、恥ずかしげもなく全力で人を褒める。
思ったことを口に出さずにはいられないらしい。
赤くなる顔を隠しながら、自分のお弁当を取り出す。
アレン君のお弁当よりも一回り小さい女の子らしいお弁当箱。
本当はもっと食べたいのだけど、アレン君の前でガツガツ食べるのがどうにも恥ずかしくてこのお弁当箱を愛用している。
「んー、マリー本当にそれだけで昼飯足りるのか?
昔はもっと食べてなかったっけ?」
「も、もうっ!私はこれで充分だし、昔からそんな沢山食べてなんてないよ!」
彼の素直なところは素晴らしい美点だ。だけど、時々デリカシーが無いのがたまに傷。
本当に驚くほど私の事を良く知っているから、誤魔化すのも大変なのだ。
「んー?そっか、じゃあ良いんだけどさ。あ、卵焼き美味い!」
幸せそうにお弁当を口に運ぶアレン君を見て、思わず顔がにやける。
あの卵焼きは自信作だった。
「ご馳走様!はぁ、食った食ったぁ…。」
一瞬で、アレン君はお弁当を平らげてしまった。
満足そうにお腹をさする姿が可愛らしい。
「えへへ、お粗末様でした。」
(なんだか、新婚さんみたい…)
もう何度も交わした会話なのだけど、その度にこんな想像をしてしまう。
毎回の様に顔を赤くする私を、アレン君が変に思っていないか心配だ。
「さて、じゃあ仕事に行ってくるよ。」
軽く伸びをしながらアレン君が立ち上がる。
「あ、うん。怪我しないようにね。」
「分かってるって!それに怪我してもマリーが治してくれるだろ?」
「でも、アレン君が怪我するのはやだもん…。」
確かに、私の身に生えている薬草を使えば多少の怪我はすぐに治る。
それでも、彼が痛い思いをしている所を想像するだけで胸がキュッと痛んだ。
「ははは、まぁ、気を付けるよ。じゃあなー!」
軽く笑いながら、アレン君は坑道へと入っていく。
遠ざかっていく背中に軽く手を振りながら見送る。
彼の姿が見えなくなると、無意識で頭に生えた大きな花を手で撫でた。
私の身体のあちこちを飾るように生える大小さまざまな花の中でも一番大きくて、大切な花。
この花は、唯一、アレン君から送ってもらった花だ。
まだ私たちが小さい頃、日中に洞窟の外へ出られないことが私は不満だった。
トロールは日の光を直に浴びると、凶暴化してしまう。
仕方のない事なのだけど、それを諦めきれるほど幼い私は良い子ではなかったのだ。
私だって、日の光を浴びながら、友達と遊びたかった。
その日も、外出を許してくれない親に怒って、私は部屋に閉じこもっていた。
そこに、アレン君がこの花を持ってきてくれたのだ。
小さめだけど、胸を張るように堂々と咲き誇る向日葵。
『ほら!この花、太陽みたいだろ?これがあれば、マリーも寂しくないじゃん!』
泥だらけになって、私に向日葵を差し出す彼の顔を、一瞬でも忘れたことは無い。
それこそ、太陽のような笑顔だった。
『この花があれば、洞窟の中でも太陽の下みたいに一緒に遊べるな!』
嬉しそうに話すアレン君こそが、その日から私にとっての太陽になるのだけど、これは彼には伝えられていない。
彼から受け取った向日葵は、その日以来一切手放すことなく私の頭を飾ってくれている。
私にとって一番の宝物。一番大事な思い出。
引っ込み思案で落ち込みがちな私だけど、この花に触れるだけで勇気を貰えるような気がしている。
「ふふっ…」
花を撫でると、思わず笑顔がこぼれる。
空になって軽くなったバスケットを持ち、私も家に帰ることにした。
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「それでね!そしたら旦那が私をギュッと抱きしめてくれて!キャー!!」
目の前で、手をブンブンと振りながら全力で惚気ているリリィさんを、困った顔で見つめる。
私は家に帰る道中、近所に住むサキュバスのリリィさんに声を掛けられ、喫茶店でお茶をしている最中だ。
リリィさんは最近この町に住む商人のお兄さんと結婚し、事あるたびに私に惚気をぶつけてくる。
彼女は、私やアレン君にとっては頼りになるお姉さんのような存在だ。
沢山お世話になったリリィさんが結婚するのを、私もアレン君もとても喜んだ。
幸せそうに話すリリィさんを見るのは楽しいのだけど、夜の生活まで赤裸々に語ってくるので、私には少々刺激が強い。
「いやー、ホントに結婚っていいよ?マリーちゃん!
マリーちゃんも早くアレンと結婚しちゃえばいいのに。」
突然の爆弾発言に、身が飛び跳ねた。
今度は私がブンブンと手を振って否定する。
「え、えぇ!?いや、リリィさん、私とアレン君はそんな関係じゃなくて!」
「はいはい、ただの幼馴染ですぅ、でしょ?もう何度も聞いたわよー。」
「う…っ」
さすがに付き合いの長いリリィさんは、私の発言を完璧に言い当ててみせた。
ジトッとした目でコーヒーの氷をかき混ぜながらこちらを見つめてくる。
「全く…、あんだけイチャイチャ見せつけといて、よくそんなこと言えるわよねぇ。
独り身のときはアンタ達がどれだけ羨ましかったか!」
「あぅ、ごめんなさい…?」
何故私が謝るのかは分からないが反射的に謝ってしまった。
「け、けど、本当に私たちはただの幼馴染で…
それに、アレン君も私みたいな子を好きになってくれる訳がないし…。」
目の前でコーヒーを飲むリリィさんを見る。
女の私でも息を呑むような綺麗な肌。
まつ毛は長くて、唇はプリプリとした弾力が見て取れる。
くびれたウエスト、細長くしなやかに伸びる手足、女性らしい背丈。
どこをとっても完璧で、どうしても自分と比べてしまうのだ。
太い手足、少し黒味がかった肌、無駄に大きい身長…。
飾った花で誤魔化してはいるけれど、やはり劣等感は拭えない。
「その、アレン君なら、私なんかよりとっても綺麗で素敵な女性と付き合えると思うんです。
私なんかが、仲良く出来るだけでもありがたい話で…
だ、だから、私は、幼馴染のままでも満足っていうか…」
歯切れ悪く自分に言い聞かせるように話す。
我ながら説得力に欠けていると思う。
「はぁ…、まぁ、マリーちゃんがそう言うんなら私は何も言えないけどさ…。
じゃあ、アレンが他の女と手ぇ繋いで歩いてるところちょっと想像してみなさいな。」
「っ…!」
胸が痛む。
アレン君が、綺麗な女の人と仲睦まじく歩き、愛を語り合う想像。
私に向けられていたあの笑顔が全部、他の女性に向けられる想像。
締め付けられるような胸の痛みと絶望感に、胸の辺りの服をギュッと掴んでしまった。
「アレンは、この町では珍しい純粋な人間の男だし、興味を持つ女の子は多いんじゃない?
それに、最近鉱山で働き始めて、未婚の魔物と触れ合う機会も増えたでしょ。」
なるべく見ないようにしてきた現実を、リリィさんから容赦なく突きつけられる。
どこか遠くから、彼女の声が聞こえてくるような感覚。
分かっているのだ。私が魔物娘で、アレン君が人間の男である以上、いつまでもただの幼馴染という関係ではいられない。
「今、アレンが誰にも手を出されていないのはね、マリーちゃんの匂いがアレンからしているからなの。
あなた達はもう長い付き合いだし、そこらの夫婦より濃い匂いがしているけど、どうしたって未婚なのは分かるわ。
いつまでもウジウジしてたら、ホントに他の魔物娘に盗られちゃうわよ?
酷な事を言うようだけどね。」
「うぅ…。」
リリィさんの言葉が、頭の中で反復する。
アレン君が盗られる。
私よりもずっと綺麗で、女の子らしい人と結ばれて、
付き合って、夜も共にして、アレン君がその人にどんどん夢中になって、
一日中ずっとその人と一緒に居て、愛をささやいて、
私の事なんてわすれてしまって、笑顔を向けてくれなくなって。
あぁ、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!
溢れて止まらぬ嫌な想像に、胸の痛みが一段と激しくなる。
無意識で、頭に咲いた向日葵を撫でる。
「だけど、私なんかじゃ、アレン君には吊りあわないです…。」
それでも、私の口から洩れるのは、こんな後ろ向きな言葉ばかり。
危機感は嫌になるほど募るのに、私からは何も動き出せない。
こんな自分が、私は嫌いだ。
リリィさんは一度深いため息を吐くと、優しい目で私を見つめる。
「マリーちゃん、吊りあうかどうか、なんて問題にならないのよ。
大事なのは、あなた達の感情。
マリーちゃんは、どうしたいの?アレンと、どうなりたいの?
あなたも魔物娘なら、どうすれば良いかなんて本能でわかるでしょう?」
「はい…。」
魔物娘の本能。
愛する人と交わりたいという耐えがたい欲求。
私たちトロールは、比較的温厚で理性的な種族だとは言われている。
それでも、アレン君の太い腕をみたり、汗の臭いを嗅いだりすると、下腹の辺りに熱が渦巻くのを感じるのだ。
だけど、アレン君は、きっと私をそんな風には見てくれない。
この太い手足では、女の子の魅力を感じないだろう。
トロール独特の匂いでは、彼を興奮させることは出来ないだろう。
「…うーん、なんだかお説教みたいになっちゃったわねぇ。
そんなつもりじゃなかったのよ。
十年近く幼馴染のままのあなた達がこの位で変わるとも思えないしね。」
リリィさんの口調は優しい。
あの発言も、ひとえに私たちの事を心配しての事だろう。
事実、このままではいけないのだ。
「本題は、そんな事じゃなかったのよ。
ほら、コレ、マリーちゃんにあげる。」
そう言ってリリィさんが取り出したのは、変わった形の果実。
赤い大きな実と青い小さな実がくっついた見たことのない果実だ。
「え…これは?」
「あら、知らない?夫婦の果実っていう魔界のフルーツよ。
青い方を男に食べさせて、赤い方を女が食べると効果覿面なんだって。」
一体何に効果覿面なのかは大体聞かなくても分かる。
魔界のフルーツは美味しいけれど、ほぼ例外なく媚薬だったり精力剤だったりの効果があるのだ。
「旦那が仕入れ先から余分に貰ってきたらしくてね。
私たちはこんなの無くても盛り上がれるから、マリーちゃんにおすそ分け。」
も、盛り上がる…。
思わず、濃厚に絡み合うリリィさんと旦那さんを想像してしまった。
「毎日、アレンにお弁当作ってるんでしょう?
ついでにその果実も混ぜちゃえばいいじゃない。」
「え!?そ、そんな、薬を盛るような事は…」
「ま、どう使うかはマリーちゃんの好きにすればいいわよ。
人間たちの間でも恋の妙薬なんて言われてるらしいし、あなた達なら確実に効果あると思うんだけどね。」
「……。」
瑞々しい果実を見ながら、つい押し黙ってしまう。
例えば、青い実を食べたアレン君が、
我慢できずに私を押し倒して、
あの太い腕で抑えられて、
無理矢理だけど、甘く唇を奪われて、
アレン君の匂いで頭の中がいっぱいになって、
そして…
「うわぁ…どうしよ…っ」
やけに具体的な妄想で、頭が埋め尽くされる。
顔が熱い。
尻尾がブンブンと揺れて床をはたく。
「ふふふ、じゃあ、渡すものは渡したし私は帰るわ。
いい報告、待ってるわね!」
優雅に立ち上がってリリィさんが言う。
私は、返事をすることも出来なかった。
…結局、私は夫婦の果実を家まで持ち帰ってしまった。
机の上に果実を置き、向かい合って悶々と悩む。
魔界の果実の効果は、本物だ。
おためごかしのおまじないとは訳が違う。
リリィさんに言ったとおり、隠して食べさせられた方からすれば、薬を盛られるのと大差ないだろう。
これを何とかしてアレン君に食べてもらえば、私たちの仲は何かしらの変化が起こるのは確信していた。
だけど、もし、これを食べたアレン君にすら相手にされなかったら。
それはつまり、私ではどう頑張ってもアレン君に女としては見てもらえないという事で。
私の悪い癖だ。
悪い方に考えを勝手に進ませて、がんじがらめになって自分からは動き出せない。
こんな時に、アレン君はちょっと強引に私の手を引いて行ってくれるのだけど、今回は彼の助けを借りる訳にもいかない。
そして、自分では何も動き出せない私は、現状維持の決定しかできないのだ。
(…うん、やっぱり、こんな薬を盛るような事は良くないよね。)
自分に言い聞かせるように、そう結論付ける。
私とアレン君は、明日からもただの幼馴染として生活していくのだ。
それで満足だと自分でも言っていたじゃないか。
私なんかが、これ以上を望むなんて、おこがましい話だ。
頭に咲く向日葵を撫でながら、窓の外を眺める。
窓からは、アレン君の家が見える。
最近は、アレン君の家をぼぉっと眺めている時間が増えていた。
そろそろ、彼も仕事が終わって帰ってくる頃だろうか。
「えっ…?」
思わず声が漏れる。
洞窟の暗がりの中、歩いている二つの人影が見えた。
一つは、見間違えるはずもない私の幼馴染の人影だ。
では、その隣で歩く小さな人影は誰だろう。
嫌な予感に、鼓動が早まる。
いけないことだと思いつつも、確認しようとする体は止められない。
「っ…!」
見えた。彼が先輩と呼んでいたドワーフだ。
笑いあいながら、仲良さげに歩いている。
胸が痛い。
いつもなら、彼の隣でああやって笑いあうのは私のはずなのに。
手が震える。
あぁ、あんなに楽しそうにアレン君も笑ってる。いつもの太陽のような笑顔。
あの笑顔を向けられるのは私だけであって欲しかったのに。
息が荒くなる。今までどうやって呼吸していたのか分からなくなる。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
遠くない未来に、こうなる事は覚悟していたはずなのに、いざ目の前に突き付けられた絶望感は想像を絶した。
嫌だ。駄目だ。このままじゃいけない。
アレン君が盗られちゃう。私を見てくれなくなっちゃうっ!
見て見ぬふりをしてきた感情が爆発する。
アレン君は私のモノではないと、理性は言うけれど、もっと根本的な部分にある本能が、全力で叫ぶのだ。
このままではいけない。
もう、なりふり構っていられない。
アレン君を奪われるわけにはいかない。
私の太陽を、失うわけにはいかない。
夫婦の果実を乱暴に掴み、私は台所に向かった。
15/07/22 06:23更新 / 小屋
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